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No.15606の一覧
[0] 孤独少女ネガティブなのは(原作改変・微鬱)[ランブル](2010/04/02 18:12)
[1] プロローグ「きっかけは些細な事なの……」[ランブル](2010/03/15 14:33)
[2] 第一話「友達なんて必要ないの……」[ランブル](2010/03/15 14:36)
[3] 第二話「都合の良い出来事なんて起こりはしないの……」[ランブル](2010/03/15 14:43)
[4] 第三話「泣きたくても耐えるしかないの……」(いじめ描写注意)[ランブル](2010/01/23 17:32)
[5] 第四話「一人ぼっちの夜なの……」[ランブル](2010/03/15 14:52)
[6] 空っぽおもちゃ箱①「とある少女達の語らい」#アリサ視点[ランブル](2010/03/15 15:00)
[7] 第五話「出会い、そして温かい言葉なの……」[ランブル](2010/03/20 16:45)
[8] 第六話「変わる日常、悲痛な声なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/03/15 15:22)
[9] 空っぽおもちゃ箱②「誰かを救うということ」#トーレ視点[ランブル](2010/03/15 15:28)
[10] 第七話「これが全ての始まりなの……」[ランブル](2010/03/15 15:51)
[11] 第八話「現実と向き合うのは難しいの……」[ランブル](2010/03/15 16:00)
[12] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」[ランブル](2010/03/20 16:47)
[13] 空っぽおもちゃ箱③「欲しても手に入らないもの」#すずか視点[ランブル](2010/03/15 16:18)
[14] 第十話「護るべき物は一つなの……」[ランブル](2010/03/15 16:21)
[15] 第十一話「目的の為なら狡猾になるべきなの……」[ランブル](2010/03/15 16:25)
[16] 第十二話「何を為すにも命懸けなの……」[ランブル](2010/03/15 16:30)
[17] 第十三話「果たしてこれが偶然と言えるの……」[ランブル](2010/03/15 16:38)
[18] 空っぽおもちゃ箱④「打ち捨てられた人形」#フェイト視点(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:50)
[19] 第十四話「終わらせる為に、始めるの……」[ランブル](2010/03/15 16:39)
[20] 第十五話「それは戦いの予兆なの……」[ランブル](2010/03/20 16:44)
[21] 第十六話「月明かりに照らされた死闘なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[22] 第十七話「不安に揺らぐ心なの……」[ランブル](2010/04/02 18:10)
[23] 空っぽおもちゃ箱⑤「枯れ果てた男」#クロノ視点[ランブル](2010/04/19 22:28)
[24] 第十八話「それは迷える心なの……」[ランブル](2010/05/05 17:37)
[25] 第十九話「鏡写しの二人なの……」[ランブル](2010/05/16 16:01)
[26] 第二十話「芽生え始める想いなの……」[ランブル](2010/06/10 07:38)
[27] 第二十一話「憂鬱の再開、そして悪夢の再来なの……」[ランブル](2010/06/10 07:39)
[28] 空っぽおもちゃ箱⑥「分裂する心、向き合えぬ気持ち」#恭也視点[ランブル](2010/08/24 17:49)
[29] 第二十二話「脅える心は震え続けるの……」(微鬱注意)[ランブル](2010/07/21 17:14)
[30] 第二十三話「重ならない心のシルエットなの……」[ランブル](2010/07/21 17:15)
[31] 第二十四話「秘めたる想いは一筋の光なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/10 15:20)
[32] 第二十五話「駆け抜ける嵐なの……」(グロ注意)[ランブル](2010/08/24 17:49)
[33] 第二十六話「嵐の中で輝くの……」(グロ注意)[ランブル](2010/09/27 22:40)
[34] 空っぽおもちゃ箱⑦「欠けた想いを胸に抱いたまま……」#すずか視点[ランブル](2010/09/27 22:40)
[35] 空っぽおもちゃ箱⑧「最後から二番目の追憶」#すずか視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[36] 空っぽおもちゃ箱⑨「Super Special Smiling Shy Girl」#セイン視点[ランブル](2010/10/10 22:20)
[37] 第二十七話「その心、回帰する時なの……」[ランブル](2010/10/25 19:25)
[38] 第二十八話「捨て猫、二人なの……」[ランブル](2011/02/08 17:40)
[39] 空っぽおもちゃ箱⑩「遠い面影、歪な交わり」#クロノ視点[ランブル](2011/02/13 11:55)
[40] 第二十九話「雨音の聞える日に、なの……」[ランブル](2011/04/18 17:15)
[41] 第三十話「待ち人、来たりなの……」[ランブル](2011/04/18 20:52)
[42] 空っぽおもちゃ箱⑪ 「殺されたもう一人のアタシ」#アリサ視点[ランブル](2011/06/05 21:49)
[43] 第三十一話「わたし達の時間、なの……」[ランブル](2011/07/03 18:30)
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[15606] 第九話「所詮理想と現実は別のお話なの……」
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:362ab3cb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/20 16:47
人って言うのは突発的な出来事が連発した時、妙に落ち着いている物だ。
それは別に全てを理解した上で納得しているからという訳でなく、単に頭の中で自分の起こった出来事に関して処理し切れていないだけなのだけれど。
まあ詰まる話人って言うのは何でもかんでも詰め込み過ぎると逆に理解が追いつかない訳でして、実際私こと高町なのはもその一人であると言えた。
何せ昨日と今日だけで化け物に襲われて殺されかけ、魔法だの願いの力だののとんでもびっくりな物に巻き込まれ、アリシアという謎の女の子と知り合ったかと思えば……実に一日中気絶していた上に満身創痍の状態で病院に放り込まれていると来た物だ。
これを全て直に納得できるという方が酷という物、寧ろ理解できなくて当然だろう。
あぁ、こんなの私のキャラじゃない……しかしこれが悲しい事に現実という訳でして、もう私は其処に肩口までどっぷりと浸かってしまっていたりもする。
これがまだどれか一つだけだったら私も我を忘れて取り乱していただろうけど納得は出来た筈だし、時間を掛ければしっかりと自分の身に起きた事を把握する事も可能だっただろう。
だけどこうも普段の自分とは……というよりも社会の常識を逸脱するような行為が続いてしまうとただただ呆然とする他ない。
こんな状況であるにも関わらずそれでも一応自分の起きた事を全部把握できているのは殆ど奇跡といっても過言ではないだろう。
しかし冷静に考えてみれば下手な問題に自ら突っ込んで言ってしまったのも事実、私は少しだけ冷静な気持ちで自分の行いについての反省を考え、そしてため息をつきながら、どんよりとした気持ちの中に自分の心を静めていった。

『ん~っ? どうしたの、なのはお姉ちゃん。溜息なんかついちゃって?』

「あっ……ううん、何でもないよ。ただちょっとぼーっとしてただけ、心配ないよ」

『そう? ならいいんだけど……。今はちゃんと心も身体も休めてなくちゃ駄目だよ。唯でさえ今のなのはお姉ちゃん傷だらけなんだから』

「にゃはは、心配させちゃったかな? 御免御免、ちょっと色々と思うところがあってね。ちょっと考え事してただけだから」

そう言って私は頭の中に響く声……不思議な世界の唯一の住人であるアリシア・テスタロッサへと返答する。
現在私はトーレさんと別れた後、石田先生の連れてきたお医者さんの検査を受けて怪我の具合は全然問題ないとの診断を下されて家の人が来るまでこの病室で待機させて貰うことになっているのだけれど……正直な所私の心は憂鬱な方向へと一直線だった。
口ではアリシアを安心させる為に「大丈夫」と軽々しく言ってしまったが、本音を言うならばとても大丈夫ではないというのが私の心境だ。
魔法の力だとか、トーレさんとの話し合いだとか、アリシアの言っているジュエルシードの暴走を止めるやらというのも確かに常識外れで頭を痛める要因では在るのだが、今回の心配事とそれらは一切無関係だった。
既にトーレさんと別れ、簡単な検診を済ませてから二時間以上経過している。
当然石田先生は私の家へと電話しただろうからきっと誰かが私を迎えに来るのだろうが、それが一番私にとっては憂鬱だった。
何せ私は魔法云々を抜きにしても獰猛な野犬に襲われて傷だらけになり、おまけに一日寝たきりの状態だったようだから家に帰らずに日付を跨いでしまったという事になる。
心配とか今更するような人達ではない事は分っているのだが、恐らく家に帰ったら帰ったでぐちぐちと小言を言われる可能性だって否めない。
更に言えば私は今日学校を休んでしまったという事になる、先生に何と説明したらいいものか……抱える問題は別の所でも山積みだった。

『……やっぱりなのはお姉ちゃん、元気ないね。本当に大丈夫?』

「あ~……御免、ちょっと訂正。多分別の意味で大丈夫じゃないかもしれない、色々と。はぁ、迎えに来るのかぁ……会いたくないなぁ」

『もしかしてなのはお姉ちゃんが悩んでるのって家族の事? 何か来られたら不都合な事でもあるの?』

「そう……だねぇ、ちょっと困るかも。私ってさ、家族と仲悪いから。殆ど家でも孤立してるし、出来れば誰とも会いたくないんだよ。ほら、なんて言うか……気まずいし」

がっくりと肩を落としてベットにうなだれる私。
アリシアは「そうなんだ……」と私以上に気まずそうな感じで返答してきたのだが、もしかしたら余計な気を使わせてしまったのだろうかと私は思った。
恐らくの話だがアリシアは家族に愛されていた筈だし、今も尚アリシアの言う「お母さん」がアリシアを何とかしようと思っているくらいなんだからきっとアリシアは家族の内で孤立するという感覚を味わった事がないのだろう。
勿論無いなら無いでそっちの方が断然良い訳だし、寧ろ私のような人間こそ悪の権化みたいな物なんだけど……こういう話はアリシアには少し酷な物があった筈だ。
話を聞くにアリシアの家族は皆仲が良かったのだという、お父さんが居なかったらしいのだがそれでも母子共に良好な関係を築けていたのだそうだ。
そんな家族と比べるとウチの家族はその正反対、私という存在を中心に段々と関係がギクシャクし始め、今では荒んだ家になってしまった。
家での会話は殆ど無く、此処最近は私も含めて家で誰かが笑った事など無いに等しい。
それにもう私の両親も私の事を子供と思っているのかどうなのかも怪しい、寧ろ私なんて生まれてこなかった方がいいんじゃないかって思ってしまうほどだ。
だからあまりアリシアにこういう自分の家族の話をしたくは無いのだが……此れから一緒に過ごす関係上、色々と私の事も知らせなくてはならなくなってくる。
心苦しい物は在るが止むを得ない、そう思うとまたアリシアに対する罪悪感が湧き上がって来るのだった。

『どうして家族の人と仲が悪いの? 喧嘩したとか……?』

「う~ん、それとはまたちょっと違うかな。もう大分前から殆ど口も聞いてないし、今は家に一緒に暮らしてるってだけで家族とも思ってないしね。此れに関しては……あんまり聞いてくれないほうが助かるかな、私もそんなに話したくないんだ。御免ね」

『……分った。複雑な家なんだね、なのはお姉ちゃんの家って。私は……ずっと前の事だけど皆優しかったから……』

「責任感じちゃ駄目だよ、アリシア。貴女のお願いと私の事情は別問題、だからって貴女のお母さんを見捨てたりはしないから。まあ複雑って言えば……複雑なんだろうけどねぇ……」

不意に私の中に顔を背け、暗い表情になっているアリシアの顔が浮かんだ。
アリシアの願いはお母さんを止めてほしい事と、ジュエルシードの暴走を止める事。
そしてその原因はアリシアの為にアリシアのお母さんが引き起こした事によって生まれ出た物だ。
もう既に死人も出ているし、もしかしたらもっと傷ついている人が出ている可能性も否めないが……それでもその行動理由は恐らくアリシアの為を思っての事なのだろう。
「もう私の所為で誰も傷ついて欲しくない」という言葉からも分るように、きっとアリシアのお母さんは彼女への愛情からジュエルシードを求めたのだろう。
その結果が例え私のような人間を巻き込んだ碌でもない騒動に発展していたとしても、その気持ちは間違いなく母性や愛情から来るものだというのは私でも容易に想像が付いた。
しかし、じゃあもしも私がアリシアのような状況になっていたのだとして私のお母さんが私のために何かしてくれるのかと考えると……少々私は複雑な気分になる。
恐らく私のお母さんは何もしてくれはしない、最初の内は泣くのかもしれないが10年、20年と時が流れれば恐らく忘れてしまう。
所詮私の存在なんてそんなもの、もしかしたら私が居なくなってほっとするような人間も出てくるかもしれない。
そう考えると何だか居た堪れない……そして出来ればアリシアにはこんな気持ちを味あわせたくない。
なるべくこのことには触れないようにしよう、私はそう思いながらアリシアとの会話を続けた。

「っと、この話はもうお終い。私の事情なんか知った所で多分面白くもなんとも無いと思うから、ね?」

『なのはお姉ちゃんがそう言うなら……。あっ、こっちに誰か来るよ! 男の人、凄く急いでる!』

「はぁ、やっぱりか……。大丈夫だよアリシア、その人は多分私の知り合いだから。他に人は? もし居たら人数は何人?」

『ううん、その人だけ。でも何だかちょっと怒ってるような感じだけど……大丈夫? 力の準備しておく?』

心配そうに声を掛けてくるアリシアに「必要ないよ」とだけ答えながら私はベットから降りて、自分の靴を履く。
既に私は病院の人から貸してもらった子供用の私服に着替えているから別に出歩いた所で問題は無いだろうし、ジュエルシードの力の応用とかで痛みを軽減させる力というのをアリシアに掛けて貰ったから自分で動く事も出来なくはない。
満身創痍だとは言えど何処か骨が折れているとかそういうわけじゃないから自力で動けないわけでもないし、アリシアの話しではジュエルシードのオプションを使えば“魔法”の力の一端をアリシアの方で行使する事が出来るらしく、その一つである自然治癒の促進で怪我の痛みを引かせる事もできる。
お兄ちゃんはぶっきらぼうな人だが何よりも一番家族の中で人一倍私に気を使ってくる、それが余計にウザさを加速させているわけだが……大袈裟に騒がれても私が恥ずかしいだけだ。
だからある程度は大した事ありませんよ、という状態をアピールしておかねばならない……そう考えた故の行動だった。
薄手のTシャツのズレを直し、デニムが垂れ下がらないかどうかを確認して、靴をしっかりと踵まで入れる。
残念ながら私の学校の制服は所々破けたり血が付いたりともう再起不能の状態だからこういう服に着替えるほか無かったのだが、やはりこれでも包帯や湿布は目立つ。
出来れば上着が欲しかった……そんな風に私がぼんやりと考えながら帰り仕度をしていると乱暴にドアが開いて一番来て欲しくなかった人物が息を荒げて病室に入ってきた。

「なのは! 無事か!?」

「……はぁ、見て分んない?」

病院なんだから静かにしてよ恥ずかしい、そんな風に思いながら私は突然入ってきた訪問者……私の兄である高町恭也さんに大して冷たい視線を投げかけた。
私の言葉には「傷だらけなんだから大丈夫な訳無いじゃん」というのと、「そんな馬鹿みたいに騒ぐほどの傷じゃないよ」というのの二つの意味合いが込められていた訳なのだが……どうやらお兄ちゃんはどちらの意味も理解してはくれなかった様だった。
本当に暑苦しいし、何時までも家族ごっこ続けるのも大概にして欲しい……そんな風に思うのだがそれでも止めてくれないのがこのお兄ちゃんだ。
もう家族の中では誰も私に話しかけては来ないというのにこのお兄ちゃんだけは何時までも私の兄を気取って彼是と私に文句を言ってくる。
空気を読まない……俗に言うKYという奴なのだ、この人は。
何時までも私も子供じゃないんだからいい加減その暑苦しい雰囲気を私にまで押し付けないでよ、そう私は思っているのだがそれでもこの人にはどうやら通用しないらしい。
お兄ちゃんは私の方までずかずかと駆け寄ってきて自分は本当に怒っているというようなオーラを全快にして私に対して怒鳴るような口調で詰問してきたのだった。

「聞いたぞ、神社の近くで野犬に襲われたんだってな。だから何時もあれ程言ってるだろう、寄り道しないで真直ぐ家に帰って来いって!」

「別に……お兄ちゃんには関係ないじゃん。私が何時何処で何をしていようと私の勝手でしょ?」

「なっ、そうやって何時も何時も投げ遣りな態度ばかり取っているから……ッ!」

「あのさぁ、いい加減お兄ちゃんの勝手な理屈私に押し付けないでよ。今回だって事故だよ、事故。お兄ちゃんが思ってるほど大した事はなかったんだから一々大騒ぎしないでよ、恥ずかしい……」

完全に感情的になっているお兄ちゃんを無視して私はしらけた態度を取り続ける。
アリシアはどうにもこの状況に戸惑っているのか、はたまた突然の口論に戸惑っているのか珍しく口を出してこない。
何時もおどけた態度の彼女でも流石にこの状況で冷やかしを入れるほどの度胸は持ち合わせていなかったらしい。
しかし、私からしてみればあまりにも何時もどおり過ぎるやり取り……というよりも何時もどおり過ぎてもう、うんざりなやり取りだった。
私とお兄ちゃんの仲は家族の中でも特別悪い、昔は「おにいちゃ~ん」なんていって甘えていった物だが、今となっては忘れ去りたい幻想へと化している思い出だ。
なんというかこの人はどれだけ私が近寄らないでという事をアピールしても昔と同じように接しようとしてくるのだ。
お父さんにしてもお母さんにしてもお姉ちゃんにしても時々ウザい事を言ったりして来たりすることはあっても、それでも普段は空気を読んでそれなりな対応で済ませてくれる。
しかしこのお兄ちゃんはそんな私の気持ちを無視して昔の私に戻そうとしてくる、今でも私が昔のようにこの人達を家族だと思っているかのようにだ。
いい加減時の流れってものを理解して欲しいものだけど、何かとつけては自分の根性論を押し付けてくるような人だから私も殆ど変わってくれることは諦めている。
だから私もこんな風な態度を取ってでも嫌々接しなければならない、何ともままならない話しだと私は思った。

「恥ずかしいって……危うく死に掛ける所だったんだぞ!? それをお前は!」

「だから騒がないでってば。此処は病院で、私は大した事無いって言ってるんだからさ。乳酸菌足りてないんじゃないの?」

「なのは、お前は事の重大さが分ってない! いい加減その捻くれた言い方を何とかしろ」

「あれをしろ、これをしろって煩いなぁ……ったく。お説教なら家で聞くから騒がないでって言ってるの!」

あんまりな言い方に私も感情的になって反論してしまう。
毎度毎度あれをしろ、これをしろとこの人は煩くて堪らないのだ。
所詮はお母さんから生まれてきた訳でもない本当のお兄ちゃんでも無い癖に彼是偉そうに私に指図しないでよ、私はそう言いたくて堪らなかった。
まあ確かに私が何を言おうが暴力だけは振ってこないからまだマシなのかもしれないけど、それを差し引いてもこの人は私の生活の中で邪魔な存在に成り下がっている。
やれ電気を点けっぱなしにするなとか言ってポーズ中のゲームの電源を勝手に切るわ、やれ部屋を片付けろだの言って無断で部屋の中に入ってくるわ……おまけに前なんて学校に行かずに部屋に引籠もってたら鍵を木刀でぶっ壊して無理やり学校に行かせたこともある。
私の気持ちなんか何にも考えない、ただあれをしろこれをしろと指図ばかり……本当にうんざりなのだ。
お兄ちゃんからしてみれば私はだらしない駄目人間に成り下がってしまったようにしか見えないのかもしれないのだろうけど、そんな私を此処まで堕落させたのは他でもない お兄ちゃん達なのだ。
今更御託を並べて家族ごっこなんてむしが良すぎる、反吐が出そうな気分だった。

「ほら、其処退いてよ。石田先生にお礼言って私は帰るから……」

「馬鹿を言え! 何のために俺が此処まで来てると思ってるんだ、俺はお前を心配して―――――」

「だったらさぁ、何でお兄ちゃん一人なの? 他の人は私を心配してないって事じゃないの? どうせお兄ちゃんだって他の人達から面倒ごと押し付けられてるだけなんじゃないの?」

「っ……なのは、お前……」

せせら笑うように口元を吊り上げながらお兄ちゃんにそう言いながら、私はお兄ちゃんの脇を通り過ぎてドアの方へと歩を進めていく。
アリシアはようやく「なのはお姉ちゃん……」とだけ何とも言えない声を漏らしていたが、此れが現実なのだから仕方がない。
そう、どうせもう私は家族の誰からもまともに相手にされない……例え私がこうして死にかける思いをして病院に担ぎ込まれたのだとしてもお兄ちゃん以外は顔も見せやしない。
所詮その程度の繋がり、その程度の絆だったのだと私はこの時改めて思い知った。
昔のままの“良い子”だった私ならもしかしたら家族総出で慌ててこの場に駆け込んできたのかもしれないが、今の私では精々面倒ごとを押し付けられた人間が一人来るだけ。
それもまた家族の中で態良く私に文句の言えるお兄ちゃんだけを寄越してきた事を考えても、その程度が知れるという物だ。
考えようによってはお母さんは仕事だし、お父さんにしてもその手伝いで忙しい、お姉ちゃんは今月末テストがあるからとは言っていたからその所為だと言えばその所為なのかもしれない。
だけど私はそんな都合がいいようにはもう考えない、そうやって何時も何時もないがしろにされた結果が今の私なのだ。
私は病室を出て、石田先生の元へと歩を進めながらグッと手を握り締めた。
するとお兄ちゃんが後からそれを追ってきて私の肩を掴んだ、ずきッという痛みが私の肩口に走る。
幾らアリシアの力で痛みを軽減させているとは言っても痛いものは痛い、丁度何日か前に受けた青痣にも重なって出来た傷に直に触られるのは想像を絶するものがあった。

「おい、なのは待て! 話を―――――」

「ッ……触んないでよ!」

その瞬間ジュエルシードの力が微弱にも私の言葉に反応した。
化け物の接触を弾いた時とは比べ物にならないほど力の弱い物だったが、それでも普段は振りほどけないお兄ちゃんを振り解くには十分な力があった。
私が腕を振ってお兄ちゃんの手を振り払うのと同時に生まれた力は、まるで私の力を増幅させたかのようにお兄ちゃんの手を弾いて接触を拒んだ。
お兄ちゃんは痛いとも何だとも言わなかったが、その表情には呆然とした物があった。
何時もなら幾ら私が抵抗した所で何の効果も無いのに、一体何が起こったのかとショックを受けているようだった。
私が望む限り例え如何なる物でもその干渉を遮断する力、私の意志が弱かったとはいえちゃんと発動してくれたようだった。
アリシアに何か言おうとも思ったのだが、さっきから口篭ってばかりで上手く私に掛ける言葉が見つからないといった様子だってのでやめておいた。
少々酷な場面を見せてしまった、そんな風な後悔と所詮私の存在なんてこの程度かという後味の悪さに居た堪れなくなった私は呆然と立ち尽くすお兄ちゃんを他所に只管に距離をとろうと駆け出すのだった。





石田先生に挨拶を済ませ、病院を出た私は一人街中をぶらついていた。
其処にお兄ちゃんの姿は無い、いるのは私唯一人だ。
辺りには私のような子供の姿は無い、まあ今は平日の真昼間なのだから当然といえば当然なのかもしれないけど。
周りの人間といえば何をしているのかも分らない人工的な金髪を揺らしながら化粧の濃い女の人と歩いているチンピラ風の男の人や、仕事の営業の途中らしく忙しく時計を見ながら早歩きで歩を進めているサラリーマン風な男の人ばかり。
まあ場所が何時もの商店街ではない、ゲームセンターやらカラオケやらが建ち並ぶ若者向けの町並みの通りだったからかもしれないけど、やっぱり私のような存在はここでも浮いていた。
デニムのポケットに手を突っ込んで、とぼとぼと歩く小学生なんて唯でさえ浮いているのかもしれないが、周りが周りだからその傾向が余計顕著だったというのも在ったのだろう。
周りの人間は奇異な視線で私の方を一瞥しては怪訝そうな顔を向けて何か言いたそうな顔をしながら通り過ぎていく、そしてさっきからその繰り返し。
居ても立ってもいられない、それが今の現状だと言えた。

『ねぇねぇ、なのはお姉ちゃん。やっぱり家に帰ったほうがいいよ……。こんな風に出歩いてたら周りから不良さんだって思われちゃうよ?』

(にゃはは、残念だけど私はその不良さんなんだ。学校でも家でも碌な風に扱われない社会の屑なんだよ……)

『そ、そんな風に自分の事言っちゃ駄目だよ! あのお兄さんだってなのはお姉ちゃんのこと本当に心配していたし、第一なのはお姉ちゃん優しいもん。ありえないよ……なのはお姉ちゃんみたいな人がそんな風に……』

(ありえない、か。それはね、アリシア……断言なんか出来ないんだよ。ありえないなんて事は”ありえない“。月並みな漫画の台詞だけど、世の中誰がどんな風になるかなんて分らないんだよ。例えその人が善人だろうと悪人だろうと結局は周りからどんな風に見られてるか、所詮個人の主張なんて大衆の評価の前にはかき消されちゃう物なんだよ)

そんな町並みを歩きながら私は頭の中でアリシアと会話をしていた。
何時もは言葉に出しての会話をしている私たちだったが、何でもアリシア曰くちょっと手間は掛かるけど頭の中で考えるだけでも会話は出来るのだそうだ。
此れもアリシアの世界の魔法の一つである“念話”を応用した物らしいのだが、随分と便利な物だと私は思った。
電話も使わずに他人とコンタクトが取れるのは確かに便利だったし、単純に凄いと思った……ただまあ私の場合アリシア以外話をする相手が居ないから意味無いのだけれど。
しかし、何でもアリシアが言うにはこの手の魔法は普通の人間には使用できず、“魔力”という物を生まれつき持っている人間にしか出来ないとの事だった。
そして結果は私にはその魔力と言う物があり、更に言ってしまえば常人よりも優れているとの御達しだった。
まあそんな物があった所で私の立場がどうこう出来る訳でもないし、社会的な地位が上がるわけでもないから別段嬉しいとも何とも思わないのだけれど……まあ無いよりは在った方がいいって言う程度の事だ。
ともかく、これで傍から見れば不気味な独り言を言っているという認識はされないで済む、私は少しだけ安堵を覚えていた。

『でも、だってそれじゃあ幾らなんでもなのはお姉ちゃんが……』

(こういう結果にもって行ったのも結局の所私だし、悪いのはやっぱり私なんだよ。少なくとも周りの人間はそう思ってる、だから仕方が無いんだよ。例え私が悪い人なんじゃないのだとしても、周りの評価はそう定まっちゃったんだからどうしようもない。それが心理なんだよ、アリシア)

『難しい事は……よく分らない……』

(私もだよ、小難しい事はよく分らない。それによくよく考えてみれば私、勉強嫌いみたいだから。昔は馬鹿みたいに机に向かってたけど……今はもうどうでもよくなっちゃった。でもね、アリシア。これは知識量とか賢いとかそういった以前の問題、要するに肌で感じ取れるか感じ取れないかの話なんだよ)

そう言って私は角を曲がり、人気の無い路地の方へと歩いていく。
行く宛はない、ただふらふらと歩き回って時間を潰しているだけに過ぎない。
しかしそれにしたって何時まで時間を潰せばいいのかも分らないし、どんなタイミングでそれを止めていいのかも見当がつかない。
ただ家に帰りたくない、だから宛も無く彷徨っている……結局の所それが現状だった。
現在の所持金は400円と少し、昨日の夕食代の分のお金だ。
病院では一応昼の分のご飯は出してくれたから御腹が減っているという訳ではないのだが、何にしてもこれっぽっちのお金で出来る事なんてたかが知れている。
偶には小学生らしく遊んでみるかとも思うのだが、どうにもそういう気分にはならない。
第一私には何が“小学生らしい”のかも分らないから行動のしようすらないのだ、小学生であるのにも関わらず最近の小学生が分らないとはこれは如何に……なんだかちょっと馬鹿らしくなってきた。
ともあれやっぱりやる事はない、故に私の一人歩きはまだ続くのだった。

(ねぇ、アリシア。私何をすればいいと思う? お店に入ったら絶対なんか言われるだろうし、かといって行く宛もないし……家には帰りたくないし。正直意地張って飛び出してきちゃったのは良いんだけど、行き当たりばったりなんだよね)

『あ、あはは……確かにそうだね。あっ、じゃあ私なのはお姉ちゃんの通ってる学校が見てみたいかも』

(私の学校? 別にいいけど……どうして?)

『う~んとね、私その……学校って行った事ないから。ほら、私って見た目通りの年齢の時にこっちに来ちゃったし……。本当の事を言うとね、私……入学式の前にアルハザードに来ちゃったんだよ。だからもしも私が元のまま生きていれば多分普通の人と同じように学校に行ってたんだ。それでその……出来れば気分だけでもって思って……駄目かな?』

私はアリシアの言葉になんとも言えないような気分になった。
そういえばと思い返してみればアリシアは見た目まだ5、6歳といった所、実年齢こそ軽く私の三倍は在るとはいってもそれでもやっぱり精神は幼い子供なのだ。
アリシアの口ぶりからするに彼女は学校という物を知らないまま何十年とあの世界に独りぼっちだったのだから、当然学校という物に対する憧れがあってもおかしくない。
まあ私のように学校という場所がイコールで精神を痛めつけられる嫌な場所という風に結びつく人間は少ないだろうから、この考えは決して間違いではないだろう。
仲の良い友達と一緒に登校して、休み時間に他愛の無いテレビの話なんかして……昼休みにはお弁当を突き合って週末には一緒に街に遊びに出かける。
誰だって学校に通う前は似たように思い描いていた幻想だ、勿論私だってそうだった。
元々友達らしい友達が居なかった私にとって学校という場所は希望に満ちた場所だったし、凡そ今のような状態になるなんて事は想像もしていなかった。
だからアリシアの気持ちはよく分るし、出来れば連れて行ってあげたいとも思う。
でも、私は正直の所……あまり学校には近づきたくは無かった。
唯でさえ碌な目に合っていない場所だという事に加えて、学校での私の立場は生徒から見ても教師から見ても底辺なレベルだ。
中には学校側に「一緒のクラスにするな」とか「この子の存在が健全な学校風紀を阻害している」と言って来る保護者まで居る始末だ。
それに学校を休んだのに私服で学校周りをうろうろして誰かに見つかれば明日誰に何を言われるか分って物ではない。
だからあまり近づきたくは無い……しかしアリシアの小さなお願いは極力叶えてあげたい。
正直、板ばさみだった……だから私はとりあえず妥協案を提示してアリシアに納得して貰う事にした。

(……いいけど、遠目からじゃ駄目かな? 私今日学校休んじゃってるし、出来れば他のクラスの人に見つかりたくないんだ。ズル休みって思われたくないからね)

『いいよ! ほんの少し見られれば私は満足だし、せめて雰囲気だけでもって思っただけだから。無茶なお願いして本当に御免ね』

(気にする事ないよ。それにどうせ明日になったら学校行くんだし……だけど幻滅しないでね。アリシアの思っているような学校と現実の学校は……多分結びつかないだろうから)

『えっ? どういうこと?』

恐らくは首をかしげる仕草をしているだろうアリシアに対し、私は「なんでもないよ」と言って歩く行き先を学校の方へと移す。
この路地から学校まではそれ程距離は無い、歩いて15分もすれば直ぐ其処に校舎が見えるといった具合だ。
流石に中に入っていく勇気は私には無いけれど、まあ精々ちょっと高い場所から見ればグラウンドの様子位は見える筈だ。
今の時期は球技大会間近だし、きっとどの学年もドッチボールをするのに躍起になっているだろうから恐らくその雰囲気くらいは見せて上げられるだろう。
まあ何にしても私は其処に参加することはない訳だし、本当の事を言えば学校に近寄る事事態避けたいのだけれど……この際どうしようもなかった。
言われるがままに学校の方へと歩を進め、途中あった自動販売機で何時もの缶コーヒーを買ってそれをちびちび飲みながら学校の方へを向かって行く私。
何時もだったら一人で通うこの道も姿こそ見えないが一緒に行く人物が居ると変わるものだと私は思った。
アリシアは終始はしゃいでいた、きっと間近で見る学校というのが楽しみでならないのだろう。
何せアリシアはその情報こそ引き出すことは出来ても実際に体感したりする事はできないし、其処に自分が入って活動する事なんてできないのだ。
だから私という存在を通して見る学校という道の場所への興味が彼女の陽気を駆り立てていたのだろう、恐らく想像だけどアリシアは終始笑っているような気がした。
だけどそれに合わせる度に私の心は沈んでいった、自分が置かれている現実を目の当たりにするのが嫌だったからだ。
学校という場所は私にとってはあの保健室以外皆が敵の戦場でしかない、教師に野次られ生徒に嬲られ……身も心も一方的に傷付けられる私刑の執行場でしかないのだ。
理想と現実、知らない内が華か……そんな風に思いながら私は学校の方へと歩を進めた。

『それにしても学校かぁ~どんな所なんだろ……。楽しみだなぁ』

(にゃはは、アリシアは無邪気でいいね。羨ましいよ)

『む~っ、どういう意味? 子供っぽいってこと?』

(そういう事じゃないよ。純粋だって言うのがいい事なんだってちょっと思い直しただけ。アリシアはさ、昔の私にそっくりなんだよ。私も昔はそうやって期待を胸に膨らませてた物だからね……)

今となっては全部遠い理想でしかないけど、その言葉を飲み込みながら私はふっと疲れたような溜息を吐き捨てた。
アリシアはまだ納得出来かねているらしく、「子ども扱いされた~!」と拗ねているがそう言っていられるのはあの場所に足を踏み入れるまでの事だ。
学校なんて碌な場所じゃない、そう初めて思ったのは私が一年生になって直ぐの事だ。
皆が皆成績を取る事にばかり躍起になって、何をするにも競う事がステータスになってしまう。
それまで仲の良かった友達同士も一皮向けばやれ体育の成績がどうだとか、社会のテストで5点負けたとか、そんなどうでもいい事で仲違いしてしまうこともザラな話だった。
更に閉鎖的なコミュニティが作り出す生徒間での優劣感は学年を上がる毎に酷くなっていき、平均より上に行っても下に行っても他人から引きずり下ろされる。
それには生徒、教師、保護者と誰もが連携している事で、一度そういう状況になってしまうと味方なんて誰一人としていなくなってしまう。
そういう生徒に残された末路は皆からハブられた教室の中で肩身の狭い学校生活を送るか、人間不信を加速させて周りを全員敵だと思い込むかどちらかしかない。
そしてそのどちらにも共通して言える事が身も心も徹底的なまでに打ちのめされる仕打ちを受けるということだ。
相手の成績への嫉妬、自分よりも下の人間を見下せる優越感、家にも学校にも板挟み状態で単純にストレスの発散口を捜し求める人……そんな人間が三人も集まっていれば自然とイジメは成立する。
初めの内は悪口や仲間外れ、酷くなってくると単純な暴力に訴えかけ挙句の果てには親や教師といった人間を引き合いに出して社会的に人を追い詰めるまでになる。
魔法の国でのイジメ事情とかはどうなのか知らないけど、少なくともこの世界のこの国ではこんな状況がステータス……此れが普通なのだ。
だからそんなに期待するほどの場所じゃない、私はアリシアにそう伝えたかっただけなのだ。
それと同時に私もアリシアのように純粋な心を抱ける頃に戻れたら……というどうしようもない願望を胸に抱きながら。

『あっ! もしかしてあれ? あのでっかくて白い建物が学校?』

(そうだよ。あれが私の通ってる聖祥大学付属小学校、その奥に見えるのが中等部の校舎だよ。もう少し近寄っていってみる?)

『行く!』

(ふふっ、分った。あんまり近くには寄れないけど、出来るだけ頑張ってみるよ)

やがて私はアリシアが口に出した場所……私の通っている聖祥大学付属小学校の場所まで辿り着いた。
缶コーヒーを飲みながら適当に歩いていたから掛かった時間は何時もよりも大分長かったが、確かに其処には何時も私が通っている校舎の姿があった。
普段なら正門から入って下駄箱から上履きを取り出して、どうせはいっているであろうゴミや画鋲なんかを取り出しながら気だるい雰囲気を醸し出しながら教室へと向かっていく……そんな場所へと続く道。
なんだか複雑な気分だと私は思った、私という存在が一人居ないだけであのクラスメイト達は一体どんな風な態度を取っていることだろうか。
虐める標的が居なくて憤りを感じているだろうか、それとも邪魔者が消えて清々しているだろうか……それともその両者だろうか。
どちらにせよ私を心配してくれる人間なんてあの教室には居ない、まあ一人心当たりが無いでもないが今となってはどうでもいい。
どうせ学校の私の居場所なんて“先生”の居るあの保健室だけなんだから、そんな風に考えながら私は一歩一歩ゆっくりと学校の方へと近寄っていく。
正門には警備員さんが立っていた、このご時勢どんな不審者が学校に足を踏み入れるかも分らない物騒な世の中だから保護者からの要請もあったのだろう。
がっちりとした体型の男の人が二人、腰には強化プラスティックとアルミ合金で出来た警棒を携えていた。
勿論今の私の服装ではまず怪しまれてしまう……だから私はそんな正門を素通りして学校の様子が見える少々高台になっている坂道へと歩を進めていく。
其処ならば斜めから学校の様子が見えるし、有刺鉄線や壁も関係なく中の状態を確認出来る。
軽自動車の停まっている影から学校の中の様子を一瞥できる位置に立って歩を止めた私は徐に中の様子を確認してみた。
其処から見える光景は私の予想通り、グラウンドでドッチボールが繰り広げられていた。
しかも何とも運が悪い事にウチのクラスの人間だった、よくよく目を凝らしてみるとアリサちゃんやすずかちゃんの姿も其処には見受けられる。
皆楽しそうに笑っている……私はなんだか自分が疎外されているような気分を味わいながらそれを見てまた缶コーヒーの中身を口に含んだ。

『なのはおねえちゃん、あれって何やってるの? 何かのスポーツ?』

(そうだよ。ドッチボールって言ってね、あの枠の中にいる人達がボールを投げ合って時間までに多く人が残っていた方が勝ちっていうスポーツなの。私は苦手なんだけどね……アリシアの世界にはこういうスポーツは無かったの?)

『う~ん、似たようなものはあったけど私はやらなかったな。私のお母さんは研究員でね、何時も私はお母さんの研究所の託児所に預けられていたから……。他にやる子もいなかったし、周りは大人ばっかりだしで殆ど経験ないなぁ~』

(にゃはは、そっか。残念だったね……)

私はあえてそれ以外何も言わなかった。
アリシアは終始「わ~っ」とか「面白そう~」とか言ってはしゃいでいたけれど、実態を知っている私にとっては痛いし、キツイし、やる気がないとそれで教師からも生徒からもつるし上げられるしで碌でもないことにしかならないスポーツという認識しかない。
どうせゲームだろうと思ってやる気を出さないで適当にやっていたら、「わざと当たっただろ」とか「やる気出せよ!」とか面倒な文句をつけられる始末。
しかも下手な事をやる気がない事と結びつけて中には先生に「あいつ真面目にやらないんですよ」と態々報告しに行って他人の評価を下げようとしたりもする。
私もそれで更に周りからの評判を悪くされた、体育教師にいたっては完全にやる気がないと決め付けてくどい説教をしてくる始末だ。
運動が得意な人間も居れば下手な人間だって居る、それなのにも関わらず全てを「やる気がない」で済ませてしまう。
人間的格差が問われる学校ならではの嫌がらせだった……初めて此れを受けた時も私は散々理不尽だと心の中で思ったものだ。
だけど反論なんか出来る訳もない、だから私は結局周りの人間がニヤついている中で教師に頭を下げるしかない。
碌な思い出が無い、そんな風に思いながら私はその光景を見ていた。

『楽しそう……私も学校行きたかったなぁ。そうすればなのはお姉ちゃん以外の友達もいっぱい出来たのに……』

(まあそれは努力次第なのかもしれないけどね。それに学校っていっても楽しい事だけじゃないんだよ? テストもあるし、宿題もあるし……中には反りの合わないクラスメイトもムカつく先生も居る。それに授業中はどんなに退屈でも遊べない。多分楽しい事よりも面白くない事の方が沢山在ると思うよ?)

『それでも……私は行きたかったな、学校。楽しい事ってね、楽しくない事の中にポツリポツリと存在しているから楽しい事なんだよ。そんなに楽しい事が連続していたら楽しいっていうのが当たり前になっちゃって物事を楽しめなくなっちゃうと思うんだ。だから私は大変な物が合っても学校に行きたいよ。だってあんなに……皆笑顔だもん』

(……うん、そうなのかも……しれないね……)

だったら私の立場は一体どうなるんだ、私は思わずそう言いたくなった。
私はあの集団の中に居たって笑えない、だって虐げられる側の人間だから。
殴られて、蹴られて、罵倒されて……そんなサンドバックみたいな生活の中で普通に笑えていたらそれはもう殆ど変態さんの領域だ。
それに私は痛みを快楽に変えられるほど器用な人間じゃない、そんなマゾヒストになるくらいならいっそこのまま首をナイフで掻き切って死んだ方がマシだ。
それに私には信じられない、あんなに下卑た笑いが出来る人間がどうしてこういう事になると純粋な笑顔を作れるのか……私には理解できない。
気持ちが悪い、第三者の視点から改めて自分のクラスの人間を見つめていると不意にそんな言葉が私の頭の中を過ぎった。
どうせ今此処で笑みを浮かべている人間だって明日になれば打って変わって私に嫌がらせをしてくる事だろう。
机に「死ね!」と書くだろうか、それともまた教科書を裏庭の焼却炉の中に放り込むだろうか、はたまた何時かみたいに授業中にコンパスで私の背中を刺してくるだろうか。
考えるだけで身震いする、それに一度意識しだすと手の震えが止まらなくなってきた。
耳鳴りがキンキンと唸り始め、またあの光景たちがフラッシュバックしてくる。
下卑た笑いの渦、私を頭ごなしに怒鳴ってくる教師、御腹を蹴り続けてくる男子、そんな私を見ながら靴で頭を踏み躙る女子……エトセトラエトセトラ。
もうこの場に居ては耐えられない、そう思った私はそろそろ帰らなくてはと思いながら気付け代わりに缶コーヒーの中身を一気に飲み干して空になった缶をコンクリートの上に静かに置くと、踵を返してその場から立ち去る準備をした。

『あれ? もう行っちゃうの? もう少し見ていこうよ~』

(……御免アリシア、ちょっと気分が悪くなってきちゃった。明日もあるし、今日はもう勘弁してくれるかな。お願い……)

『う、うん……なのはお姉ちゃん大丈夫? なんだか顔色悪いよ?』

(大丈夫……大丈夫だから……)

そう言って私は其処から立ち去ろうとして……私に向けられている視線に気が付いた。
その方向を一瞥してみると、其処には外野にいる紫っぽい色の髪を風になびかせながらこちらを見ている女の子の姿があった。
月村すずか、何時も私に話しかけてくる考えている事がよく分らない”元友達“の子だった。
そんなすずかちゃんが私の方を見て呆然と立っている、周りの人間たちは「なになに~?」とか「どうしたのすずかちゃん?」とか言っているけど、すずかちゃんは何でもないよと誤魔化していた。
姿を見られた、最悪だ……そう思いながら私は家へと続く帰路を辿っていった。
すずかちゃんならば周りに私が居た事を広めはしないだろうけど、それでも安心は出来ない。
明日しっかりと口封じをしなければ……私は重い足取りで家へと続く道のりを歩いていく。
どんなに非日常な出来事に巻き込まれても、この最低な日常は何一つとして変わらない……そんな風に思いながら。




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