ボンキュッボンの八頭身諏訪子の隣に出来る限り可愛らしくつるぺったんな三頭身神奈子を作って並べ悦に浸っていると、冬眠あけのケロちゃんが分社転移で遊びに来た。
「白雪おはよー。早苗がこっちに来、て……」
諏訪子は仲良く並んだ二柱の雪像を一目見るなり腹を抱えて爆笑した。ちなみに三頭身神奈子はフィーバーポーズをとっている。キャーカナコサーン!
笑い過ぎて窒息しかけた諏訪子は目の端を拭って息も絶え絶えに言った。
「白雪上手すぎ。なんでこんなにクオリティ高いの?」
「再現力とか創造力とか創作力とか操ったから。竹細工は素でバンブーシェンロンとか作れるけどね」
「なんで竹細工?」
「数千年竹林に引きこもっ……警備してたから上手くなった」
「流石博麗は格が違った。これウチに飾りたいんだけどいいかな?」
「どうぞどうぞ」
諏訪子がえらく雪像を気に入ったのであげる事にする。別に目的があって作った訳でもないし。
諏訪子は諏訪子像を、私は神奈子像を担いで妖怪の山へ飛んだ。途中興奮状態の春告精とすれ違って弾幕勝負になりかけたが神二柱とやり合おうなんて狂気の沙汰、コンマ数個でピチュらせた。
「別に神社に雪像飾っても信仰は増えないと思うけどなぁ」
「誰が信仰のためなんて言ったのよ。神奈子をおちょくるだけ」
「……喧嘩するほど仲が良いってね」
「否定はしないよ」
守矢神社に雪像を運び込むと、諏訪子は喜々として神奈子をからかい始めた。売り言葉に買い言葉ですぐさま弾幕決闘に発展する。
私はしばらくオンバシラと弾幕の激しい応酬を眺めていてたが、すぐに飽きて下山を始めた。神奈諏訪の喧嘩は見飽きている。ありゃ喧嘩ってよりじゃれあいだよ。夫婦喧嘩は咲夜も喰わん。
帰るついでに妖怪の山の様子を見ていこうと私は分社転移では無く普通に飛んで山を降りる。
のんびり残雪の中から目を出し始めた緑を眺めながら降りていった。周囲の気配を探ると多分天狗のものだろう、監視の目線を感じたが無視しておく。触らぬ神に祟り無し、奴等は基本的に私が天狗の縄張りを侵犯しても気付かないフリをするのだ。冷静に考えれば私は鬼神の強力強烈な後ろ盾もあるし、動く治外法権みたいだ。なんかごめんなさいね。
中腹まで降りると急に霧が出て来た。このあたりは山裾から吹き上げる風で霧など出ない。つまりは妖怪の出した妖霧。
一瞬萃香かとも思ったが霧が帯びる妖力が貧弱だったのでそれは無い。
……ドッペルゲンガー、かな。
あいつとは仲が良いとは口が裂けても言えないけど昔からの知り合いだ。一応あんなんでも妖怪の山最年長のはずなんだけどねぇ。力も無ければ威厳も無い。相手の妖力とか能力まで真似できれば私に匹敵する驚異の存在として幻想郷に名を轟かせていただろうに残念な奴だ。
ぼんやり考えながら濃霧の中を飛んでいると元気な会話が聞こえてきた。声質は全く同じでやもすれば独り言の様に聞こえるが、感じられる妖力は二つ。
地面に降り、霧で湿った下草を音が出ない様に踏み分けて音源に近付くと二人の少女がそれぞれ切り株に座って話し込んでいた。
水色っぽい髪。青と赤のオッドアイ。長い舌を重そうに垂れ下げた紫の傘を持っている。
……と、いう外見の少女が二人。妖力までほとんど同じだ。片方小傘でもう片方は意捕なんだろうけど……たかだか百年二百年の小妖怪と同等とは情けない。そういう種族なんだから仕方無いんだろうけどさ。
初めて退治した時から苦手意識を持たれているようなので少し距離をとったまま耳を澄ませてみる。覚えの無い妖力の妖怪、即ち小傘は指を立てて講釈する意捕の話を熱心に手帳に書き付けていた。
「――つまり、人間は未知を恐れ怖がるのね。痛みや何かを奪われる事も恐れるけどスマートなやり方じゃない。分かる?」
「はい、先生」
「偉い偉い。見込みあるわー。どっかの神はそりゃもう暴力主義でね。私なんか初対面で粉々にされそうになったのよ。小傘はそんな力で恐怖を与える様な奴になっちゃだめ」
「はい!」
意捕は元気良く返事をする小傘に満足気に頷いた。
意捕、根に持ってるなぁ。妖怪退治は世の常、特別酷い事をした覚えも無いんだけど。そんなに怖かったのかね?
「まあ未知って言っても人間はあーだこーだ理屈つけて納得して怖がらなくなっちゃったんだけど。今じゃ私が霧を出しても山の天気は変わりやすいから……とかなんとか言って怖がってくれない。ああ、昔は良かったわー」
「先生、話がそれてます」
「ほむ? ああごめんごめん。それでなんだったかな……そう、怖がらせ方。いや驚かせ方? まあ似たようなものよね。えーとね、とにかく人間はくるぞくるぞと身構えてるから驚かないし怖がらないのね。幻想郷は妖怪の存在が未知じゃないから、小傘がいきなり飛び出して来たぐらいじゃ何も驚かないの。なぜなら小傘を知っているから」
「ええぇ……そんなぁ……」
「こら、そんな顔しないの。今のご時世人間に知られていない正体不明の妖怪なんて……知り合いに一人いるけどあんまりいないわ。まずは受け入れる。ただの唐傘お化けを見ても誰も驚かない」
「……はい」
「よろしい。そこでどうするかって言うとね、そもそも驚かせるのに身一つじゃなければならない理由は無いでしょ。つまり?」
「……道具を使う!」
「正解! 私の場合は霧を出して周りを見え難くして孤独感と不安を煽ってるわけ。道端で自分のそっくりさんに合っても`この人私に似てるな´くらいにしか思わないでしょ? 演出次第で怖く無いものも怖く見える。驚かせるのも同じ。料理中にコンニャクが滑って飛んできてもあんまり驚かないけど、夜道でいきなりコンニャクが顔にぶつかって来たらそりゃもう驚く。大事なのは小道具としちゅえーしょん、自分を魅せる演出なの!」
「なるほど! 流石先生!」
小傘の尊敬のまなざしを受けて意捕は鼻高々だった。
聞いているとなんだか思いの他理の通った講釈だった。伊達に長生きはしていないらしい。ちょっと意捕の評価を上方修正した。
私も拝聴する事にして姿を消し小傘の隣に忍び寄って座った。同じ顔の教師と生徒は気付く事無くいかにして人間を驚かせるか講義を続ける。
「小傘は元が傘なんだから傘に化けれるでしょ? それを使うのもアリ」
「え、でも傘の状態だと動けないです」
「それでいいの。例えばね、」
意捕はそこで一端言葉を切り、声をひそめた。
「暗い暗い、雨降りの日の夜……仕事帰りに傘を忘れた人間が丁度地面に落ちていた傘を拾う。ボロボロだけどまだ使える、無いよりましだと人間は無警戒で傘を開く……それが恐ろしい化け傘とも知らずに……」
小傘はごくりと息を飲んだ。私はすぐにオチの予測がついたが口は挟まないでおく。
「傘で雨風を遮り、一人で急ぎ家へ向かう人間。人間はその途中で違和感を抱く。はて、傘をさしているはずなのに妙に背中が冷たい。雨以外の何かが背を撫でているような……不吉な予感に恐る恐る振り返る人間。するとそこには! 傘から伸びた大きな長ーい赤い舌で人間の背中をぬらりと撫でる唐傘お化けが! うらめしやー! ぎゃー!」
最後の人間の悲鳴を意捕は大声で叫んだ。地の語りが小声だった分悲鳴は大きく響く。私は予測していたので平気だったが小傘はビクンと肩をはねあげて切り株から落ちそうになっていた。
「ひぇえ! ……うーん、それなら腰を抜かすぐらい驚いてくれるかな」
「もちろん。出たー! なんて台詞を頂いたら最高ね」
「せんせー、今時出たー! なんて古典的な驚き方する奴はいないと思います」
「古典的でどこが悪……ふみょろっ!? で、で、ででで出たー! 博麗っ!」
私が姿を現し挙手して発言すると意捕は大声を上げて飛び上がった。全身を使ってこれでもかとばかりに驚く。そして即座に身を翻し、覚えてろー! と叫んで脱兎の如く霧の中に逃げて行った。
小傘はあわあわ言いながら突然現われた私と意捕が逃げて行った方向を見比べていたが、
「こ、これで勝ったと思うなよー!」
と捨て台詞を残して意捕の後を追った。
私はやれやれと肩を竦めて見送る。古臭い奴等だ。
端役二人組の未来はイマイチ明るくなさそうだった。