小話集
私は基本的に昼に活動して夜に寝る人間型の生活をしているが、気が向いた時は夜にも動く。友人の大部分が夜行性なのでちょくちょく夜中に遊びに行くのだ。
まー昼型なんだか夜型なんだかよく分からん無茶苦茶な生活リズムの奴もいるけどもとにかく夜に遊びに行く。
今日も私は晩御飯を食べ終え気紛れに夜の散歩に出掛けていた。まだまだ寒さは続き、空からは私の髪の色によく似た白い雪がちらほらと舞っている。
「どーちーらーにーいーこーおーかーなーはーくーれーいーさーまーのーいーうーとーおーり! ……あ、博麗様って私だった」
くるくる回って方角を決める。人里の数え唄や子守唄にはナチュラルに`博麗様´が入っているから時々自分で自分に祈ってしまう。困ったもんだ。
ぷらぷら飛んで行くと人里が見えてきた。人里の灯は居酒屋と24時間営業の陰陽師事務所以外消えている、と思いきや寺子屋からも光が漏れていた。満月でも無いのに残業とは珍しいと下に降りてみる。地面に降り立ち、私は寺子屋の戸を叩いた。
「けーいねさーん、あっそびーましょ!」
声をかけてしばらく待つ。ぱたぱたと足音がして戸がガラリと開いた。
ちょっとよれた感じの慧音が私を見て渋い顔をする。夜分遅くにすみませんね。
「白雪か……悪いが他を当たってくれないか? 今は忙しいんだ」
「何? 仕事?」
「そうだ」
「なら手伝うよ。暇だし」
「それは……あー、そうだな、頼む」
慧音は少し躊躇していたが頷き、手招きして中に引っ込んだ。書斎に案内されると机の上にテストの答案が山と積まれていた。うへぇ。
「白雪はその束を採点してくれ。これが解答だ」
「はいはい。でも職員でも無いないのに採点任せていいのかね」
「自分から志願して何を言う。それに私は白雪を信用しているよ。生徒の個人情報を吹聴するような性格ではないだろう?」
慧音は少し私に笑いかけてガリガリ採点を始めた。私は肩をすくめて赤ペンを取り、そのへんの椅子を引き寄せて座り丸つけを始める。
えーと、問一○、問二×、問三○……ん?
【問四.下線部二を参考に次の□を埋めて四字熟語を作りなさい。□肉□食】
【答.焼肉定食】
「慧音、問四良い問題だね」
「……そうか?」
丸にしておいた。
神様パワーを発揮して早送りで採点を終え、私は慧音に見送られて寺子屋を離れた。魔法の森に向かって飛びながらお土産に貰った煎餅をバリバリ囓る。当然ボロボロ屑が落ちたが、零れた欠片は私と同じ様にふらふら飛んでいた数匹の妖精が下でキャッチしていた。三枚貰って二枚目食べ終わったので残りの一枚を丸ごと落とすとキャアキャア騒いで取り合いを始めたが、取り合いはいつの間にか煎餅フリスビーごっこに移行していた。うむ、平和だ。
ひとしきり和んでから先に進む。しばらく飛ぶと魔法の森の入口付近の雪原でフランとチルノを見つけた。スコップを両手に持って猛烈な速度で積もった雪をかきあげ雪山を作っている。
「何やってんの?」
「あ、白雪!」
下に降りるとフランが嬉しそうに駆け寄ってきて飛び付いた。抱き留めて頭を撫でるとくすぐったそうに笑う。ああ可愛い、もう悪魔返上して天使名乗っちゃえよ。
「あのね、今冬の別荘を作ろうかと思ってるの。お姉様にプレゼントしようかと思って」
「雪で別荘……カマクラ?」
「うーん、近いかな」
「フランドール! サボって無いで働きなさいよ!」
「あ、ごめん今行く! 白雪、良かったら見ていって。もうすぐできるから」
フランはチルノに呼ばれて作業に戻った。今度は四体に分裂してザクザク雪をすくっては放り投げ、みるみる内に雪山を大きくしていく。私は少し離れて見学だ。
フランとチルノはいつの間に仲良くなったんだ? でも新進気鋭のカリスマ同士違和感が無い。ちょっとカリスマ分けてくれないかな。
チルノはフランのパチュリーポジションなのだろうかとぼんやり考えている内に作業が一段落したらしい。二人はスコップを突き刺して一息ついていた。
二人の隣から雪山を見上げてみたがけっこうな大きさだった。大きめのビルを横倒しにしたような感じで横に広い。私は首を傾げる。
「これをどうすんの?」
「それは勿論こうして」
チルノが両手をかざし、開いた手のひらをぐっと握り締めた。雪山は圧縮され、一回り小さな氷山になる。氷は良く澄んでいて中まで透けて見えた。
「こうするの」
続いて一体に戻ったフランが両手に灯した髑髏を慎重に正面で合わせ、一つの髑髏にした。それを三、四回繰り返し、倍ほどに大きくなった髑髏を握り潰す。
途端に氷山が氷の破片を飛び散らせて爆発した。
そしてダイアモンドダストの様な氷の散華を煌めかせて現れたのは美しい氷で出来た紅魔館。実物の半分ほどの大きさしかないが門から塀、窓の少ない館、時計塔に至るまで完璧に紅魔館だった。
マジか。
「名付けて氷魔館よ! あたい達ったら一級建築士ね!」
チルノは無邪気に笑ってフランと手を打ち合わせていた。ホント器用だな……お姉さん開いた口が塞がらないよ。フランもますます能力の使いこなしに磨きがかかってるし、この二人は一体どこまで突き進むのか想像もつかない。
ざっと氷魔館の中を案内され、シャンデリアまで細かく作り込まれているのを見て驚きを通り越し呆れた気分になった。
これならレミリアも喜ぶとフランに保障し(フランのプレゼントならなんでも喜ぶが)、私は二人に別れを告げて歩きで魔法の森へ入った。
外は寒いし温かい紅茶でも頂いて一息着こうかとマーガトロイド邸に向かう。途中で命知らずにもズラリと並んだ鋭い歯をむき出して襲ってきたキノコを襲い返した。傘を囓ってみると少し甘い。
柄の方は苦かったので傘だけもぎ取って食べながら歩いていくと、マーガトロイド邸から小さな人影が飛び出して来るのが遠目に見えた。
「アリスの馬鹿! もう知らない!」
「待ってメディ!」
アリスは勢い良くドアを開けて逃げるメディスンを引き止めようと手を伸ばしたが、メディスンはその手をかいくぐって走り去った。
メディスンは森の中に消え、アリスは戸口で呆然と立ち尽くす。唇を噛み締めたアリスの顔には後悔の色が浮かんでいた。
「喧嘩かね、若人よ。追いかけた方が良いんじゃない?」
「……ああ、白雪。みてたの?」
傘を捨てて声をかけるとアリスは取り繕った顔で振り向いた。
「見てた見てた。どう? 良かったら相談に乗るけど」
「余計なお世話よ。どうせ寂しくなったら帰ってくるわ。白雪はまた紅茶でも飲みに来たの?」
「そう」
「なら早く入って。暖房かけてるんだから」
私はアリスに続いて中に入った。中は暖炉に火が入っていて温かい。テーブルに着くと言わなくても人形がふよふよ寄って来てアンティークなカップに温かい紅茶を入れてくれた。
クッキーを頬張りながら私今晩食ってばっかだなとぼんやり思う。紅茶のお代わりを貰いながらちらりとアリスを見ると、テーブルに転がった毛糸玉をイライラ指でつついていた。時折窓の外に目が行き、小さくため息を吐いている。
素直じゃないねぇ。何があったか知らないけど見栄張らないで探しに行けばいいのにさ。
「……何よ」
「別に」
アリスは睨んで来たがさらりと流し、私は何気なく窓の外に目を向けた。
「外は雪が降ってるね」
「…………」
「今日は寒いよ。防寒具が無いと凍える、かも」
「…………」
「温かい所から急に寒い所に出ると風邪を引きやすいんだよね」
「……あの子は人形だから風邪なんか引かないわ」
「おや、私はメディスンの話なんかしてないけど?」
アリスは押し黙った。
それきり会話は無く、時折暖炉の火がはぜる音だけが聞こえていた。
やがてクッキーが二皿空になり、アリスがそわそわとテーブルの下で手をこねくり回し始めた時、玄関の方から小さな音がした。目をやるとドアの隙間からメディスンがびくびく中を覗いている。アリスは私の目線に気付き、すぐさま立ち上がるとツカツカドアに歩み寄って開け放った。
「あ……」
メディスンは怯えた様に半歩後ずさった。無表情のアリスはじっと雪まみれのメディスンを見下ろしている。
「あ、あの、私、」
メディスンが意を決して何か言いかけたが、その前にアリスはその場にしゃがみこんだ。メディスンの服と髪についた雪を払い、きつく抱き締める。メディスンは驚いた顔をしたが、すぐに泣きそうな表情になって抱き返した。
「アリス、ごめんなさい」
「……馬鹿。心配させないで」
二人の邪魔をしないように私は窓からそっと抜け出した。両方の意味でご馳走さまです。
甘い物の後には酒が欲しくなる。もう日付も変わった遅い時間だし、〆にミスティアの屋台で一杯ひっかけて行く事にした。
聴力を強化して耳を澄ませると、遠くから特徴的な歌声が聞こえてくる。私は歌を頼りに再び雪の夜空を飛んだ。
竹林の傍の分かりやすい場所で開いていたので近くまで行くとすぐに見つかった。提灯をつけた屋台でミスティアが鰻を焼いている。
私はブレザーを着た長い耳の先客の隣に座った。ミスティアが威勢良く声をかけてくる。
「いらっしゃい! 何にする? 八目鰻とか鰻とかウナギとかあるけど」
「おすすめは?」
「ウナギ」
「じゃあ夜雀の丸焼きで」
「……おおおお客さん、ひ、ひ、冷やかしはこまるわー」
「そんなに怯えなくても冗談だから大丈夫。取って喰やしないよ。熱燗と何か適当につまみ頂戴」
「良かった……」
ミスティアはかなりほっとした様子で呟くと徳利を温め始めた。待っている間に隣でカウンターに突っ伏している鈴仙の耳を引っ張る。
「鈴仙、どしたん?」
声をかけても反応が無いので耳の中に息を吹き掛けてみた。鈴仙の肩がビクンと揺れる。しかし起きない。
「お客さん、そっとしといてあげてよ。鬱憤溜まってるみたいで随分飲んでたからさ、当分起きないと思う」
ミスティアが慣れた様子で毛布を取り出し、鈴仙の肩にかけた。普段の軽薄な鳥頭とはかけ離れた優しい顔をしている。
「繁盛してる?」
「固定客も着いて来たし、割とね。でも私の屋台に対抗して焼鳥屋もメニュー増やしやがったから良いのか悪いのか悩むわ……熱燗おまち」
ミスティアから徳利を受け取り、まずはお猪口で一杯。温かい酒が五臓六腑に染み渡る。しんしんと降りしきる雪を眺めながらポツポツとミスティアと世間話を交わし、もう一杯、もう一杯とついつい酒が進む。
結局明け方近くの店仕舞いまで居座り、それから鈴仙を永遠亭へ送って行ったので神社に着く頃には日が昇っていた。
霊夢にどこ行ってたのと聞かれ、その辺りをふらふらと、と答える。ついでに朝まで飲んでたから朝食は要らないと言うともう作ったわよ馬鹿となじられた。
ま、こんな日もあるさ。