地底へと続く縦穴を下へ下へ降りていく。穴が微妙に湾曲しているせいで上からの明かりはすぐに届かなくなり、陰陽玉に煌々と岩肌を照らす白い灯を灯して更に下へ。
地下には妖精がいない。代わりに怨霊がつっかかって来るかと思えばそんな事は無く、下から吹き上がるどこか淋しげな風の音しか聞こえなかった。
はて、と私は首を傾げた。縦穴は既に地底の領域だ。私の記憶が確かならこのあたりに住む妖怪は蜘蛛や釣瓶落としを代表とした二十数名。既に彼女等の洗礼があってもおかしくないのだが……
『白雪、全然敵に会わないんだけど。地底ってこんなもんなの?』
霊夢もおかしいと思ったらしく退屈そうに声をかけてきた。
「そんなはず無いんだけどなあ」
『実際人っ子一人妖怪一匹居ないわよ』
フリーカメラで周囲を確認してみたが確かに上下前後左右どこにも人影は無い。鬼巫女襲来を嗅ぎとって逃げ出したか?
……いや、それは無いな。地底の奴等は逃げるよりも大抵当たって砕ける方を選ぶ。陰気臭い場所に住んでいるからこそ陽気な奴は多いのだ。
おかしいとは思ったが激しい攻撃を受けるよりは攻撃が無い方が余程良い。何かの罠だとしても霊夢なら回避するだろう。そのまま先に進む事にした。
「白雪ー、猫助けたはいいんだけどさ、なんかこの怨霊異様に逃げ足早いんだけど」
「あ、ごめん言って無かった。その怨霊は逃亡用の能力持ってて対策練らないと捕まえれないから適当な所で切り上げて」
「それを早く言ってよ……早苗、聞いたよね? 進路変更、地底に行きな」
『諏訪子様のおっしゃる通りに』
守矢チームもその内追いつく。このまま障害も無く進めば縦穴を抜ける頃には合流できそうだ。
そろそろ延々と続く縦穴も終点に近付いて来たかという時、縦穴の壁にぽつぽつ開いている小さな横穴の一つに人影を見つけた。
「霊夢」
『はいはい』
この静けさの理由を探ろうと霊夢を促す。
霊夢が陰陽符を数枚指で挟み警戒しながら横穴を覗くと、泣き腫らし赤い目をした緑髪の幼女が見返して来た。小樽に入ってべそをかいている。キスメだ。その横ではヤマメがキスメの頭を撫でながら手首から出した糸でバラバラになった木桶を繋ぎ合わせていた。
「キスメとヤマメじゃん」
『誰よ』
「釣瓶落としと土蜘蛛。おうおうヤマメさんやい、やけに縦穴が静かだけどどうしたん?」
『おお? また人間。今日は千客万来だねぇ。縦穴が静かなのは先に来たお客さんが暴れてったからさ……というかどうして私の名前を? あんた何者?』
霊夢を見て一瞬身構えたヤマメは不思議そうに首を傾げた。
霊夢は答えず陰陽玉越しに私に話し掛ける。
『千客万来ですって。もう先行してる奴がいるじゃない。どうすんのよ、あんたまたポカやったの?』
「またとか言うな。先に行ってそうな奴には何人か心当たりあるけど、今回の霊夢の仕事は封環をつける事なんだし問題無し。露払いしてくれてると思えば?」
『……それもそうね』
『お、私を無視して腹話術かい? 寂しい人間め。まあいいわ。胡散臭いからこの場で倒してあげる。キスメ、ちょっと待ってて』
『ほら白雪のせいでまた闘うハメになったじゃないの』
「言い掛かりだ!」
そして私の抗議を無視して壮絶な弾幕決闘が――――始まった途端に終わった。
ヤマメは先行した侵入者達との弾幕決闘で消耗していたらしく、霊夢の弾幕を受けスペルカードを使う間も無くあっさり沈んだ。私の記憶では一面のボスを張っていたはずだが、妖精もかくやという弱さに悲しくなる。余程先に来た連中にべっこんぼっこんにされたんだろうなぁ。キスメなんか桶壊れてるし。
『その強さなら先に行っても大丈夫ね。地底は今お祭り騒ぎよ。誰も拒みゃしないから楽しんでおいき』
敗北したヤマメは一仕事終えた清々しい顔で霊夢の肩を叩くとキスメの桶修理に戻って行った。
霊夢はそれを見送り、なんだかなぁ、と呟いて先に進む。
『ジメジメしてる所に住んでる割には随分あっさりした妖怪ね』
「そんなもんさ。でも次はこってりした妖怪が来る予感」
『こってり?』
「べっとり……いやねっとりかな?」
『油汚れみたいね』
『地上の光が妬ましい。巡る風が妬ましい。地底の妖怪に物怖じしないその態度が妬ましい。ああ妬ましい、妬ましい、妬ましいぃぃ!』
「説明しよう! 水橋パルスィとは! 嫉妬心を操る橋姫である! また自らも嫉妬狂いであり、楽しそうにしてる奴や悩みが無さそうな奴は特に激しく妬む! 霊夢とかね」
『また色モノが来たわね』
縦穴を抜け大空洞とでも言うべき広大な地下世界に入った途端、縦穴直下の橋の欄干に座って爪を噛んでいたパルスィが霊夢を睨んで猛烈にぱるぱるし始めた。
やはりパルスィの服も所々ボロボロで痛め付けれた感があったが、本体は元気なものだ。
『霊夢さん』
『遅かったわね』
そこへ早苗が合流する。余程急いで来たのか少し息を切らせていた。
『妖怪退治が楽しくてつい深追いしてしまいました』
『気持ちは分からないでも無いわ』
それなりに親しげに話し始める二人を凝視し、除け者にされたパルスィが爆発する。
『その上巫女仲間、仲間ですって! 私をどれだけ妬ませれば気が済むの!?』
嫉妬の雄叫びと共にパルスィの妖力が急激に上がっていく!
「戦闘力1000……1500……1800……馬鹿な、まだ上がるだと!?」
『白雪何言ってんの』
「陰陽玉の妖力計測装置はボンッてならないからつまらないって話」
『良い事じゃない』
「私は白雪に同意。ロマンだよ。それで何あれ、また怨霊?」
「んにゃ橋姫」
「橋姫、橋姫……あー、聞いた事ある。うん、早苗やっちゃえ」
『ガッデームユゥゥゥゥ!』
早苗が返事をする前にパルスィは歯をむき出して絶叫し、上位の中級妖怪レベルまで膨れ上がった妖力を弾幕に変えて撃ち出して来た。
即座に反応して二手に分かれ、華麗に避ける霊夢と早苗。怒りで短絡的な直線軌道になった弾幕はいくら速度と密度があっても恐れるに足りない。掠りもせず悠々と避ける巫女二人に歯ぎしりするパルスィの弾幕は更に激しくなった。しかし頭が沸騰しているのか戦略性に欠けている。
余裕かな、と思って静観していると背後で爆発音が聞こえた。視点変更してみると大空洞の壁に流れ弾が当たって岩肌を削っている。
おい、殺傷設定になってんぞ。奴め嫉妬で我を忘れてやがる。
私はモニターから目を離し、諏訪子と顔を見合わせた。
「弾幕決闘じゃないよね、これ」
「私も思った。スペカ枚数決めて無いし、さっきから橋姫の奴何度も被弾してるし」
「こっちも非殺傷切って行動不能にするしかないか。早苗ってスペルカードルール抜きで妖怪退治した事ある?」
「無い無い。スペカ無しの妖怪退治のノウハウは教えて無い」
「んー、なら物量作戦で」
「出たよ白雪の十八番」
「ほっといて」
私はぺそんと諏訪子の頭をはたいてモニターに顔を向けた。霊夢達は結界で敵弾を防ぎながらほどほどに撃ち返していた。
「霊夢、霊力しこたま送るから吹っ飛ばしちゃって」
「早苗、神力送るから吹っ飛ばしちゃって」
『了解』
『分かりました』
妖力を霊力に変換。陰陽玉と私を繋ぐ回路に送り込んだ。
一拍おいて画面一杯に広がる霊夢の御札と早苗の緑色弾幕。
パルスィは「何よその数は! 妬ましい! 妬ましいわ!」とかなんとか最後までぱるぱるしていたが、呆気なく弾幕の暴風雨の中に消えた。まあ死んではいないだろう。なむー。
「もう少し緩めで良かったかな?」
「いや、パルスィはキッチリ倒さないとパワーアップして復活するから。オーバーキルぐらいが丁度いいのさ」