第123季、初冬の事。燐からの定期報告が途切れた。こちらから通信符にかけてみたが繋がらない。通信符に不具合が出たのか、霊波が届かない様な場所にいるのか。
早苗の話だと燐は基本真面目に仕事をこなすが時々ふらりと遊びに(死体を探しに)行く癖があるらしく、今回もどうせそれだろうと思った。異変かとも思ったがほんの少しの不具合で一々騒ぎ立てるのも馬鹿らしい。
それでも大事をとって二、三日様子を見て連絡が無いようならこちらから出向こう、と、考えていたのだが……
その二、三日の間に地底に続く縦穴の付近で間欠泉が怨霊と一緒に何本も沸き出した。
ガッデム、二重に予防線張って警戒してたのにこれだよ畜生。
やっぱあれかな、通信符が何かの事情で使えなくなったから仕方無く怨霊を使って異常を知らせたって事か? それぐらいしか考えられない。
わざわざこんな事しなくてもこっちから行く予定だったんだけど……連絡が途絶えたらこっちから見に行くって言っておくべきだった。こういう所が迂闊だ迂闊だって言われる所以なんだろうな……
空暴走、通信符機能せず。三重に対策立てていればこんな事にはならなかったのかも知れないが、三重でも四重でも起こった可能性があるし第一もう起こってしまったのだからIFの話をしても詮無き事だった。過去より未来に目を向けよう。
さて、間欠泉付近には噴き出した当日から早速温泉目当てに妖怪やら人間やらが集まっていた。しかし怨霊がうろついている中気楽に温泉を満喫できている奴なんて……まあ幽々子ぐらいか。それ以外は大量の怨霊を前に二の足を踏んでいるらしい。
旧地獄跡の(恐らく)空による温度上昇が原因で沸いた間欠泉だから、空が火力を抑えれば収まる訳だけどこれはどうなんだろうね。怨霊さえ居なけりゃこれはこれでアリかも知れない。
神奈子は核融合発電所建造計画を立ててるけど、幻想郷に電気いらなくね?
あまり灼熱地獄の火力を上げ過ぎると発電施設を作ってもオーバーヒートして機能しない。しかし発電所が機能する範囲に火力を抑えれば間欠泉が止まる。
発電所か、温泉か。
幻想郷には今まで温泉が無かった。人里に小さな銭湯があるだけだ。温泉と電気、どちらを取るかと聞かれたら私は温泉をとるね。温泉好きだし。それに個人的に幻想郷に電気は似合わないと思う。
そう考えて神奈子に計画変更の相談をした。幻想郷配電計画には守矢の信仰集め、という側面もあるため最初は渋っていたが、電気が通る事で人間の暮らしが科学寄りになり、神に頼らなくなる可能性を提示すると悩んだ末引いてくれた。
これだけ妖怪が密集し、超常が日常になっている地域に住む人間が電気が通った程度の科学で神や妖怪を否定し始めるとは思えないが、電気の利便性に惹かれて一部の信仰が低くなる事はまず間違いない。それに月人も高度な科学を手に入れた途端妖怪に猛攻撃を仕掛けて来やがったからね。不安の芽は摘んでおいた方が良い。
科学を否定しろ、幻想だけを頼れ、とまでは言わないけれど、科学を発達させたいのなら人間が自発的にそうするべきだと思う。わざわざ幻想側から発展を促進してやる事は無い。下手を打てば自殺行為になるから。
はてさて、間欠泉が噴き出した日から一夜明けて翌日。神奈子の説得に時間がかかったため、昼前にようやく異変解決に動く事になった。
博麗神社の境内には霊夢と早苗がスタンバイしていた。並んでみるとますます1Pと2Pっぽい。色的に。
一方私と神奈子と諏訪子は縁側に並んで腰掛け、頭のこぶをさすっていた。
霊夢の奴、私が事情を説明するとアンタらが原因かと拳骨を落としてくれたのだ。既に霊夢の背は神奈子より高い。私達は巫女に怒られる神ってどうなんだろうと疑問に思いつつも素直に頭上からの拳を貰っておいた。今回の異変勃発の遠因は確かに私達にある。
「霊夢、今回は通信符を陰陽玉の中に組み込んで、更に映像をこっちに転送する機構を付けたからフリーハンドで会話できるよ」
「会話する必要あるの? いつも通り適当に退治して適当に解決してくるわよ。目標も目的地もはっきりしてるんだから道案内の必要も無いでしょ、地図も暗記してあるし」
「いやいや、地底の妖怪には厄介な能力持ちが多いからさ。いくら霊夢でも事前情報無しで闘うのはキツいかな、って。私は解説役だと思って」
「あ、そ。建前は分かったわ。本音は?」
「……久し振りに地底の様子が見たくなって」
本心を吐くと霊夢はやれやれと肩をすくめたが、何も言わなかった。陰陽玉に会話機能がついた所でプラスはあってもマイナスは無い。
霊夢の隣では蛙の髪飾りに音声・映像通信機能を仕込んだ早苗が諏訪子から説明を受けていた。早苗のサポートは諏訪子が行い、神奈子は早苗を見送ったら河童の所へ発電所計画の中止を知らせに行く予定だ。
霊夢達の仕事は燐に怨霊を地底に戻させる事と、空を軽くボコってから封環を付ける事である。
封環は出力を抑える三つのリングで、一度つけたら肌に癒着する様にしてある。これを空の両足と右手にはめて盛大に噴き上がっている間欠泉の規模を抑えさせるのだ。温泉が欲しいとは言え十数本も高々と熱水が空に噴き出していると管理に困る。一、二本で充分だ。
封環を外すには手足を切断するしか無く、手足を切断すれば空は(両足と右手が制御機構を兼ねているため)核の力を使えない。
火力を抑えろ、と言って聞かせるよりも、全力を振り絞っても異常が起こらない様に外れない枷をつけてしまった方が良い。取り外し可能な札を首から下げるだけでは甘かった。
人のペットに外せない枷を着けるのはどうかと思うが、そこはさとりと仲の良い早苗が上手く説得してくれるだろう。
「じゃ、気をつけて行ってらっしゃい。ああそうだ――」
「ハンカチは持ったわよ」
「――ハンカ……うん。なんかごめん」
台詞を先取りされしょんもりする私を鼻で笑った霊夢は早苗と一緒にさっさと飛んで行ってしまった。
巫女服をはためかせて良く晴れた冬空の向こうに遠ざかって行く霊夢の後ろ姿には貫禄があり、本当は白雪の手助けなんていらないんだけどね、と背中で語っている気がした。なんか悔しい。
「……ねぇ神奈子、巫女交換しない? ウチの巫女使え過ぎて困る」
「良い事じゃないの。さて、と。私は河童の所に行くから、二人共真面目にやりなさいよ」
「はいはい」
「あいよー」
私と諏訪子は生返事を返した。
陰陽玉から送信された映像が正面に一メートルほど離して展開した長方形モニターに映っている。ちらりと隣に目をやれば、諏訪子の正面にもモニターが展開され、似た様な景色を映していた。
しばらく、無言。枯れた草原と葉を落した森、青い空ばかりが広がる。妖精も散発的にしか現れなかった。退屈な道中だ。
「諏訪子、お茶飲む?」
「飲むー。安いやつでいいよ」
立ち上がりながら聞くと諏訪子はモニターから目を離さずに答えた。小さな気遣いにぐっとくる。霊夢だったら五月蠅く細かい注文をつけただろう。
お茶を淹れて戻ると画面に小さく間欠泉が見えていた。頂上で水飛沫を上げて散る間欠泉の上には綺麗な虹がかかっている。
私は湯飲みを渡しながら諏訪子の隣に座り直した。
「あれ、妖精増えた?」
「間欠泉が近付くにつれてわらわらとね」
異変を嗅ぎ付けて興奮状態の妖精達を軽快にピチュらせながら霊夢と早苗は飛んで行く。まだ私達が口を出す必要は無い。
私は煎餅をかじりながら足をぷらぷらさせて画面を眺めていたが、画面下部を流れていく景色の中に人間を見つけた。興味を惹かれそこの部分をロックしてズームをかける。
「あ、何その機能! ずるい!」
「そう思うなら諏訪子もつければ?」
「そだね」
文句をつけた諏訪子はあっさり引いて画面の術式を弄り始めた。私はその間に見つけた人間を観察する。
服装から察するに陰陽師を護衛につけた里人の様だった。各々タオルと木桶を持って楽しそうに話しながら草原の小道を歩いている。
日帰り温泉ツアーだろうか? 昨日沸いた温泉(間欠泉)に今日入りに行くとは気が早いと言うかなんと言うか。
縮尺を戻し、フリーカメラでぐるりと周囲を見回してみた。すると今度は弾幕を放って来る妖精に紛れて遠くに何かが見える。
再び対象をロック、拡大すると猫が怨霊に追いかけられていた。二匹とも見覚えがある。橙とあれは……マナだ。地底から出て来た怨霊の中に混ざっていたらしい。
何か鳴きながら必死に逃げる橙を修羅の顔をしたマナが明らかに殺傷力のある弾幕をばらまきながら追いかけている。八雲に連なる者は特に憎いと見える。
んー……橙、死ぬかも。
数百年前ですら藍が苦労して追い払っていたのだ。歳若い式である橙がこの数百年で更に恨みを募らせたであろうマナに勝てる訳が無い。逃げ切るのも無理だ。
「諏訪子、諏訪子。紫の式の式が粉微塵のグチョグチョに殺されそうなんだけど」
「これでよし、と……え、何? 今なんか言った?」
「言った。かくかくしかじかで猫がヤバい」
「いや分かんないよ。漫画や小説じゃないんだから」
設定変更をして聞いていなかった物分かりの悪い諏訪子に事情を説明する。話を聞いた諏訪子は渋い顔をした。
「あのスキマの式の式を助ける? スキマはあんまり好きじゃないんだけどな」
「貸しを作ると思えば? 橙も最近は結界管理に携わる様になってきたみたいだし、折角役立ち始めた式を潰すのはねぇ。あとここで見殺しにしたら藍が怒り狂うよ」
「うーん……まあ……助けてもいいかな」
「そりゃ良かった。ま、諏訪子早苗が助けなくても私と霊夢が助けるんだけど。とかなんとか話してる内に追いつかれそうになって半泣きの憐れな猫に愛の手を。霊夢ー」
『知ったこっちゃないわ。弱肉強食ね。自分の式から目を離した藍が悪いわ』
霊夢は底冷えする答えを返しおった。言ってる事は間違って無いけど冷たい、というか無関心だ。助ける気は無いらしい。
妖怪が妖怪に殺されたり人間が妖怪に殺されたり、という事件はスペルカードルールが普及してから格段に減りはしたものの無くなってはいない。今現在の事態もそうした少し珍しい――かと言っておかしくもない光景の一つなのだ。
霊夢には知人だから特別に助ける、という感情が無い。普段はふてぶてしくも割とまともな言動をとる霊夢だが、こういう時にその異常性が身に染みて分かった。
それでも巫女だから神として命令すれば嫌々やってくれるんだろうけど……
さっきから早苗の危ない! とか下に避けて! とか猫の身を案じる声が漏れ聞こえている。ここは早苗の方が適任か。
「諏訪子」
「はいよー。あーあ、地底一番乗りは博麗かー……ま、いいや。早苗ー?」
『はい。会話は全部聞こえていました。任せて下さい!』
けがれの無い早苗の声が心地良い。
それに比べてウチの巫女と来たらひねくれちゃってまあ……
はぁ。
マナ? 誰それ? という方は妖怪録を参照の事。