少し前に神々は再創造を終えて天上へ帰っていき、世界の土地も法則も完全に固定された。
人里近くの日によってあったりなかったりする湖は現れっ放しになり、動く木は動かなくなり、人間を少し脅かして妖力が全快なんて事も無くなった。
前者二つはとにかく後者は不便である。そのせいで人を沢山脅かさなくてはならない。人間を食べれば効率良く妖力を回復できるのだが、人里の住人は親しみやすく、仲良くなってしまったので心情的に食べられなかった。
まあなんだかんだで今まで人間食べた事は一度もないし、仲良くならなくても食べられなかったと思うが……
これでは妖力の採算がとれない。もう少し大きな里に行こうか?
いやいやイズミに薬草学教える約束してるし、カヤは遊んであげないと泣くし、ホクの酒が飲めなくなるのは嫌だし……
しがらみが増えてにっちもさっちも行かない。どうしたもんかねぇ。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『人間と仲良くしていたら神になっていた』
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
わたしも何をされたのかわからなかった……
実は神様の子孫だとか 神の力を奪い取っただとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねぇ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……
私の体から洩れ出る半透明の力。神力だ。
計画通り……とか言えればいいんだけど、上の文で分かるように寝耳に水だった。
「なんで?」
山賊もどきを簀巻きにして里の入口に転がしておいたから?
里の人間を食べようとしてた小妖怪をうっかり半殺しにしたから?
永遠亭造る時に余った木材をあげたから?
それとも親しい人間に妖怪避けの護符をあげたから?
……思い返せば神様っぽい行動を取りまくってるけど、それだけで妖怪が神になれるもんなのかね。実際なったんだからなれるんだろうけどさ。
天上界から連絡も無いし上司の神様も居ないし、私は八百万の神という扱いで良いのだろうか? 何の音沙汰も無いと不安になるじゃないか。今まで通り妖力も使える。自分が妖怪なのか神様なのか分からない。
神力を手に入れた翌日、里に行ってホクと酒を飲もうと思ったら出会いがしらに拝まれた。何を言ってもありがたやだったので気味が悪くなって逃げ出してしまった。なんぞあれ。
竹林に戻って原因を考えたが、冷静になってみれば神力のせいに決まっている。前回訪ねた時との相違はそれしかない。
神力のせいで拝まれるなら隠せばいいじゃない、と神力を隠して翌日人里に行くと、今度は普通に接してくれた。
やはり神力は神の力、面倒な効果がついているようだ。
密度が高いだけあって大量の妖力や霊力に変換できるが、逆に妖力を神力に変換する事はできない。人間の信仰によって増減し、自然回復しない。
大量にあれば世界法則書き換えにも使える高品質パワーだが、私は妖力の方が扱い慣れているので神力をそのまま使う事はまず無いだろう。人間を襲わなくても力が衰えなくなったというのが一番嬉しい。
「白雪様、悩み事ですか?」
応用の効かない力だとため息を吐くと、一緒にいたカヤが心配そうに言った。私は笑って自分より背の高い少女の頭をなでてやる。
「次の遊びを考えてただけだよ。湖に行って水切りをしようか」
「ミズキリ……でも湖ですか? お母さんがあそこは妖精が出るから行っちゃいけないって」
「私がいるから大丈夫だよ。心配なら一度家に戻って一言言っておいで」
「はい!」
カヤは顔を輝かせて駆けていった。元気な娘だ。里の人間は皆赤ん坊の時から見ているが、あの子はあと数年もすれば里一番の器量よしになるだろう。
身長も胸もあっという間に私を抜かして……
……いやもう諦めてるから。神になってもどうせ幼女スレスレの少女のままだから。多分諏訪子と萃香には勝てるし悔しく無いから。
…………。
ごめん嘘ついた。やっぱり悔しい。
憂鬱なため息を吐くと、丁度走って帰ってきたカヤに見られて心配された。
カヤの母が供物として寄越した大根とネギを抱え、カヤは飛べないので歩いて湖まで行く。カヤと話しながらも霊力を高めて威圧しているので小妖怪は寄って来なかった。でも妖精は木の影からこちらをそっと伺っている。
湖に着くといつものようにうっすら霧が漂っていた。氷精はまだ発生していないらしく見掛けない。
「水切りってのはね、こうやって」
野菜を置いて足元の石を拾いあげ、スナップを効かせて水面に投げた。石は水面を跳ねてとんでいく。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……十一回か。
「石を跳ねさせる遊び」
「白雪様、凄いです!」
カヤがキラキラした汚れの無い瞳を向けてくる。や、今ちょっと能力で石にかかる力操ってズルしたから。純粋な目が痛い。
カヤが石を探し始めたので平らなものが良いとアドバイスをしつつ、しばし水切りに興じる。カヤは器用な娘なのですぐに上達した。
「今度は五回いきます!」
張り切るカヤを微笑ましく見ていたが、背後に忍び寄る小さな妖力に気付いた。
「気付かれないとでも思ったか!」
脇に置いておいたネギを掴み、結合力と固定力を強化して振り向きざま一閃。カヤの髪をひっぱろうとしていた妖精に命中し、錐揉み回転をして吹っ飛んだ。気絶した妖精が湖に落ちたのを皮切りに、森の奥からわさわさと後続が出て来る。
あーあー、妖精は悪戯相手を選ばないから厄介なんだ。腰を抜かしているカヤに伏せているように言い、私はネギを正眼に構えた。
「みっくみくにしてやんよ!」
群がる妖精を斬る斬る斬る! ネギなのに硬質な音を立てて妖精をかっ飛ばし、湖に落ちた妖精達が大量の波紋を作る。無双状態だぜひゃっはー!
「ラストスパート!」
更に速度を上げると、妖精を打つ鈍い音が繋がって一つの音のようになった。妖精が小さな弾幕を発射してくるが無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 弾幕ごとホームランだ! 私のネギの前に敵は無い!
「これで終わりっ!」
最後に残った妖精をネギの真芯で捉えて湖の向こうに消える場外ホームランにし、ようやくネギの強化を解除する。ああ良い汗かいた。
伏せていたカヤを助け起こすと、何かを期待した感じに聞かれた。
「白雪様はどうしてネギで妖精を退治したりできるんですか?」
「……神通力?」
「そうなんですか……じゃあ私にはできませんね……」
カヤも弾幕撃ったり飛んだりしたかったのか……まさかネギで妖怪を退治したいなんて事はないだろう。
空を飛んだり弾幕を撃ったりできる人間は滅多にいない。カヤは霊力が多い方だがちょっと足りない。
私はがっかり顔のカヤを慰めながら里に戻った。