タイトルは誤字に非ず
霊夢の風邪も無事に治りそこはかとなく夏になった。今年も例年通り俺の時代だとばかりに自己主張をする太陽が晴天の空に輝いていたのだが、ここ数日どうにも妙な天気が続いていた。
涼みに行こうと白玉楼に遊びに行くと雪が降って夏なのに暖をとるはめになり、魔理沙と会うと急に霧が出る。
神社に居る時は快晴で、一人で散飛に出ると雲も無いのにちらちらと小雪が舞う。
異常気象が始まって数日、私はこれが地震の前兆だと気が付いた。
緋想天だ。
天人が緋想の剣で幻想郷の住民の気質を雲に変えてうんたらかんたら、地震を起こして博麗神社倒壊、どうのこうので神社再建するも天人が神社を別荘にしようとしている事が発覚して再び倒壊、あとはもにょもにょして萃香あたりが再再建、とかなんとかそんな感じの流れだったと思う。
あやふやな記憶だったがここで注目すべき重要なキーワードは「神社倒壊」である。繰り返そう。「神社倒壊」である。
ふざけんな。なにしてくれるんじゃワレコラ。私の神社だぜ? 由緒正しい幻想郷と外界の境界を司る神社だぜ? 異変を起こして騒ぎたいからってそんな理由で壊すなよ。
まぁ局地的大地震で倒壊の危険があると分かっていて放置するほど私は馬鹿ではないから、以前焼失した際にガッツリ耐久力やら何やらを上げて建て直している訳だけども。ちょっとやそっとの地震ではビクともしないだろうさ。いや、ちょっとやそっとじゃない規模でも大丈夫。
確か神社を壊す目的は霊夢を確実に異変解決に出動させるためだったか? マゾいよなあ。
Mっ気でもあるのかね。それともゲームで一周目から難易度HARDにするタイプ? 壁は高い方が燃える! みたいな。どうでもいいか。
とりあえずはいくら強烈な地震を起こしても倒れる気配の無い神社に愕然とするがいいさ。
天人の計画破綻を想像してうひひと笑った更に数日後、やはり地震は起こった。
私は守矢神社の縁側で諏訪子と並んでスイカの種を遠くに飛ばす競争をしていた。分社のおかげで移動が一瞬で済むため守矢神社には良くお邪魔する。
「タネマシンガン!」
「ホウセンカショット!」
弾丸の様に口に含んだ種を飛ばす。メートルでは無くキロメートル単位で空の向こうに飛んで行っていた。天気は私の気質を反映した風花。良く晴れた空にちらちらと粉雪が舞っている。
「うん?」
弾丸補給にスイカに囓りついていると懐の通信符が夕焼け子焼けを流し出した。この着メロは霊夢だ。私はスイカを緑の部分だけ残して綺麗に食べ、皮を盆に置いてから通信符を取り出し耳に当てる。
「もしもし?」
「白雪? 今起きた地震なんか変じゃ無かった?」
「……いや、こっちは地震なんて起きてないけど」
通信符の向こうで襖を開ける音がした。
「怪しいわね。デカい地震が二分ぐらい続いたからすわ異変かと思ったんだけど。地震が起きたのはここだけなのかしら……や、それはそれで変ね」
ははーん。緋想天、発動か。やっぱりと言うかなんと言うか。
「神社の被害は?」
「箪笥が倒れて食器が落ちて割れたくらいね。外はここから見える範囲だと……境内に小さい地割れが出来てる。鳥居は無事」
ああ、神社は強化したけど他は特に対策とらなかったからなぁ。仕方無い。神社が無事なら神社の地下の結界管理式も無事だろう。やってて良かった神社強化。
あと天子ざまあ。私の神社を別荘にはさせない。
「どしたん?」
「博麗神社で局地的大地震が起きたっぽい」
首を傾げて尋ねてきた諏訪子に簡潔に説明し、霊夢に指示を出す。
「ここ最近の変な天気もそうだし、多分異変だと思うけど単なる自然現象って可能性も無い事無いから霊夢はひとまず被害範囲の確認。原因を探るってか確認するのは私が――ぬわ!?」
説明の途中で突然地面が揺れた。激しい揺れに縁側から落とされ、諏訪子と二人で地面をコロコロ転がる。
「あわわわわ!」
「すわわわわ!」
しかしいつまでも大人しく地面の揺れに翻弄される事は無いので空に飛んで安定を得た。そして二人で空中から下を見下ろして呆然とした。
地響きと共に守矢神社が激しく揺さぶられ、崩れ落ちていく。瓦が宙を舞い、障子が飛び、倒れた柱に賽銭箱が押し潰される。境内に乱立したオンバシラも折り重なって倒れて行った。荘厳な構えの神社は見る間に威厳を失う。
「白雪っ! 見てる場合じゃない!」
「え? ああ!」
諏訪子の叫びで我に帰り、神社の崩壊を止めにかかった。神力を放出し、神社全体を包み込みこれ以上崩れるのを防ぐ。生憎既にほぼ全壊状態だったがやらないよりマシだ。諏訪子が拳に神力を込め、降下する勢いに乗せて地面に叩き付けると揺れは収まった。
「応急処置はOK! 神奈子は下敷きになったぐらいじゃくたばらないから先に早苗助けるよ!」
諏訪子は言うや瓦礫の山を掻き分け始めた。私も下に降りて発掘を手伝う。折れた柱を後ろに放り投げながら混乱した頭で考えた。
守矢神社、倒壊。明らかに博麗神社の地震と無関係では無いだろう。どういう事だ? 博麗神社を倒せなかった腹いせに守矢神社を狙ったのか? それとも最初から二社共狙うつもりだった?
……分からない。分からないがこれが不良天人の仕業であるという事はほぼ確実だ。
「早苗っ!」
考えている間に諏訪子が早苗を掘り出した。頭にでかいこぶを作り目を回している。奇跡の力が働いたのか現人神の頑丈さか、死んではいない。ほっと息をつく。
私は早苗を介抱する諏訪子を横目に握りっぱなしだった通信符を耳に当てた。
「霊夢、えーと……」
「通信入りっぱなしだったから大体事情は分かったわ。守矢にも地震が来たのね?」
「ああうん。そう。異変確定」
「神社を狙ったテロかしら……まあなんでもいいわ。細かい理由は犯人を叩きのめしてから聞けばいい話だし。犯人の心当たりある? あるわよね?」
「なんで決め付けるの?……あるけどさ」
空を見上げると緋色の雲が集まっている。いつからか山の上には地震雲の代わりに緋色の雲が漂っていた。さっきより薄くなってる気がするが超怪しい。あからさまに怪しい。隠す気も無い様だ。
「やっこさん妖怪の山の上に居るみたいだね。逃げも隠れもしないからかかって来いやぁ! だってさ」
「良い度胸じゃない。頭は悪いけど」
通信符の霊源がプツンと切れた。はい、怒りの鬼巫女霊夢入りましたー。
私が十字を切っているとほとんど全壊した神社の一角が突然吹き飛んだ。瓦礫の下から神奈子が這い出て来る。埃と木屑まみれになっていたが怪我をした様子は無い。私達に目を止めると頭を掻きながら歩み寄って来る。
「やーれやれ、まさか幻想郷赴任二年目にして神社が倒壊するとは……耐震補強でもしておくべきだったわね」
「神奈子ー、これ神社を狙った人為的な地震らしいよー」
諏訪子の言葉に神奈子は埃を払う手をぴたりと止めた。うなされている早苗を見て、諏訪子を見て、私を見る。
「神社を狙った地震?」
神奈子が無表情に低い声で言った。どうなんだ、と目線で問い掛けられたので少し迷ってから頷く。博麗だけでなく守矢まで狙われた理由ははっきりしないが、神社が狙われたのは確かだ。
神奈子はもごもご自分の名を呼ぶ早苗の頭を慈愛に満ちた仕草で優しく撫でた。
「とんだ命知らずがいたものね……白雪、これは異変ね?」
「異変だね」
「異変の解決は誰が行なっても良い、そうね?」
「そうだね」
神奈子は一旦息を吸い込んでから山全体に響き渡る怒声を上げた。
「血祭りだぁ!」
般若の気迫に当てられて野次馬に集まり始めていた天狗が逃げていく。大声に飛び起きた早苗に殴り込みだー! と楽しそうに説明している諏訪子に祟神の本質を見た。やべえ、オーバーキルの予感。
「あ、じゃあ私は留守番してるよ」
「何を言ってるの? 白雪も来るのよ。神社壊されて黙ってるなんて神失格よ」
辞退しようとしたが失敗した。
まあ……うん。私も天子に良い印象は無いんだけどね、会った事無いのに半端な事前情報を持ってるからか微妙な気分だ。博麗神社倒壊未遂→計画破綻ざまあ→霊夢を出動させる→軽くボコってたしなめる、みたいな流れを想定してたのに大事になりそうで困惑中。なんでか守矢にまで手を出した天子の自業自得と言えなくもないけど……
ちらりと目をやれば喜々として鋭い刃のついた鉄輪を磨く諏訪子に、溢れる怒気を抑え込み破裂寸前の爆弾の様な気配を出している神奈子が見える。早苗は倒れた柱の下敷きになった御祓い棒を引っ張り出そうとしていた。
……これは私と霊夢が出る幕も無く天子死ぬんじゃね。加害者に可哀相なんて気持ちを抱くとは思わなかったわ。
霊夢の到着を待ち、妖怪の山を軽く壊滅できそうな戦力で上空の雲の中に突入する。緋色の雲は濃霧の様に視界を遮ったが上へ昇るだけなので問題は無い。緋色の雲を抜け雷雲に入ると龍宮の使いがウロチョロしていた。私達を見つけて近付いて来たが、神奈子の顔を見るなり血相を変えて逃げ出そうとする。
「逃がすか!」
「わぶ!?」
神奈子がぶん投げた怒りのオンバシラを背中に受け、龍宮の使いは墜落して行った。それを諏訪子が拾いに行き、神奈子の前に連行する。後ろからはがいじめにされ首筋に鉄輪の刃を当てられた龍宮の使いは困惑三割諦観二割恐怖五割の表情で震えていた。散歩していたら突然虎の口に咥えられた兎の顔だ。
「あんた、名前は?」
「……永江衣玖です。あなた方の目的は知りませんが害意はありません。あと地震が起こります」
衣玖はこんな状況でも落ち着きを取り戻した。職務に忠実でもある。
神奈子はイライラと指で胸の鏡を叩いた。
「地震ならもう起きたわ。手遅れよ」
「そうですか? ならもう一度起こります」
「三度も?」
「え?」
三度、と聞くと衣玖は困惑顔になった。
「……地震は二度起きたのですか?」
「そう言っているでしょう。で、あんたが黒幕?」
「いいえ、違います。私に地震を起こす力はありません。……ふむ、言われてみれば確かに緋色の雲の濃度が薄くなっている……」
考え込んだ衣玖を前に私達は顔を見合わせた。この龍宮の使いは犯人では無さそうだが、何らかの情報は持っているように見受けられる。
「ごめん、こっちの勘違いだったみたい。詳しく話を聞かせてくれない?」
諏訪子は素直に謝って拘束を解いた。
情報を交換して事実確認を行なった所、一度目の地震は比那名居の天人が「大地を操る程度の能力」で起こしたものであり、二度目の地震は緋色の雲を消費して起こしたものである事が分かった。衣玖は比那名居の方でこんな事をするのは総領娘様――天子だけだと語る。
「その要石ってやつを刺せば地震は鎮められる訳ね」
「そうです。でも比那名居の方はやりませんよ」
「抑え込んだっていつかは爆発するのだから分からなくも無いけど、神社に被害を集中させるのは頂けないわね。私達に恨みでもあるのかしら」
「それは分かりませんが総領娘様は口癖の様に退屈だ、退屈だ、下界の異変は楽しそうだとおっしゃっていました」
「…………」
「…………」
「…………」
もりやのいかりのボルテージがあがっていく!
博麗神社はそれほど守矢神社に比べて被害を受けていない。霊夢と私は通常の異変解決のテンションだったが、守矢組からは何か黒いオーラが出ていた。折角幻想郷生活が軌道に乗って来た所で神社を破壊されたのだ、無理も無い。
神力で建物自体は建て直せるが、霊的要素までは修復できない。オンバシラで作った神域は作り直し。紫のスキマ対策に厳重に張り巡らせた結界も張り直し。
幾度も河童と相談し、天狗と交渉し、何ヵ月もかけて整えた快適な環境を面白半分に壊された彼女達の怒りは計り知れない。
「これからしばらくは地震の心配は無いのね?」
「守矢神社に集中してかなり発散されたので……後二十年ほどは安泰でしょう」
「なるほどあい分かった。それでその馬鹿天人はどこに居る?」
「この真上に。私も総領娘様には少々手を焼いていまして……灸を据えて頂けますか」
「当然」
「……殺さないで下さいね?」
「それは保証しかねるわ」
オンバシラを釘バッドの様に肩に担いで上へ上へと飛んで行く神奈子。鉄輪を肩にかけてドラクエ3の戦闘曲を吹いている諏訪子。二柱の後ろを頭のこぶを気にしながら黙々と着いていく早苗。そして私と霊夢は少し守矢組から距離を離して着いて行っていた。
「霊夢、あんまり乗り気じゃなさそうだね?」
珍しく異変だと言うのに霊夢のテンションが上がりきっていなかった。心なしか帰りたそうにすら見える。
「連中が張り切ってるからよ。私の出番が来ない気がするわ」
「異変の解決は巫女の役目とか言って無かった?」
「早苗も巫女みたいなもんじゃないの。それに私達よりも守矢の方が頭にきてると思うのよね」
「霊夢が他人に獲物を譲る……だと?」
「私だっていつまでも分別無く敵に特攻したりしないわよ。道理はわきまえるわ」
霊夢はそう言って肩をすくめてみせた。霊夢ももう十八歳、仕草に大人の余裕が滲み出ている。
単に齢を重ねて落ち着いたのか、はたまた風邪で紫に看病されている間に何か思う所があったのか。どちらにせよ異変時に理不尽に暴れ無くなったのは良い傾向だ。
霊夢の頭をよしよしと撫でようとしてかわされ、照れなくて良いよと言えば無表情無言で返される。あー、やっぱあんまり変わって無かった。霊夢は急には変われない。
やがて厚い雲を抜け、雲海の上に出た。何故か着地できる雲の上に降り、周囲に目を凝らす。桃付き帽子を被ったあん畜生はすぐに見つかった。衣玖から特徴を聞いているので見間違いは無い。
神奈子はあちらは不意打ちで地震を起こしたのだからこちらも口上を述べてやる必要は無いと主張し、退屈そうに雲の上をうろついていた天子に接近するなり掛け合いもせず即戦闘に入った。
いきなり弾幕やらオンバシラやら御札やらを雨霰と放って来た三人に天子は驚いていたが、異変ごっこがしたかった、というのは嘘ではないらしく心底楽しそうに応戦する。たちまち天界に弾幕の嵐が吹き荒れた。
「それなりに使えるみたいだけど、いつまで保つかしらねぇ」
「なんなら賭ける?」
私と霊夢は巻き込まれない様に距離をとってのんびり観戦していた。天子は大口叩くだけあって(叩いてないけど)善戦している。防戦一方だが。
「白雪は何分保つと思う?」
「んー……三分?」
「じゃ、私は二分五十九秒」
「せこ!」
馬鹿話をしている内に戦局は傾いていく。
怒り心頭の守矢組は全員非殺傷設定を切って攻撃していた。
異変解決では弾幕決闘が推奨されるが強制ではない。そもそも今回は霊夢や早苗が神社の下敷きになって死んでいた可能性もあったのだ。これも因果応報と言うかなんと言うか。
手加減抜きの苛烈な攻めを受け、天子の顔に怯えの色が走る。勝負はビビらせたら勝ちだ、と言ったのははて誰だったか。
大上段にオンバシラを振りかぶる神奈子の覇気に一瞬圧され、半歩足を下げたせいで天子は諏訪子の鉄輪を捌き損なった。一筋、肩に傷が出来る。
そこからはもう一方的だった。
首をざっくり逝ったり心臓を抉ったりはしなかったものの、一思いに息の根を止めて上げた方がいいんじゃなかろうかという散々なボコりっぷりだった。殴るわ蹴るわ潰すわ捻るわ斬るわ焼くわ。もうやめて!天子のライフはもう0よ!
リンチから目を逸して横を見ると霊夢が淡々と秒数をカウントしていた。こっちもこっちで恐ろしい。
「ごめん! 白雪の分残しとくの忘れてた!」
やがて思う存分なぶって満足したらしく、良い汗かとばかりに笑っている諏訪子は最早誰というか「何」なのか分からなくなっている天子を持って来て私の前に転がした。霊夢が小さくうわぁ、と声を漏らす。
「二分三十二秒……コレ生きてるのよね?」
「一応微弱な生命力は感じる」
グロ的意味でR18になった天子は虫の息……いや虫でももうすこし大きく息をすると思えるほど弱い息をしていた。ボロ雑巾の方がまだ綺麗だろう。正直生きているのが驚きだ。
諏訪子と神奈子の信仰があんまり回復してなくて良かったね……全盛期の力でリンチにされたら絶対に死んでた。
「白雪、殺んないの?」
「字がおかしい」
素敵な笑顔で首を傾げる諏訪子。モンハンの通信プレイで痺れ罠に嵌めた飛竜のとどめを私に譲った時と同じ笑顔だった。
流石は祟神だ、これぐらい涼しい顔でできなければミシャグジの統括なんてやっていられなかっただろう。
「私達はいいよ。もう二度と異変を起こそうなんて気にならないだろうし。これだけやられて反省しない奴なんて居ないよ」
「そう? 白雪は優しいねぇ」
私は本気で言っているらしい諏訪子にどう反応していいものか悩んだが、とりあえず本当に死んでしまう前に天子の治療に取り掛かった。
後日聞いた話によると天子は博麗神社が壊れなかった八つ当たりに守矢神社を狙ったらしい。救えねぇ……
あと異変後天子の我儘は鳴りを潜め人が変わった様に真面目になったが、代わりに家から一歩も出なくなったそうだ。これはめでたし、でいいのか?