「東方Project第12.8弾妖精大戦争 ~東方三月精」公開記念。チルノが主人で進みます
真面目注意
チルノは普段霧の湖で眠る。全身を周囲の水ごと凍らせ、氷塊となって水面を漂うのである。そうしなければならない理由は無くどこかに居を構えても良かったのだが、こちらの方がなんとなく気楽だった。
ある朝早くチルノが目覚めると、厚い雲に覆われた白い空からちらちらと粉雪が舞っていた。初雪だ。思わず口許がほころぶ。今日は良い日になりそうだった。
自分を包む氷を割って抜け出し、欠伸を一つして湖の端へ向かって飛ぶ。
湖のほとりでは大妖精がどんぐりを広い集めていた。チルノは大妖精の隣に降り立つ。
「おはよう」
「あ、おはようチルノちゃん。一緒に集めよ?」
「ん。どっちが多く集められるか競争ね」
大妖精はにっこりと笑った。
大妖精が拾っていたどんぐりを半分分けてもらい、勝負開始。動物達が冬の蓄えに粗方食べるか隠すかしてしまうのであまり見つからなかった。
チルノは氷で小さなバケツを作り、大妖精は前掛けをたくしあげてそこにどんぐりを集めた。
何か目的があるわけでも無い。ただ拾い集めるだけだが充分に楽しかった。チルノも強かろうが賢かろうが妖精には違い無いのである。
チルノは十数年来の友人と共にしばしどんぐり集めに興じた。
小一時間二人で夢中になり、バケツが一杯になりどんぐりも見つからなくなったので終了となった。
「いーち」
「にーい」
「さーん」
運動会の玉入れでそうするように、声を揃えて集めたどんぐりを一つずつ湖に投げ込んでいく。
「ひゃくさーん」
「ひゃくよーん……私もうないよ」
「ひやくごー、ひゃくろく! ……あたいの勝ちね!」
二個差でチルノの勝ちだった。負けた大妖精は悔しがる訳でもなく手を叩いて凄い凄いとチルノを褒めた。
大妖精はチルノの補佐的立場についていたが勝負に手は抜かない。二人は何事にも――遊びも弾幕も常に真剣だった。だから勝てばいつでも嬉しい。
空は変わらず雲に覆われていたが、日が昇りいくらか明るくなっていた。妖精二人はどちらからともなく顔を見合わせ、頷いて飛び立つ。空の向こうにまだ見ぬ強者を求め、勝ちも負けも己の糧にするために。
二人が去った後湖に投げ込まれたどんぐりはしばらくぷかぷかと湖面を漂っていたが、やがて水中から顔を出した魚に飲み込まれて消えた。
霧の湖から今日は北へ、妖怪の山へ向かう。霧の湖の妖怪妖精では最早チルノの相手は務まらなかった。霧の湖でチルノは既に最強だ。
勿論それは弾幕決闘に限った話であり、殺し合いとなれば一妖精に過ぎないチルノは中妖怪にも瞬殺される。偶然霧の湖に住む中、大妖怪が揃って肉弾派であり、弾幕決闘を好む者は小妖怪か妖精だけであった、それだけの話。
チルノに慢心は無い。自分が種族として弱い妖精である事を自覚し、妖力や霊力ではなく創意工夫により大きく勝敗が左右される弾幕決闘が唯一の幻想郷最強への道だと理解していた。
幾度の敗北にも挫けず、学習し考え決して諦めない不屈の精神こそが自分の最大の武器だとチルノは思っている。
しかし、と後ろを飛ぶ大妖精に気付かれない様に小さくため息を吐いた。
自分は異様な妖精だ。
普通の妖精は寺子屋へ行かない。
普通の妖精は悪戯を我慢しない。
普通の妖精は大妖怪に挑まない。
普通の妖精は戦術を分析しない。
仲間の妖精は妖精としてあるまじきチルノを排除しようとはしなかった。それどころか時々知恵を借りに来る。森で採れた蜂蜜を分けてくれたりもする。
その仲間の普通の態度が、気楽さが、チルノには辛い。知恵をつけてしまったばかりに妖精本来の軽さ気楽さが薄れ、人間の様に要らない事で苦悩してしまう。チルノの悩みは仲間に相談した所で分かってはもらえない。精神構造が違うから。
仕方無い事だと思っていた。妖精なのに妖魔がひしめく幻想郷で最強を目指す自分がおかしいのだと。自分は一人なのだと。
だから、自分の様に高い知性を持つ大妖精に会った時、チルノは心底安堵した。
ああ、同じ妖精にも理解者はいたのだ。
自分の話に、遠大な野望について来てくれる大妖精の存在はチルノの大きな心の支えだった。彼女が居なければ自分の異質性に思い悩み苦しみ、もしかすれば努力を放棄し何も考えない少し強いだけの妖精となっていたかも知れない。それも今となっては分からず、また考える必要の無い事だった。
「チルノちゃん、あれ」
大妖精の声で物思いから覚める。眼下を見下ろすと湿地帯に作られた石の小道で長いウサミミが揺れていた。
あれは永遠亭の化け兎だ。二、三年前に博麗神社で行われた模擬戦で会った事がある。
あの時なんのかんので最後まで生き残った彼女とは一戦交えたいと常々思っていたが、今まで会う機会が無かった。チルノは頭の中から必要な情報を呼び出す。
「永遠亭の兎ね。名前は鈴仙・優曇華院・イナバ。狂気を操る程度の能力」
「……幻惑タイプ?」
「だと思うわ」
喋りながら下に降りる。鈴仙は身の丈の倍はあるギチギチのリュックサックを背負ってのをびり歩いていた。重くは無いのか不思議だ。
「あ、丁度良い所に。大ガマの池ってこの方向で合ってるわよね?」
「合ってるわ。仕事中?」
「そう。薬の配達」
鈴仙の横を飛びながら会話をする。鈴仙は頷き、リュックを背負い直した。
「あたいと弾幕勝負しない? あんたが勝ったら運ぶの手伝ってあげる」
「自分で運ぶから遠慮しとくわ。ちょっと重いけど」
ちょっとで済むのか。
鈴仙の華奢な生足を観察すると筋肉がしなやかに引き締まっているのが見てとれた。あまりにもバランスがとれ過ぎていてどことなく人工臭い。薬物でも使ったのだろうか?
さっさと歩を進める鈴仙の横を飛びながら思案したが、穏便に弾幕決闘に持ち込む手立てが思い付かない。振り返ると大妖精も首を横に振った。
普段なら無理矢理喧嘩を吹っ掛けるのも視野に入れる所だが、大ガマの池には友人のガマ蛙が居る。強引に闘って薬の配達に支障が出たら彼に申し訳が立たない。
チルノは鈴仙と今闘う事は諦め、別の相手を探す事にした。
対戦相手が見つからないまま妖怪の山の麓に着いてしまった。妖怪の山に踏み込めば妖怪も神様もわんさといるが、チルノの実力では入山する前に哨戒天狗に問答無用で斬り捨てられるのがオチだ。一度試してみて懲りていた。
妖怪の山と平地の境界線をぐるりと飛んでいると二柱の神を見つけた。
博麗の神と、もう一柱は特徴的な帽子の守矢の神。
なぜか両生類の神様は片手剣と盾を持ち、白髪の神様はランスを担いでいた。服装もどういう訳か軽鎧である。
チルノは首を傾げた。この二柱に武器防具など必要無いだろうに。
……まあ博麗の神がおかしな行動をとるのはさして珍しくも無い。友人を誘って外の世界のコスプレとやらでもしているのか。
「なにやってんの」
二柱に近付いて声をかけた。這いつくばって地面の土を掘り返していた彼女達は顔を上げずに答えを返す。
「リアルモンハンごっこ。……採集クエストだけど」
「本当は冬眠したいんだけどさぁ、引っ越したから寝床無くなってるの忘れてて」
「んで、ここの土はどう?」
「んん……もう少し粘土質の方がいいなー」
「下まで掘ってみようか」
寝床の材料を集めているらしい。巣穴を掘る兎の様に土を掻き出していく二柱。私達は眼中に無いらしい。
こちらは二人、向こうも二人、弾幕決闘にはちょうど良いけれど博麗とは以前戦った事がある。再戦には時期尚早……
「大ちゃん、守矢の方と戦う?」
「うん。私もそう思ってた。守矢なら幻想郷に来て間もないし、勝ち目があるかも」
大妖精も同じ考えだった。冬眠中の蛙を掘出してしまい謝りながら穴を埋めている守矢の神に決闘を申し込む。
「洩矢諏訪子! あたい達と決闘よ!」
「……んー? 弾幕決闘?」
「当たり前じゃないの」
「いいよー。二対一でもなんでもどんと来な!」
守矢の神はあっさり承諾した。服の土を払って片手剣を博麗にパスする姿からは蛙と弾幕好きの匂いがする。強者独特の気配にぞくぞくした。
「でも普通にやったら勝てないからハンデ寄越しなさい」
博麗がやっぱりか、とか呟いているが無視する。いくら幻想郷新参でも神は神。それもかなり長生きをしているらしい経験豊富な神。
チルノはボコられたいのではない。勝負をしたいのだ。
要求された守矢はケロケロ笑って快諾した。守矢はスペルカード一枚、チルノと大妖精はスペルカード三枚、と取り決めを交わし、空に舞い上がる。
そして博麗の合図で決闘は火蓋を切った。
が、数秒で負けた。
博麗が何か入れ知恵したらしく、距離をとって氷柱で狙撃するチルノを無視して瞬間移動で撹乱をかける大妖精に高密度広範囲弾幕をばらまかれたのだ。
一定範囲内で驚異的な回避率を誇る大妖精のテレポートも、種が割れていればテレポート可能範囲を弾幕で埋められて簡単に負ける。
通常、高密度弾幕を使われたら距離をとって密度が薄くなった所で回避するのが定石。しかし基本スペックで小妖怪にも劣る大妖精はスピードが足りず距離を取る前に被弾してしまうのだ。
弾幕決闘において前もってパターンを見切られていたというのは致命的だ。ハンデがあったとは言え負けるべくして負けた勝負だった。
ピチュって霧散した大妖精は博麗の能力で即復活させてもらい、今はチルノの横を疲れた様子で飛んでいる。
二人は二柱と分かれて新たな敵を探していた。空からの粉雪はいつの間にかみぞれになっていた。
それからしばらく妖怪の山を一周したが良い相手が見つからず、今日は帰ろうかと思った時、黒っぽいもやを纏ってくるくる回る神様を見つけた。
「厄神?」
「鍵山雛。厄をため込む程度の能力」
「うーん……ちょっと近付くのは危なくないかな? 私にも分かるぐらい厄いよ」
大妖精は困った顔をした。あの厄を見てみると確かに近付き難い。
「最終的には誰が相手でも勝たないといけないんだから、厄いからって逃げられないわ。我が覇道に逃走の二文字無し!」
「チルノちゃん格好良い!」
しかし挑む。戦略的撤退と弱腰逃げ腰には明確な差がある。ここは逃げずに勝負をするべきだとチルノは判断した。トルコ行進曲を口ずさみながら厄神に突撃する。
「そこの厄神、あたい達と勝負よ!」
「え、何?」
「あんたに弾幕決闘を申し込むわ!」
「はぁ……あなた妖精よね?」
厄神はくるくる回りながらチルノを観察するという器用な真似をした。じろじろ眺め回し、チルノの返事を待たずに勝手に納得して頷く。
「それならまあいいわ。人間ならとにかく妖精はちょっとぐらい厄に当てられても死んで復活すれば元通りだし。私も厄のせいで誰も近付いて来なくて退屈してたの。そうね、スペル三枚で……そっちは二人?」
チルノは肯定しようとしたが、大妖精に服を引っ張られた。
「ごめんチルノちゃん……今日はもう妖力がほとんど空で戦えないの」
「そっか。無理しないで大ちゃんは応援してて……こっちは一人よ」
大妖精が離れていくのを見ながらチルノはスペルカードを確認した。今回ハンデは要求しない。神力を見る限り地力は小妖怪の上か中妖怪の下ほど。弾幕の才能にもよるが作戦次第で勝てる相手と見た。
「私も神の端くれ、舐めない事ね!」
「それはこっちの台詞よ、妖精だからって侮ると氷漬けよ!」
厄神との弾幕戦は拮抗していた。
厄神は弾幕経験が浅いが実力で勝り、チルノは弾幕経験で勝るが実力で劣る。
チルノは敵弾を最小限の動きでかわしながら計算した。
季節と天候により冷気が増した事による自弾の速度・威力上昇、妖力消費軽減。厄神の通常弾での神力消費速度。弾幕の種類の使い分け、回避行動の熟練度。しかし厄神の厄による自身への悪影響は未知数。
諸々の要素を考慮してチルノは最も勝率が高い手順を脳内で構築した。
まずは回避のみから攻撃の割合を増やす。急に密度を増した弾幕に応じ、予想通り厄神はスペルカードを使った。
疵痕「壊されたお守り」
展開された弾幕をチルノは冷静に避ける。目の前の弾幕を避けるだけではなく広い視点で全体を俯瞰し、数種の弾幕パターンで構築されたスペルを見破った。パターンが分かればこちらのもの、数と速度のある弾幕でも安定して避けられる。薄紅色の弾幕を受け流す様に避け、チルノもスペル宣言をした。ここでは持続時間よりも密度と速度に重点を置いたスペルを選択する。
凍符「パーフェクトフリーズ」
冬の冷気の力を借り、いつもよりも密度が高い。相手に直進し一度止まってランダムに動き出す弾幕を厄神は必死に気合い避けしていた。
やがて弾幕が収まり、視界が晴れた所でチルノはもう一枚スペルカードを出して掲げた。
それを見た厄神は連続であんな激しいスペルをまた使われてはかなわないと慌てて次のスペルを宣言する。
悲運「大鐘婆の火」
厄神がスペルカードを使ったのを確認し、チルノは掲げた自分のカードをしまい回避に専念した。
スペル連続使用のハッタリをかけ、相手に警戒させてスペルを使わせる。スペルカードは使い切ったら敗北なのだ。
ここで厄神のスペルに対しスペルで反撃しなかった事により、チルノはスペルカード一枚分のアドバンテージを得る。
チルノは厄神のスペルを継続時間終了までかわしきり、不敵な笑みを浮かべた。反して厄神は焦りの表情を浮かべる。厄神はもう通常弾幕か次のスペルで仕留めるしかない。しかしチルノはまだ二枚のスペルを残しており、攻撃より回避の割合を多くしていたため妖力にも余裕がある。
後が無い、という状況は厄神に確実にプレッシャーを与えていた。
ここぞとばかりに攻勢に転じ、雨霰と弾幕を打ち込む。厄神も撃ち返して来たが精彩を欠いた弾幕から焦りが透けて見える。
計画通り、とチルノは薄く笑い、仕上げに背中の羽に手を当てた。
チルノの背中の羽は冷気と妖力が多く込められている。殊更に暑い夏の日などはこれに込めた冷気を消費して涼をとる事もある。弾幕にもなるスグレものだ。
三対六本の氷柱状の羽の内、チルノは四本を切り離し研ぎ澄ませて撃ち出した。六発しか使えないとっておきの弾幕だ。小妖怪の下の者なら一発で確実に命中させられる程度の速度と威力が籠っている。
それをチルノは敵の動きの制限に使った。チェンジ・オブ・ペース、今までの弾幕より数段速さを増した氷柱が動揺を誘う。
わざと狙いをずらし時間差で撃った四本の氷柱で避ける方向を限定し、そこに特大のアイスランスを打ち込む。チルノはこの戦法を成り立たせるためにアイスランスの高速生成を三年かけて完成させていた。
「これで――」
妖精にあるまじき精密な妖力操作と冷気操作、更には降りしきるみぞれさえも利用して瞬時に三メートルほどもあるランスを創り出した。それを同じく瞬間構築したカタパルトに乗せて射出する。
「――終わりよ!」
「チルノちゃん上!」
しかし発射直後に大妖精が悲鳴に近い叫び声を上げた。
上? 何が? 厄神が反撃弾でも使った?
チルノはいぶかしみつつも上を見上げ、自分に向か一直線に落ちて来るそれが紅の槍であると認識した直後――
ピチュン、と軽い音を立て、槍に貫かれ霧散した。
「あ、起きた。チルノちゃん大丈夫?」
「う……ん? 何がどうなったのよ」
目を覚ますと心配そうに自分の顔を覗き込む大妖精が居た。状況が掴めないチルノに大妖精が丁寧に説明する。
チルノと厄神は弾幕を撃ち合う内に徐々に霧の湖に近付いていた。それだけなら何という事も無かったのだがその日は紅魔館の吸血鬼姉妹が上空で弾幕ごっこをしており……つまりは彼女達の流れ弾(槍)に当たってしまったのだ。不運と言う他無い。狙い澄した様にチルノに命中したのは厄の影響か。
妖精の耐久力で流れ弾と言えど吸血鬼の弾幕に耐えられるはずも無く、呆気なく飛散して今は被弾の二日後とのこと。
「妹の方……フランドールさんが謝ってたわ。勝負の邪魔してごめんなさいって」
「謝った? 妖精に? 吸血鬼はもっと傲慢なものだと思ってた」
「姉の方はそんな感じだったよ」
同じ種族でも性格は違うらしい。
まあ……それはそれとして場外からの事故死により引き分け。どうせなら勝ちたかったけれど仕方無い。この事故死が厄神の厄によって誘発されたものならチルノの負けと言えなくもない、か。
それなら。
場外からの流れ弾もかわせる様に更に強く。更に速く、注意深く。
「今度は負けない――修行よ修行!」
チルノは過去にこだわらず、未知の可能性が広がる未来に目を向けて拳を天高く突き上げた。
チルノはどこまでも進む。ゆっくりと、しかし確実に、親友と共に最強を目指して。