第一回博麗守矢会議の結果、互いの神社に分社を置き合う事になった。分霊を宿す器には守矢神社がしこたま溜め込んでいた神器を使う。過去に大勢力を誇った栄華の名残か曰く有り気な矛やら銅鏡やら勾玉やら、私の器を許容できる神器も数点あった。
宝物殿に整然と並べられた数々の神器から青銅の占い板を譲り受け、天魔と神奈子の和解を嗅ぎ付けて取材に来た文に頼み人里の――奉仕期限が切れているため萃香ではない――腕の良い大工に依頼を出しておく。依頼も出せて厄介払いもできて一石二鳥だ。
そして夜になる。私も霊夢も帰らず、今日は泊まって明日の朝帰る事にした。早苗の料理は結構美味いから楽しみである。
霊夢は一度溶けて固まった形跡のあるアイスを囓りながら扇風機であ"あ"あ"あ"をやっていた。私も横に行って一緒にあ"あ"あ"あ"。扇風機の首振りに合わせて体を斜めにしながらあ"あ"あ"あ"。
「二人が扇風機の魔力にやられた……八月の終わりに片付けとけばよかったよ」
「諏訪子、この扇風機絶対チャームかかってる」
「白雪に効くチャームとか無いわ。扇風機ハーレムじゃん」
夏場は愚民共を跪かせて臣下を睥睨する扇風機様です。パネェ。でも冬は要らない子。
「ばーさん飯はまだかいのう」
「千年前に食べたばかりじゃない」
ネタを振ると座布団に胡座をかいて座り胸の鏡を磨いていた神奈子がいつぞやの紫より酷い答えを返してきた。つーかなんで皆辛辣な返事をするの? ばーさんって呼ばれるから?
「にしてもちょっと早苗遅いね。電気はまだ保ってると思うけど……一応見て来る」
「いってらー」
諏訪子の見送りを受けて台所へ向かう。廊下に出て、漂う芋の香りを嗅いで不吉な予感が。まさか……
そっと台所の戸を開けると巫女服の上かエプロンを着た早苗が豊穣の神を頭から大鍋に突っ込んで火にかけていた。足が鍋の外にはみ出し、赤と黒のスカートが捲れて下着が見えている。全く嬉しくないサービスシーンだ。なにやってんのこの子。
「あ、すみません。まだできてません。芋がなかなか煮えなくて」
「うん、それは見れば分か……分からないなぁ。何やってんのホントに」
早苗はおたまで穣子を押し込みながら不思議そうに首を傾げる。
「何って……煮っ転がしを作ろうと思ったら芋を切らしていたので、訪ねて来た芋を捕獲しました」
「……芋って自分から訪ねてくるもんだったかな……」
「幻想郷で常識に囚われたら駄目だと学びました。神様は嘘吐くし巫女は巫女っぽく無いです。脇出してますし。私もですけど。あと今朝天狗が当たり前の顔で朝刊をポストに入れてました。常識に囚われていたら精神が崩壊しますよ。幻想郷なら人型の芋がチャイム鳴らしてもいいじゃないですか」
穣子……芋の香水なんてつけるから……無茶しやがって。
「既に崩壊の予調が見えるね。大丈夫?」
「失敬な。学校の先生にはいつも真面目で順応性の高い生徒という評価を頂いたんですよ。見事幻想郷で生き抜いてみせます」
「それ真面目の前にクソがついてたんだよきっと」
霊夢の修正でも間違った感覚が治りきらなかったようだ。順応性が高い=染まり易い、とも言える。このズレた早苗と会話するのはちょっと楽しかったが、穣子がホックリ茹であがるのは忍びなかったので、今煮てる奴神様だぜと教える。
目を凝らして稔子を注視し、神力に気付いてなん……だと、と驚愕する早苗。大慌てで鍋をひっくり返して穣子を救出した。飛び散った熱湯は私が魔法で操り流しに流しておく。
「か、かかか神様を食べようだなんて、笑止千万、ふ、不届き千ば……うふぅ……」
「申し訳ありません。幻想郷固有種の動く芋かと思いました」
煮られてクラクラしている穣子に早苗は失礼な謝り方をした。土下座してるし神妙な顔してるし本心で謝ってるんだろうけど台詞が駄目だ。
回復力やら何やらを上げて穣子を復活させ、水を飲ませる。
「白雪? ……助かったわ」
「穣子、時々喰われかけてるけどその香水付けるの止めたら? 神が捕食されて死んだとか冗談じゃないよ」
「香水を止めるなんてそれこそ冗談じゃないわ……ああ、そこの現人神は顔上げていいわよ。もう怒ってないから」
早苗はほっとした様子で顔を上げた。
茹でられておいて罰も無く許すとは穣子は心が広い。私だったら茹で返している所だ。
うーむ……食べられ慣れているのかも知れない。秋姉妹は戦闘向きの神じゃないから下手すると小妖怪にすら負けるんだよね。
穣子は新しく出来た神社に偵察に来たらしい。信仰の種類が被っていれば一言言ってやろうと思っていたようだ。
「それならなんで昨日来なかったの?」
「……天狗に追い返されたのよ」
……どんまい。
幸い昼過ぎに天狗の警戒体制が解除されたため来られる様になったそうだ。様子を伺っていた神は他にも居たがやはり追い返されていたらしい。天狗の警戒網をぶち破って(黙認されてはいたのだが)その日の内に守矢神社にたどり着いたのは私だけだ。
果たして穣子の言葉通り神奈子諏訪子の所へ案内する短い間にチャイムが連続で鳴り出し、ぞろぞろ神がやって来た。穣子の姉の静葉も居れば雛も居て、貧乏神に滝の神に浄化の神に浄火の神にと……煮た様な、もとい似た様な神が詰め掛けた。
まさか八百万の神が全員来てるんじゃあるまいな。守矢神社は博麗神社より格段に広いけどとても入らないぞ。
その後私の不安が的中したのか守矢神社には幻想郷の五分の一近くの神が押し寄せ、晩ご飯を食べる余裕も隙間も無く神様博覧会の様相を呈した。神様が幻想入りするだけなら珍しくも無いが、神社と湖ごと――それも大規模な――となると話は変わってくる。ましてや天狗の縄張りのド真中である。話題性も問題性も大きい。
先に幻想郷で恐らく最も信仰を得ている神である私と取り決めを終えていたのが功を奏したのか話し合いは比較的スムーズに進んでいたが、玄関から神社の境内まで列を作っている八百万神を見るにとても今日中に終わる気はしない。
私と霊夢は先に退散する事にした。他の神との交渉取り決めも神奈子なら上手くやるだろう。
余談だがこの数日後に早苗が普段は普通だけど思い出した様に奇行に走る様になったと二柱から苦情が入った。
そんな事言われてもね……
確かに私が色々吹き込んだせいでもあるけど、染まり易い早苗の事だから遅かれ早かれだっただろう。口が軽く話に尾ひれ胸びれ尻びれをつける天狗に影響されるよりは余程マシだろうさ。
そう言うと二柱も一応納得していた。幻想郷では変な所がない方が変だという言葉も効いたのかも知れない。