早苗にあることないこと吹き込んでいると遠くから霊夢の気配が近付いて来るのを感じた。
早苗に鬼巫女襲来を伝え戦うか聞くとちょっと迷ってから首を横に振る。そりゃそうだ。魔理沙にも負けたのに霊夢に勝てる道理は無い。
私は玄関から表へ出てオンバシラの上に飛び乗った。そして哨戒天狗の首根っこを掴んでぶら下げて飛んでくる霊夢に手を振る。霊夢は私に気付いて寄って来た。
「それで? 誰を退治すれば良いの?」
道案内に捕まえたらしい白狼天狗を離し、霊夢はイライラした様子で言った。私は言葉に詰まる。
やばい。呼び出しておいてごめんやっぱいいやなんて言えない。昼食をとっていない霊夢は不機嫌そうだ。ふふ、呼んでみただけ♪とか言ったら絶対殴られる。
目を逸すと白狼天狗が盾と剣を抱えてよろよろ去って行くのが見えた。私も逃げたい。
不審そうに私の言葉を待つ霊夢に内心焦りに焦りながら平静を取り繕い何を言おうか迷っていると、白狼天狗と入れ違いに神奈子が帰ってくるのが見えた。
し め た!
「神奈子ー!」
「ぅぐ!」
一直線に神奈子に飛び付く。勢いを付けすぎて二メートルほど吹っ飛ばしてしまい、慌てて助け起こす。
「体当たりされるような事した覚えは無いわよ?」
「ごめん不可抗力。それで急な話で悪いんだけどさぁ、今そこにウチの巫女が来ててね」
肩越しに親指を向けて霊夢を指す。
「守矢家の皆さんと戦いを所望していてですね」
「はあ? 巫女なら巫女同士早苗が戦うべきでしょう」
「いや、早苗はさっき負けて来たばかりで」
「諏訪子は? こういう遊び好きじゃない?」
「早苗を負かした奴を追っかけてどこか行ってる」
「……なんか怪しいわね。嘘は言って無い、しかし真実も言ってない。そんな匂いがするわ」
神奈子は疑り深く私の顔をジロジロ見ていたが、演技力を上げた私からは何も読み取れはしない。
「諏訪子も早苗も弾幕ごっこやったんだし神奈子もやってみたら?」
「ふむ……まあそうね」
害になるような裏は無いと見たのか神奈子は頷いた。こちらの様子を伺って空中待機していた霊夢の方に飛んで行く。
思わずほっと息を吐いた。結果オーライ。神奈子の弾幕ごっこ演習のためと考えれば霊夢を呼び出したのも無駄ではない。
いかんなー、もう少し先の事を考えて行動しないと。深く考えず動いて後で帳尻を合わせるのは私の悪い癖だ。
何やら二言三言問答をして弾幕を展開した二人を眺めながら考える。三つ子の魂までもと言うけれど、それは意識が芽生えてからのカウントなのか妖怪になってからのカウントなのか。どちらにしろ昔過ぎて記憶力を操らないとよく思い出せない。私に人間の性質はまだ残っているのだろうか? 自分ではよく分からない。残っていなくても困りはしないが無くなったら少し寂しい。
……あ、神奈子落ちた。十秒保たなかったな。
神奈子は霊夢に秒殺され、何が起きたのか分からないという顔をして部屋の隅で呆然としていた。霊夢は卓袱台でチャーハンを掻き込みながら早苗に私が教えた嘘知識をもごもご訂正している。早苗は真実を知る度に非難がましい視線を私に送っていた。ごめんねー。
そして一人だけ魔理沙と十戦し六勝四負の戦績を上げて来た諏訪子は私と信仰の相談をしていた。自失した神奈子を横目で見てはニヤニヤしている。魔理沙は捨て台詞を残して魔法の森に帰ったらしい。
「本当は私は裏方担当で表の信仰集めは神奈子担当なんだけどね。今は神奈子使い物にならないから」
「ああしてると威厳無いよねぇ。てか守矢対博麗で博麗圧勝だけどいいの?」
「戦力的意味で? 実際に闘って博麗に負けたの神奈子だけじゃん。早苗が負けたのは魔理沙だし私は魔理沙にも負けてないし。そもそも白雪の神社とは敵対する気無いんだから守矢と博麗どっちが強いかなんてどうでもいーよ」
「まぁ確かに弾幕強けりゃ良い神様って訳でも無いから、別に戦力として守矢が麗に劣ってても信仰は集まるかな」
「そもそも白雪に勝てる奴がどこにいるってのさ。弾幕初心者が白雪と白雪の巫女に勝つとか無理無理。変な事言いなさんな」
守矢の神は博麗の神より強い(凄い)って噂が立てば信仰も集まり易いと思ったんだけどね。わざと負けるのはフェアじゃないし、負けても何百年と続いた博麗信仰がそう簡単に守矢に移るか分からない。
「するとあれかな。強い神様アピールが駄目なら便利な神様で押してく?」
「便利な神様って表現なんかやだなー。いいように人間に使われてるみたい」
「それは言葉の綾。生活補助型って言い換えても良い。戦神のポジションは悪いけどほとんど私が占有してるから……神奈子と諏訪子は天地を操れるんだったかな」
「そう。神奈子が天、私が地ね。大地を動かしたり台風を呼んだりは無理だけど……雨降らせたり風吹かせたり作物を腐らせたり水害を抑えたり、昔はそういう事やってた。白雪も見てたでしょ」
「ふむ……」
「白雪の御利益は?」
「うん? ああ、交通安全(注意力)とか合格祈願(学習力)とか疫病鎮圧(免疫力)とか恋愛成就(恋愛力)とか。他にも色々やってる」
「なにそれ万能じゃん……」
「んにゃ、安産とか金運とか厄除けは受け付けてないから万能ではない」
御祓いぐらいはするが本格的な厄祓いは雛の領分だ。厄祓いというか祓われて飛散した厄が再び誰かに憑かない様に集めてるらしいんだけど。
諏訪子は難しい顔をして帽子に指を入れくるくる回す。
「安産、金運、厄除けかー……できるっちゃあできる、かな」
通常信仰によって神が本来持つ神徳が増大し、それが御利益になる。本来持つ神徳というものは要は自身の性質であり、大雑把に能力と同じと考えれば良い。従って私の御利益は「力」関係である。
対してスワカナの能力は「坤を創造する程度の能力」と「乾を創造する程度の能力」。
諏訪子は生誕、農作、軍事などの祟り神であるミシャグジを統括していており、当然それらの適性がある。また八卦における坤つまり地を操る事が出来る事から大地の恵みも守備範囲。
神奈子は乾、つまり天を操る事が出来、風雨や天候を動かす。幻想郷は一次産業主体だから頼もしい。
少なくとも農耕分野については私より二人の方が適性が高いだろう。
加えて天地創造という言葉があるように天と地の神性があれば割と何でもできる、らしい。もっとも農耕分野以外では神格と神力の量の問題で御利益はそれなりと言った所。
「博麗と守矢で欠点を補い合って信仰補完計画始動」
「使徒に注意しなきゃね。こわやこわや……えーと、それじゃ今まで通り神奈子を表に出して」
「いや、ここは幻想郷だし一から再出発するなら二柱両方表に立ったら? それで信仰対象が混乱する事は無いはず。厄神も浄化の神とセットになってるしさ」
「そうなの?」
諏訪子は帽子を回す手を止めて首を傾げた。帽子の目玉は目を回している。
「厄神――雛だけだと厄を溜める事しかできないから」
「なるほど」
「あと立地条件を活かして妖怪からも信仰を集めるってのは?」
「妖怪が神社に、というのはちょっと……それに妖怪が集まると人間が来なくなるんじゃない?」
「幻想郷の住民はおおらかな気性だから大丈夫。博麗神社に悪魔を居候させても信仰に変動は無かったし」
「白雪なにやってんの……」
そんな調子で途中復活した神奈子も加えて今後の方針について相談した。
幻想郷に神多しと言えど神社は二社のみ。仲良くしていきたい。既に仲良いけどね。
おかしい……秋姉妹と厄神を出す予定だったのにいつの間にか話が終わっている……
厄神については独自解釈です。延々と厄を貯め続けるだけってのは考え難い。