私は差し込んだ日の光と雀の鳴き声で目が覚めた。かけられていたブランケットを退して起き上がり、周りを見回す。あれ?見慣れない部屋だ。
博麗神社の居間に似た畳部屋に神奈子と諏訪子が空の酒瓶と一緒に転がっていた。二人共幸せそうな寝顔だった。
……ああそうだ、昨日酔い潰れてそのまま寝たんだった。
霊夢に外泊連絡するのを忘れていたが、私が時々人里や知人の家に泊まる事はあの子も知っている。数日無断外泊したところで心配するような性格でもない。
早苗の姿が見えないが多分朝食の用意でもしているのだろう。ご相伴に預ってから帰ろうと考えぼんやり座布団に座って待つ。耳を澄せば外から河童の工場が稼動する低い音が聞こえてきた。
……暇だ。
何か暇つぶしになるものは無いかと探すとテレビがあった。スイッチを入れてみるが砂嵐も映らない。まあそうだよね。電気通ってないし。
他に何か無いか探すと諏訪子の頭の横に置かれた帽子が目に入った。帽子の目は横線になっている。これは……寝てる?
好奇心が刺激された。長年の疑問、あの帽子は何なのか?
音を立てない様にゆっくりはって近付き、真近でじっくり観察する。
材質は布なのか木なのかよく分からない。光沢は無かった。若干蛙臭い。よーく目を凝らすと微かに脈動している気がする。
生きて……いる、のか?
まさか私の衣のもとになった毛玉の様な、独立した特殊な妖怪なのだろうか?それとも諏訪子と連動している身体の一部? 一応感じられるのは諏訪子のものと同じ神力である。
ごくりと喉が鳴った。
帽子にそーっと手を伸ばす。緊張で指先が震えた。
しかし帽子に手が触れる寸前、ギン! と瞳孔が開き血走った目で睨まれた。っはぁあ"!
余りにも驚き過ぎて声も出なかった。今絶対口から魂が出かかった。喉まで来てた。
帽子は充血した目玉をギョロギョロ動かして私を舐め回す様に見た。目玉以外はぴくりとも動いていないが一種異様な迫力がある。私は帽子が足を生やし牙をむき出して襲って来る様な錯覚に囚われた。
冷や汗を流しながら硬直する。殺られる前に殺るか? 得体が知れない帽子でも妖力無限大なら多分消せる。しかし諏訪子の帽子を勝手にデリートするのは……
私が迷っている内に帽子は観察し終えたらしく目を横線に戻し沈黙した。威圧感も無くなる。
へなへなと強張っていた体の力が抜けた。
……諏訪子には帽子の正体は聞かないでおく事にしよう。実は帽子が本体なんだよ! とか言われたらどんな顔をすればいいのか分からない。
あー、無駄に疲れた。
それから空き瓶を魔法で洗浄したり空き瓶を積み上げてタワーを作ってみたりしたがなかなか早苗が来ない。ひょっとして別の部屋でまだ寝てるとか?性格からして神様ほったらかしてどこかに出かけてるなんて事は無いと思うけど。
二柱はまだ寝ているので寝かせておく事にして、様子を見に廊下に出る。板張りの廊下はよく掃除され埃一つ落ちていない。
ウチの神社よりきれいだなと感心していると別の部屋から物音が聞こえた。早苗は起きているらしい。
音がした部屋の戸をノックすると、どうぞと返事があったので中に入った。
そこは台所だった。近代的な台所で、冷蔵庫も電子レンジも電気コンロもある。弱った顔で炊飯器をいじっていた早苗は私が入ると顔を上げた。
「おはようございます。すみません、まだできて……あ、白雪様でしたか」
「おはよう。別に催促しに来た訳じゃないよ。どしたん? 故障?」
「いえ、電源が入らなくて」
「入らないよ。幻想郷には電気通って無いし」
「え?」
「え?」
何をそんなに驚いた顔をしてるんだろう。早苗は人里にも行ったはずだが昨日の夕方に来て今まで気付かなかったのか?
「幻想郷は江戸時代でストップしてる。そもそも神社と湖を持ってきただけなんだから電話線も水道管も切れてるんじゃない?」
「……でも神奈子様はなんとかなるって言ってたもん」
もん、じゃねーよ。ちったあ下準備してから来い。
私はため息を吐き、とりあえず妖力を電力に変えて炊飯器に送った。ついでに妖術で疑似的なバッテリーを作り電気を貯めておく。他の電子機器にも同じ処理をしておいた。
「これで二、三日は使える」
「やっぱりなんとかなったじゃないですか」
「なんとかしたんだよ……」
早苗は神奈子を信じきっているらしい。鼻歌を歌いながら流しの下からペットボトルのミネラルウォーターを取り出した早苗に背を向けて私は台所を出た。冷蔵庫がぬるいー! と叫び声が聞こえたが無視した。
四人で食卓を囲みご飯とハムエッグとコーヒーというなんとも言えない朝食を終え、会話は弾幕ごっこに移った。
弾幕合戦、弾幕決闘、弾幕ごっこは全て同じ意味である。本来妖怪と人間の平和的決闘法として広まったスペルカードルールの意義は神には理解し難かったようだが、お手軽な神遊びだと説明すると納得していた。
「なるほど悪く無い遊びねえ」
「妖精でも神に勝つってホント?」
「ほんとほんと。去年の冬氷精が秋の神を凍らせてたし」
神の中でも短い季節しか信仰を得られない秋姉妹は弱い。
「幻想郷では神様を冷凍保存するんですか?」
「それはない」
不思議そうな顔をした早苗の言葉はしっかり否定しておく。
私は一連の出来事を(面白かったので)静観していたが、凍った秋姉妹は通り掛かった妹紅に解凍されていた。火加減を間違え香ばしくなっていたのは御愛嬌である。スイート(芋)
それから三人に弾幕ごっこの詳しいルールを説明したり、携帯していた白紙のスペカを試供品として渡したり、配線や配管は河童に頼めとアドバイスしたりしている内に昼になってしまった。朝の残りものをちょっとつまみ、神奈子は天魔に会いに出かけていく。
諏訪子は押し入れからスーファミを引っ張り出して一緒に遊ぼうと誘って来たが、早苗は弾幕ごっこがしてみたいと言った。
「私は諏訪子とゲームがいいな……霊夢でも呼ぶ?」
「誰ですか?」
「私の巫女」
「呼んで下さい!」
早苗は目を輝かせて勢い良く答えた。さあ呼んで下さい、ほらほら早くと催促してくる。私は若干引いて諏訪子に耳打ちした。
「なんであんなに嬉しそうなの?」
「白雪が神奈子より強いって教えたら不満そうでさぁ。巫女だけでも負かしたいんじゃないの?」
「うん、それ無理」
「だよねぇ。まあ負けても良い経験になるし、呼んであげなよ」
私は頷いて懐から通信符を出して霊夢にかけた。
「あ、霊夢? 私私。いきなりだけど今から妖怪の山の中腹の神社に来て。霊夢と戦いたいって子がいてさぁ」
「……私今からお昼なんだけど。それに妖怪の山に神社なんてあんの?」
「昨日引っ越して来た。さー早く、四十秒で支度して」
「あー、はいはい。行けばいーんでしょ。支度は四十秒で済むけど到着までは四千秒くらいかかると思うわ。妖怪の山には入った事無いからよく分かんないけど」
「OK、待ってる。柱が乱立してるから場所は見れば分かると思う」
私は通信を切って懐にしまった。諏訪子からコントローラーを受け取ってテレビの前に陣取る。足の指でプラグをつまんで電気を流すとテレビは問題無く映った。早苗はまだかなーと呟きながら霊夢とデザインが違う御祓い棒を片手にそわそわしている。
「ふふふ……いくら強くても巫女なんて現人神の手にかかれば一捻り」
「返り討ちに百円。あ、私2P?」
「そうだよー。その舌出した黒い奴が白雪」
「諏訪子様は弾幕ごっこやらないんですか?」
「後でやるよ。白雪、そのマキシムトマトはとっちゃダメだよ。ダメージ食らったら後で引き返してとる」
「やりこんでるねー」
私は早苗におざなりに返事をしながら敵キャラを生きたまま吸い込んで丸呑みにして腹の中で圧縮して殺し、能力を奪い取る残酷なゲームを楽しんだ。
しかし一面の中ボスと戦っていると、早苗は遅いじゃないですかと言い出した。
「一時間ぐらいで来るよ」
「待てません。こちらから行きます。諏訪子様、朗報を期待して下さい!」
早苗は障子をスパンと開け放ち嵐の様に出て行った。早苗風の子元気な子。余程自分の神様が負けているのが悔しいと見える。私に直接突っ掛かって来ないのは神だからか実力差が歴然だからか。
「それが彼女の最後の言葉になろうとは、この時は誰も思わなかったのである……」
「嫌なフロッグ立てないでよ」
「フロッグじゃなくてフラグね。あ、倒した」
「中ボスは倒すと吸い込めるよ」
さてはてゲームクリアが先か早苗が泣いて帰って来るのが先か。そもそも早苗は霊夢の風貌知ってるのかね?
グーイってスーファミで出て来たかな……
以前東方が美少女がナイフを投げて敵を殺す残酷なゲーム?とかなんとかって批評を受けた事を思い出した。東方が残酷なら今発売されてるゲームの半数は残酷だろと思う