神様はあれから世紀に一度ほど竹林の外れにやって来ては私と世間話をしていった。大妖怪の監視という名目でサボっているらしい。それでいいのか神様……
でもまあ話相手が居るのは良い事なので色々話す。上司の愚痴とか天上界に残してきた彼女の話とか、神様は単身赴任中のサラリーマンのような話をしてくる。お返しにある時人妖大戦の話をしてやると、神様は複雑な顔をした。
「いいんですか、そんな話を私にして」
「は?」
「親友がお亡くなりになったのでしょう?」
「ああ……」
神様の感性は妖怪より人間に近いらしい。
「妖怪は仲間が死んでもあまり落ち込まないから。そりゃあ友達が誰かに殺されたら復讐するし、泣いたりもするけどさ、人間ほど尾を引く事は無いね」
「では私が死んだら?」
「死ぬの?」
「死ぬ予定はありませんが……」
神様はそこで言葉をきって私の顔を伺った。何?
「明日から世界法則の調整が始まるので更に忙しくなるんですよ。それが終わればすぐに天上界に戻るので、多分もう合う事はありません」
「ふーん」
「た、淡白ですね」
「いや、生きていればその内また会えるんじゃない? 何千年か前に月に行った友達がいるけど、文明の発達具合から見るにあと二、三千年で会えるし」
「気長ですねぇ」
「妖怪って皆こんな感じじゃないの?」
神様は首を傾げた。いちいち仕草が人間っぽい。
「さあどうなんでしょう……私はあなた以外の妖怪と会った事は無いので」
人間の数と共に妖怪の数は結構回復しているので、会えないのではなく会わないだけなのだろう。
妖怪は発生より子供を作る方に誕生の比重が傾くように修正されたそうだ。発生する妖怪もいるが、親から生まれる妖怪の方が多い。
当然ながら人妖の関係は良好ではないが、昔と比べるとかなりユルい感じである。先日私が里に行った時などは、
「おや嬢ちゃん、一人かね?」
しまった見つかった! 誤魔化せるか?
「……旅をしていたんですが親とはぐれてしまって」
「そーかそーか、若いのに苦労してるんだねぇ……泊めてはやれないが、ドングリ煎餅を持ってお行き」
「あ、ありがとうございます」
「ところでどうして髪が白いんだね?」
「若白髪です」
「そうかね」
「そうなんです」
かなり無茶な誤魔化し方だったのに押し切れてしまった。妖怪だという事すらバレ無かった。妖力隠して霊力出してるからバレるはずないんだけどね。見た目を除けば。
噂を聞くと妖怪退治も殺すより痛めつける感じらしく、また妖怪も人間が神達に守られているので夜道を歩く人間をさらうぐらいしかできない。さらった人間はしっかり食べているそうだが村を全滅させるのは無理。
あまりにも人間臭い神々なのでこんな奴等に天地創造やらせて大丈夫かとも思っていたが、案外上手く回っている。
「ではそろそろ」
「うん? ああもうそんな時間か。じゃ、またいつか」
神様は私の言葉に苦笑して飛び去った。
さて、一区切りついた事だし竹林の問題を片付けよう。
兎はあれからまた増えていき、朝から晩まで竹林の地面を掘り返してモコモコしていた。塵も積もれば山となる。兎が大群で穴を掘りまくるので竹の根がそこかしこで切断され、一部枯れてきた。
どうしようかと悩んだが、そもそも巣穴を掘るからいけないのだ。巣穴以外に住む場所があれば良い。
「迷いの竹林と言えばアレだよね」
で、永遠亭を建てる事にした。
とりあえず竹林の外から木材を運び込み、主に群がってくる兎に苦労しながら建ててみた。木材を調達する時には妖力も霊力も無い普通の木に噛み付かれたりもした。神様、早く法則調整して! せかいのほうそくがみだれてる! 気配が無い動く木が紛れる森とか、これなんてRPG?
「……ボロっ!」
そんなこんなで苦心して建てた家は新築なのにボロかった。私は建築のノウハウなんぞ知らない。できたのは風が吹けば倒壊しそうなボロ屋敷……いやボロ小屋。足元で兎が慰めるように鼻を押し付けてきた。やめて落ち込むから。
たが! 諦めません建つまでは!
学習力を限界まで強化して建てては壊し、建てては壊し……何度も再建築を繰り返すとサイズが合わない材木がでてきたので、人里の住民にあげたら喜ばれた。
何十年も少女の姿なので最近では神様の一種だと思われている。まあ悪っぽい奴しか襲ってないし、山で道に迷ってる人がいれば送ってあげてるし、分からんでもない。
話がそれた。
何十回となく竹林に木材を運び込み、瓦を焼いて基礎を作り……とやっていたが、百年くらいでやっとまともな日本家屋が完成した。建築知識ゼロから始めて百年で建ったのだから、専門家が見れば綻びだらけだと思うが私的には満足だ。
仕上げに「永遠亭」と書いた表札をかけ、耐久力と固定力を上げて全工程終了。兎達と共に木の匂いも新しい玄関を潜った。
兎と少女が住む屋敷なのだが、将来永琳や鈴仙が住む事を配慮して天井を高くしてある。兎部屋が大量にあり、客室や寝室、人が住む部屋の方が少ない。兎屋敷である。
「畑もあった方がいいかな……」
兎達は専ら笹の葉を食べているが、人参も食べたいだろう。竹林に漂う薄い妖力の影響か弾幕一発分の妖力はあるし知恵もそれなりについてきた。畑仕事を兎に任せてもいいかも知れない。
「畑作の監督役が欲しいけど、てゐ居ないんだよね」
竹林の兎達の中に能力持ちはいないし、てゐが永遠亭に来るのは永琳の後だから仕方無い。最初だけ指導して後は自分達でやらせよう。
「はい、整列!」
強制力を込めた言葉で奔放に跳ねまわる兎達を広い部屋に並ばせた。
「諸君、私は人参が好きだ。
諸君、私は人参が大好きだ。
朝鮮人参が好きだ。
京人参が好きだ。
黒人参が好きだ。
(中略)
諸君は人参を食べたいか?」
ノリで演説調で問い掛けると一斉に肯定の意思が返ってきた。
「諸君、ここに里で貰った数本の人参がある。
君達は更なる人参を望むか?」
また一斉に肯定が返る。
「よろしい、ならば農作だ」
私は本当はそこまで人参好きじゃないんだけど、演説と一緒に送られた人参のイメージに感動した兎達は我先に屋敷の外に飛び出していった。
ふう、これだけ焚き付ければ監督役がいなくても真面目に畑を作るだろう。
兎達を追って永遠亭を出ると、彼らは何をやればいいのか分からないという風情でウロウロしていた。
「まずは竹の無い平らな土地を確保して」
竹を取り払うイメージを送ると、赤い目を輝かせて竹の根元を猛烈な勢いでかじり始めた。地面を掘って地下茎を噛み切っている兎もいる。
異様な迫力に気圧される。おお……何か怖いぐらいの熱意だ。
秋の収穫目指して頑張れ兎達。