無縁塚に行く前に、負傷したというアリスが心配だったのでマーガトロイド邸に寄った。建物をぐるりと囲む黒魔女帽子の一頭身が私にニヤけ面を向けてくる。時折ゆっくりしていってね!と鳴く個体もあった。
うわぁ……近寄りたくねぇ……
近寄りたくないのは植物も同じらしく、ここ周辺だけキノコと花の気配が無い。もう防犯グッズとして販売すれば良いと思うよ。多分喜びの声と苦情が殺到する。
木の影から遠巻きに目を細めて窓を覗くとベッドの上で半身を起こしている顔色が悪いアリスが見えた。そして隣にアリスの口に匙でキノコシチューを運ぶ魔理沙の姿が。
はっはーん?
デレ期か?
ついに伝統と格式のマリアリか?
犬猿の仲でも弱ってると優しくしちゃうのか?
私は野次馬根性を出して気配を消し隠密魔法を使い姿も消し、鳴子を跨いでマーガトロイド邸に近付き窓を覗き込んだ。
お、遠くからだと死角になって分からなかったけどメディスンも居る。
アリスの膝の上で破れた人形の服を繕っている。アリスと比べると格段に下手だが悪く無い手際だ。人形が人形を縫う光景はシュールだった。
まあアリスは人形を大切に使うからね。戦闘にも転用してるけど基本家事用らしいし。どうせ今回の負傷も人形を庇ったとかそんなんだろ。メディスンが懐く理由も分かる。
私は足元のゆっくりを蹴飛ばして退し、聴力を強化して聞き耳を立てた。
「魔理沙、「ゆっくりしていってね!」の?」
「心外だな。いくら私でも「ゆっくりしていってね!」だぜ」
「そうかしら?とても「ゆっくりしていってね!」のだけど」
「私だって「ゆっくりしていってね!」なんだよ」
「……そう。今日だけは「ゆっくりしていってね!」わ」
「こうやって「ゆっくりしていってね!」は嫌か?」
「……嫌いじゃ「ゆっくりしていってね!」」
二人は顔を見合わせて微かに笑った。
ちょ、ゆっくりうるせえ! ほとんど聞こえ無かっただろうが!
折角の和解シーンを台無しにされた腹いせに手近なゆっくりを踏みにじるとぐにょんと潰れた。シリコンでも入ってんのか。「ゆっぐりじでいっ……あ"あ"あ"あ"!」と顔を歪めて鳴き叫ぶゆっくりは無駄にクオリティが高い。燃やしてやろうか。
「誰だっ!」
「しまった!」
おっとバレちまったぜ。気配を消していたのにゆっくりの悲鳴が聞こえたらしい。窓が勢い良く開いて後頭部に直撃した。
しかし私のアイアンヘッドにこぶが出来る訳も無く窓の方がぶっ壊れていた。
「……あん? 白雪?」
「人違いです」
「いやその魔力は間違いようが無いだろ……覗きは良く無いぜ」
「いやいや実は急にゆっくりを踏みたくなってだね」
「その気持ちは分かるけどな。じゃあ窓の下に居た理由はなんだよ」
「…………」
う、うろたえるんじゃあないッ! 博麗の祭神はうろたえないッ! 考えるんだ、逆転の策を!
「戦略的撤退!」
しかし思い付かなかったので逃げた。
本当はアリスの回復力とか治癒力を上げてあげようと思ってたんだけど止めた。
せいぜい傷が治るまで魔理沙と親交を深めておくが良い。フハハハハ!
魔法の森を抜けて再思の道に出た。とりあえず衣に着いた花粉を払っておく。黄色い粉がしこたま宙に舞ってむせた。
魔法の森固有のキノコや魔法花は魔法の森の瘴気無しには生育できない。いくら花粉や綿毛や胞子を飛ばした所で発芽する事は無いから安心だ。
花粉を粗方払い終え、黄色くなった手を周囲の水分を凝縮させて作った小さな水球に突っ込んで洗う。すっきりした所で私は歩き出した。
道の両側には彼岸花が咲き誇り、春なのに秋の気分にさせられる。紅い花の道を紅い衣が進む。空から見れば私の白髪はさぞ目立つ事だろう。
彼岸花は異名が多く、死人花、地獄花、幽霊花、捨子花とも呼ばれる。どれも不吉な名前なのは仕方無い。量次第では死に至る毒がある上に墓地に多く植わっているのだ。
墓地に植えるのはその毒性を利用し動物が死体を掘り返さない様にするためだ。死肉を食べる動物にとっては墓地は餌場である。毒性の強い彼岸花を墓の上に植える事で動物が墓荒らしをする事を防ぎ、死者の眠りを護る。未だに土葬の風習が続く幻想郷では重宝されている植物だった。もっと良い名前つけてあげればいいのに……
力に敏感な私は彼岸花に宿る貧弱な霊もはっきり見る事が出来る。
彼岸花に憑いている霊は憂鬱な感じの暗い霊力だ。向日葵に憑く霊なんかは「死んじゃったぜハハハ!」みたいな霊力してるんだけどねぇ。花によって憑く霊の種類が違うらしい。
こうして暗い霊力を纏う花を見ていると不吉な渾名にも納得できる気がした。
花の名前の由来について考えていると向こう側から霊夢が飛んで来た。私を見つけると高度を落として横に並んで飛んだ。一仕事終えた清々しい顔をしている。
「あんたも結局来てるじゃない」
「私は別件だよ。小町を二度ボコるとか不憫過ぎるからやらない」
「もう私で一回、メイドで二回ボコったわ。今は閻魔に説教食らってる所」
……ど、どんまい小町!
「あんなにサボってても給料出るんだから良い職よねぇ」
「でも死神は年中むきゅーらしいよ」
休日をとりでもしたら霊が河の前で待惚けを食らう。死神と閻魔は本来毎日が地獄の様な忙しさである。
小町がサボったり霊と小話しているから必然的に映姫の仕事も減っているが、映姫としてはもっとフル稼動で働きたいらしい。前にワーカーホリックとサボタージュでバランス取れてるねと口を滑らせたら小一時間正座で説教をされた。
でもまあ私は小町は良い死神だと思っている。陰気な顔して黙々と舟を動かす死神よりは仕事をサボりがちでも明るく気前の良い小町に運ばれた方が霊も幸せだろう。
「無休と無給は御免こうむるわ。私は先に帰るからあんたもほどほどで帰って来なさいよ」
「はいはい」
私は霊夢を見送り、無縁塚へ歩を進めた。映姫が小町の説教に夢中になってる間にさっさと採集してさっさと戻ろう。
因みに田圃の畔の彼岸花はモグラ除けです。あと題名に特に意味は無い