春になり、幻想郷に花が咲き乱れた。ただしそれは夏の花だったり秋の花だったり節操が無い。
六十年周期の大結界異変だ。
これは六十年に一度の間隔で外の世界で発生する幽霊の増加と、六十年に一度の幻想郷の還暦で発生する結界の緩みが原因で、幻想郷の全ての花が通常の開花季節とは関係無く突然咲き始め、妖精達が騒ぎ出し、更に幻想郷に幽霊が大量出現する異変である。
博麗大結界が緩む異変は二度目だが、六十年周期の幽霊の増加による花の異変自体は何度も繰り返されている。私からすれば何十回も見てきた親しみのある異変だった。この異変は自然現象の一種なので当然ながら首謀者は居らず、異変と呼ぶのも微妙だ。
「だからこれは毎度の事なんだって」
「あー、確かに先代がそんな事言ってた気がするわ」
私は異変だ異変だと慌てて飛んで行こうとした霊夢を引き止め、幻想郷縁起を片手に事情を説明した。先代巫女から聞いた話を思い出したらしく霊夢が納得顔になる。
「でも異変なんでしょ?」
「……まあ一応」
「やっぱりね。で?誰を退治すればいいのよ」
あ、納得してなかった。
「誰も退治しなくていいって」
私が窘めるように言うと霊夢はそんな馬鹿な、という顔をした。こっちがそんな馬鹿なだよ。これだけ説明したんだから分かれよ。
「先代も出動しなかったんだし霊夢も大人しくしてればいいの」
「なんで白雪はそんなに私を引き止めたがるのよ。さてはあんたが黒幕?」
「どうしてそうなんの? そう思うなら自分の勘に聞いてみな」
「……違うわね」
「当然」
「妖精も騒いでるし神社から見える景色も辺り一面花だらけだし、こんな分かり易い異変放置したら私がサボってると思われるじゃない。異変は全て能動的に解決されなければならないって欠月異変の時に言ったのはあんたでしょうが」
「…………」
何こいつ面倒臭い。完全に頭の中に異変=妖怪退治の公式が出来てる。ほんと捻くれちゃってこの娘は……昔はあんなにかわい、くなかったなそういえば。最初からこんな感じだ。
もういいや。面倒臭い奴は面倒臭い事を面倒臭くやってればいいと思うよ。霊夢が出動した所で遭遇した通りすがりの妖怪を理不尽に退治するだけだろうし特に何がどうなる訳でも無いんだ。
「はぁ。んじゃまあ三途の川に行って来な。そこで死神がだらけてると思うから早く霊を運べってせっつけば良い」
「つまり死神の尻を蹴り上げればいいのね」
ターゲットをロックオンした既に御祓い棒と陰陽玉でフル装備の霊夢は春爛漫の幻想郷の空に飛び立って行った。行っちゃったよ。
死神を追い立てるのは例年巫女がやらなくても閻魔がやるからほっとけばいいんだけどなぁ……霊夢も三途の川に着く前に映姫が小町を説教終えてたら完全に無駄足になるのに。
ま、血気盛んな若者は失敗して学べば良い。老人は茶でもしばいてのんびり解決を待つのさ。
と思ってたら神社に霊夢と入れ違いにフラワーマスターが現れて何故か私の対面に座ってジャスミン茶を飲んでいる。先生、この妖怪素敵な笑顔なのに殺気が凄いです。
「お茶菓子は出ないのかしら」
「お前に食わせるお茶菓子は無ぇ!」
「…………」
「あ、ごめんやっぱある」
無表情になられたので素直に謝った。台所にまんじゅうを取りに行く。
普段は花のある場所にしか現れないから神社には来ない幽香だが、今は幻想郷中に花が咲いているので行動範囲を幻想郷全体に広げている。しかしよりにもよって博麗神社に来るなよ。マジ勘弁。
前に一度弾幕決闘で負かして以来会う度に無言の圧力かけてくるんだよね。
あの時は負けた方が勝った方に一日服従って条件で勝負をした。折角勝ったんだからと色々パシりとして有効活用させてもらったんだけどそんなに機嫌を損ねる事? 靴舐めろとか跪けとか命令しなかっただけマシだと思って欲しい。
それももう二、三百年前の話だ。懐かしい。
私は粒餡の安いまんじゅうを出し、三つほど幽香の前に置いた。
「それ食べたら帰ってね」
「あら、鬼は良くて私は駄目なのかしら? よく入り浸っていると聞くけど」
「萃香は友達。幽香は客」
「客はもてなすものでしょう」
「客は客でも招かれざる客だから」
私の言葉に幽香は笑みを深くした。手がゆっくりと脇に置かれた傘に伸び、途中でぴたりと止まってそろそろ膝に戻る。
よしよし良い娘だ。室内で暴れたら鉄拳制裁が待っている。幽香一人ではまだまだ私には勝てないだろう。
幽香は生粋のSだけどMっ気は無いから勝目が無いと分かる勝負はしない。一度闘って実力差が分かってからは喧嘩を吹っ掛けられる事は無かった。だからってプレッシャーかけるのは止めて欲しいんだけどなー。
幽香はわざとゆっくりまんじゅうを食べていた。私は絡み付く殺気を無視して畳に寝転んで外の世界で買って来たラノベを読む。幻想郷に住んでると上条君もヴァリエール嬢も大した事無い様に思えてくるから不思議だ。二人共あんなにチートなのにね。
「白雪」
「……うん?」
「巫女は出かけているのかしら」
「三途の川に行ってるよ。何? 霊夢に用事だった?」
「用と言えば用ね」
「何の用?」
「いじめは私の趣味、日課よ」
なにそれこわい。
「目についた妖怪を片端から虐めてここまで来たの。でも誰も彼も虐め甲斐が無いのよねぇ……でも巫女なら」
はいはいバトルマニアバトルマニア。霊夢逃げてー。逃げなくてもいい気がするけどとりあえず逃げてー。
「でも巫女はここに居ない。代わりに神の方が居る……さっきから体が疼いて仕方無いの」
「…………」
ここまで話を聞き流していたが、最後の言葉に背筋がぞわっとした。ラノベから目を離しす。見上げると幽香はうふふと上品に笑っていた。それはエロい意味じゃ無いよね? 殺り合おうぜ的意味だよね? いやどちらの意味で言われても困るんだけどさ。
やだなぁ。なんで自宅でこんな食獣植物の化身みたいな奴と一緒に居ないとならんのだ。私はのんべんだらりと異変解決を待ちたいだけなのに。
あれか? てめぇの殺気なんて軽い軽い! みたいな態度が幽香の神経を逆撫でしてるのか?
怖がるフリをするのは癪だし今更過ぎる。弾幕決闘を持ち掛けてと追い出そうにも今は神社に来るまでに使い過ぎてスペカが切れてると言っていた。「まんじゅう食べ終わったら帰る事」なんて言わなければ良かったよ。こいつさっきから口をつけて無い。
畜生、ほんとSだな幽香。虐めと居心地の悪い空間を作る事に関しては天下一だ。
このまま居座る心積もりっぽいし逃げようか? でも幽香を一人神社に放置したら何をされる分からない。まいったねこれは。
「おー白雪ーっ! 今日は花見酒日和!一等の酒持って来たよー!」
「ナイスタイミング萃香! 後任せた!」
私は都合良く顔を出した萃香の肩を掴んで幽香の方に押した。萃香なら幽香のストレス解消にうってつけだ。
「え? 何?」
「あら鬼っ娘じゃない」
「む。えーと、そう言うあんたは花妖怪? ……喧嘩の匂い! と花の匂い! ついでに酒の匂い!」
どこで覚えて来たのか荒ぶる鷹のポーズをとる萃香に闘うなら外でね、と声をかけ、私は読みかけのラノベを手に空へ飛び立った。
数秒後に背後から二つの強大な妖力がぶつかり合う気配を感じたが無視する。神社は壊さないでくれよ。
さて、紅魔館にでも行ってのんびり続きを読もうか。