分社を建てたら賽銭がガッツリ増えた。参拝客は増え神徳も増し人里へ瞬間移動できるようになり、さして厳しくも無かった生活が更に楽になった。
ぶっちゃけた話出費なんぞ野菜ばかりの供物では賄えない肉・調味料などといった食品と下着と紙ぐらいしか無かった訳だが(霊夢の巫女服は私の手製。光熱費水道代は言うに及ばず。諸々の日用品は大抵自力で修理できる)、嗜好品の類が充実した。
外の世界の書籍やボードゲームが増え、神社が狭くなってきたので空き部屋がありあまっている永遠亭に預けたり古本は大図書館に寄贈したり。
人里のカフェーでちょっとお高い創作パフェに手を出してあまりの不味さに吐いたり。
アリスの人形劇の特等席チケットを買ってみたり。
賽銭なんだから娯楽にばっか使ってねーで神社関係に使えよ、という声が聞こえてきそうだが、社とか御祓い棒とかそういう物は下手に新調するより昔からあるものを大切に使った方が良いのである。霊的意味で。
何でも新しければ良いなんて現代っ子の物質依存思考はけしからん。そんなんだから魔法や霊から遠ざかって科学に突っ走り挙句の果てに自業自得の公害に苦しむんだ。そもそも足る事を知る精神的豊かさをだね……いややっぱどうでもいいや。外は外、内は内。幻想郷の住人と外界の住人で思考回路が違うのは当たり前だ。
閑話休題。
で、要するに色々余裕ができた訳で……その分フランの教育に力を注いだ。
日中幻想郷中を遊んで歩いて帰って来るフランに夕方から禅問答めいた講義をする。
まずは神社に来てから積み上げてきた無数の経験、体験を基に常識的な倫理観を教え込んだ。倫理観は口で説明してもなかなか納得出来るものではないが、実体験を例に挙げて解説すれば理解は早い。あちこちで遊び回っていたフランは参考事例に事欠かず、安定し始めていた精神面は飛躍的な向上を見せた。霊夢が私よりもフランを信用し始めたのが嬉しいのか悲しいのか分からない。
そりゃ私はいい加減に生きてますけどね。ミスっても取り返してるからいいじゃん。私は策謀タイプじゃないんだからさ。
フランは魔法が使えるが、私の様な魔力量と魔力操作の技巧で押し切る外道では無く呪文やら魔法陣やら天体の運行の力を利用して自らの性に合った魔法を使う正当派だ。手法は違えど延々と知識を溜め込み続ける魔法使い達の例に漏れずフランの魔法知識もなかなかのもので、知識を使いこなすだけの頭脳もある。正直私より頭良い。チェスで一度も勝った事無いし……私が弱いだけかも知れないけど。
幻想郷の頭脳派は裏で糸を引く神算鬼謀権謀術数タイプが多い気がするが実はそうでも無く、アリスは保身的な性質だから周囲を罠にハメたりしないし、チルノが人の裏を掻き騙し討ちをするのは弾幕に限った話で、徊子は何考えてるのかよく分からんけどとりあえず悪さはしていない。
情緒が不安定なせいで隠れていた頭の良さを発揮し始めたフランだが、紫タイプにはならないで欲しいと切に願った。
秋の始め、フランが小妖怪数匹を引き連れて妖怪の山を探検しているのを目撃してカリスマの片鱗を感じる。今までは一人でウロチョロしていたのに。すぐ壊れそうな相手には関わろうとしなかった――そう言い聞かせていた――フランの成長が一層印象付いた出来事だ。
この頃、フランに掛けていた精神力強化を全解除する。若干心配だったが楔から解き放たれても精神がグラつく事は無かった。興味を持ったものには首を突っ込んでみる子供っぽさは消えないが引き際を心得る賢さを持ち合わせ、私を安心させてくれた。
精神が安定すれば後は楽なもので、続く肝要な能力訓練も上手く行った。破壊するためには相変わらず髑髏を握り潰さなくてはならなかったが、片手に二つづつ合計四つ同時にロックして壊せる様になった。あと破壊に伴う爆発を意識的に増減させられる。
……なんか前よりも凶悪度を増した様な……アカインド使ったら四掛け四で十六連発? うっげぇ。えげつな。
そして晩秋、フランと会って会話をしたらしい藍から躾を褒められて教育の成功を確信する。教育と言っても割と放任だったが無理に押さえ付けたらこうはならなかっただろう。レミリアとの約束で四年前経ったらフランを帰す事になっていたが、これなら三年足らずで帰せる。我慢強さなら既に我儘な性格のレミリアを上回っていた。無邪気さはそのままに思慮深さを垣間見せる様になったフランの笑顔は吸血鬼なのに太陽の様だった。
強く明るく可愛く賢い。最強じゃね?
トドメはその年の冬。雪の日にフランがルーミアを手下にして神社に帰り度肝を抜かれた。ルーミアの金髪に封印リボンは着いていない。何大妖怪屈伏させてんのお前。
フランが言うには「ルーミアに遭遇して封印を解いてくれと頼まれ、リボンを破壊したら襲って来た。返り討ちにしたら配下になった」という事らしい。ルーミアに聞けば「千回は殺せたはずなのに私の気が済むまで正面から闘ってくれた。惚れた」とのたまう。
……惚れたんだって。
惚れたんだってさ!
私がボコった時はぐったりするだけだったのに! フランがやると軍門に下るって畜生これがカリスマか!
もう色々負けた気がしてその日の内に卒業を言い渡した。きょとんとしていたフランだが、もう教える事は何も無い、と言うと理解の色が浮かんだ。
「まだ、白雪から色々教えてもらいたいのに」
「もう充分だよ。一部では私より上だし、能力も自在に使える様になった。早く館に帰ってレミリアを安心させてあげた方が良い」
フランは俯き、頬を伝わせ数滴雫を落とした。しばらく静かに肩を震わせていたが目の端をぐしぐし拭って顔を上げる。
「ね、白雪」
「ん?」
「今までお世話になりました」
フランは気品を感じさせる優雅な淑女の礼をした。
ま、卒業っても神社に来たければ好きに遊びに来れば良いんだけど。
私は紅魔館の広い前庭でワイングラスを傾けながらレミリアと手を繋いで楽しそうに喋っているフランを眺めた。視線を落とせばワインの水面に三日月が浮かんでいる。
丁寧に刈り込まれた芝生の庭には長テーブルが数卓出され、肉中心の和洋中が山を作り重みで脚を軋ませていた。そしてそれをガヤガヤ騒ぎながらつつく雑多な妖怪達。
フランドールお帰りパーティーである。
パーティーはフランが館に戻った当日の内に始まった。瞬きする間に料理も飾り付けも全て完了していたのはメイドの面目躍如だ。日が落ちてすぐは紅魔館のメンバーと招待客しかいなかったのだが、月が登って行くにつれて小妖怪から大妖怪まで無節操にどこからともなく沸き出した。
綺麗に整えられた優雅な庭で月を見ながらタダ飯が喰えるとなれば祭り好きな幻想郷の少女達は呼ばれてもいないのに喜々として首を突っ込む。今日は雪が振っていない上に比較的温かく、冬妖怪もそうでない者も元気だ。私の顔見知りも多く来ている。
「紫は?」
「冬眠中じゃない?」
テーブルの端でビーフストロガノフを頬張っていた幽々子に聞くと口の中の物を飲み込んで答えた。そう言えばそうだったな。奴がパーティー如きで起き出すはずも無い。
「よーむー、あそこのテーブルの端から端まで全部持ってきてー」
「はい、ただ今!」
それなんて大人喰い?
私は紅魔館の食料庫が空にならないか心配しつつもいつにもまして生き生きしている幽霊から離れた。
それにしても赤ワインが旨い。ヴィンテージワインお土産にテイクアウトしたら怒られるかな? 今日は結構無礼講っぽいけど……ああそうだ。そんな事しなくてもフランから貰えばいいんだ。
代わりに御神酒でも送ってやろうと画策しながらぶらぶら歩いていたが、いつの間にか妖怪達が幾つかのグループに分かれている事に気付く。
隅のテーブルに固まるアリス、魔理沙、パチュリーの魔女組。
ヒソヒソ話し合いながらテーブルクロスに赤ワインを使って呪文やら魔法陣やらを書き綴っている。研究してないでなんか食べろよパーティーなんだから。
中央のテーブルを占拠して合奏しているミスティア、プリズムリバーの音楽組。
この曲は……オーエン? フランのためのパーティーだからか。
主人達から数歩離れて和やかに話している永琳、咲夜、ルーミアの従者組。
喋りながら時折咲夜とルーミアが首を傾げていた。そりゃ知能上中下だから話噛み合わないだろうよ。
で、レミリア、フラン、輝夜、チルノのカリスマ組。
ここはなんかオーラが凄い。空気が違う。通り掛かりの小妖怪が反射的に四人に深々と頭を下げた後、数歩離れてからはっと我に帰り首を捻っていた。無意識だったようだ。
つーかチルノのポジションはやっぱそこなんだ……別にいいけどさ。
萃香と霊夢が居なかったが探してみると時計塔の天辺で月見酒をしていた。二人共ワインより日本酒派だ。
私はふらふらテーブルを渡り歩きながら料理を摘んだ。肉はどれもレアばっかだ。ミディアムもウェルダンも無い。
個人的にはもうちょっと焼けてた方がいいんだけど吸血鬼パーティーでそれを言っても仕方無さそうだ。門の辺りでは焼き鳥を囓りながら全身から炎を吹き上げている妹紅の前に肉串を持った妖怪達が列を作っている。焼き足りなければ勝手にやれと言う事だろう。
妖怪達は皆好き勝手に飲んで飲まれて騒いで。浮ついた空気にあてられ調子に乗って紅魔館の窓を突き破った妖精達は木の陰で美鈴に叱られションボリしている。メディスンはアリスの回りをふわふわ飛ぶ人形達を見て大興奮。時々同じ顔の妖怪が肩を組んで歌を歌っているのを見かけたが多分意捕だろう。
そうしてドンチャン騒ぎが最高潮に達し空に無数の弾幕花火が上がり始めてすぐ、私の隣に小さな影が立った。
「楽しんでいるかしら?」
「普段の五割増しで楽しいよ、レミリア」
数十体の妖怪達が大乱戦を繰り広げ真昼の様に照らし出されるパーティー会場。空を見上げていた顔を横に向けると、視線に気付いたレミリアが飲みかけのグラスを寄越した。そういう意味では無かったが有り難く貰い一息に飲み干す。
……ん?
「これ血じゃん。変なもん飲ませないでよ」
「誰も赤ワインとは言って無いわ。RHマイナスO型のレア物よ……と言うか結構平然と飲んだわね、人間は食べた事無いって聞いてたけど」
「そりゃ妖怪でもあるから」
「そう」
記憶を辿ってみるが今まで血を飲んだ覚えは無い。これが初めての食人(?)になるのか。
……んー……
特に何とも無いな。旨くも不味くも無かったし。やっぱ血だけだと意味無いのか? 自分で襲って肉ごと食べたらまた違うのだろうか。流石に興味本位で食人をする気は無いけど……あやめとか凄く美味しそうに食べてたよなぁ。外界の人間は化学物質漬けで不味そうだけど人里の人間なら……いや顔見知りは喰えん。
何にせよ長い年月で風化しながらも僅かに残った人間の感性が拒否する。共食いみたいでさ。
共食いみたいだと感じると言う事は人間を同族だと意識しているのかそれとも
「博麗白雪」
「……うん? 何? 改まって」
レミリアの声に思考の海から引き上げられる。
声をかけておきながら私の顔をじっとて何やら悶々としていたレミリアだったが、決心した様な表情で一歩後ろに下がった。
「当家の者の教育に多大な貢献をなされた貴女に感謝を」
レミリアは気品を感じさせる優雅な淑女の礼をした。
それがあまりにもフランにそっくりで思わず笑みが零れる。
私にこれをするに当たってプライドとの壮絶な葛藤があったのだろう、顔を真っ赤にしたレミリアがぶんぶん手を振り回した。
「わ、笑わないでよ! 何笑ってるのよ! 殺されたいの!?」
「そんな物騒な……」
「うー!」
「無理無理、グングニル出しても私は殺せないよ」
牙をむき出したレミリアに追われて空に舞い弾幕合戦に加わる。マスタースパークと賢者を同時にかわしたり妖力無限大で小妖怪を纏めて十数匹撃ち落としながらも、私は離れていても変わらない吸血鬼姉妹の仲の良さに心温まる思いを感じていた。
「あれだけ騒いでも翌朝には皆通常営業している辺り幻想郷の宴会慣れがよく分かる」
「あんた泥酔してダウンしてたじゃない。誰が神社まで担いで来たと思ってんのよ」
「ごめんなさい。調子に乗って紅魔館のワイン倉半分空にしました」