結局仁王立ちする鈴仙の姿が印象的過ぎてそれ以外思い出せなくなった一夜が終わり、ゲームよりも規模を縮小して勃発・解決した異変は永夜異変では無く欠月異変と呼ばれていた。そりゃまあ夜は止まらなかったんだから永夜なんて名称になる訳無い。
満月が欠けていたのは精々三、四時間。妖怪の間でも異常な月はあまり騒ぎにはならず、むしろ高速飛行する何かに誰それが轢かれた、という噂の方が広まっていた。幸い死者は出なかったものの重軽傷者がわんさと出ていたらしい。
……気付かなかった……マジごめん。もうやらないから。
永遠亭組は異変後から時々人里に降りてくるようになった。専ら鈴仙が薬を売りに来るだけだが稀に永琳やてゐも現れる。
相変わらず外に出してもらえない輝夜は不満そうだったがあれやこれやと永琳が持ち帰るお土産に一応は宥められていた。最近のお土産としては香霖堂に入荷したパソコンが挙げられる。勿論ネットには繋らないが何やらプログラムを組んでいた。ゲームを作っているらしいが良く分からない。完成したら見せてくれるようなので気長に待とうと思う。
異変が終わり一段落ついたので、私は分社を作りに刀を片手に人里へ向かっていた。横を分社作りを見学したいと駄々をこねたフランが飛んでいる。霊夢は留守番。巫女より悪魔の方が神様に懐いてるってどうなんだ。
「分社ってどうやって作るの?」
「んー、まずは核になる物に自分の分霊――神様の性質みたいなもの――を宿して……まあこれはもうやってあるんだけど。それを私のために作って貰った分社に安置する。で、後は刀が分社から持ち出されないようにちょちょいと術をかけてお終い」
「へぇ、意外と簡単なんだ。私にもできる?」
「神様じゃないと無理だよ」
「んー……」
私は苦笑して悲しそうに羽根を垂れさせるフランの頭を撫でた。なんでも壊せば良い訳ではない、という事を学んだフランは基本的に好奇心旺盛な良い子である。できればこのまま成長して欲しい。姉のような偉っそうな性格になられたら悲しい。
私は頭を撫でられて嬉しそうに私の背中に張り付き髪を弄り始めたフランの将来を案じつつ人里へ飛んだ。
「おお?なんだ、分社作るって白雪だったんだ。久しぶりだねぇ」
「萃……香?」
「わー、角が生えてる! 鬼だ鬼だ! 酒臭ーい!」
慧音の紹介で棟梁の家に居候しているという腕の良い大工に会いに行ったのだが、ノコギリ片手に戸口から顔を出したのは萃香だった。
如何にも私が鬼だ! と薄い胸を張り、無邪気にじゃれつくフランとキャッキャウフフしている。
「え、ちょ、おま」
なんで人里で大工やってんの? 萃夢想は? 三日置きの宴会は?
……いや落ち着け。原作ズレぐらい今まで何度もあったじゃないか。まずは素数を数えるんだ。2、4、6、8、10、12、14……あ、間違ったこれ偶数だ。1、3、5、7、9、11、13、15……
……ふう。
「萃香、何やってんの」
「大工」
萃香は大工道具が入った箱をフランに見せながら簡潔に答えた。見りゃ分かる。
「地底に居たんじゃないの?」
「あー、旧都は桜が咲かないから時々地上に出て花見の宴会に参加してたんだけどさー」
萃香はフランに金槌で角をガンガン叩かれながら滔々と説明し始めた。
まず春雪異変で花見の宴会を眺めて楽しめる期間が短かった事を不満に思い、宴会を何度も行わせるように仕向けた。これは原作と変わらない。
しかし博麗神社に人妖を萃めると確実に私にバレる。バレたらあんな事やこんな事やそんな事をされる。冗談じゃない。
そこで神社で宴会を起こすのを諦めた萃香は第二候補の人里に人妖を萃めて宴会を始めた。当然私は呼ばれ無いから耳にも入らない。
そうして最初の二回は何事も無く宴会が行われたのだが、三回目で誤算が起きる。
ハクタク親子に勘付かれたのである。
二人がかりで歴史を弄られ姿を現さざるを得ない状況に追い込まれた萃香は宴会の続行を賭けて二人と闘った。萃香の希望により弾幕ではなくガチの闘いで。
幻想郷から鬼が消え、同時に鬼退治の手法が失われて久しい。人間は元より大部分の妖怪に優る種族である鬼を倒すには弱点を利用して追い詰める技が必須である。
故に現代では一部のチート組を除いて弱点を突かずに真正面から鬼を妥当するのは不可能に近い。鬼が消えた千年の間に幻想郷では節分すら行われなくなっていたのだ。
弾幕決闘では無くドツキ合いに持ち込んだ萃香は二対一でも勝利を確信していた。
そこで萃香、二度目の誤算。
まずその日は満月だった。慧音、ハクタクモード。
ハクタク状態の慧音は幻想郷の全ての知識を持つ。当然鬼退治の知識も持っていた。
加えて師匠は人間に化けているとは言え昔からハクタクであり、鬼退治を実践した経験があった。
その結果どうなるか?
萃香フルボッコである。
毎度毎度力ずくで鬼をのして来た私はよく知らないが、徹底的な弱点攻めで成す術も無くやられたらしい。鬼にとっては散弾銃に等しい炒った豆から逃げ回る内に瓢箪を奪われ簀巻きにされて猿轡をかまされ……憐れ寺子屋の軒に逆さ吊りにされた。それも丸三日間。
歴戦の陰陽師と人里の守護獣に弱点を攻め立てられたら流石の妖怪の山四天王も無力だった。
「ほとんど生まれて初めて素面になったよ」
素面なんて大将にも見せた事無いのに、と恥ずかしそうに頬を赤らめる萃香。萃香の中で素面はどう分類されてんの?
「実害無いし別に人里で宴会ぐらいいーかなと思ったんだけどさ、騒乱罪? だかなんだかになるらしくてハクタクの娘の方が五月蠅くてねぇ」
「それで罰として大工仕事を?」
「うん。負けは負けだし」
萃香はフランの手から金槌を取り上げ、角を叩かれた仕返しなのか無造作にフランの羽根の宝石に振り下ろして一つ粉砕した。粉々になって地面に散らばった破片を見て目を丸くし、楽しそうにケラケラ笑うフラン。宝石は壊れた直後にまた新しく生え始めていた。
うーむ……神社の宴会で萃香の気配を感じたら速攻叩けば良いと思ってた。宴会が始まる気配が無いからおかしいなーとは感じてたんだけどこういう事だったのか。
まあ結果オーライ。私がでしゃばらなくて済むならそれはそれでアリだ。
「私の知らない間に色々あったんだねぇ……とにかく萃香が分社建ててくれるんだよね」
「そだよ。ほらちびっこ、どいたどいた」
萃香は角を操縦桿代わりに肩車していたフランを降ろし、代わりに大工道具を担ぎ上げた。瓢箪から酒をがぶ飲みして酒臭い息を吐く。
「任せときなよ、凄いの建ててあげるからさ……でもその前に」
萃香はニヤっと笑って鼻をひくつかせた。
「久しぶりにやらないかい?」
「ウホッ」
いい鬼。
「?」
「いやゴメン。殴り合いだよね」
「そう、喧嘩さ喧嘩!大将に鍛えられた鬼の剛腕見せてあげようじゃないか!」
萃香は機嫌良く腕にしがみついたフランを振り回しながら町外れに千鳥足で歩き去っていった。
私はその後ろ姿と置き去りにされた大工道具を見比べる。
先に分社建ててもらえば良かった。喧嘩で重症負わせたら分社作る所じゃないもんなぁ。でも手を抜いたら怒るだろうし……
どうしようか。
遠くに人里が見えるススキ原。一面に茂る茶色く枯れたススキを風魔法で円形に広く刈り、私は簡易闘技場を作った。刀と大工道具は慧音の家に預けてある。
「さて」
二十歩ほど離れた対戦相手に向き直った。木枯らしが枯れ葉を巻き上げ私達の間を通り過ぎていった。
先刻から酒を無尽蔵に飲み続け顔を真っ赤にしてふらついている萃香……と、萃香の肩に陣取り左手で角を掴みレーヴァテインを構えるフラン。
「ちひっこー、おりぃろー」
「やだ!合体攻撃するの!」
呂律が回っていない萃香のグラグラ揺れる頭にしがみついてフランが駄々をこねている。なんか萃香にくっついていると思ったらそれか。幼女が幼女を肩車しても合体には見えないぞ。むしろお遊戯みたいで弱そうだ。
「わらしはー、しらゆきとけっとーするんらからー、じゃまするなー」
「私もするからいいの!ね、白雪、二対一でもいいでしょ」
「……私はいいけどさ。萃香は?」
「ん~、あ~、もうなんでもい~や。いっくぞー!」
首を傾げ首を捻り、首を振って思考放棄した萃香がよろよろ近付いて来た。
……なんかぬるっと決闘始まったな……
萃香は今にも崩れ落ちそうながくがくの膝で寄って来る。フランは憧れのロボットに搭乗した少年の輝く瞳で炎剣をぶんぶん振り回している。
一軒隙だらけに見えるが私は油断無く構えをとった。中国拳法っぽくなるのは美鈴の影響だ。
幼女二人の組体操と思えば微笑ましいが実際かなり危険である。
萃香は酔えば酔うほど強いから泥酔しているあの状態が最も強い。昔は前後不覚になった萃香が勇儀を一方的に攻めているのを見た事がある。
加えてフランのレバ剣は強化していてもダメージを食らう。戦闘経験が少ないから太刀筋は本来単純なはずだが、ぐらっぐらの萃香を掴んでいるため剣尖が乱れに乱れて避けにくくなっている。振り回す速度は並の妖怪では手が消えて見えるだろうと推測されるほど速いから尚厄介だ。
対抗策としては妖力無限大ぶっぱ……したら怒るよな。殴り合いの意味無い。拳と剣を捌きって抑えつけるのも面倒だし……
ここはあれだな。集中して懐に潜り込んでの一撃必殺。殺さないけど。
私は深々と息を吐き、ゆっくりと全身の気を丹田に集める様に吸い上げた。近付いて来る二人を視界の正面に入れ腰を深く落とす。両拳を握りしめ、左手と右手が背中越しに滑車で繋っているイメージをつくった。
間合いを図る。もう不規則に揺らぐ炎の剣と無数の軌道が幻視される拳の予測線しか目に映らない。ススキ原を駆け抜ける風の音が遠のいた。
あと二歩……一歩……半歩……四半歩……ここだ。
左手を引きつつ右手を前へ。重心を前方に移動させ拳に体重を乗せる。紙一重でレーヴァテインを頭頂にかすらせながらも無駄に力まず真直ぐ前へ、狙いは萃香ではなく萃香の向こう側に――――
「破!」
空気どころか空間すら引き裂きかねない音を置き去りにした渾身の正拳突きが萃香の腹に突き刺さった。衝撃が後方へ貫通し、表面と内臓に甚大なダメージを与える。
「っ、ぁ」
萃香は声にならない声を漏らし、踏ん張りきれず口から血を吐きながら遥か彼方に吹っ飛んだ。そのまま空の向こうに消えて見えなくなる。視界と音が元に戻り、一拍遅れて拳圧で突風が吹いてススキ原が割れた。
一撃だ。審判は居ないけど多分判定勝ち。
突然跨がっていた乗り物が消えたフランはぽかんと口を開けて地面に落ちた。
「……流石に堅いなー」
私は痺れた拳を振った。硬化かけとけば良かったかな。
今の感触は内臓が逝かれて肋骨にヒビが入っただけだろう。折れてはいない。
鬼は吸血鬼のような再生力が無い分防御が高い。これがレミリアだったら原型をとどめないスプラッタになっていた。
鬼相手でこれなら力押しでなくとも体術だけでも結構いけそうだ。今度美鈴に差し入れ持って行こうかね。
「あれ? 何が起こったの? 鬼は? 合体攻撃は?」
地面にぺたんと座り込んだフランが剣を握ったまま不思議そうに辺りを見回した。
早過ぎて見えなかったらしい。萃香が居ないのに気付くと指を咥えて不満そうに土を引っかく。
私は苦笑して屈み込み、フランを肩車してやった。
「ほら、これで我慢」
「……うん、分かった!」
不機嫌から一転、キャアキャア嬉しそうに莫大な熱量と凶悪な力が込められた破壊剣をぶん回すフランを可愛いと思うあたり私も大分毒されているらしい。
ちょっとじゃれつくだけで命の危険がある子だけど別にいいよね。殺っても殺れない様な連中と以外遊ぶなって言い含めてあるし。遊ぶにしても加減してるし。遊び以外では大人しいし。レミリアに返すのがちょっと惜しいぐらいだ。
「ねぇ白雪っ」
「何?」
「早く分社建てるの見たい!」
……あ、やべ。萃香が居ないと分社の建築が進まないわ。
……やっちまったぜ!
結局大工重症につき分社建築は三日後になった。