霊夢が破壊したトラップの跡を兎を供に辿り、私は竹林の若干開けた場所にある永遠亭に着いた。名残惜しげに何度も振り返りながら各々の仕事に戻っていく兎達に手を振り、見事に大破した玄関に向き直る。思わずため息が出た。
霊夢はなんで扉や戸を蹴破るんだよ。普通に開けろよ。永遠亭の玄関には鍵ついてないんだし。これ修理するの私なんだぜ?
私は頭を掻き、神力を込めて自動再生させる。歪んだ木は見る間に真直ぐに戻り散乱した木片は元あった場所にはまっていった。
なんか神の力なのに大工仕事にばかり使ってるような……別にいいけどさ。
完全に直った扉をくぐり、私は永遠亭に入った。
真新しい弾幕の焦げ跡が目立つ長い廊下を修理しつつ奥へ向かう。普段廊下でちょろちょろしている妖怪兎達はまるでどこかの巫女にやられたかのような表情で隅に転がっていた。硬い木の床の上で非常に寝苦しそうにしている兎達を適当な兎部屋に放り込んでいく。
本来一分もあれば最奥まで着く廊下も今夜は鈴仙の能力で同じ場所をぐるぐる回る対侵入者仕様催眠廊下に変わっている……はず。私には全然効かないからよく分からん。
耳を掴んで数匹まとめて収穫しながら霊夢はどこまで行ったかと探知魔法を使えば、輝夜の部屋のすぐ外で激しく飛び回っていた。そのすぐ近くで同じく――ただし規則的に――飛び回っている永琳の気配。もう闘ってるのか。
永琳はしばらく危なげ無く闘っていたが、私が輝夜の部屋の障子に手をかけた所で急に不自然な動きをした。一瞬動きが止まり、外から霊夢の快哉が聞こえる。
ははあ、これは永琳わざと負けたな。
輝夜も最近妹紅と殺し合って無いみたいだし、退屈凌ぎをさせてやろうって魂胆だろう。輝夜はあまり暇にさせておくとフラフラ出かける。竹林からは出ないから安全だがそれでも過保護な従者からしてみれば自分の目の届く所にいて欲しい。多分そんな感じの心境。
私が障子を開けてどことなく寝殿造っぽく内装された部屋に入ると、窓枠に足をかけて外に飛ぼうとしていた輝夜が振り返った。
目が合い、ちょっと笑って楽しそうに飛び出して行く。幻想郷の少女はすべからく弾幕合戦が好きだ。輝夜も例外ではない。
そして輝夜と入れ違いに永琳が折れた弓を片手に窓から入ってきた。当たり前の様に輝夜の部屋にいる私を見ても当たり前という顔をして弓を手渡し、弾幕合戦でよれた服を整える。
「台所に用意してあるわ」
「うん、ありがと」
何も言わなくても私が永琳の手料理をいただきに来た事を察してくれた。さすが永琳! 私に出来ない事を平然とやってのける! そこに痺れ(ry
私はちょちょいと木のような金属のような妙な材質の弓を復元して返す。
肩を組……もうとしてあまりの高低差に諦め、私達は並んで台所へ向かった。
……永琳、何も優しく微笑みながら頭を撫でなくてもいいじゃないか。
途中で簀巻きになって気絶しているてゐを担いで医務室に向かう煤けたブレザーの鈴仙と遭遇。引き連れて進む。
鈴仙の話によると、永遠亭の入口を守っていたら何の前触れも無く竹林から霊夢が飛び出してきたらしい。
しかも簀巻きてゐの耳を掴んでぶら下げて。
まさかのシチュエーションに驚き戸惑う鈴仙に霊夢はてゐを投げ付け、慌ててキャッチしたらそこに弾幕の集中豪雨。一発も反撃する事無く撃沈。
なんと言うか……忍びねぇな。
二人と二匹で近代的な台所、というかキッチン(霊力→電力変換装置を備えつけてある)に入ると弱火のコンロにかけられた鍋がコトコト煮えていた。台所一杯に食欲を刺激する美味しそうな匂いが漂っている。
永琳は慣れた手つきで鍋に入ったスープを深皿によそい、他数品と共に私の前のテーブルに並べた。
しかし鈴仙の前には霊夢を五秒も止められなかった罰なのかは知らないがパンの耳。てゐは隅に転がせられてまだ気絶しているので何も無し。
「こっちの料理は何? これはコンソメスープだと思うけど」
「マガモ胸肉のグリエ塩漬けレモンとソースアンディーブ添え。それは白雪の言う通りコンソメスープ」
「ふーん」
私はスプーンで熱々のスープをかき混ぜた。隣に座った鈴仙が自分の皿に乗ったしなびたパンの耳と私のできたてスープを見比べ、悲しそうにウサ耳を垂れさせている。
永琳は頬杖をついて私と鈴仙の対面に座り心なしかニヨニヨしていた。
嫌な事を嫌と言えない鈴仙の代わりに抗議の目線を送ると永琳は優しげな顔になって爆弾発言をする。
「実はね、そのスープには体を大きくする効用を持たせてあるのよ。あなたいつも背を伸ばしたい、大きくなりたいって言っていたでしょう?」
「……はぇ?」
え? ま、ままままマジで!?
一度は背を伸ばす薬は作らないと断られたのに! 永琳に何か心変わりが!?
まさか万年の時を越えて悲願が成就すると言うのか!
そう思うと急に目の前のスープが超神水を凌駕する神聖な液体に見えてきた。
「永琳っ! 大好き!」
「あらあら」
がっしり抱き付くと頭を撫でられた。胸の奥から温かいものが溢れ、永琳が後光差す神様に見えた。もー私の信仰半分あげてもいい。
「まあ少し薬物も入れてあるけど」
「大丈夫! 無添加の単なる料理で身長が伸びる訳無いのは承知してるから! ちなみに何入ってんのこれ」
「コカインとかモルヒネとかペンタゾシンとか」
「なんか明らかにダメ絶対な名称だけど私人間じゃないからいいよね! いっただっきまー……」
……ん? ちょっと待て。薬物入りコンソメスープ……だと?
急激に頭が冷えた。私は言い知れない危険を感じて口に含みかけたスプーンを方向転換、横でウサついていた鈴仙の口に突っ込んだ。
「むぐ!?」
鈴仙はむがむが言って吐き出そうとしたが、鼻を摘んでやると顔が真っ赤になるまで息を我慢してから観念したように飲み込む。
「あら、コンソメスープは嫌い?」
「好きだけど……嫌な予感が」
素っ惚けた顔をした永琳としきりに胃の内容物を吐き出そうとする鈴仙を見守る。変化はすぐに表れた。
おや? れいせん の ようすが……!
苦しそうな呻き声と共に膨れ上がる筋肉。ボタンを飛ばし張り裂けそうにピッチピチになるブレザー。赤黒く変色する肌に浮き出る血管。
ムキムキになった鈴仙はクシャッと皿を潰して立ち上がった。
強制的に成長したんだ……! 永琳を倒せる筋肉まで!
じゃなくて。
「大きくなりたいってそういう意味じゃねーよ! いや一応あってるけど!」
ドーピングコンソメスープじゃねぇか! 生で見るとグロいぞ! 元が華奢な鈴仙だから正影シェフの三倍酷い!
「私が白雪の身長伸ばす訳無いじゃない」
キッと睨むと永琳は涼しい顔で受け流した。
鈴仙は私の反応を見て不思議そうにしていたが、張力限界スレスレの服とグロ的意味でR18指定になりそうな自分の体に気付いて泣き出した。
どう収拾をつけたら良いものかオロオロ迷う私。カルテを出してペンを走らせながら憐れな筋肉さんを観察する永琳。そしててゐは気絶していたはずなのにいつの間にか復活・縄抜けしてカメラのシャッターを切っていた。
どうすりゃいいんだこれ。えーと筋肉、筋肉、筋肉、筋肉……駄目だ筋肉しか思い浮かばない。まずは目の毒にしかならない筋肉をどうにかしないと。つーか永琳、こんなもん私に喰わせようとしたのか。
筋肉がゲシュタルト崩壊するまで無駄に悩み、てゐがフィルムを使い切る頃に筋力を下げる事を思いついた。目を背けながら命一杯下げ、恐る恐る見てみるとしおしお萎んで元通りになっていた。ただしブレザーは無残に伸びきり、よれたスカートから覗く生足は微妙に筋肉質になっている。かつてない醜態を晒した鈴仙は自分の体を抱き締めてガタガタ震えながら泣いていた。
やだもうなにこれ……
「永琳」
「何?」
「もう私の身長伸ばそうなんて考えなくていいから」
普通の薬物が私に効くとは思えないけど、永琳製でしかもDCSだからね。
もう身長伸ばすのは諦めた方が良いかも分からん。
そしてコンソメ騒動の間に輝夜は破れ、永夜抄終了。
なんだかなぁ……