人里を離れ、途中で霊夢と合流して再び暴走列車の如く妖精を撥ねながらあっという間に迷いの竹林の入口に着いた。今夜は今までの異変で一番妖精の撃墜スコアが高いのではなかろうか。無差別に轢いてるし。
風に揺られてザワザワとさんざめく竹林を見ると安心する。なんだかんだで私は竹林暮らしが一番長く、ここに居るとあやめに守られている気がして落ち着くのだ。
「霊夢、ここからは歩いて行こうか」
「なんでよ。さっさとこの先の黒幕しばき倒せばいいじゃない」
「いや時間調節」
弾幕決闘を一度もしなかったので予定よりも早くなり過ぎた。
永琳には通信符で弾幕決闘で異変の原因を叩きに行く旨を伝えてある。向こうも色々準備しているらしいからもう少し遅い方が良い。
どうせ対霊夢迎撃準備だろうから早く行っても異変は問題無く……むしろ楽に解決出来るが、付き添いの私のお茶菓子の用意が出来て無いと困る。何が困るって主に私の舌と胃袋が。
永琳ってさり気なく料理上手いんだぜ?輝夜を連れて放浪している時に腕を磨いたらしい。たまに薬品入ってるけどそれを差し引いても旨い。
とにかく不純な動機でも今夜中に片付けりゃモーマンタイなんさ。
「異変解決に時間調節って……んじゃなんのために急いでたのよ」
「だからうっかり早く着き過ぎたの」
「……まあ白雪のうっかりは今に始まった事じゃないけど」
なんでそんな馬鹿にしたような憐れむような目で見るの? 良いじゃん別に誰か損する訳でなし。霊夢も飛んでばかりいないで少しは歩いたらいい。
私は肩を竦め、御祓い棒を指先で器用にくるくる回す霊夢を連れて竹林に足を踏み入れた。
一歩歩けば竹の根元から兎が一匹。
二歩歩けば巣穴から兎が二匹。
三歩歩けばどこからともなく兎が三匹。
十歩歩けば後ろに行列が出来ている。
竹林を歩いているとウサ耳の小さな妖怪兎達がぴょんたんゾロゾロ着いて来た。汚れの無い赤い瞳で楽しそうに跳ねながら追って来る。
こいつはくせえッー! 兎のにおいがプンプンするぜッーーーー! 環境で妖怪になっただと? ちがうね! こいつらは生まれついての妖怪兎だッ!
実際博麗大結界が張られてから竹林に新しい兎は参入せず、迷いの竹林の妖怪兎達はてゐを中心とした閉鎖的で独特な社会体制を確立している。今や普通の兎から妖怪化した個体よりも両親共に妖怪の妖怪兎の方が多い。黒兎や茶兎は居らず、何故か白兎のみだ。リーダーはあんなに(腹)黒いのにねぇ。
私の横を歩いていた霊夢はぴょこぴょこ跳ねる兎の群を興味深気に見ていたが、私の髪にぶら下がる兎を見て首を傾げた。
「こいつらなんで着いてくんの?」
「そりゃ私が懐かれてるから」
私の肩によじ登ったり衣にしがみついたり足元にまとわりついたり兎まみれだ。兎フル装備。LUCK上がりそう。
しかし皆霊夢とは微妙に距離を開けていた。流石に初対面の人間に飛び付くほど人懐こくは無い。
特に兎好きでも何でも無い霊夢は距離を取られても気にした様子は無かったが、ぼそりと「兎鍋……」と呟いて二倍離れられていた。私は普通に兎肉食べるけど自分から絞めてさばこうとまでは思わない。出されたら残すのが勿体ないから食べるだけだ。
ぞろぞろ行進していると不意に兎達が止まった。耳をぴくぴく動かし、一斉に引いて行く。一跳びで十数メートル跳びあっという間に夜の闇に溶けて姿を消した。足元も聞こえなくなる。
「なに?」
「親玉かな」
霊夢は若干ワクワクした風に御札を構えて立ち止まり私も立ち止まった。
「親弾ね」
「……それ字が違う」
霊夢弾幕ごっこ好きだよね。
そして数秒後、笹の葉を踏む音と共に小柄な兎のリーダー……てゐが顔を出した。私達を見ると人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「こんばんはー、大家さん」
「こんばんはウ詐欺さん」
私は爽やかな笑顔で手を差し出し、てゐは爽やかな笑顔でそれを払う。私はわざとらしく悲しげな表情を作って手をさすった。突き刺さる霊夢の視線を感じるがとりあえず無視。
「握手もしてくれないなんてお姉さん悲しい」
「手の骨粉々にされたくないから」
「失礼な、私そんな事しないよ」
「……耄碌したかババア。歳とると記憶力が落ちて困るわー」
「アレはちょっと関節外しただけでしょー」
はっはっはと上っ面で笑い合う私達を霊夢がうろん気な目で見ていた。
てゐは人を見て嘘を吐く。妖精相手にはド外道な嘘を吐くが、鈴仙には尾を引く嘘は吐かないし月人主従には偽らない。嘘を吐く相手は選ぶのである。
そして私には遠慮無く嘘を吐く。嘘がバレても命は取られないし、後遺症を残す様な折檻もされない事を知っているからだ。そもそもてゐと話す時はいつも観察力判断力分析力etcを上げてるから滅多に騙され無いんだけど。
ちなみにババアと呼ばれて怒るのは紫である。私は平気だ。代わりに幼女と呼ばれるとイラつく。
「まあいいや。ついて来なよ大家さん……と、お客さん。師匠から話は通ってるよ」
手招きされたが私は動かない。霊夢は微笑を浮かべる私とウサ臭くうさん臭い笑顔を浮かべるてゐを見比べてふむと唸った。
「白雪の呼称には突っ込まないとして……怪しい兎ね」
「まさか~。私は何時だって人の言うことを良く聞く、幻想郷で最も賢くて可愛い兎って呼ばれてるのよ」
「誰に?」
「手下に」
手下以外からは狡賢くて空世辞を言う兎って呼ばれてるよね。
人畜無害な顔で手招きするてゐを怪しそうに見ながらも霊夢は一歩足を踏み出し、
地面を踏み抜いた。
「うぇ!?」
嫌らしくも泥水が張ってある穴に落ちかけた霊夢は慌てて飛んで脱出し、少し離れた地面に着地……しようとするとそこも落とし穴。三度目は無いと空中待機すれば頭上から降って来たタライに頭を強打され落とし穴に突っ込みかけた。おおう、ナイスコンボ。
怒れる霊夢が体勢を立て直すが既にてゐの姿は無い。私は口許を隠して小さく笑った。竹林はてゐのトラップフィールドだ。私も最初はよくかかった。
「あんの兎~!皮ひん剥いて鍋にしてやるわ!」
「鍋好きなの?」
「丸焼きも可!白雪、どっちに逃げた!?」
「向こう」
霊夢は棘付鉄球やら投網やらに襲われながらも狩人の目でてゐを追って行った。私はそれを地上から見送る。
霊夢はああ言ってるけど亡霊姫じゃあるまいし人型妖怪を捕食する事は無いだろう。もし捕まってもてゐなら口八丁手八丁で鍋は回避する。
私はてゐが何か仕掛けていたのは気付いていたので手招きされても動かなかったのだが正解だった。代わりに霊夢がかかったが、罠があると知り警戒体勢に入った霊夢をハメられる罠なんぞ早々無い。てゐは永遠亭に逃げ込むだろうし私の道案内はここまでである。
私はあちこちから顔を覗かせ様子を伺っている兎達に手招きし、彼等の先導で罠を避けながら悠々と永遠亭に向かった。