一々速度を緩めては妖精の相手をするのも面倒なので雑魚は無視して猛スピードで飛んだ。私は素でぶっちぎりに速いし霊夢は主に空を飛ぶ程度の能力があるからかなり速い。
空気抵抗も何のその、霊夢は前方に槍型結界を張るなどという器用な事をして向かい風を散らし私に着いてきていた。全速力の六割は出してるのに着いて来るとか……十五歳の人間の少女とは思えん。
さて、妖精は異変時は興奮状態になり普段よりも強くなる……のだが所詮妖精、弱い弾幕一発で霧消するほど脆い。チルノは強めの弾幕使わないとピチュらないけどあいつは妖精じゃなくてYOUSEIだから例外だ。
Q.そんな貧弱な妖精の群に結界付き高速飛行で突っ込んだらどうなるの?
A.巫女と神様は急には止まれません。
私達は妖精達を轢きながら適当に弾幕をばらまいて進んでいた。弾幕決闘だと敵に体当たりなんて真似出来ないけど、悪戯妖精相手なら突貫でOK。出合い頭に撥ね飛ばされた妖精達に合唱。妖精ごときに衝突しても痛くも痒くも無いもんね。
「なんか高速道路走ってるみたいだ。弾幕と蛍の光が凄い勢いで流れてく」
「ちょっと、ここまで急ぐ必要あるの?」
「あんまり無い。でも異変解決は早い方が良くない?」
「急がば回れ」
「拙速は巧遅に優る」
「急いては事を仕損じる」
「善は急げ」
チラッと後ろを振り返ると霊夢はやれやれと両手を肩の所で広げていた。そんな欧米の仕草どこで覚えたんだ。
「ちょっとあんた達! 蛍の光をっキャアアアア!」
最近の霊夢はどこから仕入れるのか変な知識をつけて来たが、身長も胸も急に成長し始めていた。成長期だ。
妖怪や神様には無いこの時期を見ているとやはり霊夢も人間なんだなと思うと同時に些か淋しくなる。成長するということは老いるということ。少女は時と共に女になり老女になる。
霊夢は老いが迫ったらどうするのだろう?
あれだけの才能があれば仙人にだってなれるし、紫に頼めば多分境界を弄って不老にしてくれるだろうし、今夜会う事になる永琳に依頼すれば蓬莱の薬を作ってくれる可能性も無きにしもあらず。霊夢ならどうにかして魔法使いになってしまえるような気もする。大穴で私の神社から独立して信仰を得て神様になるという選択肢もアリだ。
まあ何にせよ私は霊夢の選択を尊重する。歴代の巫女と霊夢の扱いを変えるつもりは無い。
普通に人としての天寿を全うしようが人外になろうが私の神社に居る限りは私の巫女である。何かあったらその時に考えればいいのだ……
……ん?
「さっき何か轢かなかった?」
「気のせいじゃない?」
首を捻る。蛍の群に紛れて人型の何かが飛び出して来た気がしたけど目の錯覚かな。錯覚だよね。
「それにしても最近蛍が多いわねぇ。外の世界がちょっと心配だわ」
霊夢が手に持った御札を投げ尽くし、懐から追加の束を取り出しながらぼやいた。確かに妖精と同じぐらいわさわさと蛍が飛んでいる。蛍の光で明滅する絨毯が出来ている所もあった。
「心配するなんて霊夢らしくない」
確かにこれだけ多いとなると幻想郷で繁殖している以外に外から流れて来た蛍も多いのだろう。蛍を見た事も無い都会っ子が増えてるんだろうなぁ……もう外界では田舎は田舎でもド田舎じゃないと見掛けないらしいしさ。
「あ、久しぶりのヒトネギっキャアアアア!」
蛍は水辺に居る訳だけど、水質が良過ぎても居なくなるんだよね。餌になる巻貝と産卵場所になる水辺が無いといけない。更に街灯があっても駄目だ。蛍の光は雌への求愛行動だから、街灯の白々とした人工光があるとそれに紛れて蛍の儚い光なんぞ分からなくなる。懐中電灯片手に蛍探したりなんて馬鹿の極みだね。
幻想郷の子供は皆竹箒を片手に蛍を捕まえに行く。竹箒を蛍の群に突っ込むと勝手に箒にひっつくから、それを担いで家に帰るのだ。逃げようとしないから虫籠は要らない。
箒を持ち帰ったら一晩明滅する淡い光を楽しんで、翌朝起きてみるといつの間にか蛍は居なくなっているという寸法だ。穏やかなキャッチアンドリリース。
気合い入れて探さなくても蛍は里のすぐ外で飛び回ってるんだから、光を見たくなったらその都度捕まえに行けば良い。そういう蛍火の楽しみ方を現代っ子は知らないんだろうな……
……あれ?
「また何か撥ねたような……」
振り返っても撃墜された妖精の霧っぽい残滓以外見えない。妖精に紛れて行く手を遮った若干大きめの何かにぶつかった気がする。さっき鳥っぽい羽が一瞬視界に入った。
「あんたが見逃したのに私が見える訳無いじゃない。人間の目は月明りだけで妖精とそれ以外を判別できるように出来て無いのよ」
「なら心の目で見れば良いのに」
「無茶無理無謀」
「んなこたぁ無い。心眼を使える盲目の巫女さんだって居たんだから」
「そんなイロモノと私を一緒にしないでよ」
それをお前が言うか。歴代の巫女の中で一番ふてぶてしくて一番才能があって一番無礼で一番強くて一番努力してない癖に。霊夢も同じ穴の貉だよ。
「ところでどこに向かってんの?」
「言って無かった? 迷いの竹林だよ」
「はぁ? あんな場所に兎以外誰か住んでんの?」
疑問に思う気持ちは分かる。
迷いの竹林はあやめの力が未だ強く残っていて人間は元より大部分の妖怪も一度入れば出られない。視覚的では無く心理的に迷うので目印を付けても意味を成さない凶悪さ。幻想郷縁起で危険度は極高に分類されており、兎以外入るべからずと書かれている。
ただし私は竹林に入る権利があるし、永琳と輝夜は最初に薬を服用してウサ耳を生やして侵入したらそれ以降自由に出入り出来るようになったらしい。妹紅は……そういえば妹紅は何故出入り出来るか知らないな。今度聞いてみよう。
「住んでるよ。昔私が建てた屋敷があるのさ」
「…………」
霊夢は色々突っ込みたそうな雰囲気だったが何も言わなかった。別に聞かれりゃ普通に答えるけど話しだせば長くなるから聞かないでいてくれた方が手間が無くていい。
そしてその後も一種の天災の様に妖精を撒き散らして進んだが結局妖怪には一匹も遭遇せず人里上空まで辿り着いてしまった。この分だと日付け変更前に永遠亭に着きそうだ。
残りの道程は早くも半分。
幻想郷に飛行速度制限はありません。空には車線も信号機も無いので衝突事故はそれなりに起こります。
今回事故ったのはリグルとミスティア。保険も降りないから泣き寝入りするしかない。