「まあ面接は形だけだから気楽に答えてくれ」
私の履歴書を持った慧音が椅子をすすめながら言った。彼女は机越しに私の対面に座っている。窓辺では虫籠に入った鈴虫が涼やかに鳴いていた。ある晩秋の日の夜、寺子屋の一室での事である。
事の起こりは陰陽師と妖怪の事故だった。里人が護衛を付けて薬効のある花を摘みに花畑へ向かった所、例の花妖怪に遭遇。何をしているのと聞かれて花を摘んでいると答えれば素敵な笑顔で襲いかかってきたそうだ。
なんとか説き伏せて弾幕決闘に持ち込もうとしたものの聞く耳もたず、人里陰陽師本部に入った悲鳴混じりの救護要請を最後に彼等は連絡を絶った。
この事件は別に異変ではなく、花妖怪の出没地域に足を踏み入れた里人が悪いとも言えるので私と霊夢は助けに行かない。里人の迂闊な行動を一々フォローしたらキリが無いのである。まあ弾幕決闘でなくとも死にはしない……はず……
救護(×救援)要請を受けた陰陽師は大至急人材を掻き集めた。大妖怪の中でも上位と言える妖怪を相手取るのだから当然だ。その中には師匠も含まれる。幻想郷の陰陽師の中でも五指に入る実力を持っているのだから動員されないはずが無い。
で、ここで話は寺子屋へ移る。
師匠はあれでもハクタク、知識は豊富だ。慧音の寺子屋を一部手伝っている。今回の事件は長引いているため師匠が担当する夜の部の妖怪向けの授業ができない。しかし慧音は出来る限り休講にはしたくない。
そこで私に話が回ってきた訳だ。徊子やパチュリーにも頼もうとしたようだが徊子は冥界の入口で根を張ったように動かなくなっており、パチュリーは図書館から出るのを嫌がった。
それで私が臨時講師として建前だけの面接……というか本当に講師としての適性があるかどうかの確認を受けているのである。面倒だが正当な手続きを踏んで欲しいらしい。慧音お堅いね。父に半分分けてやりなよ。
慧音は帽子の位置を直し、咳払いして履歴書に目を落とした。
「さて、博麗白雪、年齢は約一万二千。女性、博麗神社在住、教師経験は無いが知識には自信有り。特技は……イオナズンとあるが?」
「はい。イオナズンです」
「イオナズンとは?」
「魔法です」
「ほう、魔法」
「はい。魔法です。敵全員に大ダメージを与えます」
「……で、そのイオナズンは寺子屋で働く上で何のメリットがあると?」
「はい。敵が襲って来ても守れます」
「いや、いくら陰陽師が出払っているからと言っても人里を襲ってくるような妖怪は居ないだろう。それに人里で闘うのは規則違反だ」
「でも、大妖怪の軍勢にも勝てますよ」
「いや勝つとかそういう問題じゃなくてだな……」
「敵全員に10000以上与えるんですよ」
「……おい、ふざけているだろう。大体何故敬語なんだ」
「あぁごめんね。言ってみたかっただけ」
睨まれたので素直に謝った。このままいくと慧音が爆死する事になるし悪ふざけはここまでにしておこう。イオナズン100発分のMPは軽くあるから使ってみて下さいと言われたら本当に使える。
「ふむ……他には特に問題無し、か。歴史の授業をやってもらう事になるが大丈夫か?」
「どの年代?」
「あーすまない、授業計画は父上に一任してあるから分からないんだ」
「なにそれ」
慧音は頭を書いて申し訳無さそうにした。
「私は大まかな指針を示すだけなんだよ。貴女は幻想郷最古参だろう?何か昔話でもしてやってくれ」
「はあ……別にいいけどさ。結局採用?」
「うん? ああ採用だ。では頼む。あと一時間ほどで始まるから五分前に教室へ言ってくれ。私は人間の組で授業をしているから困った事があれば言いに来てくれれば良い」
「了解校長」
慧音は立ち上がり、履歴書を机にしまい出席簿を出すといそいそ部屋を出て行った。私はそれを見送り、背を椅子にもたせ掛けて腕組みをする。
授業、ねぇ……昔話っても教育上よろしくない話を除くとパッと思いつくのはあんまり無い。
月人時代の話は話し出すと長くなるし、竹林に籠っていた頃の話は面白みに欠ける。慧音の言う「歴史」の授業は当然「幻想郷の」歴史の話だろうから全国行脚の話も平安京の話も抜いて……そうだな、博麗神社が博霊神社ですらない名無し神社だった頃の話からしてやろう。
私は教壇に立ち、ざわついている生徒達を見回した。
一番後ろの席に座りぽけっとした顔で私を見ているルーミア。その前列、私に気付かず囀っている名前も知らない小妖怪二名。
中ほどの席には人形遊びをしているメディスン・メランコリーと思しき妖怪が……あれ、二人?
いや違う。片方意捕だ。道理で室内なのに視界が微妙に霞んでいると思った……と言うかお前紫に匹敵する年齢の癖して何やってんの?数千年生きて未だ小妖怪のままなのは知識不足が原因ではなく種族的成長限界だと思うんだが。
最前列にはチルノと大妖精の知略コンビが陣取っている。二人共教科書を机に出して背筋を伸ばした良い姿勢で座り、いつもと違う教師にも動揺を見せず行儀良く私が話し出すのを待っていた。種族として悪戯好きなはずの妖精がここまで模範生だとなんか怖い……
「全員注目!」
とりあえず大声を上げて視線を集め、黒板に名前を書いた。
「臨時講師の博麗白雪。今日一日よろしく……何か?メディスン」
メディスンが手を挙げていたので指名した。
「意捕さんが体調悪くして早退しました」
メディスンの隣を見てみると席が空になっている。教室から霧が消えているので本当に逃げたらしい。はえーよ、まだ自己紹介しただけじゃねぇか。あいつ私を怖がり過ぎ。
しかし逃げ出したのは意捕だけで、他の生徒は若干ざわついていたものの去る様子は無かった。私は出席簿の意捕の欄に×印をつける。
「では号令」
「起立!」
チルノの張りのある声で全員立ち上がり、一礼して座った。
「んじゃまあ始めようか。今日は授業進行と関係無い、神様観点で語る幻想郷の昔話。テストには出ないからリラックスして聞いてね」
そして私は咳払いを一つして話し始めた。
数千年前、私の巫女が三代目に代代わりした頃の話である。その頃はまだ妖怪も人間も少なく私の名は知られていなかった。
神と言ってもその力は信仰に大きく左右される為実力はピンキリだ。新米神様は出だしで人間の畏敬を確保しなければずるずるとそれが続き、最終的に他の神に取って代わられ消滅してしまう事も多い。
八百万の神は特にこの傾向にあった。神と言っても始めは弱いのである。
さて神の役目は人間に恵みを与え、時には祟る事。恵むばかりではそれが当たり前と思われ信仰が薄れ、祟るばかりでは反感を買いやはり信仰が薄れる。
この二つの要素のバランスを上手く取れば概ね平穏に統治できるのだが、そこにちょっかいを出すのが妖怪だ。
神は信仰無くして存在できず、人間を守る。対して妖怪は人間を襲わなければ存在出来ない。妖怪の目から見ると神様は邪魔かつ厄介な存在だった。
つまり居ない方が良い。
しかし信仰を集め安定した力の供給を受ける神に逆らうのは自殺行為。ならば安定する前に潰してしまおうと、若い無名の神は頻繁に妖怪の襲撃を受ける。それは私も例外では無かった。
神では無いただの妖怪だった時から「なんか強い奴が居る」とチラホラ噂になっていたのだからそんな奴が神としての力も付けてしまったら手に負えない。
そういう理由で結構襲われたのだがことごとく返り討ちにした。当時の幻想郷は今の様に大妖怪の巣窟では無かったので強襲をかけてくるのは小・中妖怪のみ、負けるはずもない。
普通の八百万の神はこの初期の妖怪ラッシュで妖怪に勝ち、人間に「妖怪から守ってくれる」または「妖怪に負けず恵みをもたらしてくれる」存在として認知されれば安定し、妖怪に負け「なんだ神の癖に弱いな」と思われれば消滅する。私は神になった時点で強くてニューゲームだった為、この波を楽々乗り越えて幻想郷の神として無事定着した。
周辺に他の神が居なかったので信仰割れも起こさず巫女と共に地域に根付き、二百年強の統治期間で私の名は不朽のものとなった。
その下積みがあったからこそ千年以上巫女に任せきりで神社を留守にしていても私は神で居られたのだ。
「先生」
「何かなチルノ君」
「千年も留守にしてたんですか?神様なのに」
「そう」
「…………」
千年の旅から帰ってきてみると幻想郷は人外魔境になっていた。私が旅の途中で面白そうな妖怪や腕の立つ妖怪退治屋を見つけては送り込んだのが主な原因だが、それはきっかけでしかない。
四六時中神と陰陽師対妖怪の構図を取って争いを起こす幻想郷は活気に満ちていて、様々な者達を惹き寄せた。
既に人里では一切の争いを禁じるというルールがあり博麗の巫女という監視役がいたものの、散発的突発的なイザコザは止まない。人間と妖怪が他のどの地域よりも密着した関係にあった。両者が身近にあると言えば平安京もそうだが、あそこの雰囲気は幻想郷より冷めていた。
この頃妖怪が集まった事により他の地域と隔絶され、交易が完全に途絶えた。そうなると恐ろしいのが飢饉である。
里の備蓄もあるにはあるが、それも尽きた時人間は孤立無縁で全滅するしかない。それだけは避けなければならない。
そういった必要性から幻想郷には生活補助形の神が増えた。
豊作を約束する豊穣の神。厄払いで払われた厄を集める厄神。他にも雑多な神が現れ今でも里人を助けている。
一方で陰陽師も増え私も居る為に大戦を避ける抑止力は十分、戦闘系の戦神などは現れなかった。もしかしたら私が戦神の立ち位置を独占していた為横から入る隙が無かったのかも知れない。
「で、今に至ると」
つらつら話している内に授業の終わりの時間が来たので話をぶった切ると、猛烈な勢いで筆を動かしメモを取っていたチルノと大妖精が肩透かしを食らった顔をした。
教室を見回すと最後列のルーミアは産卵中の鮭の様に口をぱっくり開けて熟睡、メディスンは人形遊びをしていて自分の世界に引き籠もり、小妖怪二人はノートに落書きをしていた。
……慧音、頭突きしていいかな……
チョーク投げか頭突きかバケツ持って廊下かどれにしようか迷っていると残念そうな顔をしたチルノが号令をかけた。出鼻を挫かれる。
起立、礼、ありがとうございました。
そして「た」を言い切ると同時に出口へ駆けていく妖怪達。ものの数秒で教室には三人しか居なくなった。
「あいつら何しに来たんだ……」
自分でもそんなに良い授業じゃなかったと思うけど……
私は肩を落とし、質問に残ったらしい真面目な妖精二人に向き直った。まーこの妖精達が例外で向こうが普通なんだろうさ。