多分全話中一番シリアス
能力とはソフト、妖力や霊力はハードのようなものである。
生まれたばかりの妖怪は妖力が低い、即ちハードのメモリが少ないため、能力を上手く扱えなかったり使用に制限がかかったりする。最悪発動すらしない。
歳を重ねたり修行をしたりする事でメモリは増え、能力を正常に動作させる事ができるようになるのだ。
また単純な能力はメモリをあまり使わなくて済むが、複雑な能力ほど容量を喰う。
例えば剛鬼の「土を操る程度の能力」。対象は土限定で応用の幅が狭く単純な能力であると言える。実際発生直後に使いこなしていたらしい。
反対にあやめの「惑わす程度の能力」は対象が`惑うもの´、つまり知的生物全般となっており、それなりに複雑な能力である。発生直後は小動物の方向感覚を惑わせるぐらいしかできなかったそうだ。紫の「境界を操る程度の能力」などはどれほどメモリを喰うのか知れない。
簡単な能力持ちは生まれてすぐに闘えるので生き残りやすく、厄介な能力持ちは生まれてもすぐに闘えないので生き残りにくい。特に殺伐としたこの時代では尚更な訳で……
「むう」
「やっぱり~、まだ戦力不足ね~」
「便利な能力持ちもいるにはいるけど、まだ小妖怪だから使えないよ」
岩窟の中、剛鬼あやめ私の三人で首脳会議を開いていた。あやめは帽子を脱いで膝に兎を抱えているので、正確には三妖怪と一匹である。
永琳と共に名家の大半と多数の人間の能力持ちが月に移住していったので、人間戦力は激減した。名家の連中は地上の人間を見捨てるつもりらしい。残された人間と一緒にするのがためらわれる非道振りなので、これ以降月人と呼ぶ。残された人間は普通に人間。
さてはて、これを好機と見て大攻勢をかけた妖怪勢力。人間は月人に救援メッセージを送るも、返ってきたメッセージは「てめーらだけで頑張れ(要約)」だった。主戦力なのに逃げ出して残りは放置とか……永琳以外の月人なんて皆嫌いだ。輝夜? ロケットには乗ってなかったからその内月で生まれるんじゃね?
しかし能力持ちが減ったからと言って人間の科学力は衰えず、戦線は膠着していた。押されなくなっただけマシなのだが。
「むう」
「町に変な結界が張ってあって入れないから~、私が行って同士討ちは狙えないし~」
「結界って言うかバリアだよあれは。小細工じゃ抜けられない」
バリアとか……無駄に高い科学力してやがる。核爆弾使用を自重しているのだけが救いだ。
「むう」
「白雪~、どうする~? 長引くと数で負けそうなんだけど~」
「うーん、そもそも勝利条件がおかしいんだよね。人間は妖怪を滅ぼせば良いけど、妖怪が人間を滅ぼせば自分達も消えるから」
「それは言っても仕方ないね~。人間がいる限り~、妖怪も生まれ続けるから~……あらら~、なんだか分からなくなってきた~」
「とにかくまずは住むための領土を取り返さないと話にならないね。私達の森とあやめの竹林だけじゃこの先とても生きていけないから……剛鬼、さっきから`むう´しか言わないけどついてきてる?」
剛鬼はしっかり頷き、自信満々に答えた。
「ややこしい状態だという事は分かった」
それを分かって無いと言う。
「はぁ……妖怪大将のゆるい方なんて呼ばれてた時代が懐かしいよ。何で参謀なんてやってんだろ」
「白雪、頭良いから~」
「うむ。俺の十倍は良いな」
いや剛鬼と比べられても。鬼の中でも特に剛鬼はヌケている。腕っぷしは強いけど。
ぼやいていても仕方ない。私はやれやれと頭を掻き、指示を出した。
「えー、とりあえず敵戦力の分断をしようか。剛鬼、大街道を道の真ん中に山創って封鎖して。壁だとぶち抜かれるし穴だと板を渡されてお終いだからね」
「承知した」
「でも~、人間はひこ~きで山を飛び越えるんじゃない~?」
「撃ち落とせば良いのさ。あやめは妖怪を連れて剛鬼が創った山の上に陣取って。山に近付く人間には弾幕の雨をよろしく」
「分かった~。白雪は~?」
「ちょっと力ずくで町のバリア壊してみる。多分無理だけど、壊せたらそのまま中の奴等をボコボコにする」
「殺さないのね~」
「負傷者がいればいるだけ手当てに人員が割かれるから」
永琳が残した治療薬も切れたっぽい。これから敵方にベホマもどきの回復は無いと見ていい。
「それじゃ~解散~。私は妖怪集めてくるから~、剛鬼は先に行ってて~」
「任せろ。つまり山を創ればいいんだな?」
あやめが帽子に兎を入れて被り、ふらふら岩窟を出て行くと、剛鬼がその後ろにのしのしついて行った。
妖怪側のトップは私達三人……この戦、勝てるのだろうか。
交通網を寸断したのが良かったのか、物流が滞った人間の抵抗が衰え始めた。工場都市と主要都市を繋ぐ道に一夜にして険しい山が出現したのだ、人間の驚き具合は凄かった。「土を操る程度の能力」も妖力が高い妖怪が使えばこの通りである。均衡は崩れ妖怪が人間を押していた。
「人間が一ヵ所に集まってきた」
「バラバラだと各個撃破されるって気が付いたんだろうね。まあ予測の範囲内」
「お陰でこっちも狙いやすい~」
人間は戦力を集中しなければ抵抗すらできなくなったのだ。食料の備蓄も武器の在庫もそろそろ尽きはじめているはず。
「手負いの獣は恐ろしい。油断するな」
「剛鬼が珍しくまともな事を……」
「ま~、とにかくあの街を潰せば私達の勝ち~」
「人間の能力持ちは一人しか残って無い。こっちも私達以外の能力持ちいないけど、多分いける」
「決戦の日時は」
私はいつものように半目で眠そうなあやめを見て、口の端を吊り上げて笑う剛鬼を見た。
「明日」
奇しくも最後の戦いの舞台は私が初めて辿り着いた村(今は街)だった。逢魔時、私がよく覗き見に使った崖の上に妖怪が集う。
剛鬼を先頭に百鬼夜行が今か今かと号令を待っていた。身の丈ほどの鎌を持つ者。カチカチと威嚇するように爪を鳴らすもの。興奮して髪から火の粉を散らしている者。腕を組み悠然とその時を待つ者。様々だ。
人間はこの街以外にもパラパラと残っている。ただしどこも建物は崩れ機械は壊れ、復興は不可能。技術者は真っ先に暗殺してあるので目の前の街を壊せばこの馬鹿みたいな文明は消える。過ぎた文明……妖怪を滅ぼす文明なぞ消えてしまえば良いのだ。
私は蠢く妖怪の群れを見回した。夕日に照らされざわめく彼らの士気は高い。
街に目を戻し、無言で右手を上げ……夕日が山の向こうに沈むと同時に振り下ろした。
爆音の様に時の声が上がる。私と剛鬼は声に押されるようにして同時に疾風の如く飛び出した。
「「おぉおおおお――――」」
助走をつけ、街を包むバリアの前で大きく拳を振りかぶる。
「「――――らぁっ!!」」
二つの拳が同時に命中し、バリアは一瞬軋んだ後砕け散った。響き渡る警戒警報。空いた大穴から続々と妖怪が入り込む。
「攻め込め!」
「喰らえ!」
「噛み砕け!」
人間がレーザー銃片手に慌てて駆け付ける時には、既に街に魑魅魍魎が侵入していた。
「押して参る!」
筋力脚力腕力速力生命力再生力エトセトラ、強化できるだけ強化してレーザーの雨に突っ込んだ。レーザーは家々の壁を溶かしアスファルトを抉るが、回避力も上げているので私にはかすりもしない。
車を盾にショットガンを乱射してくる人間数人に数歩で接敵、車ごとぶん殴った。十メートルくらい吹っ飛んでビルの壁にたたき付けられる。まあパワードスーツ着てたし全身複雑骨折ぐらいで済むだろ。
人間の目には残像しか残らないスピードで動き回り、目についた人間に片端から重傷を負わせた。徹底的に殴り、折り、切り裂き、破壊する。街は悲鳴と怒号に包まれていた。そこかしこで煙と共に火の手が上がる。
手榴弾を投げようとした兵の防弾チョッキを紙切れのように破って脇腹を抉ると憎悪の目で見られたが、死なないだけマシだと思って欲しい。あんたの背後の奴なんか、小妖怪に生きたまま頭から丸齧りされてるんだぜ?
「人間の数が少なくないか」
そうして一時間ほど戦うと、いつの間にか背後に来ていた剛鬼に言われた。辺りを見回す。地面に転がる屍は原型を留めていない物が多いが大体の数は分かった。
確かに人口が一都市に集中しているにしては人が少ないような。
「逃げられていたなんて事は~、無い~」
事切れた死体を引き摺って現れたあやめが言った。決戦五日前から街を見張っていた彼女が言うのだから間違い無い。
「どこかに隠れている?」
「どこかとはどこだ」
「この街のどこか……うん?」
急に私達の周りから射撃音が消えた。大通りは人妖の屍体を残して動くものが無くなっている。しかし遠くからは戦闘音が聞こえた。
「なんだ?」
「さあ~?」
「……向こうから人が来る」
強化した聴力が足音を捉えた。私とあやめは素早く左右に広がり、大通りの真ん中で剛鬼が身構える。
現れたのは人間だった。フルアーマーで顔は分からない。特殊合金製の黒光りする装甲が不気味だった。
「ほほう、一対一とは鬼の心が分かる奴だ」
「黙れ妖怪」
嬉しそうに言う剛鬼に人間は吐き捨てた。ヘルメット越しでくぐもっているが、声から推測するに中年の男。
「剛鬼、そいつ能力持ちだよ」
「最後の一人~」
能力持ちの人間は体から出ている霊力の量が多いからすぐ分かる。
見破られて男は動揺したようだったが、すぐに腰を落として半身に構えた。銃は持っていない。無手である。
どんな能力を持っているか知らないが周囲に人気が無くなったのは誤射でこの男に傷を負わせないようにするためだろう。大妖怪相手に一人とは、余程腕に自信があると見える。
「それはますます楽しみだ。いざ、尋常に」
剛鬼が言い切る前に男が手刀を作って踊りかかった。鬼の拳と人の手刀がぶつかり合う。
私は弾ける男の腕を幻視した。あやめも同じだったのだろう、予想外の結果に間抜けな声を上げた。
「は?」
「あら~?」
男の手刀は剛鬼の腕を貫くように刈り取っていた。ぼとりと落ちる右腕。一瞬遅れて傷口から鮮血が噴出す。
しかし剛鬼もさるもの、即時離脱しようとしたが、その前に逆の手の手刀に心臓を貫かれた。
唖然とする。鬼を人間の手刀が貫くなんてそんな馬鹿な話があるか。
「よくも剛鬼を!」
初めて聞くあやめの怒声で我に帰った。あやめが手をかざすと男はびくりと痙攣し、人形のようにがくがく震え自らの手刀で自分の心臓も貫いた。
鬼の肌を貫く手刀……`貫く´程度の能力。いやそんな事はもうどうでも良い。男は死んだのだ。
「剛鬼っ!」
私とあやめは地に伏せる鬼に駆け寄った。広がる血溜まりの中で膝をつき、再生力と生命力を操る。が、ほとんど効かない。妖力の強い剛鬼には、良くも悪くも能力が効き難かった。最大出力で能力を使ってもようやく血の流れが弱まるだけ。
「くっそ、死ぬな剛鬼! 死なないで!」
「白雪、剛鬼が何か言ってる」
「え?」
口元に耳を近付けると、剛鬼は小さな小さな、遠くから聞こえる戦闘音にかき消されそうな程小さな声で言葉を発した。
それを聞いて私は思わず笑ってしまった。あやめがいぶかしむ。
「あやめ、腰から瓢箪を取ってあげて」
得心した顔であやめは瓢箪を取り、栓を外して剛鬼の口にあてがった。
剛鬼の喉がゆっくり動く。一口、二口……
三口目の途中、剛鬼の「力」が消えるのを感じた。
「あやめ」
声をかけるとあやめは悲しそうに瓢箪を口元から離した。剛鬼の唇から酒がこぼれる。彼は見たことが無いほど……まるでここが桃源郷であるかのような安らかな顔をしていた。
「剛鬼はなんて?」
「最初で最後の敗北の酒を楽しみたい、だって」
「……剛鬼らしいね~」
あやめも半分閉じられた目を更に細めて笑った。悲しみはもう無かった。
私達は無言で立ち上がり、正々堂々と戦い、負け、笑って死んで行った剛鬼に背を向けた。
戦いは終わりに近付いていた。人妖双方損害は凄まじく、舗装された道路は小さなクレーターと武器の残骸が多く歩きにくかった。月明りは火事の煙で見えず、また火事の明かりで辺りが良く見える。
「三千四十二」
また一人、手榴弾を投げてきた人間の腕を千切った。
「三千四十三、三千四十四……」
半壊した建物の陰に隠れた人間を二人、弾幕を放って吹き飛ばす。
「そろそろ終わり~」
「いや、やっぱり人間の数が少な過ぎる。この十倍はいてもいい」
「小妖怪が頑張ってくれたんじゃないの~?」
「…………」
釈然としないがそうかも知れない。
あやめは左右から襲ってきた人間に手をかざし、互いに首をはねさせた。
「残党狩りしながら~、生き残りを集めてくる~」
私は小さく頷いた。煙の向こうに消えていく背中に声をかける。
「最後まで油断しないで」
「分かってる~」
一時間後、生き残った妖怪・妖精が広場に集まった。全員で三百足らず。突撃時の五分の一までその数を減らしていた。
「かなり減ったね……」
「でも勝ったから~」
結局私が半殺しにした人間も小妖怪達にとどめを刺されていた。
この時代の妖怪にとって人間は殺すもの。残念だが人間の自業自得であるとも言えるし文句はない。
見回すと傷を負った妖ばかりだが、皆満足気な顔をしていた。仲間の死にくよくよしないのもまた妖怪である。
「まあ帰ろうか、森へ。後の事は明日考えれば良い」
踵を返して帰ろうとしたが、空からの微かな音を聞いて足を止めた。
「どうしたの~?」
「静かに……この音は……飛行機?」
「え~、ひこ~きは工場ごと全部潰したはずだけど~」
あやめが首を傾げて空を見上げた。他の妖怪達も釣られて見上げる。
やがて、という間もなく一機の飛行機が壊滅した街の上空に現れた。
「戦闘機……でも飛び方がぎこちない。寄せ集めの部品で組み立てた感じがする」
「あ、何か落とした~」
今更たった一機に搭載された爆弾で何ができる?
私は鼻で笑ったが、落とされた爆弾に嫌な力を感じて凍り付いた。
この力は――――
「原子力!?」
ちょっ、洒落にならない! 街ごと焦土に変える気か!? ……いやそうか、もう再建不可能なまでに破壊したから構わないのか。ああ畜生、人が少ないと思ったが地下核シェルターに避難してたんだ!
ここぞという所で人間の最強・最凶兵器を出してきやがった!
「何を驚いてるの~、あんな爆弾一つで私達を」
「殺せるんだよアレは! あやめ、妖怪を下がらせて!」
あやめはざわめく妖怪達に指示を出し退却させた。しかし自分はその場に残り、私の横に立った。目線で問いかけると微笑で答えられる。逃げるつもりはないようだ。
遥か上空から落ちて来る恐怖の塊。私は直接原子力を操作して核分裂を止めようとしたが、遠過ぎて能力が届かない。
あわわわわわやばいやばい!
こうなったら最終手段だ!
筋力と体力と回復力、とにかく変換できるものは全て妖力に変換。破壊力・威力・攻撃力・貫通力を最大限まで強化する。生命力さえ死亡ギリギリまで削った。
力の操作を完了させ、妖力を手の平に集中し、核爆弾に向けて突き出した。原子力の気配はもう開放寸前。爆発前に消し飛ばしたかったが仕方ない。
まだ思いついただけで試し撃ちはしていなかったが……受けてみろ、これが私の全力全開!
「妖力無限大!」
空気を揺るがして極太の黒い光線が放たれる。
一直線に真上に伸び上がった光線は開放された原子爆弾の力に直撃し、攻めぎあった。
頼む、せめて相殺してくれ!
実際拮抗は三秒もなかったが、私には一時間にも思えた。
願いが届いたのか原子力と妖力は互いに打ち消し合い、空中で四散した。
「ああ、良かった――――」
「ひゃあ~、危なかった~。あの爆弾何だったの~? ……あれ、白雪~?」
文字通り全力を出しきった私は、答える事もできずにその場で気絶した。
どれだけ時間が経ったのか分からない。私は薄暗い竹林で目が覚めた。さわさわと揺れる葉の隙間から月が見えた。誰かに膝枕をされている。
「あやめ?」
「あ……良かった~、目……が、覚めた~」
答えた声がやけに弱々しい。私は飛び起きた。
「あやめ!?」
「あはは……」
目を細めて笑うあやめの腹には風穴が空いていた。流れ出る血の勢いも無い傷口を兎が必死に舐めている。
私は混乱した。一体気絶している間に何があった!
「ど、どうして……勝ったはずなのに!」
「白雪が……気絶した後……地下から人間が出て来て……私達が生きてるのを見て驚いたみたいだけど……攻撃してきた」
あやめから感じる生命力はロウソクの灯より簡単に消えてしまいそうなほど儚かった。これではもう、助からない。
私はあやめを正面から抱きしめる。血を吸った彼女の着物越しに伝わる体温は寒気がするぐらい冷たかった。
「もういい。分かったから……」
「頑張って闘って……全滅させたけど……妖怪も皆死んで……私も深手を負って……けふっ」
血を吐いた。あやめは袖で口を拭い、兎を撫でる。
「それでもこの竹林に来たのは……私が一番良く知ってる場所だから」
「?」
何を言っているんだろう?
あやめは目を糸の様に細めて微笑んだ。
「あなた達を残しては逝かないよ。私の可愛い友達……」
気づけばあやめの手足が霧になって消えていっていた。
「何を――――」
私はあやめの力が竹林に広がっていくのを感じた。驚愕して目を見開くとあやめはころころ笑った。
「この竹林にいれば……もう誰もあなた達を襲えない。足を踏み入れた奴は……み~んな私が惑わせてあげる……」
迷いの竹林。
私はその言葉を思い出す。
「私の事も……剛鬼の事も……たまには思い出してね?」
「待っ――――」
手が空をかく。最後の言葉を残すと、あやめは綺麗な瞳をいっぱいに開いた笑顔で霧になって消えてしまった。
その日、私はこの世界に来て初めて泣いた。