魔法の森を抜けそろそろ幽冥結界が見えて来る頃、霊夢から通信が入った。
「はいもしもし」
「ちょっと!あんた何道草喰ってんの?もう待ちくたびれたわ」
既にまだ夜空が広がってはいるがぼちぼち急がないと日が登りそうな時刻になっていた。寄り道し過ぎたか。
少々罰が悪くなって誤魔化す。
「ずっと全速力で向かってるって。途中で妖怪に絡まれてさ」
「大妖怪が束になってもかかって来ても蹴散らす癖に嘘つくんじゃ無いわよ。どうせ雪だるま作ったり誰かの家で菓子貪ったりしてたんでしょ」
「う」
なぜバレた。千里眼は椛の専売特許なのに。
「その反応は図星ね。いいからさっさと来なさい、あと一時間以内に来なかったら玉露買って来てもらうからね!一番高いやつ」
霊夢は一方的に言って通信を切った。頭を掻き、うんともすんとも言わなくなった通信符を懐にしまう。
霊夢は私の巫女のはずなのに欠片も敬ってくれない。命令すれば聞いてくれるけど渋々だしさ。私のカリスマはチルノ辺りに吸われてるのかもわからんね。
霊夢が巫女になってから増えた気がするため息を吐き、私は更に速度を上げた。
白玉楼の長い長い階段をひたすら飛んでいく。三途の川でもないのに相変わらず無意味に長い。上を目指してふよふよ飛んでいく人魂をいくつか追い抜かし階段の中間地点に差し掛かった時、私は眼下に四人の人影を見つけた。
トランペット、キーボード、ヴァイオリンを手に観客の回りをぐるぐる回りながらぴっぴき演奏する三人姉妹―――ポルターガイストちんどん屋プリズムリバーと、ねじ曲がった木の長い杖を持ち、赤みがかった黒髪をポニテにした仙人――――ちょっと変わった人間姑尊徊子だった。
徊子は上を見上げて私に気が付くと微笑んで手招きしてきた。一瞬躊躇し、残り時間を計算してまだ大丈夫だと判断してから下に降りる。
「こんばんは、白雪さん」
徊子は鍵束を指で回しながらのほほんと言った。目線を下に下げると靴に霜が降りている。またこの娘は……
私は魔法で周囲の温度を上げながら徊子の隣に腰を降ろした。
「こんばんは。何これ、演奏会?」
「の、帰り道らしいですよ。白玉楼で予定されていたお花見が中止になったらしく」
「ありゃ」
春度は全て西行妖の封印の力に変わっている。白玉楼に桜の花びらは一枚も無かったに違いない。お呼ばれして花見を盛り上げようとしたが肩透かしを食らい、不完全燃焼で徊子に演奏を聞かせている、と言った所だろうか。
三姉妹は増えた観客を追い払う事無く、逆にますます熱を入れて演奏する。
徊子と共に静聴しながらなーんかこの曲聞いた事あるなと思っていたら幽霊楽団だった。いやポルターガイストの幽霊楽団じゃなくて曲の方の。
幽霊楽団が幽霊楽団を演奏するってのも変な話……でもないか。自分達のテーマソングみたいなものなんだろう。ちょくちょく宴会や祭りやアリスの人形劇に呼ばれて新曲を披露していると聞くしもしかすると客に合わせて色々作曲しているのかも知れない。
曲が終わり、三姉妹が手を繋いで一礼した。私達は心からの拍手を贈る。
プリズムリバー は てれている!
「リクエスト良い?」
私が挙手して聞くと三姉妹は顔を見合わせ、黒帽子が代表して頷いた。名前なんだったか……レイラ? 違う気がする。面倒だしまとめてプリズムリバーでいいや。
「ネクロファンタジア」
しかしリクエストしてみたが、
「何それ」
黒帽子は首を傾げ、
「……U.N.オーエンは彼女なのか?」
「オーエンって誰よ」
白帽子は訳が分からないという顔をして、
「今昔幻想郷は?」
「あなたリクエストする気あるの?」
赤帽子には不審者を見るような目を向けられた。あれ、私が知ってる曲とプリズムリバーの持ち曲が被るのは幽霊楽団だけ?
「あるんだけどなぁ」
「ボーダーオブライフはどうでしょう? 毎年白玉楼から聞こえてくる曲がそんな題だったと記憶していますが」
私が悩んでいると徊子が口を出した。三姉妹に目をやると楽器を横に浮かせて演奏の準備に入っている。これは通じるのか。弾ける曲の種類から見るにどうも演奏を依頼された事のある相手の曲は作曲してるっぽい。
「勿論白雪さんが良ければですが」
「私が嫌と言っても始まりそうなんだけど」
「おや、騒霊はせっかちですね」
「騒霊だから仕方無いでしょ」
「ああ、確かに騒霊なら仕方無いです」
小声だったのだが聞こえたらしい。会話の何かが癪に障ったようで三姉妹は抗議の声を上げた。
「そこ、ボソボソ言わない。演奏はもっと厳粛に聞くものよ」
「幸せに、じゃないの?」
「幻想に浸って、の間違いでしょう」
しかし言ってる事はバラバラだった。睨みあって火花を散らし、私達そっちのけで言い争いを始める。
「何が幻想の音よ! 聞いても訳分かんなくなるだけよ。音ってのはもっとハッピーなものなの」
「二人共もっと冷静に……」
「はん、姉さんはテンション低過ぎなのよ。年中陰気な音出しちゃってさ」
「どっちもどっちじゃない? つまり私が一番偉いの」
「異議あり!」
「リリカもメルランも落ち着いて。観客の前でしょう」
「何よ優等生ぶっちゃって」
「仕方無いのよ、姉さんは自分の音に自信が無いから他でカバーするしか無いの」
「……弦を鼓膜に刺してあげましょうか」
「あら実力行使?」
「普段大人しい霊ほど怒ると怖いって聞くけど姉さんが怒っても怖くなさそう」
三姉妹は私達を忘れ去り、騒がしく口論しながらふらふら遠ざかって行った。
とり残される私と徊子。
「えーっと……」
「斬新な曲でしたね。歌劇でしょうか」
「……徊子、あれは言い争いって言うんだよ」
「イイアラソイですか。変わった曲名ですね」
「いやあのね、そうじゃなくて……あー、やっぱいいや」
ヌけた反応を返す徊子に説明する気も失せた。もしかしたら徊子なりのジョークなのかも知れないが本気との判別がつかない。
「白雪さんは優しいですね」
そろそろ行かないと玉露を買うはめになりそうだと立ち上がると唐突に徊子が言った。何の話だ?
「暖めてくれたでしょう」
「……ああ気付いてたんだ」
考え事をすると場所に関係無く根を張ったように動かなくなる徊子も徊子だが、通年通りに春が来ていれば寒い思いもしなかっただろう。警戒不足で異変を見過ごした私の責任でもあるのだから別に優しくは無い。
そうやって説明すると徊子はのほほんと言った。
「それでも有り難うございます。危うく凍える所でした」
「こんな所でじっとしてないで別の場所に移動すれば良かったのに」
「考え事をしていたので」
「考えながら動けばいいんじゃない?」
「どうやってですか?」
「…………」
真顔で聞いてくる徊子。……もう何も言うまい。
地面を蹴って空に浮かぶとおもむろに徊子が杖を振った。杖の軌跡をなぞるようにして虚空からでっかい鍵が現れ、私の方へ飛んで来た。キーブレード?
「何これ」
「マスターキーです」
キャッチして尋ねると簡潔な返答が返る。
「何のマスターキー? こんなでかい鍵穴早々無いよ」
「なんでも開けるマスターキーです。望めば縮みますよ」
「あ、ほんとだ縮んだ……ん? 何でも?」
「はい。なんでもです。鍵穴が無くてもそれを持って念じれば鍋の蓋からパンドラの箱まで開けられないものはありません。使えるのは一回限りですが。暖めてくれたお礼ですから遠慮無く受け取って下さい。」
え、ちょ、それ、えぇ?
微笑んでいる徊子を混乱して見る。それって使いようによってはかなり危険なアイテムじゃないか? 軽く暖めてあげただけでこんなん渡されても困るんだけど。
一瞬返そうと思ったが徊子は一度贈った物の返品を受け付けないだろう。そういう性格だ。
鍵は仕方無くも有り難く頂戴するとして、こんな代物を貰って何も返さない訳にはいかない。何か無いかと懐を探ると硬い感触がした。
…………。
これでいいか。
「徊子、代わりにこれあげる!」
「物を投げてはいけません」
注意しながら徊子は私が投げた胡桃割り人形を受け取った。
「徊子だってさっき鍵を投げてたでしょうに」
「投げてません。飛ばしたんです。これは……胡桃割り人形ですか。返礼の名を借りた厄介払いの気がしますが有り難うございます」
徊子は一礼して礼を言った。全くああ言えばこう言う……確かに厄介払いだけどさ。
私はもらった鍵をしまいながら使い道を考えたが、ぐだぐだしている内にまた時間が経っている事に気が付いた。不味い。そろそろ一時間だ。
私は徊子に手を振り、急いで白玉楼へ向かった。
アイテム:マスターキー
徊子の力が込められた鍵。開けられないものはあんまり無い。