小憎たらしいカービィのなりそこないにうざったさを数割ブレンドしたようなゆっくりを抱えて空を飛ぶ。何が悲しくてこんなもんを持ち運ばなければならんのだろう。
炎を纏って飛んでいた時はワラワラ寄って来た妖精達は私が何か抱えている事に気が付くと例によって近寄って来るのだが、私の腕に収まる半笑いの頭部を見ると形容しがたい微妙な顔をして去っていった。妖精すら避けるこの威力。レティには悪いがいよいよもって分子レベルで崩壊させたくなってきた。
前を向いて飛んでいれば視界には入らないのだがそれでも腕にかかる僅かな重みが神経を逆撫でする。
……もうやってられるか阿呆臭い。このままこれを抱えて白玉楼まで辿り着いたらいい笑い者だ。
投げ付ける的を探すと丁度雪原が終わり深い森の上空に差し掛かっていた。私はゆっくりを両手に掴み、一際大きい大木目掛けて頭上に振りかぶる。
そして振り下ろそうとした瞬間に森の一角から空に向けて眩い光線が伸び上がった。一拍遅れて耳をつんざく轟音が空気を震わせた。驚いて思わず手を止める。
その光線には見覚えがあった。スターライト……じゃない、魔理沙のマスタースパークだ。
私は誰と闘っているのかと野次馬根性を出して現場へ急行した。感じるのはそこそこ強い魔力が二つ。片方は魔理沙として、もう片方は……マレフィにしては弱過ぎるな。魔法の森に住む魔法使いは三人だから消去法で誰か分かる。
地面に降りて気配を消しコソコソ近付く。木立ちの影からこそっと覗くと金髪の人形使いが苛ついた様子でぷすぷす煙を上げる人形を拾い上げるのが目に入った。 視線を上に上げれば梢の向こうに箒に乗って飛んでいくこれまた金髪が翻るのが見えた。古典的魔女ルックが一目散に逃げていく。肩に白い袋を担いでいるのがちらりと見えたが、あれはサンタさん的袋では無く盗品を詰め込む袋に間違いない。
普通の魔法使いは今日も絶好調のようだった。外の世界なら何回逮捕されるんだろうね? 幻想郷でも割合冗談じゃ済まされない感じだけど。まあ噂によれば本当に盗まれたく無い物には手を付けないようだし、そこは魔理沙も狡猾と言うか鼻が効くと言うか……
どうやら何かを強奪されたらしいアリスは人形の埃を払い、仏頂面で宙に浮かせて森の奥に歩いていく。
そういえば私はアリスの家を知らない。マレフィの小屋を訪ねる途中で何度かすれ違った事はあるが、ここで姿を現して私を家に連れてって!なんて言って案内してくれるほど親しくも無い。
私は趣味が悪いと思いながらも好奇心に負けてアリスの後をつけた。我ながら意思力も計画性も無い駄目神だと思う。閻魔に会ったら一万二千年分の細々した罪を列挙されそうで嫌だ。神様に有効か知らないけど浄玻璃の鏡怖いです。
アリスは落ち葉の上に積もった雪をさくさく踏みながら脇目も振らず森の奥へと分け行って行った。時折微風に吹かれて木々の枝に積もった雪が落ちる。それ以外は静かなものだ。
体から出る気配も力も完全に消しているので例え探索系の魔法を使われても気付かれない。蛇さんと私と潜入が上手いのはどちらだろうとどうでもいい事を考えていると木の洞から顔を出したリスと目が合った。
しばらく無言で見つめ合っていたが、無害と判断したのかそろそろと洞から出てくる。埋めておいた木の実を掘り返しに行くのだろう。きょときょと首を動かす仕草が可愛らしい。
頑張れ今夜中には春を来させるから……と心の中で声をかけてアリスに視線を戻そうとした途端、洞から体を出したリスの頭上に人の頭ほどもあるキノコが降って来て直撃した。
私が唖然として見ている前でリスに奇襲をかけたお化けキノコは傘の付根の口を大きく開き牙をむき出して足元で暴れる獲物の首に噛み付く。まじか。
びくん、と痙攣して動かなくなるリス。お化けキノコはリスを丸呑みにすると柄に生えた細い足を蠢かせて木の幹を登って行き、太い枝の付根で停止して見事に擬態した。もうただの巨大キノコにしか見えない。
肉食キノコってお前……なんてデンジャーな森なんだ。食物連鎖の順位が狂ってやがる。
弱肉強食の摂理から目を離すと既にアリスの姿は無かった。ありゃ、見失った。
しかし雪に足跡がしっかり残っているので向かった先は分かる。猟犬にでもなった気分で足跡を辿ると小さな一軒家に着いた。古びたレンガの壁で雪が積もった屋根には煙突があり、ガラス窓からは仄かな明かりが漏れている。家の横手に柵で囲まれたスペースがある所を見るに菜園か薬草畑でもやっているらしい。立地条件に目を瞑ればなかなか住み心地の良さそうな物件だった。
家の周囲には侵入者避けの結界が張られていたが私から見ればチャチな物。術者に気付かれずに無効化する事など造作も無い。
私は無意識に抱えっ放しにしていたゆっくりを玄関先に置き去りにしてやろうと足を一歩踏み出した。
「で?」
「すみません、出来心だったんです」
そして見事に感付かれて捕まった。現在テーブルを挟んでアリスと対面に座り尋問を受けている。マーガトロイド邸はマレフィの小屋とは比較にならないほど整理整頓されていたが、ふよふよ漂って紅茶の準備をしたりランプの油を追加したり布を運んだりしている人形達に見られている気がして落ち着かない。
確かに魔術的対策は完璧だったんだ。魔術や妖術で私を感知する事は出来ないし、そこに居ると知らなければ私の居る場所を見ても存在を感じ取る事は出来なかった。
でも鳴子が仕掛けられてたんだよね。侵入者避けの結界ばかりに気を取られていた私はあっさり引っ掛かり、盛大に警報を鳴らしてテンパっている内に玄関から飛び出して来たアリスに見つかり御用心。泣ける。テーブルの端に置かれたゆっくりの半笑いが私を馬鹿にしているように見えた。
「何か目的があって侵入した訳じゃないのね。また魔理沙が来たかと思ったわ。それでその……何?」
「ゆっくり」
「ユックリは何なの? なんで持ち運んでたの?」
「え、私にもよく分からない」
なんだろう。お土産? 雪像の頭部? マスコットのなりそこない? ストレス増強剤?
アリスは私の答えにそう、と呟くと人形が運んで来たお盆からカップを取って紅茶を口に運んだ。人形の様にあまり表情の感じられない目線はゆっくりに固定されている。私も人形から紅茶をもらい一口啜った。メイド長のものほどではないが美味しい。
紅茶に続いて人形がクッキーが盛られた盆をテーブルに置いた。その人形は一礼して下がる。手が込んでるなと感心してクッキーを口に放り込んでまた感心した。これまた美味い。
極楽気分で試しに誰か肩揉んで、と言ってみると壁の棚に腰掛けていた人形の内の一体が浮かび上がって私の背後に回り、小さな手で肩を叩いてくれた。アリスすげえ。至れり尽くせりだ。
肩に感じる心地よい振動にほにゃほにゃとリラックスして紅茶をお代わりした。アリスはまだゆっくりを観察している。まさか……
「気に入った?」
「独創的ではあるわね」
確かに人形屋に並んでいなさそうなデザインだ。何かが間違って並んでいても閉店セールの後まで売れ残って最終的に廃棄処分されそうな雰囲気である。
アリスは顎に手を当てて少し考えていたがおもむろに針と糸を取り出すと一瞬で針穴に糸を通した。手を横に出すと人形が布を手渡し、それを手慣れた仕草で縫い上げていく。
人形達で持て成してはいるが私は視界に入っていない様だった。
クッキーに手を伸ばしながら話し掛けてみる。
「魔理沙は何を盗んで行ったの?」
私の心です、とか言わないでくれよ。
「マレフィと交換した魔法薬よ」
「マレフィと交流はあるんだ」
「魔法薬を分けてもらう代わりに時々掃除に行くわ」
ほほう、結構仲良いんだ。あの小屋を掃除するとなると大変そうだが人形を使えば楽だろう。
「気に入られてるんだね」
「そうかしら……会う度に毒吐かれるんだけど」
「マレフィは興味無い奴とは喋らないから」
「へぇ」
アリスは会話しながらも布に綿を詰め、澱みなく手を動かす。段々と完成型が見えて来た。
「魔理沙はマレフィと仲良いのかねぇ」
「さあ。あの力馬鹿は小屋の隠匿結界を見破れないから、紅魔館以外では会わないみたいね。だから私の所から薬を盗るのよ」
「……なんだかなぁ。魔理沙ってあんまり好かれないよね」
「そりが合わないの。魔理沙はマジックアイテムを盗むし、魔法にキノコ使うし」
「アリスはなんで使わないの?」
「気持ち悪いじゃない」
「……まあ確かにリスを捕食するようなキノコを実験に使いたくはないよね」
「は? あんなの序の口よ。この森にはもっとグロテスクなキノコがウヨウヨしてるわ」
なん……だと……?
今不覚にも少し魔理沙を尊敬した。
アリスは最後に糸をハサミで切り、完成したヌイグルミをテーブルの上に置いた。金髪に黒いとんがり帽子、ニヤけ顔。見紛う事無きゆっくり魔理沙である。
……うわぁ……
「どうすんのそれ」
「魔理沙避けに玄関に並べておくつもり」
言いながらアリスは二体目の製作に取り掛かっていた。
強烈な嫌がらせだ。ズラッと並んだ自分のゆっくりに「ゆっくりしていってね!!!」なんて合唱されたらゆっくりしていく気も失せるだろう。
「私はそろそろ行くよ。用事もあるし」
私は盆に残った最後のクッキーを摘んで立ち上がった。本音を言うと増殖するゆっくりに囲まれたく無い。
「そのオリジナルは置いていって。まだ参考にしたいから」
これ以上クオリティを上げる気か。恐ろしい。
「いいよ、あげるよ」
「あらそう? それなら代わりにこれあげるわ」
アリスがテーブルを数回指で叩くと上海人形が胡桃割り人形を抱えてやって来た。手渡され、受け取る。
「ありが……とう?」
ゆっくり白雪よりはマシだがこんな物貰っても困る。人形好きのアリスが人形をくれたのだから善意なのだろうけど……
私は曖昧な笑みを浮かべて暇を告げ、胡桃割り人形を手にマーガトロイド邸を後にした。
アイテム:胡桃割り人形
何の変哲もない胡桃割り人形。