魔法火を纏って冬の綺麗な星空の下を飛んでいたのだが、何分夜空に赤い炎は目立つ。炎に興味を持った妖精が次々と近付いて来ては触ろうとして燃え尽きていった。飛んで火に入る冬の妖精である。
加えて速度を出すと炎が風に吹き散らされて寒いので保温魔法に切り替えた。保温魔法では完全に冷気を遮断出来ないので冷気がじわじわ染み込んでくる。あべこべクリームが欲しい。
「あ゛ー……」
鼻を啜り、ふと下を見ると足跡一つ無い雪原に二階屋ほどもある巨大な氷像が直立していた。何あれ。
少しぐらい寄り道しても異変の大勢に影響は無いと見て速度を緩め高度を落とした。氷像の正面に回り込みじっと見る。
大きな頭のリボンに手入れの様子が無いショートヘア、勝ち気な目、飾り気の無いエプロンドレス、背中から覗く鋭利な六本な氷柱。腕は胸の前で組んでいる。
チルノだ。それも今にも動きだしそうなほどクオリティが高い。
「おぉ……匠の技だ」
「これは昼間に氷精が作っていったのよ」
感心して呟くと氷像チルノの背後から妖怪が顔を出した。幻想郷では割とポピュラーな白髪だ。どこっなくチルノっぽい青と白の服で、スカートからは色気の無いドロワーズが見えている。え、と……
「レティ・アイスロックだっけ」
「ホワイトロック」
「ああそうだった」
レティは氷像チルノの肩に腰掛けて私をジロジロと見た。
「あんたはこれ壊さないの?」
「は? なんで?」
傑作じゃないか。チルノの気合いと芸術性がひしひしと伝わってくる。あいつは妖精にしておくには勿体ないぐらい有能だ。
「昼間の巫女は春度が減るとか言って壊してたけど。頭吹き飛ばされて怒った氷精がつっかかって返り討ちにされてたわ」
おい霊夢……異変の時に手当たり次第攻撃するの止めようよ……
とりあえず謝っておく。
「家の巫女がご迷惑をおかけしまして」
「! ……博麗の祭神?」
「その通り。大人気ない巫女でごめんね。レティはここで何やってんの?」
私はレティの隣に降りて腰掛けた。レティはぴくりと眉を動かしたが、横に詰めて私が座るスペースを開けてくれる。良い妖怪だ。
「別に。なんとなく冬もお終いな気がするし雪だるまでも作って待とうかと思ってた所」
「ふーん……」
なかなか勘が鋭い。流石は冬妖怪、季節の移ろいには敏感らしい。
「あなたの雪だるまを作ってあげてもいいけど」
星空を見上げながらぽつりと言ったレティの提案に私は首を傾げた。あなたの雪だるま……あなたに贈る雪だるま? あなたに似せた雪だるま?
いやまあどちらでもいいか。雪だるまなんぞ貰っても困るだけだが冬妖怪が作る雪だるまには興味がある。
「雪だるまなの? 雪像じゃなくて?」
「顔だけ似せるつもり」
さいですか。
「じゃ、お願いします」
「お願いされます」
レティが氷像チルノの肩から飛び降り、ぼふんと雪を巻き上げて着地した。私も追って飛び降りる。
レティは雪を手ですくって拳大の雪球を作って足元に転がした。パチンと指を鳴らすと超局地的吹雪が吹いてそれぞれの雪球をバラバラの方向に転がしていった。
ノロノロ転がりじわじわ大きくなっていく三つの雪球。見ていてもあまり面白く無いので私は私で雪兎を作る事にした。
人妖大戦から数千年もの間竹林に兎達と共に籠っていたので奴等の姿と特徴は目に焼き付いている。一時期はおにぎりが兎に見えたほどだ。
気分良く口笛を吹きながら程よく湿った雪を握り固めて成型していく。胴体に尻尾、手足。雌にしておこう。
耳と目を作ろうと辺りを見回したが、月明りを反射してうっすら光る銀の平原には耳にするユズリハも目にするナンテンの実もありはしない。ふむ……
わざわざ取りに行くのも馬鹿馬鹿しいし目も耳も無ければ兎とは呼べない。
そういえば木炭やら木の実やら色を付けるものが無いのはレティも同じだ。どうやって雪だるまの顔を作っているのだろうと目をやって絶句した。手から作りかけの雪兎が滑り落ちる。
そこには既に三段重ねの雪だるまが三体出来上がっていた。
いやそれはいいんだ。私が兎一匹作る間に三体出来ていても別に良い。雪だるまは作り慣れているようだし。一体目に不自然なぐらいでかい胸がついていても、二体目が私よりも輪をかけてチビでロリでもいい。クリスタルのように澄んだ氷ね塊を削って器用に目や鼻や口を作っている部分などは賞讃に値する。
でもね、三体目の顔がさ、ふてぶてし過ぎる。イラッと来る。具体的に言えばゆっくりしていってね!!!
「うっぜぇ!」
思わず素で叫び、助走を付けた跳び蹴りでゆっくり白雪を粉砕してしまった。顔の形を整えていたレティは呆気にとられて固まる。
無いわ。ゆっくり霊夢とかゆっくり魔理沙とか笑えると思っていたが こ れ は ひ ど い。
自分をモデルにされると無性に腹が立つ。なんだろう、醜い訳でも挑発している訳でも無いのにその半笑いが憎たらしい。他の二体からしてゆっくりも意図して作ったんじゃ無いんだろうけど……偶然の産物? 嫌な偶然だ。
ゆっくり白雪の残骸をゆっくり念入りに踏みつぶし踏み固め、良い汗かいたと振り返る。
「あのさレティ、多少弄ってもいいけどこの顔だけは勘弁……わー!」
追加で二体、今度は胴無し顔だけの一頭身ゆっくり白雪ができていた。はえーよ! 三頭身ゆっくり壊してから十秒経って無いだろが! ユキダルマイスタか!
「壊す度に倍にするわよ」
ゆっくり白雪のポニテを作りながら不機嫌そうにレティが言った。
「なんで!?」
「巫女と言い神と言い博麗の所のは乱暴者揃いね。自分で作ってくれって言った癖に自分で壊すなんて」
霊夢、怪しい奴はとりあえず退治派。
私、おいたをした奴には体に覚えさせる派。
フラン、気に入らないものは壊しておく派。
おおう……反論できない。私も最年長なのだから歳相応に落ち着かなければ。
妙にディティールが細いゆっくりへの破壊衝動を精神力を上げまでして堪えつつレティに止めてくれと頼みこんだ。機嫌が悪いレティは意地悪くゆっくりを量産しようとしたが、これ以上増殖されたら理性を保つ自信が無いと言うと渋々一つを除いて雪に戻してくれた。
で、なぜかその残った一つをお土産に持たされ白玉楼へと夜空を飛ぶ私。これを私にどうしろと。こんなものでも熱心に作ってくれたんだから叩き壊したら悪いよな……
処分に困る荷物が出来てしまった。
アイテム:ゆっくり白雪
特定の者が所有するとストレスが上昇する。