紅霧異変から数ヶ月、季節は秋になっていた。山の獣と紫は冬に備え冬眠の準備を始めている。
フランと霊夢の仲は良くも悪くも無く、事務的な話を除けば互いに干渉しなかった。霊夢は自分から近付かないし、フランは霊夢を`人間´としか見ていない。数年で別れるのだしわざわざ私が二人の橋渡しをすることも無いだろう。
フランの能力を鍛えてこれ以上手に負えなくなっても困るので、修行は一般教養を中心に魔法講座を交えて行なった。慧音から教科書を借りて算数やら歴史やら国語やら……時々人里に連れて行っては人と触れ合わせて、妖怪の山に連れて行っては河童の工場を見学させた。神社に閉じ込めておいたのでは今までと変わらない。
フランは地下と紅魔館以外の世界を多く知る必要がある。幾多の経験は精神の成熟に繋がるだろう。
精神力と忍耐力を強化さているので滅多な事で癇癪は起こさない。もしもに備えてほとんど常に私が傍に居るので神社が吹っ飛ぶような事も無かった。ただしいずれ紅魔館に戻る時のために折を見て強化を弱くしていっている。
今ではフランは元気で明るく素直な良い子である。
近頃のフランは夕方日が沈む頃に起き出して夕御飯までの間に神社のある小さな山の中を探検するのが日課になっている。神社周辺に出没するのは精々熊か狼なので好きにさせている。唯一一人になる時間だ。
495歳でも精神はお子様なのであれこれ興味を持った物を持ち帰ってきては私に見せて鼻高々に自慢する。それは毒々しい色のキノコだったり土器の欠片だったり怪我を`させた´リスだったり色々だ。
レミリアが様子を見に来ている時はレミリアに渡し、褒めて褒めてと尻尾の代わりに羽を盛んに動かす。レミリアは受け取っても「こんなガラクタ」だの「道端に落ちているものを拾ってくるなんて」だのとぶつぶつ言ってフランを落ち込ませるのだが、決まって最後は「私が捨てておく」と言って持ち帰る。咲夜の話では最近レミリアの部屋になぜかガラクタが増えているらしい。不思議だ。
まあそんな日々である。
ある日の夕方、縁側で寝そべってマフラーを編んでいると魔理沙が風呂敷を背負い箒に乗ってやって来た。どうやら玄関という概念を知らないらしく縁側から直接居間に侵入する。博麗神社の外来客玄関未使用率は異常だ。スキマから這い出したり空間転移してきたりする奴も居る。
「実験に失敗して家吹っ飛んじまったぜ!今晩泊めてくれ!」
挨拶も無しにいきなり要件を告げて明るく笑う魔理沙は明らかに空元気だった。
白黒の古典的魔女服は端々が裂けて煤けて焦げていて、金髪は縮れて頬には擦り傷があった。派手にやったらしい。
フランは例によって探索中、霊夢は台所で晩ご飯を作っているので居間には私しかいない。身を起こして魔理沙の相手をする。
「……まあいいけどさ。御飯三人分しかないよ」
「おお泊めてくれるのか、助かった。安心してくれ。飯要求するほど厚かましくは無いぜ」
「本返してくれれば一食付けるけど」
「あんたからは借りてないだろ」
「いや、大図書館の本。パチュリーから回収頼まれてるんだよね」
魔理沙は口笛を吹きながら居間に上がり込んで風呂敷を解き始めた。
千年ほど前からちまちま書いていた魔導書の類は全て魔理沙にあげた。強奪されるぐらいなら譲渡してしまった方が気分が良い。自筆なので内容は記憶しているし楽に複製できる。
もっとも、魔術書の半分は陰陽・妖術・神通力混合魔法だから魔理沙には使えない。更に四分の一は威力や効果が危険であるため暗号化してあり、五分の一は種族魔法使いである事を前提とした魔法書なのでやはり使えない。活用できるのは十冊に満たないだろう。
魔理沙は風呂敷から毛布一枚、萎びた薬草、干涸びたキノコ、液体が入った薬瓶に羽根ペン、インク壺……と居間の畳にぶちまけていく。私は編みかけのマフラーを脇に置き、傘におどろおどろしい髑髏模様が浮かび上がった紫色のキノコを手に取って眺めた。
「家吹っ飛んだって、本は?」
「そりゃ地下室にあるから無事だ」
「なら地下室で寝ればいいのに」
「入口が瓦礫で埋まってるんだよ……おい、それは私のだ。返してくれ」
「このキノコ何に使う予定?」
「実験に使ったあまりだ」
「あー……爆発する訳だ。このキノコの柄の部分は魔法薬の材料になるけど傘は水で濡らして強い衝撃を与えると爆発する。しかも不味いし猛毒がある」
「ほお……食べた事あるような口振りだな」
「あるよ。なんか肌が緑色になって口痛めた」
「…………」
魔理沙は私からキノコを受け取ると丁重に布で包んで空瓶に入れた。毛布だけ出して残りはしまいはじめる。
そこで玄関からただいま、と声がした。ぱたぱたと廊下を走る音がしてフランが顔を出す。
「白雪っ! 見て、変なの捕まえた!」
哀れっぽい鳴き声を上げる小狸を振り回しながらフランは私に飛び付いた。私の髪で小狸の尻尾を縛って拘束していたが、魔理沙に気付いて首を傾げた。
「……白黒がいる」
「魔理沙だ」
「どうでもいいわ。ね、白雪、これ何? なんて生き物?」
軽く流された魔理沙は不機嫌そうな顔をしたが、話し声を聞き付けた霊夢が顔を出すとそちらへ行った。
歳が近いからなのか魔理沙は霊夢をライバル視している。しかし幾度となく弾幕決闘をしているが魔理沙が白星をあげる事は一度も無い。霊夢からはライバルとも友人とも思われていない辺り魔理沙が哀れだった。
弾幕の才能は全てにおいて霊夢が勝る。回避、スピード、誘導、正確さ、威力も道具無しなら霊夢が大きく水をあける。魔理沙に主人公補正は無かった。紅霧異変で咲夜に負け、何度も再戦を繰り返して先日やっと勝ちを拾ったらしい。
まあ人間の十数歳の少女が紅魔館の門番や百年生きた魔女に一度で勝つというのは凄い事なのだが……私の周囲がぶっ飛んだ奴ばかりなので大した事が無いように思える。いや強いよ? 強いんだけど。
小狸は尻尾を私の髪で堅結びされてキュンキュン鳴きながら身をよじっている。それを見てケラケラ笑うフランと魔理沙を見比べ、種族差をものともせず吸血鬼を打倒した霊夢の異常性を改めて実感した。
それから小一時間して夕飯が出来上がった。四人で卓袱台を囲み、食べ始めた。小狸は開放して逃がしてある。拗ねたフランを宥めるために食後に弾幕ごっこを予定している。
一人何も食べないのは可哀相だということで結局魔理沙にも食べさせた。捨食の法を身に着ければ楽なのにと言ってみたがそれは嫌らしい。
「やろうと思えば出来るんだけどな」
「やればいいのに」
「……もっと他にやる事があるんだよ」
「ふーん」
美味い美味いと漬物を口に運ぶ魔理沙をじっと見た。
魔力、という力は酷く安定しない力だ。身に着けている物や場所、時間で量や質が細く変動する。魔理沙の魔力も多分に漏れずゆらゆらしていたが、色は一貫して金色だった。恋色ではない。恋色がどんな色かは知らないが。
ちなみにフランは紅、パチュリーは一定時間で七色に変化し、マレフィは四色がマーブル模様に混ざっている。明るい髪の色に似た魔理沙の金色の魔力からはどことなく活発で騒々しいような印象を受けた。霊夢の冷たい無機質な感じがする霊力よりよっぽど主人公っぽいんだけどねぇ……まあ世の中そんなもんだ。
私は箸とフォークでオカズを取り合う魔理沙とフランを行儀が悪いと叱りながら、明日は魔理沙の家の再建を手伝ってやろうと思った。
魔理沙が捨食と捨虫の魔法を習得しないのは、いつか霊夢に同じ「人間」として勝つため。種族魔法使いになって勝っても何か負けた気がする、という負けず嫌い。