キョンシーを凌ぐ御札まみれになったフランを担いで階段を上がり、図書館をパチュマレコアに新種の深海魚でも見るかの様な目で見られつつ通過し、廊下を渡ってレミリアの部屋の前に来た。
「たのもー!」
右手負傷、左手はフランで塞がっていたので蹴り開けた。優雅にティータイムを楽しんでいたレミリアとその給仕をしていた咲夜が眉をひそめる。
「もう少し静かに……あら、その蓑虫は?」
「あなたの妹さんです」
「はあ!? ちょっと!」
「暴走したから縛った。文句は言わせない」
私はソファにフランを寝かせ、つかつかテーブルに歩み寄って腕を組んだ。足を肩幅に開き、文字通り上から目線でレミリアを睨む。
「フランが随分愉快な知識を披露してくれたんだけど……何か言う事は?」
「軽いジョークじゃない」
レミリアは澄まし顔でカップを口に運んだが、紅茶が激しく波立っていた。そうですかジョークですか。そういう事なら仕方無い。
仕方無く有罪。
「判決、梅干しの刑」
「わぁあああん!」
両拳でこめかみをぐりぐりしてやった。一瞬でカリスマブレイク、君が泣いてもぐりぐりは止めない。
「さ、さくやあ!」
「なんでしょう」
「たすけっぁあああああ!」
命令が無い限り黙って控える咲夜さんマジ瀟洒。この人主に忠実だけど融通効かないよね。
抜け出そうと頭をイヤイヤと捻ったり助けを求めたりする度に力を強めてやる。
レミリアはポロポロ涙を零して泣き叫びながら暴れていたが、数分でぐったりと動かなくなった。顔を覗き込むと目が虚ろになっていたので開放。
まあレミリアが正しい知識を教えていても結局最後は殺るか殺られるかになった気がするのでこのぐらいで許してやることにする。ぐてっとしたレミリアは咲夜が姫抱きにしてベッドに運んだ。
今回は客なので咲夜が淹れてくれた紅茶でクッキーを楽しみながら少し雑談。
「咲夜、フランに飲ませる血は定期的に神社に持って来てね。食事はこっちで用意するから」
「巫女の血を飲ませれば良いじゃない」
「仮にも神職の血を悪魔に飲ませるのはね……」
「悪魔が神社に住むのは?」
「それは居候だからいいんだよ。籍を入れる訳じゃないし……籍か……うむ、博麗腐乱怒尾留とかどうかな」
「名字は残した方が。富覧弩小流寿華安裂斗はどうかしら」
「……人の妹を勝手に改名しないで頂戴」
「あ、復活した」
レミリアがふらふらベッドから降りた。目の焦点がずれているが口調はしっかりしていた。
「不甲斐ないけど私が手に負えない分野を躾て貰うのだし、教育方針に文句はつけないわ。でもあなたは別に失敗してうっかり爆死してもいいけれど、フランに何かあったら……」
「あったら?」
「……す、凄く怒る……いえ、神に魂を売ってでも貴方を殺すわ」
おお、ためらったけど言い切った。吸血鬼は魂を買う方だと思うがそれを言うのは野暮だろう。美しきかな姉妹愛。愛はトラウマを越える。
「そりゃ怖い。ま、泥船に乗ったつもりで」
「沈むじゃない」
「沈んだら飛べばいいのさ」
「……はあ。最長で四年よ。四年経ったらあなたの死体かフランを引き取りに行くわ」
「私は死なないよ」
「どうだか……もう行くの? 紅茶のおかわりは要るかしら?」
「こんな真っ赤な部屋にいられるか! 私は神社に戻るぞ!」
あえて死亡フラグを立て、まだ気絶しているフランを担いで紅魔館を後にした。
空が白んできた頃、神社の境内に降りると霊夢が本堂の石段に腰掛けていた。ただいま、と声をかけ、日が昇らない内に本堂に入る。
「嫌な予感がして起きてみれば……あんた今度は何持ってきたの?」
だるそうに立ち上がった霊夢が床に降ろしたフランの顔に貼られた御札を何枚か剥した。現れた少女の金髪と口から覗く小さな牙を見て顔をしかめる。
「妖怪……吸血鬼? レミリアじゃないわね」
「妹だよ。しばらく居候することになったんだけど……あれ、言って無かった?」
「聞いて無いわ。神社に悪魔だなんて何考えてんの?」
素っ惚けてみたが実はわざと知らせなかった。言ったら反対されるかなと思った。反省はしていない。
もう連れて来ちゃったんだから突っ返すのも可哀相だしこのまま住まわせてあげよう作戦である。いざとなったら神様の強権で押し通す。
「悪魔がいても御利益が無くなるわけでなし」
「参拝客とお賽銭が減るじゃない。悪魔も追い払えない神社、なんて噂が立ったらどうすんの」
「悪魔も受け入れる神社、なんてフレーズで行こうかと」
元ネタは命蓮寺。霊夢はフランの頬をつつきながら思案顔になった。ぐにーっと両頬を掴んで引っ張り、このまま半日眠り続けそうな調子のフランが泣きそうな顔になったのを見て頭をかりかり掻いた。
「……ま、なんだかそこはかとなく危険な香りはするけどまあいいわ。御飯は作るけど私は世話なんかしないわよ」
納得してくれた。世話は始めから私が全てやるつもりなので問題無い。
「かたじけない。あ、夜までに里で布団一組買ってきといて」
「はいはい」
霊夢は手をひらひら振って退散した。私は本堂の扉がしっかり閉まっている事を確認し、天井あたりに鬼火を灯してフランの御札を剥す。服と身体の傷は完全に回復していたので、背中のツボを押して覚醒させた。
「ひゃ!」
短く叫んで飛び起きたフランは私の顔を見るなり外に逃げようとした。今外に出ると朝日で灰になるので正面から抱き締めて止めた。
「離して!」
「大丈夫。もう腕切ったり燃やしたりしないから」
「嘘だッ!」
フォーオブアカインドの連続破壊を破った時の私が余程怖かったのか、暴れるフランを黙って抱き締め続ける。フランの手は私の体に強く押し付けられているので握れない。
私は黙って蹴られ、噛み付かれ続けた。
数時間もすると疲れたのか昼間だからか眠ってしまった。狸寝入りでは無いのを確かめ、フランの頭を膝に乗せて私も壁に持たれかかって眠る。疲れたのは私も同じだった。
……起きると視界一杯にフランの顔が広がっていた。
「起きた? もう夜だよ」
「……起きた。フラン、落ち着いた?」
「うん……」
フランは不安そうにもじもじしている。奇妙な宝石が付いた羽は力無く垂れ下がっていた。
「どうしたの?」
「……私、お姉様に捨てられちゃったの?」
私の衣の裾を掴んで怖々聞いたフランに呆気に取られたが、微笑して頭を撫でてやる。少なからず狂気の吸血鬼も家族の情はあるようで安心した。タガが外れ無ければ結構普通の子だ。
「捨てられてないよ。能力の扱い方を覚えれば館に戻れるし、レミリアも時々会いに来ると思う」
「ほんと?」
「ほんと」
答えると嬉しそうに抱き付かれた。恐怖体験は十秒足らずだったのでトラウマにはなっていないようだった。まあ怖がられるよりは懐かれる方が良い。
私はフランと手を繋いで仲良く御飯を食べに社務所に向かった。
梅干しの刑は強くやられると本当に痛い。個人的には急所攻撃に匹敵すると思う。