紅魔郷【LimitBreak】Stage6
――最終兵器フランドール――
扉を僅かに開け、素早く中に入る。後ろ手に封印をかけ直して部屋を見回した。
姉と同じく何からなにまで紅い部屋だった。カーペットもキングサイズのベッドも腹から綿が出たヌイグルミもタワーを作っている絵本の表紙も真っ赤。
広い部屋だが他の部屋に続くドアは見当たらない。家具はベッドと本棚と鏡だけだった。
その鏡の前にフランドールが立っていた。宝石のような飾りが付いた前衛的な羽をゆっくり動かし、鏡の縁を指でなぞっている。自分を映さない鏡をじっと見つめていたが、ふと鏡に映った私と目が合った。
「だれ?」
フランドールが振り向いた。紅い瞳が興味深げに私を見る。
「白雪」
「雪なの? じゃああなた雪だるまなのね。初めて見たわ」
「いや、白雪って名前」
「ふうん……人間?」
「違う。良い子の願いを叶えてくれる神様だよ」
「嘘。お姉様が神様は皆悪い奴だって言ってたわ……嘘つきの舌は引っこ抜いていいの」
レェミリアァアアア! 何吹き込んでんだてめぇ! フレンドリーに近付こうと思ったのに失敗したじゃねーか! お前あわよくばここで私を始末しようとか考えてんだろ!
見ろあのフランドールの笑顔! 超輝いてる! 新しい玩具を買ってもらった子供の顔だ!
「ステイ、ストップ落ち着いて。穏便に行こう。私はフランドールを……長いな、フランでいいよね。フランを外に連れ出しに来たんだけども」
「また嘘ついた」
「嘘じゃない。外に連れ出す、と言うか正確には私の下で能力の扱いを学んでもらう」
私が地下に通っても能力訓練はできるのだが、フランは精神的に不安定なので、そこを改善するための情操教育を兼ねて博麗神社に住まわせる予定だ。
将来化け猫飼う事になるんだし吸血鬼ぐらいいいと思う。レミリアの許可もとってあるし。
「嫌よ。吸血鬼は誰の下にもつかないわ。それより遊びましょ。お姉様と咲夜以外と遊ぶのは久し振り」
……そんな事だろうと思ったよ。私は肩を竦め、ぱたぱた羽を動かすフランに聞いた。
「何して遊ぶ?」
「弾幕ごっこ」
「パターン作りごっこね。私強いよー。勝ったら言う事聞いてもらうから」
「アハ、壊れないでね!」
私達は宙に舞った。フランの背後に魔法陣が浮かび、ガトリング式に弾幕を乱射する。魔法陣に描かれているのが誘導を意味する文言だったのでちょん避けすると、背後で何かが壊れる音がした。ちらりと振り返るとベッドが大破している。
おいこら。
「フラン!非殺傷!」
「え?なんの事かわかんない。当たれー」
魔法陣を二枚に増やして楽しそうに猛撃を加えるフラン。人間だったら砕け散りそうな威力だった。私でも多分痣になる。
「弾幕使えばいいってもんじゃない!」
「えー、お姉様は弾幕とカード使えばいいって言ってたもの」
レミリア後でボコる。
威力を落とした非殺傷弾幕だと相手にならないのでこちらもいささか本気で応戦する。
「楽しいね!」
楽しくねぇよ。当たったら痛いだろうが。
幸いフランの弾幕は強力だが単調だった。当たれば痛いだろうが当たらない。495年も閉じ込められていれば戦闘経験を積める筈も無い。力だけの素人に負ける私では無かった。
さっさと沈めてもいいのだが予期せぬ奥の手で反撃されても困る。ここは確実に勝たなければいけないのだ。私は紅の弾幕を避け、適度に撃ち返しながら機会を伺った。
そしてその時は来る。
禁忌「クランベリートラップ」
私はスペル宣言と同時に即座に自らの記憶力を操った。約一万二千年前、妖怪になる以前のゲームの記憶を鮮明に呼び覚ます。
「はっはっは、ぬるいぬるい!」
弾幕戦においてあらかじめパターンを把握している、という事ほどの有利は無い。名前が同じだからと言ってゲームとパターンが同じである保証は無かったが、予想通り記憶と重なった。
二次元と三次元では違いがあるが基本は同じだ。私は華麗に弾幕の嵐を抜けるとフランの腹に弾幕を叩き込んだ。
フラン撃沈。スペカ一枚目にして決着。紅魔郷編、完!
とはいかず。
弾幕ごっこに勝てば大人しく言う事を聞いてくれる。そう思っていた時期が私にもありました。
「あんなの卑怯よ!最初から私のスペル知ってたんじゃない!」
あっさり負けたフランが地団駄踏んでいる。足元を蹴りつける度にカーペットに穴が開いた。
「敵を研究するのも勝利への一歩だよ。良かったね、また一つ賢くなった」
「うるさいうるさいうるさい!」
今度は癇癪を起こしヌイグルミの腕を掴んでばんばん床に叩き付けはじめた。若干過激だけど負けて悔しがるなんて可愛いじゃないか。物にあたるのも実年齢はとにかく外見・精神年齢的にはよくある事だ。微笑ましいなー、と見ていたが、ヌイグルミの腕が千切れた辺りで止めにはいった。
「その辺にしとこうか。私が勝ったんだし約束通り私の下でしばらく修行だ。大丈夫、三、四年で終わるから」
おいで、と手を差し延べると叩かれた。ゆっくり私の方を見たフランの瞳に狂気の色を見える。
悪寒が走った。何か不味い、と身構える。
「約束なんて知らない。ルールなんて知らない。あんたなんか……壊れちゃえばいいのよ」
不穏な言葉に動けないよう体を縛る術を展開する直前、フランの右手に髑髏の様なものが包まれているのに気がついた。
フランの唇が吊り上がる。
「馬鹿、止め――――」
「きゅっとして」
どかん。
右目が爆発して脳が揺さぶられる。
「ぐ、あ……」
右目のあった所からだらだらと血が流れ、紅いカーペットを更に紅く染めた。激しい痛みに悶える。
「アハハハ、神様も壊れるのね。ほら、次は左も」
無事だった左目がフランの右手に再び浮かび上がった髑髏を捉える。あれを握り潰されてはいけない。
私は手刀を作り、フランの両腕を素早く切断した。
フランが小さく悲鳴を上げて飛び退く。
床に転がった両腕はすぐに灰になり、溶けて消えた。それを一瞥して右目の回復力と再生力を上げようとしたが、強化の元になる力が消滅していた。
愕然とする。
フランから狂気を感じた時点で私は防御力と抵抗力を強化していた。これだけで余程の大魔術でも無い限り傷一つつかないのだが、フランの破壊は眼球ごと`防御´も`抵抗´も纏めて破壊した。
つまりフランの破壊に防御は意味を成さない。加えて再生力も回復力もゼロにされる。なるほど凶悪な能力だった。
仕方無く魔法で血と痛みを止め、右目を閉じてフランを睨んだ。フランは距離を取って腕を再生させている。
折角能力を封じたのにみすみす治させるほど馬鹿ではない。回復力を下げてやった。
「んっ……やだ、なにこれ……壊れちゃえ!」
しかしフランの叫び声と同時に回復力が元に戻った。まじか。
再生力や治癒力も下げてみたが結果は同じ。自分自身にかけられたマイナス効果なら髑髏を握り潰さなくても破壊できるようだった。
再生が終わる前に拘束しようとしたのだが、フランの足元から出現した炎の剣に投げた札はことごとく焼き払われバインドは切断される。確かレーヴァテイン、だったか。面倒臭い魔剣だ。
フランの能力は発動したら最後、防御も回避も回復もできない。眼球ぐらいならセーフだが流石に私でも脳味噌パーンされたら死ぬ。いくら強いと言っても蓬莱人ではないのだ。能力発動前に潰すしかない。
私は接近戦に持ち込もうと距離を詰めた。が、フランとの間に立ち塞がる魔剣。
「邪魔だ!」
拳に力を込め打ち払おうとしたのだが、驚いた事に受け止められた。魔剣の炎で炙られ、危険を感じて手を引く。拳が受けた火傷はひりひりと痛み、治る様子がなかった。能力の一端が魔剣にも付与されているらしい。私の速さに対応し、ダメージを通すとは恐ろしい。
いよいよ不味いな。美鈴との訓練で武術は身に着けたが、対武器の戦い方は知らない。あちらの攻撃は私に通り、受けた傷は回復不可。
「これは死ぬかも分からんね」
火傷承知で魔剣を何度も殴って砕いたり、妖術魔法陰陽術神通力を駆使して炎を消したりしたが壊れたそばから復活する。
魔剣を無視してフランを狙おうとしても上手く間に入られた。
そして魔剣にてこずっている内にフランの腕が完治してしまった。
「ち!」
手加減している余裕など無い。右手に妖力を溜め、妖力無限大を撃つ用意をする。しかし、
「駄目だよ」
フランの一言と共に右手が溜めた妖力と一緒に破壊された。チャージした力が消滅し、体から力が抜ける。溜められた力に重点を置いた破壊だったらしく、右手は小指が千切れただけだった。
魔剣の影からニヤニヤ笑うフランが現れ、その後ろからもフランが現れる。そして二人のフランの後ろからも更にフランが現れた。
フォーオブアカインド、四人のフラン。最悪だ。
私は右手で一番避け難いだろう神力の弾幕を撃って牽制しつつ、無事な左手で通信符を起動した。
「紫、緊急事態。何も聞かないで答えて。結界の力供給一時的に止めるけどどのくらい保つ?」
「……10.42秒ね」
「分かった。今から十秒間結界維持を完全に任せる。ああそうだ、失敗したら死ぬけどその場合これからの維持に必要な力は残すから安心して」
神は死んだら神霊になるらしいが、私は元が妖怪なのでどうなるか分からない。紫が何か言う前に通信符を切り、同時に結界と霊夢の陰陽玉への力供給を切った。
「妖力が漲り身体が動く! すがすがしい気分だ!」
私は手に髑髏を掴んだ四人のフランの腕を一瞬で切断した。何が起こったのか分からない、という顔をするフランに最高の笑顔を向けてやる。全力全快の感覚は久しく忘れていた。今なら何でもできる気がする。
「こ こ か ら が 本 当 の 地 獄 だ」
幸運にも初撃が成功し、腕を切る事が出来た。これを防がれたら四人のフランの全員の目に止まらない速度で動きながら闘うハメになるところだった。
能力が使えなくなれば今度こそ安全。ネタを言う余裕すらある。
戸惑いながら出された四本の魔剣は破壊力を極限まで上げた拳で一気に粉砕。パパパパン、と連続した音の後がして砕け散り、そのまま復活しなかった。ざまあ。
そして魔力を大量に注ぎ込んだ魔術で恐怖に怯えるフラン達を一ヵ所に纏めて拘束し、妖術の業炎で火炙り黒焦げにした後神通力で強制的に意識を奪った。
意識を失い一人に戻ったフランを御札でべったべたにして能力発動に必要な最低魔力すら出力できないようにする。ここまでで九秒だった。
「紫、助かったよ」
「危なかったわね」
力供給を繋げ直して呟くと隣から返事が返った。空間に裂け目が出来て紫が上半身を出す。ぷすぷす煙を上げている幼い吸血鬼をじっと見た。
「本当に生かしておくつもり?」
「まあ、ね。危険もあるだろうけど」
「危険しか無いわ。この子は今ここで殺しておいた方が良い」
「幻想郷は全てを受け入れるんじゃなかった?」
「それは幻想郷に害を成さない場合の話」
「フランは精神面を矯正すれば大丈夫だよ。ありきたりな言葉だけど力は悪くない。使う者次第ってヤツさ」
「…………」
紫はしばらく沈黙していたが、やがて大きなため息を吐いた。
「好きにしなさいな。精々しっかりと躾けるといいわ」
「ありがと」
紫は薄く微笑み、扇子で私の右目と右手をつついた。
「……何したの?」
「破壊と再生の境界を操ったわ。これで三日もあれば自然に治るはず」
「紫大好き!」
感動の余り抱き付こうとしたが避けられた。スキマに引っ込む紫の頬に朱が差していたのは幻覚では無いだろう。
私は今度安眠グッズでも送ってやろうと心に決め、うなされているフランを抱き上げた。
Stage Clear!
フランドールが仲間になった!