紅魔郷【LimitBreak】Stage5?
――瀟洒なメイド十六夜咲夜――
創作物では時を止める能力持った奴がちょくちょく出て来る。そいつらが時間を止めると水滴は空中で静止し、走る子供は今にも倒れそうな姿勢でストップする。時間止めた奴以外の全てが止まる訳だ。
つまり空気も止まるよね。時間止めても身動きできないじゃねぇか。
とは言っても実際咲夜は動いている。自分の服とその周囲の時は都合よく動いてるんだろうね。時の概念は万年生きててもよく分からんが多分そういう事のはず。時間が経過してもあらゆる変化が停止していれば経過していないのと同義、要は変化こそ時間。
この仮定が正しいならば咲夜がやっている事は自分の周囲以外の全て、住んでいる星、銀河系、宇宙全域に至るまでの全停止。それをやるぐらいなら絶対に光の速さで動いた方が燃費良いと思うんだけどなぁ。結果同じだしさ。世の中結果論だようん。
咲夜の能力はホント訳分からん。ありがちな能力だが理解できない。本当に世界の時間を止めているのだとしたらダントツで幻想郷一の広範囲型能力だ。そのくせ霊力消費は雀の涙。
ナイフ回収とか主の呼び出しとかそんな理由で日に何十回となく超広域能力連発するってお前自重しろよ。
そこで自重させる為の仮定2。実は時間は平面である。宇宙人未来人超能力者と遊ぶ愉快なライトノベルにそういう考え方があったと薄ぼんやり記憶している。
時間とはパラパラ漫画の様に微妙に違う無数の平面が重なってできているとする。一瞬一瞬の積み重なりが時間であると。
で、咲夜の能力はその平面に留まったり平面上のモノの位置を移動させたりするもの。こっちが正しければ仮定1の大河の流れを止める労力に対して一部を変更するだけだから楽そうに思える。比喩の差もあるんだろうけど。
まー何にせよ考えようによっては咲夜の能力が一番チートだ。時間を操るとかね、ぶっとんでる。一体どういう仕組みになってるんだ。
と、いう話を咲夜にして返った答えは、
「さあ。特に考えた事は」
だった。もっと考えようぜ自分の能力。アウグスティヌスとかカントとか相対性理論引っ張ってきて反論されるかと身構えてたから力が抜けた。
図書館を通過して壁に並んだ蝋燭の灯を頼りに地下の階段を降りていると、いきなり咲夜が現れた。レミリアがフランドールの部屋の結界の解除ワードを伝え忘れていたので言いに来たらしい。いやあ、何も知らされてないのは勝手にぶっ壊して入れって意味だと思ってた。
要件を伝えて消えようとした咲夜を私は呼び止めた。まだまだ階段は長い。降り始めてから妖精メイドも見掛けないし暇なのだ。話し相手が欲しかった。
魔術でレミリアの姿に化けて高飛車にお願いすると笑顔で串刺しにされかけたが(全て避けた)、十秒ほど消えてまた現れると了承してくれた。許可を取ってきたらしい。便利な能力だ。
狭い通路には私と咲夜の話し声だけが響く。咲夜はメイドの習性なのか足音がしないし、私は遥か昔に永琳に隠行を鍛えられてから基本的に無音歩行だ。通路が狭いので飛ばない。
「この階段どのぐらい続いてんの?」
「ほんの三キロ程ですわ」
長いな。あれかな? 最悪生き埋めにしてしまおう的な。だとしたら不憫な吸血鬼だ。
「フランの食事は誰が運んでる?」
「私が」
「食事以外に誰かと接触する事は?」
「お嬢様が月に数度」
「弾幕決闘は教えてあるんだよね」
「大体は」
「そか。説明の手間がはぶけるな……ところで咲夜って借金したりしてる?」
「全く」
「んじゃ不幸体質か」
「全然」
「つまりフラグメイカーと」
「……さっきから何の話?」
執事の話。咲夜はメイドだけど。
しかし完全に一問一答だ。主をメタメタにした私はやはり嫌われているらしい。致し方無し。
「なんだかなぁ……」
「何?」
「んー、咲夜は私に喧嘩吹っ掛けて来ないんだね」
咲夜は首を傾げた。今夜はなんだかんだで霊夢の後をなぞるように闘ってきた。流れ的に咲夜とも闘う事になるのかと勘ぐっていたのだが、首を横に振られた。
「お客様だもの」
「の、割に紅茶の一杯も出ないんだね」
「血で良ければ出すわ」
「……遠慮しとく」
澄まし顔で私の半歩後ろを着いて来る咲夜。どうにも会話が続かない。壁に並んだ蝋燭が私達のゆらゆら揺れる影を反対側に映し出し、澱んだ空気が憂鬱さを増長させる。
吸血鬼には心地よい通路かも知れないけどねぇ……
私は平気な顔で静々着いて来る咲夜を観察した。ヘッドドレスを見て、銀の髪を見て、碧眼を見て、銀色の髪の癖して人間って何だよと思いながらその下に目線を下げる。
そこには胸があった。
うんむ……でかくも無く小さくも無く……そういえばPAD疑惑があった様な気がする。詰め物してるのかね?
ジロジロ不躾に見ていると咲夜が私の視線を辿り、あからさまに嫌そうな顔をした。片手で胸を隠そうとした瞬間、私の手が勝手に伸びた。
むぎゅっとね。
この弾力っ……ハリっ……掴み心地っ……紛れも無い……本物っ……恐らくC…
…妬ましいっ……!
鷲掴みのまま静止していると頬を染めた咲夜がナイフ乱舞してきたがひらりとみをかわす。甘いな、ギャグ補正で素直に刺されるとでも思ったか!
「以前のお嬢様の命が撤回されていない以上、闘っても構わないのだけど?」
殺気が籠った目で睨まれた。手にはナイフ、臨戦態勢。
胸揉まれたぐらいでなんだよ、私なんか揉まれる面積無いんだぜ。
客観的に考えて悪いのはこちらなのにそう思うと何か怒れてきた。どいつもこいつも私より年下の癖して身長も胸もさぁ……
「ばっかやろー!」
しかしまあ、八つ当たりしても仕方無いので一声叫んで満足しておく。通路の向こうにエコーをかけて反響していったのがどこか空しかった。
俯いてぶつぶつ言った後突然叫んだ私に咲夜は引いていたが、素直にごめんただの嫉妬、と謝ると事情を察して許してくれた。
……それから咲夜の雰囲気が無味乾燥から同情的なものに変わったのが悲しい。
人間臭い所を見せて親近感をもたれたのか幾分打ち解け、しばらくうだうだ喋っている内に終点に着いた。狭いホールには両開きの簡素な扉があるだけだった。
鍵もなにも無いが封印がかけられている。
「どうか」
私が扉に手をかけるとぽつりと咲夜の声がした。振り返るとそこには深々と頭を下げたメイド長が。
「妹様を、よろしくお願いします」
「任された。仕事の邪魔して悪かったね」
そう返すと咲夜は少しだけ微笑んで消えた。私は扉に向き直り、解除ワードを唱えて結界を消す。
さて、決戦だ。
戦闘抜いたらなぜか階段降りて胸揉んで同情される話になった。いつにもまして短い。
時間の考察については自分でも穴だらけだと思うので時間の構造について知りたければググって下さい