紅魔郷【LimitBreak】Stage3
――武術の達人紅美鈴――
チルノを下し、私は一路紅魔館へ向かった。異変の残り香で軽い興奮状態の妖精達を矢継ぎ早に撃ち落としていく。同じ妖精でもチルノと大妖精とは大違いの弱さだった。あんな奴等が妖精の平均だと困るからこれで良いのだが。
ほとんど息抜き気分で空を飛んでいると紅一色の洋館が見えた。高い門に美鈴が背をもたせ掛けてきょろきょろしていた。
「や。ごめんねー、うちの巫女は容赦無くて」
私が目の前に降り立つと美鈴はびくっと背筋を伸ばした。
「あ、白雪さんですか。お待ちしていました。負けたのは私の実力不足ですから誤謝らなくていいですよ」
困ったように頭を掻く。武術家の美鈴がスペカ決闘で無敗を誇る霊夢に勝てる訳が無い。
ちなみに私も無敗だ。霊夢と勝負しても良いのだがしんどそうなので闘っていない。私も霊夢もどちらが強いのか、という事に興味は無い。
「白雪さんはお嬢様から許可が出ています。こちらへ」
ずれた帽子を直して門を大きく開いた美鈴に私は待ったをかけた。
「ああ美鈴、入る前にちょっとしたお願いがあるんだけど」
「はい? なんでしょう」
「私と格闘勝負してくれない?」
「死ねと?」
真顔で言われた。幼いとは言え妖怪としては最上級の部類であるレミリアをボロッボロにした光景が目に焼き付いているのだろう。レミリアは弱点を突かない限り超再生をするので生きていたが、アレを普通の妖怪にやったら一撃で死ぬ。あの時は若干ハイになっていたし、客観的に考えると我ながら怖かったと思う。
「一応妖も人間も殺した事無いんだけどねぇ……命一杯手加減するからさ。頼むよ」
能力使って自分の力を限界まで落とせばそこまで圧倒的差はつかないはず。更に能力で美鈴の力を底上げすれば良い勝負になる。多分。
「はぁ、そんな事言われてもですね。なんでまた私と格闘勝負を? 白雪さんは十分強いじゃないですか」
「んー……私とレミリアとの闘いは覚えてる?」
「……鮮明に」
「どう思った?」
「えーと、言っていいんですか?」
「どぞ」
「悪魔かと」
スカーレットデビルを差し置いて私が悪魔。神なのに悪魔。笑え……ないなぁ。
「それ以外で。身のこなしというかその辺」
「あ、そっちですか。そうですねぇ、速過ぎてほとんど見えなかったですけど、若干荒っぽかったような気がします」
「そう! そこだよ」
「はい?」
「私はさ、昔から力押しでやってきたしやってこれたから技を磨いて無いんだよ。剣技も武術もなっちゃいない」
「はあ」
「剣は使わないから良いんだけど、格闘の方はこの機会に技術を身に着けておこうかとね。今更だけどさ」
「私と闘って?」
「美鈴と闘って。大丈夫、一回闘って全部吸収するから」
美鈴が頭痛を堪えるように額を押さえた。
私も無茶苦茶言っていると思う。先人達が何十年も何百年もかけて作り上げたものをたった一回の殴り合いで覚えてしまおうというのだから常軌を逸している。
それができてしまうのが私だ。学習力観察力洞察力模倣力吸収力エトセトラ強化、見るだけでは無理でも実際に拳を打ち合わせれば即座に真似できる自信がある。
腕を組んで私をちらちら見ながら悩んでいる美鈴。
闘ってくれるなら土下座はしないけど頭下げるくらいならしても良い。というかした方がいいのか? 教えを乞う立場なのだし。
「白雪さんそれ以上強くなってどうするんですか」
「え、いやどうもしないけど。単なる趣味」
「異変ではスペルカードルールを使わないといけないと聞いてますよ」
「もう終わったからいいのさ。決闘ってより稽古だし」
「お嬢様と白雪さんは一応敵対しているので敵を応援するのはちょっと」
「十対百も十対二百も変わらないと思わない? ここで私が強くならなくてもレミリアが私に追い付くには何千年とかかるよ。その間ずっと敵対し続けるとも考えられない」
「…………」
美鈴はそれ以上反論が思い付かなくなったらしく、短く呻いて両手を上げて降参した。
「分かりました。頭砕いたり心臓掴み出したりしないで下さいね」
「しないしない」
いやあ、美鈴がお人好しで良かった。美鈴が私と闘わなきゃならん理由なんて無いんだから断られたら諦めるしかなかったんだよね。
私は自分の力を落とし、美鈴の力を強化した。美鈴は目を瞬いて肩を回し、突きを連打して歓声を上げる。
「凄いですねこれ! 身体が軽い!」
「気に入ってもらえて良かったよ。殺し合いになるといけないから時間制限かけていこう」
私は香霖堂で買った目覚まし時計を門の傍に置いた。
「一時間したら音が鳴る。それまで全力で来て。できる限り沢山技使ってくれると有り難い」
「いくらなんでも一時間で私の拳術を覚えるのは無理があるような……」
「無理なら無理でいいよ、基本ぐらいは身に着くだろうし。よし、んじゃあ開始っ!」
美鈴は突っ込んでくるような事はせず、心中線を隠す様に半身に構えてじりじりと間合いを詰めてきた。私も半身に構え、学習力洞察力以下略を強化してじっと観察する。
移動する美鈴の重心は全くぶれていなかった。普通に歩くぐらいの速度で近付いてくるのに隙が無い。
普段なら隙が無かろうが反応できない速度で接近してぶん殴るのだが、今回はそうも行かない。私は私なりの防御態勢で待ちに入った。
互いに手を伸ばせば触れ合うぐらいの距離に入った瞬間、美鈴がふらりと前に倒れ込んだ……と思った時には私の腹に拳がめり込んでいた。
肺の空気が一気に押し出されて悲鳴も出ない。慌てて追撃が来る前に下がろうと右足を下げると即座に左足を刈られ、バランスを崩れた所に肘打ち。手を出して受け流そうとすると急に肘打ちが突きに変わって顎を打ち上げた。
宙に浮いた私を回し蹴りが襲い、反射的に防御をとるもののガードの上からも強烈な衝撃が体を貫いて吹っ飛ばされた。
地面にたたき付けられる私をぽかんとして美鈴が見る。
「弱……い?」
「げふう……いやまあ技術は無いから、素の力を下げればこんなもんだよ」
埃を払って立ち上がり、くいっと手招きした。
「こんな無様見た後だと説得力無いと思うけど、今の私は同じ技は二度と喰らわないからね。さあ時間も限られてるんだから続けて」
美鈴は納得がいかない様子だったが再び構えをとった。私も内部の筋肉の力の入れ具合から重心まで全く同じ構えを取る。目を丸くした美鈴ににやりと笑い掛け、さっき喰らった突き、足払い、肘打ち、回し蹴りをその場で正確に再現した。
見開かれた美鈴の目が細められ、ぽわぽわした気配が完全に消える。代わりに沸き上がった殺気と闘気に悪寒が走った。
こいつは危険だ。
私は防御力や攻撃力はそのままに再生力と回復力、治癒力を限界まで上げた。
力強化に気を散らした僅かな隙を着いてするりと私の懐に飛び込む美鈴。
鋭い拳が鳩尾を打ち、手刀が首に食い込んで滑らかに怒濤の蹴りに繋がる。ガードなど始めから無いかのようにすり抜けられ、終いには防御の為に出した手が邪魔で攻撃が防げないという始末。
打ち込まれる一撃一撃が体の内部に浸透して内臓を破壊する。鼓膜破りや目潰しは当たり前だ。当然の様に外した関節を捩じってくる。
徹底的な急所攻撃に何度も何度も皮膚を裂かれ骨を砕かれ、頭蓋骨にひびが入った時は掛け値無しに死ぬかと思った。今なら私と闘ったレミリアの気持ちが分かる。
血へどを吐きながらもようやく殺人拳を捌けるようになってきた頃、美鈴のスタイルが変わった。私の覚えたばかりの模倣拳を柳のようにひらりひらりとかわし、視界から消えたかと思うとあらぬ方向から衝撃がはしる。
よろめいた所を隙ありと打ち込めば腕を取って投げられ、ふぬけた掌底を払えば足元がお留守ですよと言わんばかりに弁慶の泣き所を砕かれる。
幻惑する虚実に手も足も出ない。
そして先程の殺人拳と比べて威力が無い分痛点が集中している箇所を狙い打ちしてくるので気絶しそうに痛い。目玉を抉られた時は気が遠のいた。
神経を研ぎ澄ませてようやっと虚実に対応できるようになるとまた美鈴の動きが変わった。
真正面から真直ぐ拳が突き出され、回避する間も無くあばらを折られる。
これは多分、空手だ。
裂帛の気合いと共に繰り出される正拳だけでも十分恐ろしいのに、掌で目線を遮られて四方八方から裏拳やら貫き手が飛んでくる。
体が武術を吸収してきたからか致命傷は受けなくなってきたがこちらの攻撃は嫌になるほど当たらない。避けられはしないのだが徹底的に受け流されてダメージを与えられない。
最早私の衣もぼろ布になりかけている。しかし美鈴の中華服は綺麗なものだ。
その後も私がコツを掴んだかと思うところころスタイルを変えて打ちのめす美鈴と打ち合い続けた。的確に急所を突く殺人拳から相手の抵抗を封じる捕縛技まで美鈴の技数は底が見えなかった。
下手な刃物よりよく切れる手刀やら破城槌の代わりになりそうな突きやらを喰らい続け覚え続け、ようやく攻撃がまともに当たるようになってきたあたりで目覚まし時計が鳴った。私と美鈴は同時に構えを解いた。
「あー、しんどかった!」
大声で叫んで荒れた地面に大の字になった私に美鈴は苦笑した。殺気を引っ込めて穏やかな気配に戻っている。
「しんどい、で済むなんて恐ろしい。武術家に一時間でこれだけの武術を覚えたなんて言ったら卒倒しますよ」
「あー、まあねぇ。普通できないからね」
まともにやったら死亡回数がゆうに百を越える。大妖怪十数匹分の妖力を注ぎ込んだ強化があって成り立つ荒業だ。それも致命傷を負っても「ひやりとした」で済ませられる感性と能力があってこそ。
全て習得しきれなかったのは残念だが、こんなものだろう。私は鳴り続ける目覚まし時計を回収してかけ直し、その場で丸くなって疲労を取るために短い睡眠に入った。
Stage Clear?
少女祈祷中……