紅魔郷【LimitBreak】Stage2
――永久力凍妖精チルノ――
私は紅魔館への途中、霧の湖上空を飛んでいた。少し痩せた月はうっすら漂う自然の霧のせいで水面には映らない。
昼間ならまだ良いが今は夜。月と星の明かりだけが頼りだ。体に纏りつく冷たい霧を妖術で弾きながら、突撃してくる妖精をかわし撃ち落とし薙払う。
しばらく飛ぶと前方に氷妖精を発見した。流氷? に乗ってぷかぷかと湖を漂っている。
スルーでいいかな、と通り過ぎようとすると目の前に忽然と緑の髪の妖精が現れた。
「そこのにんげ……神様! あの巫女の仲間?」
妖精にしてはかなり強い力を感じた。記憶の片隅から大妖精、という言葉を引っ張り出す。そういえばいたなぁこんな中ボス。
「あの巫女が霊夢の事ならそうだけど」
「やっぱり。同じ紅白だしそうだと思ったわ」
「あっちは服が紅白。私は髪と服で紅白」
「似たようなものじゃないの」
「まあね」
「ふん。どうせ負けて落ち込んでるチルノちゃんを虐めようって魂胆でしょう。そうはさせない!」
見事に勘違いして威勢よく叫んだ大妖精がふっと消えた。直後背後に妖力が現れ、私は咄嗟に垂直降下して奇襲弾幕を回避する。
「瞬間移動!?」
大妖精は次々と死角に瞬間移動しては弾幕を放ってきた。速度が無いので楽に避けられるが少しドッキリする。
能力持ちにしては力が弱い。何のトリックだと四方八方から襲いかかる大妖精をいなしつつ注意深く観察した。
……ふむ。どうやら瞬間移動は能力では無いらしい。
大妖精と同質の極薄い妖力が周囲に漂っており、消える時は拡散して現れる時は収束している。
妖精は自然の具現。基になる自然がある限り死なずに復活する。妖力の流れを見るに大妖精は疑似的に死亡し、場所を変えて瞬間復活しているようだった。妖精にしてはえらく技巧的だなおい。
小妖怪並の妖力があると拡散復活に時間がかかり瞬間移動として成り立たず、平均妖精程度だと漂わせておく妖力だけで力を使い果たしてしまう。絶妙な量の妖力を持つ大妖精ならではの技だ。拡散範囲と瞬間移動距離は短いから、劣化萃香と言った所か。
常に死角を取り続ける大妖精。ならば、と目で追わず死角に向けて弾幕を撃ってみたが普通にテレポートでかわされた。
うおぉい! 正直に言ってくれ。あんた本当に妖精?
ぽんぽんテレポを連発しては小癪な3WAYショットを撃ってくる妖精に負けはしないが勝てもせず、段々ストレスが溜まってくる。
「だーもう! 鬱陶しい!」
私はからかうようにちょこまか攻撃してくる大妖精に切れた。一度妖力を全力チャージし、一気に開放。蟻が抜ける隙間も無く放射された全方位小弾幕を大妖精はテレポで回避した。が、テレポート有効範囲は全て弾幕で埋まっている。回避先に出現した瞬間に被弾した。
僅かな悲鳴とピチューン、という音を聞いて清々しい気分になる。余談だがゲームとは違いピチューンというのは妖精特有の死亡音だった。そりゃ人間が弾幕食らってピチューンなんて音を出す訳が無い。
喧嘩売られたから買ったが、派手にドンパチやったのでチルノがこちらに気付いて飛んできた。
「あんた博麗の神様?」
どことなくアンニュイな気配を漂わせたチルノが聞いてきた。
「はあ、まあ」
「そうなのね? 丁度良い、ここで名誉挽回よ!」
一転、いきなり闘志を燃やしスペカを構えたチルノに私は混乱した。
「ストップ。霊夢に負けたのになんで私?」
「神様倒せば巫女より上に決まってるじゃない」
いやまあそうだけどさ。
「あ、ほんとは私博麗神社の神様じゃないんだよね。見栄張ってごめん。じゃ!」
くるりと向きを変えて逃げようとするとチルノに回り込まれた。
「嘘つくんじゃないわよ。紅い衣に白い髪、藍の髪紐黒い瞳。それに身に纏う不自然なまでに揺らがない妖力。あんたが白雪で間違いないわ。大方神力は隠しているんでしょう?」
ええええぇええ、なんかチルノが⑨じゃない! 好戦的だけど賢いぞ!
「でも普通にやったら勝てないからハンデ寄越しなさい」
そして図々しい。なにこいつ。
「はぁ、なんか今日はよく絡まれる日だな……ほら、それ使えばいいよ。さっさとやろう。私は行く所あるんだから」
私は白紙のスペルカードを出し、空気中に漂う妖力の質に出来る限り近づけた力を大量に込めて放り渡した。折角なので発動ワードだけ弄って固定してある。
それを受け取り、ふわりと浮いてスペルカードに力を込めるチルノ。発動ワードを読み取って首を傾げていたが、使う分には特に支障は無いので何も言わなかった。カードに渦巻く吹雪の模様が浮かび上がる。
「スペカ二枚通常ルールで良いよね……では最強の座を賭けて!」
「ふん、妖精だからってなめてかかると撃墜よ!」
言葉と共にチルノが鋭く研ぎ澄まされた氷柱弾幕を撃ってきた。身構えていたが妖精は妖精、弾幕は薄いしそこまでの速度も無い。ただし狙いが恐ろしく的確で、偶数弾と奇数弾で上手く私の弾幕軌道を制限し視界を奪うように展開していた。
この見た目と裏腹な頭脳派プレー。チルノの既存イメージは180度ひっくり返さなければいけないようだ。
正面から切っ先を煌めかせて飛んで来る弾幕を迎撃していると、背後で水蒸気が結露し小弾を作って襲ってくる。私はそれを振り向かず紙一重でかわした。全く油断も隙も無い。
「流石、噂通りの実力じゃないの」
チルノは華麗に私の弾幕をグレイズしながらスペル宣言をした。
凍符「パーフェクトフリーズ」
カラフルな弾幕がばらまかれ、私をとり囲んで氷結、停止。数瞬間をおいて追加の誘導弾と共に動き出した。
上下左右後ろからも迫ってくるが密度にばらつきがあるのでそれなりに楽だった。余裕で弾幕が薄い場所を選んでかわしていると、突如密集した弾幕に隠れてレーザーが私の心臓目掛けて飛んできたので全力回避。冷や汗が出た。チルノ怖えぇ。
やがてスペルが終わり、一息つこうとしたら再びチルノがカードを構えていた。ち、休ませず畳み掛けるつもりか!
「あたいの覇道を彩るドライフラワーとなるがいいわ!」
瞬冷「エターナルフォースブリザード」
猛烈な風が冷気と氷柱、雪玉弾幕を纏って唸りを上げた。暴力的な絶対零度の吹雪が私に向けて牙を剥く。
「くあ、さっむ!」
弾幕自体はなんとか避けられる規模だったが、吹雪の効果で視界が白く染まり弾幕が見えにくい。更に寒さで体の動きは鈍り、何度か被弾しかけた。ネタのつもりだったが笑い事では済まなくなっている。チルノめ! 予想の斜め上を行きやがって!
スペルが切れるまで悠長に耐久なんてやっていたら凍え死ぬ。かといってスペルカードで対抗しようにもかじかんだ手では取り落としてしまいそうだ。
私は妖術で全身から炎を噴き出して寒さを緩和し、弾幕の嵐に突っ込んだ。手持ちスペカは炎対策をしていないので取り出したら焼けてしまう。このまま通常弾幕でカタをつける!
私の妖力をこれでもかと込めたカードのスペルだけあり、氷柱は炎に煽られても溶ける様子はまるで無かった。目をしっかり開き、服の端をかする氷柱に文字通り冷や冷やしながら嵐の外へ飛ぶ。
砕くと分裂する氷柱やマトリョーシカ氷塊に苦しめられつつなんとか吹雪から脱出した。
すると丁度眼下にチルノがいた。
まさかブリザードを突破されるとは思わなかったのか驚いて上を見上げたチルノに、私はすかさずありったけの弾幕を叩き込んだ。
「やっぱりあんたが幻想郷最強ね。あたいはまだまだ`霧の湖の´最強止まりだわ」
「あ、そういう意味だったんだ?」
被弾して大人しく負けを認めたチルノは堂々としていた。流氷に座り、いつの間にか復活していた大妖精がかいがいしく世話を焼いている。
「チルノちゃん大丈夫? 痛い所無い?」
「大丈夫よ、なんてったってあたいは最強なんだから。まだまだ修行が必要ね」
「修行するの?」
「妖精だって弛まぬ努力と不屈の精神で強くなるのよ」
「チルノちゃんかっこいい!」
和気藹々と特訓計画を練り始めた二匹に複雑な心境を抱きつつも私はその場を後にした。
Stage Clear!
少女祈祷中……