紅魔郷【LimitBreak】Stage1
――封印開放ルーミア――
よく晴れた夜、私は空を飛びながら軽快に妖精を撃墜させていた。月は満月からいささか欠けはじめている。
紅霧異変は無事霊夢が解決してくれた。魔理沙もちょろちょろしていた様だが咲夜に敗北したと聞いている。
目論見どおり異変と異変解決のニュースに乗ってスペカ決闘法は新幹線並みの速度で広まっている。これで次からの異変もスペカで平和的に解決される事だろう。
レミリアは約束を果たしてくれた。今度は私が約束を履行する番だ。
数日前に霊夢があらかた片付けたので妖精は少ない。やられてからまだ復活していない妖精もいるのだろう。しかし散らされた妖精の薄い妖力を残った妖精が取り込んでいて、雑魚小妖怪程度の弾幕を撃って来た。
いや燃えるねこれは。ゲームと違い妖精の弾幕に被弾してもどうって事無いんだけど(スペカ決闘では無く単なる悪戯だから)、二次元ではなく三次元――――上からも下からも襲ってくるからスリルがある。
もっとも木端妖精に負けるはずも無く一匹残らずカウンターで沈め、敵影が途切れた所で手持ちスペルカードを確認する。
妖力無限大、神の見える力、剛よく柔を断つ、数撃ちゃあたる、それぞれ五枚。
「一人これ一枚で十分な気もするけど」
妖力無限大のスペカを片手で弄んだ。真っ黒なカードの中心に小さな光が描いてある。意味深に見えるがなんの事は無い、私の思い描いた弾幕のイメージをデフォルメして写しただけである。
さて、これが紅魔郷当日ならルーミアに遭遇するはずだが日がずれている。案外意捕あたりが出て来るのかも知れない。奴は稀に見る素質の無さで二千数百年経ってもまだ小妖怪をやっている。
もし意捕が出てきたら速攻で撃墜してやろう。
私は遠目に不自然に黒い球体が近づいてくるのを眺めた。ゲームと同じ進行をするらしい。この辺りはルーミアの回遊ルートに入っているのか?
意捕も空気を読んだようだ。そもそもあいつの行動範囲は妖怪の山だからこのあたりに来る事は無いんだけど。
ルーミアがこちらに気付く様子なく向かってきたので大声をあげた。
「ルーミア! 家の巫女にやられたらしいね」
ルーミアはびくっと止まって球体を解いた。ぽけっとした顔で私を見る。
「喰えない人間の次は神様」
「まあ霊夢は色んな意味で喰えないけどさ」
「んー、神様は食べられない」
「それしか頭に無いのか」
「お腹すいた」
私は懐を探って干し芋を見つけた。昼間に食べていたやつだ。少し迷ったが、差し出すとルーミアは呑気に喜んだ。人以外も食べるようだ。
「異変の時は巫女に近付いたらだめだよ」
「うん。あ、あと博麗の神様にも近付いちゃだめだって皆が言ってたんだけど……あんたがその神様?」
「その神様」
「ふうん?」
ルーミアは干し芋をかじりながらじろじろと私を見た。
「聞いてたより怖くない」
「よほど尾ひれがついた話が広がってるんだろうねぇ」
「万の妖怪にも負けない鬼みたいなヤツだって」
「…………」
間違ってはいない、か?
「あ、そうだ。神様ならこの御札取れない?」
ルーミアがポンと手を打って頭のリボンを指差した。何を言うかこの妖怪は。
「封印の御札はとれないな」
「これはふこーな行き違いでつけられたの。私は夜に人を探してただけで巫女に襲われたんだから。神様でしょ、責任とって解いてよ」
「人探してたって食べるために?」
「そう」
無視して行こうとすると服を掴んで止められた。振り放そうとしてもしがみついて来る。ああ鬱陶しい!
「……封印解いても調子に乗って人里を襲わない事。誰かを力ずくで従えたりしない事」
「解いてくれるの?」
「今言った事を守れば」
「守る!」
勢い良く挙手して言ったルーミアは怪しかったが、一度解いてやる事にした。性格からして不幸な行き違いで封印されたとは考えにくいが、封印された状態で生活するというのも辛かろう。約束を破ったら今度は今まで以上に強力に封印してやればいい。
頭のリボンに手をかけ、封印の構成を読み取り破壊してはがす。
……おおお、なんか大妖怪レベルまで高まった。紫には及ばないがたいした物だ。
なんとはなしにはぎ取ったリボンを見てみると何か文字が書いてある。
「安倍……晴明?」
……うおおい! これ血文字だ! 安倍さんどんだけ苦労してルーミア封じたんですか!
「アハハハハハハ」
ご機嫌で笑うルーミア。
「封印さえ解ければこっちのもの。神様だって怖くない!」
あ、こいつ約束守る気無いわ。
私が無言でスペカでは無い妖力無限大のチャージをするとルーミアの哄笑が小さくなっていく。
「あ、あれ……さっきはそんなに強くなかったのに」
「そりゃ抑えてたから。小便すませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」
「待って待って待って! スペルカードで! スペルカード決闘で! そんなの撃たれたら私消えちゃうよ!」
必死に言われて私は考えた。スペルカード決闘が広まっている最中に私が従来のおしおきスタイルを実行するのは不味いのではないか。考案者の癖に使ってねえ! なんて言われそう。
「うん。一理ある。やっぱ弾幕決闘でいこうか」
ルーミアは地獄で蜘蛛の糸を見たような顔をした。
幻想郷のパワーバランスを崩しそうな大妖怪と化したルーミアに空中で対峙する。負けるつもりはないし負けるとも思っていない。
「私が勝ったらもう一度封印されてもらう。負けたら放免……開始!」
合図と共にルーミアは素早く距離を取りながら赤と青の弾幕を乱射した。密度は濃く速いが数が少ないので大きく避け、黒の弾幕を撃ち返す。
ルーミアは目を見開き宙返りして私の弾幕をかわし、舌打ちしてパチン、と指を鳴らす。
私とルーミアの間に複数の闇の球体が発生した。夜の闇に紛れた球体は私に向かってくるルーミアの弾幕を隠す。
しかし案の定向こうからも見えなくなっているようで、大雑把に狙いをつけて弾幕を放つと慌てた声が聞こえて闇が消えた。阿呆か。
呆れて星空を背後に浮かぶルーミアに照準を定める。姿を現せばこちらのものだ。
速さを重視した弾幕を放つと、ルーミアは赤い目を爛々と輝かせ、唇を吊り上げた。指でスペカを挟んで宣言する。
「負けないわ、神様――――」
暗夜「ナイトホーク」
波状に密度の薄い赤と緑の弾幕が押し寄せる。拍子抜けしてなんだこれだけか、と思いルーミアに近付きながらグレイズした途端、弾幕から闇が吹き出た。
「ち!」
やけに緩い弾幕だと思ったらグレイズが引き金になって弾幕が敵の視界を奪うらしい。えげつなっ!
一度後方へ下がり闇から脱出しつつ弾幕で反撃。再度大回りにルーミアに接近した。しかし薄い弾幕も余裕を持って避けようとするとなかなか神経を使う。あまり近寄れ無かった。
そうこうしている内にスペル効果時間が切れ、弾幕が収まる。
油断していると撃墜されそうだったのでこれ幸いと弾幕を叩き込んだ。
しかしあちらも避けるわ避けるわ。確実に当たる軌道の弾幕まで避けられたので何かおかしいと思ったら、ルーミアの体の端が夜の闇と同化していた。
つまり腕や足には当たらない。闇と同化していない体の中心部に当てなければいけないらしい。
「ああ小賢しい!」
「照れるー」
「褒めてない褒めてな……いや、やっぱ少し褒めてる」
「そーなのかー」
ルーミアは若干嬉しそうにしたが、すぐに顔を引き締めて最後のスペルカードを構えた。
宵闇「明けない夜」
ルーミアを中心に巨大な闇が広がった。五十メートルは離れていた私まですっぽりと包む。真っ暗闇で何も見えないので妖術の灯を灯そうてしたが闇にかき消された。
「ちょ、この外道っ!」
何も見えない空間で雨あられと降り注ぐ弾幕を回避するはめになった。五感を研ぎ澄ませ、妖力の気配を頼りに避ける。ルナティックどころじゃねーぞ!このままだといい加減冗談抜きで撃墜されそうだ。
決着をつけようと広域探知魔法を使い、ルーミアの位置を捉える。私はにやりと笑った。
「チェックメイト、ルーミア」
力技「剛よく柔を断つ」
無数の弾幕がルーミアの弾幕を破壊しながら一直線に突き進む。わたわたルーミアの気配が動いたが、回避できる訳も無く直撃した。
悲鳴が上がって闇が消える。酷く煤けたルーミアがげっそりと肩を落としていた。
「あああ、封印解けたと思ったらぬか喜び」
「自業自得としか言いようがない」
私は苦笑してルーミアに近付き、リボンに封印術を強くかけ直して煤けた金髪を結んだ。妖力がするする引っ込み、数秒後にはちょっと強い妖精並になる。
「あーあ。今度お賽銭入れるから解いてくれない?」
「ダメ」
落ち込んでいるルーミアに手を振って別れ、私は紅魔館へ向かった。
Stage Clear!
少女祈祷中……