「東方Project第12.5弾 ダブルスポイラー ~東方文花帖」公開記念。射命丸が主人公で進みます。
射命丸文は烏から変じた烏天狗である。千年以上生き、大妖怪に足を踏み入れかけた中級妖怪だが、ただ一点飛行速度においては幻想郷随一。
つまり逃げ足も速い。
文は部下の椛に仕事を押しつけると、今日も今日とてカメラ片手に意気揚々と取材に出かけた。
風に乗って風と同じ方向に飛びながら風の噂を聞きつつ幻想郷の空を漂う。天気は薄曇りで、暗過ぎずかつ逆光の心配が無い絶好の撮影日よりだった。
「ふむ?……」
河童技術部謹製、高性能カメラの予備フィルムを確認していた文の耳がスペルカードルールなるものの噂を掴んだ。風に乗って恐ろしい紅の衣の神と博麗の巫女が話し合っているのが聞こえる。
近々スペルカード決闘法と呼ばれるものが公布されるらしい。
吸血鬼異変で強大な妖怪である吸血鬼までがあっさり破れた事により、近頃の妖怪達は慎重を越えて神経質に行動するようになっている。それがストレスになり、妖怪全体の弱体化に拍車がかかっているのだ。文は特に人を襲う必要の無い妖怪であるが、最近の妖怪の山のびくびくした雰囲気は気に入らなかった。
その雰囲気を払拭し、人間と妖怪の襲う襲われるの関係を取り戻す策として安全な決闘法を作成しているらしい。
文の記者魂が刺激される。まだ妖怪達にこの話は広まっていない。間違い無く特ダネだ。
文は方向転換し、他の天狗に嗅ぎ付けられる前に急いで博麗神社に向かった。
文が一陣の風と共に境内に降り立つと、社務所から白雪が顔を出した。不思議そうに辺りを見回し、文を見つけて嫌そうな顔をする。
「来たよパパラッチが。遮音結界張っとけばよかった」
「酷い言い様ですね。私は常に読者の好奇心を満たすために苦心しているのです」
文が胸を張って言うと鼻で笑われた。
「よく言う。前に私の取材した時も、記事になったら原型とどめてなかったよ」
「読者は刺激を求めているんですよ」
白雪が呆れ顔で戸を閉めようとしたので、文は自慢の速さで急加速し閉じかけた戸口に足を挟んだ。
「セールスマンか!足引っ込めないと色々粉砕するよ。今忙しいんだから」
「スペルカードルール、ですか?公布するならお手伝いしますよ」
内心脅し文句におののきつつ爽やかな取材用スマイルを作った。白雪はぴくりと耳を動かしうさん臭そうに文の顔をジロジロ見ていたが、ため息を吐いて戸を開けた。文は心の中で勝利の踊りを踊りながら喜々として戸を潜る。
居間に通されると、腋巫女が気怠そうに和紙に朱を入れていた。先代の巫女は心不全で亡くなっている。
「……なによその天狗は」
「初めまして。伝統と格式のブン屋、清く正しい射命丸と申します」
「はん、清く正しい妖怪なんて私の目には見えないわ」
文が胸を張って言うとまた鼻で笑われた。冷たい扱いを受けて落ち込むが、一流新聞記者は引かぬ! 媚びる! 省みぬ! 一瞬で立ち直って文花帖を開いた。
「新しい決闘法と言う事ですが、どのような経緯で……もとい、具体的にはどのようなものでしょうか」
「非殺傷弾幕を使った勝負。スペルカードって言う札を使って基本的に一対一で戦う。一発でも被弾するかカードを使い切ったら負け。まだ煮詰めてる途中だから詳しくは後でね……霊夢、右から二つ目の髪飾り取って」
「ふむふむ。非殺傷弾幕が使えない妖怪はどうすれば?」
「そんな妖怪にはこれ」
白雪が手に持った髪飾りと白紙のカードを掲げてまくし立てた。
「この髪飾りを付けるだけで使う全ての弾幕が非殺傷に! 髪飾りが嫌ならワッペン、首飾り、豊富に取り揃えております。こちらの白紙カードには威力制限がかけてあり、髪飾りと同様に込めたスペルが非殺傷に! あらかじめ倉庫に山程作ってあるので在庫は十分。今なら白紙カード十枚組にお好きな装飾品一つお付けしてこのお値段っ!」
白雪は指を三本立てて笑顔を作った。
「お申し込みは博麗神社まで! 河童販売部でも近日委託予定!」
「白雪さん、文々。新聞の広告欄やってみません? 意外と向いてそうです」
「だが断る」
白雪はころりとローテンションになるとちゃぶ台に向かって作業を再開した。文は肩をすくめ、速記であることないことびっしり書き込んだ文花帖を閉じる。一次情報から既にねじ曲がっているのは気にしてはいけない。
ちゃぶ台に並べられた手のひら大のカードの何枚かには絵が描かれていた。首に下げたカメラを構えて数枚撮影。
「これがスペルカードですか。触っても?」
「絵が浮き出てるのは私のだから駄目。白紙のなら良いよ」
文は一枚手に取って明りに透かした。妖力は籠っていないが、何か補助的な式が込められているようだった。
「作りたい弾幕と技名を念じて妖力を込めればオリジナルスペルができる。絵柄が浮き出たら完成。それあげるからちょっとやってみて」
乞われて言われた通りにすると、カードに翼を広げた烏の絵が浮かび上がった。上手くデフォルメされた烏に感嘆する。
「凄いですねぇ。どういうカラクリになってるんですか?」
「絵はちょっとした遊び心だよ。それとあんまり凄くは無い。小妖怪でも作ろうと思えば作れるし。スペカは非殺傷なら別にカードを買わずに一から自分で作ってもいい」
「どうやって使うんですか?」
「技名言えば良いよ」
「なるほど……『無双風神』!」
「室内で使うな!夢符『二重結界』!」
「全力『妖力無限大』!」
「ぎゃあぁあああ!」
超高速で飛び回って弾幕をばらまいた文を間髪を入れず二重結界が拘束し、そこを妖力無限大が障子を突き破って吹き飛ばした。
文は地面を削って数回バウンドし、木の幹に叩き付けられて止まった。上から落ちてきたちくちくした針葉樹の葉に刺され、呆然とした後まだ命が有る事に気付いて泣いて喜んだ。
スペルカード、素晴らしい。あれだけのオーバーキルを受けたにもかかわらず生きている。首に下げたカメラも土がついていたが壊れていない。
スペルカードルールが広まれば危険が減って取材も楽になる。文は感激した。
新聞に広告を載せる代わりに試供品を何枚か貰えないかと服の埃を払って社務所に戻ると、怒れる巫女が待ち構えていた。冷や汗が流れる。
「どうしてくれるのよ。あんたのせいで障子は破れるわまとめといた書類はばらばらになるわ……」
「あやややや……」
白雪が書類を拾い集めながら、半分は私達のせいじゃないかなぁ、と呟いていたが巫女の耳には入らない。
「そもそも昼間っから神社に妖怪が居座るんじゃないわよ。霊符『夢想封印』!」
今度は予測が出来ていたので放たれる弾幕の嵐をかわしきり、距離を取って数回シャッターを切ってから一目散に逃げた。取材対象の不興を買ってしまったら、謝り倒すか逃げるかである。
博麗神社はネタが豊富だが、二回に一回は逃げ帰るはめになる。それでも訪ねるのは異変やら何やら話題になる話が多いからだ。
文は早速草稿を考えながらホクホク顔で妖怪の山に帰還していった。
西の空が茜色に染まる頃、文は上機嫌で書き上げた原稿(新ルール!?速報スペルカード特集)を印刷業担当の山伏天狗に回した。なんだかんだで押し付けられた仕事をしっかりこなしていた椛には現像した写真を焼き増ししてあげた。椛も天狗の例に漏れず噂好きなのである。文ほどではないが。
幻想郷全体に影響を与える新たな決闘法の制定だ。名前が広まれば多少の尾ひれが付いても目をつぶると博麗の祭神に通信符で許可を得てある。
文は刷り上がっていく新聞を前に、これで部数は倍増、いや三倍かも知れないと取らぬ狸の皮算用をした。
魔理沙編とノーレッジ編は二話に分けるか一話に纏めるか悩み中。
フランは紅魔郷まで放置。
椛は警備担当、文は広報担当。部署が違うが椛は年長者である文には強く出れない。
白雪が通信符を渡してあるのは霊夢、紫、藍、幽々子、徊子、師匠、永琳、文。
マレフィは結界内に引きこもっているので通信が遮断されている。宿儺は地底と簡単に連絡がとれるのもまずいだろうということで泣く泣く諦めた。