巫女さん(楽天家)も高齢になり、どこからか次代の巫女を連れてきた。捨て子らしく、名前以外何も覚えていなかった。
その名は博麗霊夢である。
霊夢はある意味歴代最も変わった巫女だった。
まず能力が二つある。主に空を飛ぶ程度の能力と霊気を操る程度の能力。
二つの能力により能力所持の基礎力上昇効果も二倍になり、修行前の五、六歳で既に実戦レベルの霊力があった。霊気を操る程度の能力があるから霊力操作の練習も全く必要無い。
更に主に空を飛ぶ程度の能力というのが名前に反してチート臭く、ちょっと信じられないくらいの空中機動を可能にする。最高速度から減速無しで螺旋状に回転しながら直角に曲がる巫女なんて始めて見た。私でも弾幕を当てるのに苦労する。スペルカードルールが制定されれば無類の強さを発揮するだろう。制定前でも十分強いが。
また主に空を飛ぶ程度の能力、というのはあらゆる重さから開放される能力でもある。
重力も重圧も如何なる脅しも効果を成さない。試しに目の前で私の力を全力開放(半減しているが)しても涼しい顔をしていた。
そして無重力の能力故か全てを平等に見る。妖怪も人間も神も霊夢の前では等価値だ。私でさえもそれは変わらず、初めて博麗の巫女に呼び捨てにされた。親しみからの呼び捨てではなく全てを平等に見る価値観から来る呼び捨てだ。
もっともどこまで行っても博麗の巫女であり、一応私にそれなりの敬意は払う。
それでも一線を引いて関わり過ぎないようにしているのが良く分かった。
だから私も彼女を名前で呼べる。互いに親交を深める意志が全く無いのだから気負う必要は無い。仮に私が死んでも霊夢は大して悲しまないだろうし、霊夢が死んでも私は大して悲しまないだろう。
楽天家巫女さんには霊夢と私がどこか似ていると言われた。
六歳(捨て子なので推定)にして完成された精神、卓越した技術と才能。私の頭に何度も主人公補正の言葉が過ぎる。私もチートだが霊夢も大概だ。
霊夢は修行が嫌いなようだったしその必要も無かったので、霊夢は陰陽技術を習うだけで異例の二年間で修行を終えた。
末恐ろしい、と言いたい所だが霊夢は努力を嫌うのでこれ以上の進歩は無い。努力の必要が無い天賦の才である。
霊夢の修行が終わり半年後、吸血鬼異変が起こった。霊夢が異様な早さで一人前になったので楽天家巫女さんがまだ存命だ。
妖力の具現である通常の妖怪と違い吸血鬼はカリスマの具現。生まれながらにして統率の才能がある分、鬼より優れた妖怪であると言える。
吸血鬼異変の前に湖の傍に紅一色の館が現れたので下調べをしたのだが、館にいたのは美鈴、パチュリー、小悪魔、咲夜、スカーレット姉妹だった。よって対象を紅魔館と断定。彼女達以外は誰も住んでおらず、紅魔館移転の数ヶ月後に今回の騒ぎが起きたので異変の首謀者はレミリアだろう。
「現在霧の湖の妖怪と妖精を中心に幻想郷の約三割の妖怪が吸血鬼の支配に入っています。人間を自由に襲えなくなり気力が減衰した中級妖怪もそれなりの数が含まれていますね。天狗と河童、主だった日本の大妖怪は含まれませんが西洋系の大妖怪のほとんどが傘下に入っています。噂によれば、今回の異変には昔白雪様に敗北した西洋妖怪達が吸血鬼を旗頭に復讐を目論んでいる、という側面もあるようです。昔に比べて白雪様は力を制限されていますし、今は吸血鬼がいますから、そこに勝機を見ているらしいです」
老いて落ち着きが見えたが未だ衰えを見せない楽天家巫女さんが報告書を読み上げた。
博麗神社の居間で作戦会議だ。霊夢はお茶を飲んでいるし私は胡麻煎餅をかじっている。真面目なのは巫女さんだけだった。
「二人とも聞いてます?」
「聞いてるわよ。どうせ私は留守番でしょ?」
「そうだねぇ。報告を聞く限り今回は頭を叩けば収まりそうだから、私一人で行けるかな」
「幻想郷の全妖怪の三割ですよ。露払いに私達も行った方が」
「いや、全員と戦う訳じゃないから。知り合いに頼んで首謀者の近くに送って貰うよ」
私は立ち上がり、帯を締めて髪を縛り直した。若干不安+不服そうな巫女さんと泰然とした霊夢を見比べる。六十歳越えより年齢一桁の方が落ち着いてるってどうなの?
「行ってくる」
私は二人に背を向け、障子を開けて紅い満月が輝く夜空へ飛び立った。
待ってろレミリア、カリスマブレイクしてやんよ。
妖忌は香霖堂で無銘の刀を手に入れた数日後に楼観剣と白楼剣を妖夢に譲り行方不明になっている。少し寂しくなった白玉楼に居た紫を捕まえてレミリアの元に送って貰った。スキマに入る直前に紫が吸血鬼の冥福を祈っていたが殺さないからね。
スキマから落ち、カーペットに着地すると即座に喉に銀のナイフを突き付けられた。
床から天井、カーテンにベッドに紅茶のカップまで紅い部屋だ。肘掛け椅子に優雅に座った羽の生えた幼女が一言言う。
「ノックも無しに入室とは礼儀知らずね。咲夜、殺しなさい」
「かしこまりました」
「かしこまらないでよ」
喉に食い込みかけた咲夜のナイフを人差し指と中指で摘みへし折った。驚いた気配がして、直後に周囲の時が止まる。
「だから?」
止まった空間の中で平然と動く私に咲夜の顔が引きつった。実際は結構しんどいのだがおくびにも出さない。
「何者ですか? ……いえ、何者であってもお嬢様の命である以上、排除します」
銀のナイフを数本指に挟んで構えた決死の表情の咲夜。近頃のメイドは戦闘もこなすんだねぇ。
私はため息を吐き、一瞬で咲夜の背後に回って締め落とした。咲夜は抵抗したがナイフを取り落として気絶し、床に倒れる。時間凍結が解除されるとレミリアが拍手していた。
「大した力ね、消すのは惜しい。今の内に私の部下になっておきなさい。悪いようにはしないわ、多分」
「命令?」
「命令よ。私はこの幻想郷を統べる夜の王。逆らう者は神であろうと容赦しないわ、博麗白雪」
紅茶のカップを傾け、余裕の表情のレミリア。咲夜はあと一時間は目覚めないだろう、まだ床に転がっている。
なんなんだろうね、その無駄な自信は。いくら最強の種族でかつ最も力を発揮できる満月の夜と言ってもここは常識が通用しない幻想郷なんだぜ? 私の名前を知ってて動じない妖怪は久し振りだけど、私の十分の一も生きて無いのに自分の力を過信し過ぎだ。
「命令は拒否する。私に勝ったら配下に着いてあげるよ、レミリア・スカーレット」
「……そう。良い度胸ね」
「その言葉、そのまま返すよ。いや本当に」
調子に乗った悪い子は月にかわっておしおきしてあげよう。
私達は窓から外に飛んで出ると、空中で向かい合った。
「私に従わない妖怪なんていらないわ――――死ぬがよい!」
「舐めるな小娘――――灰となれ!」
レミリアが視界を埋め尽くす紅の弾幕をばらまいた。言うだけあって一発に込められた力が多く速度がある。私は戦闘系の力を全強化して全て紙一重で避けた。
お返しに同量の白色弾幕を連射するとレミリアは数個被弾した。しかし傷跡が目に見える早さで回復していく。
なるほど、不死身の種族バンパイア。弱点を突かなければ殺せない訳か。
……都合が良い。
私は一切の手加減を止めた。
「はははははは!」
笑いながら拳で弾幕を消滅させ、蹴りで自分の妖力を上乗せして撃ち返し、破壊力と貫通力を上げたレーザー弾幕を複数操る。弾幕の隙間から見えたレミリアは牙をむき出して威嚇していた。まだ戦意を失っていない。
私は壁と言うか最早雪崩と呼べる高密度弾幕を叩き込み、それに反応した隙にレミリアの頭上に移動した。
肩に踵落としを食らわせると骨が砕ける感触がしてレミリアは隕石の様に地面に衝突してクレーターを作った。
「お嬢様!?」
騒ぎを聞き付け門から慌てて美鈴が駆けてくる。
「美鈴、下がっていなさい!」
強い口調で地の底から出てきたレミリアが怒鳴った。美鈴はねじ曲がった主人の左腕を見て息を飲む。
レミリアは右腕で左腕を掴んで真直ぐに直すと、顔をしかめて私を睨んだ。
「とんでもない妖怪ね」
「そう思うなら能力を使えば?弾幕と体術だけだと私に勝つのは無理があるよ」
「…………」
沈黙するレミリア。恐らくまともに使えていないだろう。レミリアの干渉力と影響力はかなり下げてある。運命操る程度の能力が私に及ぼすのは僅かに得体の知れない精神的圧迫だけ。無視できるレベルだ。
「まだやるの?」
「当然よ」
レミリアは落着き払って言った。これだけ一方的にぼこってもまだ威風堂々とした態度を崩さない。例え虚勢だとしてもなかなかできるものでは無いだろう。少しだけ敬意が沸いた。これがカリスマか。
しかしそろそろ引導を渡す時間である。
地上に降り、地面を抉って走りレミリアに急接近する。大きく後ろに引いた拳を見てレミリアはかわそうとしたが、避けきれなかった右肘から先が吹き飛ぶ。視界の隅で美鈴が目を覆っているのが見えた。
歯を食いしばって痛みを堪えるレミリアの下腹部に掌底を打ち込んで浮き上がらせ、空中コンボで全方向から殴る殴る殴る殴る殴る殴る――――
「レミリアがッ! 泣くまでッ! 殴るのを止めないッ!」
レミリアの回復よりも私の鉄拳によるダメージ蓄積の方が早い。
始めはなんとか反撃しようとしていたレミリアだが段々回避に専念するようになり、それも叶わないと悟ると涙目になってきた。
とどめに両手を組んでレミリアの後頭部をしたたかに打ち地面に叩き付けると堰を切ったように泣き出した。
「ぅわぁあああぁん! さくやぁ! パチェ! めーりん! もうやだぁああ!」
泣きじゃくるレミリアに遠巻きにハラハラしていた美鈴が駆け寄ってあやし始める。
ぼろ布になった服も帽子も体も魔力が尽きたのかなかなか直らない。やり過ぎ……てないよねぇ。こうでもしないと今回の異変は収まらなかっただろうし。
幼女が泣いていると悪い事をした気分になってくる。居心地が悪かったが大泣きするレミリアが泣きやむのを待って声をかけた。
「これに懲りたら無差別に妖怪を力で従えるのはやめる事。幻想郷には幻想郷のルールがある。詳しくは追って連絡するよ。分かった?」
レミリアはめーりんの服を掴んでえぐえぐいっていたがこくりと頷いた。レミリアの頭を撫でていた美鈴が恐る恐る尋ねる。
「あのー、罰の方は……」
「ああ、もう十分受けたと思うからこれ以上は無いよ。パワーバランスを保つ為にちょっとした条約を呑んでもらうぐらいだと思う」
美鈴はほっとした顔をした。レミリアの部屋の窓から咲夜が顔を青褪めさせて飛んで来るのが見えたので、私は踵を返して神社へ向かって飛び立った。泣く子を慰めるのもメイドの役目だ。
その五日後、吸血鬼条約締結。吸血鬼は食料となる人間を優先的に供給される代わりに様々な禁止事項が設けられた。レミリアは特に文句も言わず事態は収束。
これにて吸血鬼異変終了。
吸血鬼異変は1998年
紅魔郷開始時に霊夢13歳
吸血鬼異変時もパチュリーと小悪魔は図書館に引き籠もっていた