外の世界で文明開化が起こり、人間が妖怪を畏れなくなった。安定した清潔な生活。夜道を照らす明るいガス灯。怪異を否定する思考。不思議に頼らない科学技術。
全てが妖怪に不利に働く。
幻想郷にはまだ文明開化の波が届いていないが放置すれば時間の問題である。人里の人間まで科学に染まれば幻想郷のバランスは崩れるだろう。
自分達と戦うのではなく否定し始めた人間に妖怪達は憤り、攻勢をかけようとした。
一度は忘れられた幻想、しかして消えた訳ではない。闇夜の恐怖を思い出させてやる。
そう意気込んで息巻く妖怪達に私は待ったをかけた。
「人間との全面戦争なんて止めた方が良い」
「何ぃ!?」
「怖じ気付いたか!」
「あんたも妖怪だろう!」
「畏れと共に陰陽術すら捨てた人間なんざ一捻りよ!」
「今はそうかも知れないね。でも人間は妖怪の理解を越える速度で進歩する。昔人間と妖怪が互いに滅ぼし合った事があったんだけど、その時は相討ちで両方滅び去った」
「?」
「滅んでないじゃないか」
「現に今ここにこうしている」
「昔々、陸地が今よりずっと小さくて神が居なかった頃の話だよ」
「…………」
「…………」
「温故知新って言葉がある。あの時はもっと早く妖怪と人間の線引きをしておけば良かったんだ。過ちは繰り返さない。幻想郷は外界から切り離すべきなんだよ」
過激派の説得には他の穏健派の妖怪より人妖大戦を知っている私の方が向いている。経験者は語るってヤツだ。
しかし血気盛んな連中が人間勢力への侵攻を諦めようとしなかったので、東方史に倣い紫と協力して博麗大結界を張った。
博麗大結界は「常識の結界」であり、外の世界の常識は幻想郷の非常識に、外の世界の非常識は幻想郷の常識と置く論理結界だ。物理的なものではないため科学兵器で壊す事はできず、人間が人間の常識を信じている限り如何なる高性能レーダーでも結界とその内部を認識できなくなるのである。
この結界は幻と実体の結界よりも多目に私の力を消費して維持される。これで力はほとんど半減……まあ使わずに腐らせとくより良いけどさ……
結界が二つになり管理が大変になったので紫と私の力を組み込んだ結界維持式を博麗神社の地下に配置し、一括制御するようにした。
幻想郷を形成する二つの結界が私一人で維持される状況になっているが、仮に私が死んでも結界に問題は無い。死ぬ前に魂を削って結界を保つ力を残せばいいのだ。あやめが竹林でそうしたように私も幻想郷にそうする。もっとも死ななければそんな事はせずに済むのだが。
結界維持式はどこぞの天人に壊されないよう厳重に防御を施しておく。ついでに神社の耐久力も強化。百人どころか千人乗っても大丈夫だ。
大元の力供給・制御式管理は博麗組が行い、綻びの修復と見回りは八雲組が行う事を確認して結界製作終了。ああ疲れた。
で。
「やっぱりこうなる訳だ」
私と巫女さん(今代は盲目の令嬢)は中空から眼下の戦いを眺めた。
博麗大結界によって幻想郷から外の世界に出るのも困難になり、人間を思うように襲えなくなった妖怪達が暴動を起こした。
大結界騒動である。
「白雪様、いかがしますか」
「あー、どうしようかねぇ。単に叩いただけで収まるかなこれ」
妖怪の山の裾で鳩派と鷹派が大規模な抗争をしている。どちらも皆妖怪だ。
私の言葉を信じ、または経験則で人間の脅威を知り隔離をよしとする鳩派。私の言葉を信じず、または信じてもなお忘れられる事が我慢ならず暴れる鷹派。双方妖怪の未来を憂いているからこその闘争だった。
「喧嘩両成敗でも根本的解決にならないし……今回は結界の有効性が広まるまで傍観の姿勢でいこうか。天狗に広報を頼んであるからその内収まるよ」
「結界は」
「そのまま変更無し。見たとこ人里をどうこうする気は無いみたいだし放っておこう」
「はい」
暴れると被害が拡大しそうな大妖怪は真っ先に説き伏せてある。小、中妖怪の騒動なら幻想郷に大きな影響は出ないだろう。
私達は何もせず神社に引き返した。
それから一年ほどの間は神社に代わる代わる妖怪が来ては結界を消してくれだの鷹派を宥めてくれだの言って来たが、全て巫女さんが丁寧に「今回の騒動に博麗神社は手を出さない、結界は解除しない」と説明してお帰り頂いた。
力ずくで結界を壊そうと博麗神社を襲ってこなかったのは妖怪達も学習したからだろう。うむ。
予想通り一年弱で騒動は収束した。もっとも大騒ぎしていたのは妖怪だけである。人間は既に人里内で完結した生活を営んでいたので今更結界で外界と切り離されも痛くも痒くも無い。むしろ妖怪が仲間内で争うのを喜んでいた。勝手に同士討ちしてくれれば妖怪退治の手間が省ける。
紫はこれを期に反抗的な妖怪をどさくさ紛れてそれとなく始末。幽々子と映姫は妖怪の霊が増えて過労気味に。陰陽師は仕事が減って小休止。
身近な騒動の影響はそんなものだった。ちなみに地底の連中は地上の結界など知った事かとばかりにスルー。そりゃそうだ。
食人妖怪のために食料調達係が定期的に外界へ赴き人間をさらってくる事もこの時決まった。妖怪の食料供給内訳は調達係八割、外来人二割(含・紫の神隠し)。計算上妖怪が飢える心配は無い。
……計算上は。
人間を`与えられて´生きるのは飼い殺しに近い。能動的に襲いに行ってこその妖怪である。野生の動物を狭い籠に入れると弱るように、人間を勝手に襲えなくなった妖怪はいずれ弱体化していく。それを解消するためのスペルカードルールなのだが今提案しても受け入れられないだろう。
スペルカードルールでは人も妖怪も神も対等な条件で殺し合いにならないよう戦う。まだ大結界による弱体化という歪みが現れていない妖怪に、人間とルール付・弾幕のみ・不殺で戦う事を許可すると言っても絶対に「ハァ?」で終わる。
なんで自分達の方が強いのにわざわざ人間の身を案じて手加減してやらなきゃならんのか。人間襲うのに一々カード枚数決めて景品決めてなんてやってられるか!……という具合である。
実際やってみれば面白いと思うんだけどねぇ。何事もちょっと縛りがあるぐらいの方が楽しめる。まあスペルカードルールについては百年後に妖怪が弱ってきてから提案しよう。
こうして遠からず芽吹く不安の種を残しつつ大結界騒動は終幕した。
白雪弱体化。抵抗力、出力半減。
白雪の現在の総MP:(年齢分妖力)+(装備品を含めた魔力)+(回復した信仰による神力)=119+90+31=240
博麗大結界使用分54
実質MPは陰陽玉供給分と幻と実体の結界使用分も引いて240-20-46-54=120
白雪のMPが妙にキリの良い数字になっているのは計算しやすいから。フリーザ様の戦闘力が53万、みたいなもんです。あれも実際は530142とかそういう数字なはず……ピッタリなんて不自然だと思う。
【原作開始時の妖力参考】
※神力の場合は妖力換算
紫・40
宿儺・25
諏訪子・20(最盛期70)
チルノ・0、8
道中妖精・0、05
※装備品魔力の上昇基準は「経験の量」による。倉に百年しまわれているより五十年人の手から手へ渡ったり折られそうになったり祭られたりした方が上昇率は高い。
白雪は魔力を上げる修行をほとんどしていないので、装備品を抜いた本人の魔力はそれほど高くない。