昨日師匠と妖忌が幻想入りした。ただし忘れ去られた訳では無く、自力で幻想郷を囲む妖怪の群を突破してきた。
「娘に会うまで死ねん!」「斬れぬものなどほとんど無い!」などと格好いい事言いながら隠匿術と気配消しと小細工を駆使して妖怪達を最小限の戦闘ですり抜けたらしい。自分の実力が分かっている人達だ。正面から突破しようとすれば普通にミンチになる。
私は幻想郷の端に辿り着いて力尽きぶっ倒れている二人を発見保護、神社に運び込んだ。軽く治療した後喝を入れて覚醒させる。
巫女さん(今代はヤンデレ)に体力のつく料理を作ってもらう間に事情聴取した。
「二人共どうしてわざわざここに?」
「近頃妖怪が減ってきていてだな、野良陰陽師には仕事が回って来なくなったんだよ」
「すると廃業ですか」
「いいや続ける。幻想郷ならばまだ需要があるだろう」
「それはまあ……慧音の手伝いはしないんですか?」
慧音は幻想郷に来た当初製本の仕事をしつつ歴史書を執筆していたが、十年ぐらい前からは寺子屋を開いている。師匠は首を横に振った。
「俺に教師は向かん。たまには手伝うつもりだが」
「そうですか。人里の陰陽師に話を通しておきます。それで妖忌は?」
楼観剣の手入れをしていた妖忌がじろりと私を見た。顔をしかめ、すぐに剣に視線をもどす。
「……なにこの反応」
「妖忌は白雪を好かんらしい」
師匠が肩を竦めた。あー、蹴り飛ばしたりスキマ送りにしたり仲間外れにしたりしたからねぇ。良い思い出は無いだろう。マゾっ気が無い限り。
「西行寺本家の血筋が途絶えて門番を辞めたんだと。外界では百年ほど前から半人半霊も妖怪に近い扱いになったからな、職にあぶれて浪人をやっているところで会った。そこで意気投合して共に幻想郷に来た訳だ」
妖忌は仏頂面で今度は白楼剣の手入れをしている。定年退職してそうな年だけど妖怪にも半人半霊にも年金なんて無いからね。この時代人間にも無いけど。
「職の当てはあるんですか」
「白玉楼の亡霊少女と知り合いらしい。そこの庭師になるつもりだとさ」
史実通りか。
丁度巫女さんが食事を持ってきたので話を中断する。巫女さんは口を固く引き結んでダン!と音を立てて皿を師匠と妖忌の前に置き、一転恭しく丁寧に私の前に椀を置く。
この巫女さん、ちょっと危険なぐらい異様に異常に私に懐いている。私と親しげに話す師匠と無礼な態度を取る妖忌が許せないのだろう。視線で人が殺せるなら二人は五、六回死んでいる。バロール並だ。
先程から巫女さんの殺気に反応して妖忌の腕が痙攣するように刀に伸びては戻りを繰り返していた。危ない。
「巫女さん巫女さん」
「はいっ!」
呼んだだけで喜色満面。ぶんぶん振れる尻尾が見えた気がする。
「まず殺気引っ込めて。二人の焦げた魚と自分の魚を交換して。味噌汁に下剤入れたでしょ?浄化して。それとさっき懐に隠した呪符をしまってきなさい」
巫女さんはがっかり顔でしおらしく頷き、ぶつぶつ呪詛を吐きながら二人の食器を下げた。比喩表現では無く本当に呪詛を吐いていたので師匠は陰陽符で軽い結界を張る。妖忌は危険な目付きで鞘を撫でた。料理を持って下がった巫女さんを見送り、師匠が訝しげに言った。
「あれは本当に巫女か? あれほど禍々しい霊力は初めて見たぞ」
「普段は大人しいんですよ。ただ私の事になると見境が無くなると言うか」
「……斬るか」
「やめて」
ヤンデレ怖い。二人には明日にでも出て行ってもらわなければ血の雨が降りそうだ。
で、一夜明けて翌日。朝食をとって早々私達は神社を出た。緊急時以外は私と巫女さんどちらか一方が必ず神社に残る規則になっているので巫女さんは留守番。
歯ぎしりしていたが今日の夜は一緒に寝てあげると言うと途端ににやけ顔になり、鼻を押さえて息を荒げた。
自分の体を抱き締めて悶える巫女さんを見ていた師匠の憐れむような視線が痛かった。妖忌には鼻で笑われた。私は背筋が凍った。迂闊な発言のせいで今夜は地獄だ。
小一時間飛んで白玉楼に妖忌を送り届け、その場で幽々子と雇用契約。幽々子は閻魔から給料を貰っているのでその一部が妖忌に渡される事になった。
他に特筆する事は無い。妖忌の再就職は淡々と終わったし感動の再会も無かった。あら久し振り、で終了。
お茶の誘いを断って師匠と二人で人里に取って返す。
「慧音は元気にしているか」
「それ聞くの八回目ですよ。どうせもうすぐ合うんだから直接聞けばいいでしょう」
「変な虫は付いていないだろうな」
「それは十五回目。私の知る限り浮いた話はありません」
「慧音は」「うるさい黙れ」
「…………」
あまりにもしつこいのでつい本音が出た。
そんなに心配ならもっと早く幻想入りすれば良かったのに。それか通信符を持たせてこまめに様子を聞くとかさ。
それをやらなかった理由聞いてみると「娘には泰然とした後ろ姿を見せてやりたい」とぬかした。
残念ながら既に師匠のだらけた日常生活とか失敗談とか情けない逸話を山ほど慧音に暴露してある。見栄を張るのも今更だと言ったら師匠は絶望した!とばかりに意気消沈した。
「まあ良い所も言ってありますから。貧しい人間の依頼は無料で請けるとか、恩義は忘れないとか」
金持ちからはふんだくり怨みを忘れないとも言ってあるが。
機嫌を良くした師匠と共に人里の入口に降り立ち、門を潜って寺子屋へ向かう。
「家の造りが古いな。着物も二昔は前に流行したものだ」
「幻想郷は隔絶されてますからね。どうしても発展は一歩遅れます」
「税はどうなっている?武士支配か?貴族支配か?」
「どちらでも無いですよ。民主主義……有力者の寄合いと成人による投票で方針を決定します。税は年収の二割ですね。異様に低いですが里の維持費や災害対策を霊的な――」
説明しながら歩いている内に寺子屋に着いた。
「ここです。今は昼休みだと思いますが」
寺子屋の中から子供の笑い声が聞こえてくる。師匠は躊躇無く中に入って行った。
私も行きたいが、行けば確実に子供達に絡まれるので行けない。恐ろしい事に寺子屋に通う子供達の半数以上が私より背が高いのである。私が博麗神社の祭神だと知っているはずなのに子供らしい無邪気さを発揮してちょっかいをかけてくる。あれは苦手だ。
私はしばらくその場に佇んでいたが、中から慧音の説教と師匠の情けない声が聞こえてきたのでニヤニヤしながら退散した。これを機にたっぷり叱られて生活態度を改めると良い。
豆腐屋で油揚げをまとめ買いしていた藍の尻尾をもふり倒したり退魔符用の上質な紙を注文したり団子を食べたり里の柵の修理を手伝ったりしている内に日が暮れる。
ああ帰りたくない。巫女さんに恍惚とした表情で腹かっさばかれたらどうしよう。殺せば永遠に私だけのモノ的な……そこまで病んでないと思うけど……
帰宅時間を伸ばそうと用も無く竹林に向かった。夜中まで永遠亭に居よう。
三日月を眺めながら竹林の上空を飛んでいると永遠亭付近の空に火柱が上がった。
なんだなんだメラゾーマか! それともメラか!?
なんとなく想像はつくが地上に降りてこそこそ近寄ってみると案の定焼き鳥屋さんと蓬莱姫だった。いつの間に幻想入りしていたんだ。
全身に炎を纏って特攻をかける妹紅。輝夜は身をかわして反転、レーザー弾幕で動きを制限し小弾を叩き込む。しかし一際強く炎が燃え上がり、小弾ごと驚愕する輝夜を飲み込んだ。炎がおさまった後に輝夜の姿は無くパラパラと灰だけが落ち、それも風に吹かれて消えた。
妹紅は放送禁止用語で口汚なく輝夜を罵り満足気に帰っていった。
「うわぁ……あいつら毎日こんな事やってんの……」
「先月から月に二、三回はやっているわね」
「ぎゃ!」
独り言に背後から返事が返ったので飛び上がる。永琳が着替え一式と薬瓶を持ってため息を吐いていた。
「永琳は気配を消すのが上手くて困る」
「あらありがとう」
「褒めてない。それで何やってんの?」
「姫様のお世話」
永琳は輝夜が焼き殺された中空をじっと見る。目を凝らすと満月のような真円の魂から輝夜が再生する所だった。心臓が現れ、血管が伸びて骨が付き、染み出た液体が内臓になって筋肉が盛り上がり……グロテスクだ。
目を離して辺りを見回すと竹林は一切焼けていなかった。永琳が術で守ったのだろう。確かに火事になったら厄介だ。
永琳は再生を終えてぽとりと落ちてきた裸の輝夜を抱き留めると土がつかない様に着替えさせ、薬瓶の中身を口に流し込んだ。咳き込んで目を覚ます輝夜。
輝夜は永琳の顔を見るなりあの×××!と叫んだ。
「今度会ったら×××して×××を×××してやるんだから!」
「その意気です姫様」
「永琳、教育間違ったんじゃない? こんな品の無い言葉久し振りに聞いたよ」
「あら白雪じゃない。ちょうどいいわ、模擬戦に付き合いなさい」
元気良く空に飛び上がって手招きする輝夜。楽しそうだ。私は頬を掻き、髪と帯を縛り直した。
「はあ。まあ時間潰したかったしいいけど。輝夜の服が何着無駄になるやら……というか妖の服ってどうなってんだろうね永琳? 身体と一緒に再生したりしなかったりするけど」
「妖怪や神は長年同じ服を着ていると服が身体の一部になるわ。痛覚は通らないけれど体と一緒に直るようになるのよ」
へえ? 服飾の研究はした事無いから知らなかった。すると私の服も体の一部になってるのかねぇ。
「輝夜は?」
「姫様は人間だもの」
「あれって人間かなぁ……」
首を傾げつつ私も空に舞い、さっき見た妹紅の妖術を真似て炎を出した。輝夜がぴくりと眉を上げる。
「気が利くじゃない」
「模擬戦だからね」
機嫌良く七色弾幕をばらまく輝夜を何度もウェルダンにする。
「かえんほうしゃ!」
「だいもんじ!」
「ベギラゴン!」
「メラゾーマ!」
「火遁・豪火球の術!」
ネタ技で遊んでいたらふざけているのがばれて真面目にやれと怒られた。ネタすら破れない輝夜が悪いと思うんだけどな……
夜中に神社に帰ると顔をしかめた巫女さんに他の女の匂いがするとか言って揉みくちゃにされた。くんずほぐれつそのまま夜まで……
朝起きたら布団が巫女さんの鼻血で紅く染まっていた。命の危機とは別の種類の恐怖を感じた。
名無しの巫女さん達は秘書タイプやヤンデレの他には僕っ娘、純粋無垢、戦闘狂、小動物など種類豊富だが出番はほとんど無し。
何故か博麗の巫女にはイロモノが多いというあまり意味の無い独自裏二次設定