妖怪拡張計画により幻想郷に妖怪が増えた。妖怪が増えれば妖怪退治の依頼も増える。必然、(博麗の巫女がいるとはいえ)陰陽師は寝る間も削ってかけずり回る事になった。
仕事の負担を減らすために陰陽師は否応無く技を磨く。必要は発明の母と言う。それは慨して人間にとってプラスに働くが、今回は裏目に出た。
増える妖怪に技術が追い付かない陰陽師が騙し討ちを使うようになったのである。
彼等にしてみれば激務を消化するために行った仕方の無い事。事実、今までどこか騎士道めいていた妖怪との勝負において嘘と騙し討ちは絶大な効果をあげた。
私は彼等の行いを非難しない。気に入らないが仕方なくもある。必要ならば私でもそうする。
孫子は「十倍の兵力があれば策は要らない」との言葉を残している。私は大妖怪とでさえ十倍以上力の差が開いているので全て力押しで何とかなってしまう。贅沢にも戦いで手段を選ぶ事ができるのだ。
数年も経つと妖怪は学習してあまり騙されなくなったが、思考が単純な者、または真向勝負を好む者……つまり鬼は手を変え品を変えの罠に引っ掛かり続けた。
宿儺や山の四天王は罠を打ち破れるが下の下~中の下程度の鬼は封印され、最悪殺されてしまった。
妖怪の山を支配する鬼達は人間の視点だと悪の親玉である。鬼が居なくなれば幻想郷はいくらか平和になると本気で思っていた。
もう一度言うが私は陰陽師の騙し討ちを否定も肯定もしない。妖怪は人に害をなし、人間は妖怪を退治する。その流れは手段がどうであれ自然の摂理である。
……だから、卑怯な人間に見切りをつけた鬼が幻想郷を去るのも仕方がない。
スキマの中の怪空間で私は紫と将棋を指す。
「紫、こうなるって分かってたでしょ」
「確かにあと十二手で詰むと分かっているわ」
「いや将棋じゃなくてさ。妖怪拡張計画の話」
「王手」
「ぎゃ!歩を盾に……あ、二歩になるのか。でも飛車をタダで渡すのは……ああ話逸れた。紫は妖怪拡張計画が招く事態を把握してたとしか思えない。陰陽師が封印した妖怪は不吉な能力持ってる奴とか妖怪の間でも嫌われてる奴ばかり。思い出せば幻と実体の結界を張った時に丁度地底が地獄から切り離されたし、陰陽師は誰とも無く封印した妖怪を地底に放り込んだ。裏で」
「王手」
「うえ!やばい持ち駒歩しか無い。王を逃がすか……裏で手を回してたでしょ」
「角成り」
「……うわぁ、凄く嫌な陣形……映姫とか宿儺と色々相談してたみたいだけど」
「地底の管理の交渉ね。地上で忌み嫌われ封印された妖怪は開放される代わりに地下に暮らす。その妖怪達と怨霊は人間を見限って地底に移住した鬼が地上に出ないよう押しとどめる。鬼のメリットは旧都の居住権と優遇措置ね。ある程度地下の妖怪の数が増えたら地上への道を閉鎖。以降妖怪の出入りを禁じる。これで幻想郷は安定するわ」
「全て紫の手の平の中、か」
「そうね、この将棋も含めて。王手」
「……ああ、本当に十二手で詰んだ」
「白雪異様に弱いわね。私は飛車角金銀桂馬落ちなのに」
「言わないで。傷付く」
紫はにやにや笑って将棋盤を片付ける。畜生、いつか目に物を見せ……られないだろうな……
「次は囲碁でもどうかしら」
「いじめ反対。ちょっと噂の旧都に行って来るよ。開いて」
「あまり掻き回さないでちょうだい」
「分かってるよ」
私は開いたスキマから旧都の入口に吐き出された。近くにいたゾンビっぽい妖怪が少し驚いた顔をする。
「はろー。ここは相変わらず一年中夜の町だね。鬼神がどこにいるか知らない?」
「え、と……酒屋にいるんじゃないかな」
「そう。どもー」
手を振って別れ、町の中心部に向かう。
ほとんどの家は古式ゆかしい木造平屋で、ちらほら長屋もあった。広い道の端には屋台が出ていて人通りもなかなか多く賑やかだ。浮遊する人魂や鬼火や怨霊の明かりで昼間の様に、とまではいかないものの夕方程度の明るさはある。
「そこの妖怪さん、ちょっと食べていきなよ!」
屋台の店主に呼び止められて焼き串を渡された。ニコニコ笑う中年妖怪は禍々しい妖力を纏っている。
「これ何の肉?」
「新鮮な人間の肉だよ」
「……やめとく」
「ありゃ、腐ってた方が好みかい」
真面目な顔で聞いてくる店主。嫌な気配の妖力を纏っている妖怪だが心底親切心で言っているらしい。地底の妖怪……(ある意味)恐ろしい!
そそくさその場を離れ、道行く妖怪に酒場の場所を聞く。鬼火を従えた妖怪は快く答えてくれた。
「どの酒場?いっぱいあるから分かんない」
「鬼神がいそうな酒場」
「ああ、鬼神探してるの?多分中心街だね。赤い旗が立ってる店」
「中心街って言うとこの道を真直ぐ行けばいいの?」
「そうそう。一本道だから迷わないと思うよ。ところで」
「?」
「ちょっと呪われてみない?」
即座に逃げ出した。
地底の住民は皆親切だがネジが外れている。いや、そういう性質の妖怪が集まっているのか。
気疲れしながら赤い旗が目印の酒場に入ると、宿儺が勇儀と酒を酌み交わしていた。通りの喧騒から離れた静かな酒場だ。
「おや白雪じゃないか。地底くんだりまで珍しい」
「む……白雪ともあろう者が地底に落とされた訳でもあるまい。観光か?酒は余るほどある。飲んでいかぬか」
「お言葉に甘えて」
二人のテーブルにつくと、宿儺が酒を注文した。頭のてっぺんから毒々しい紫のキノコを生やしたシュールな妖怪が酒を運んでくる。
店内には鬼二人と私と毒キノコ妖怪しかいなかった。
「静かだねぇ」
「たまにはこういうのもいいさ」
「今日は貸し切りよ。遠慮せずとも良い」
宿儺の酌で酒を飲んだ。馬鹿みたいに度数が高いが美味しくて困る。二日酔い覚悟でお代わり。
「妖怪の山はー、ほっといてい~の?」
「統治は天魔に代行させてある。まあ実質放棄よの……天狗は調子の良い連中だが鬼よりはまとめ役に向いておる。大事なかろ」
「そ~なのかー」
「白雪、呂律が回ってないよ」
「いやいやぁ、まだいけるまだいける」
「勇儀、止めるな。今宵は心地よく眠れるというものよ」
「大将も好きねぇ」
なんか宿儺と勇儀がごちゃごちゃ言っているがよく分からん。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞーっ♪っと。
はっと起きたら酒場の一角で宿儺にまた抱き枕にされていた。二日酔いで頭痛い。昨夜の途中から記憶が無い……
水を飲もうと腕から抜け出そうとしたが、すいよすいよと眠る宿儺は怪力で離してくれない。
「これ寝てるんだよね……人間だったら惨殺現場になりそうな力で抱き締められてるんだけど」
「あぁ寝てるよ」
「勇儀、楽しそうに見て無いで助けて。あと今私の前で酒飲まないで。吐く」
「それは困ったねぇ」
勇儀が手を挙げて合図すると、キノコ頭の妖怪が水を持ってきてくれた。
「んく……ありがと。あと助けて」
「無理です」
そそくさとカウンターの裏に戻ってしまう。
「一刻もすれば起きるよ。それぐらい良いじゃないのさ」
「良くない!胸がアレなんだよ」
当たってる。むしろ押しつけられてる。当ててるんですってか。
「胸?」
一瞬不思議そうな顔をする勇儀の酒杯を叩き割ってやろうかと思った。宿儺と同じくらいあるあんたにゃ分かるまいよ。私にとって現状は拷問だ。
ステータス? 希少価値? 寝言言うな。大は小を兼ねるという言葉を知らんのか。
宿儺の頭をぶん殴って起こしてやろうと思ったが勇儀に止められてやめた。
なんかね、話によれば宿儺にとって私は可愛い妹的ポジションらしい。私の方が年上で強いんだけど。普段の言動もそれっぽくないし。身長差が原因か?
それで……私が泥酔するたびに姫お姉ちゃんと呼ばせているとか。
記憶に無い。何やってんの? ねえ何やってんの? 私が酔っ払う度にそんな事してたの?
まあ私も宿儺だけはなんとなく名字で呼んでるし意識してる事は確かだ。深層心理では姉的認識があるのかも知れないけど……
それにしたってさ、私がダウンしている隙に着せ替え人形とかさ、猫の様に撫で回したりとかさ、どうなのそこは。
つーか勇儀もそんな事言っていいのか? 口止めされてないの? されてない? そうですか。
宿儺のイメージが変わった。もうちょいクールだと思ったんだが……まあ宿儺が望むなら小一時間抱き枕にされるぐらいやぶさかではない。
地底には日の光が届かないから分かりにくいが、昼過ぎにようやく開放された。
勇儀が起き抜けでぼんやりしている宿儺に全て話した事を言うと、彼女は頭を抱えて悶えた。今まで言おう言おうと思って忘れていたらしい。他人の口で私に知られるのは恥ずかしいようだった。
「白雪、私を嫌わないでくれぬか」
「いいよ」
衣の裾を引く涙目の宿儺が色っぽいわ可愛いわでどうにかなりそうだったので反射的に許した。可愛いは正義。宿儺は可愛いと言うより美しいだが。
宿儺は私が怒っていない事を知ると喜んで藍色の絹の紐を寄越した。前々から後ろに流すだけの私の長髪を気にしていたらしい。
有り難く頂戴して後ろで髪を束ねてポニテにすると、宿儺はわなわな震えた後私を抱き締めた。
肋骨がっ……折れるっ! ヘルプ! おいっ! 助けくれって! ……ほんと勇儀は笑ってばっかだな! 助けてと頼んで助けてもらった覚えが一度も無いぞ!
背骨をへし折られる前に何とか脱出したが、やはり陰陽玉と結界による力減少は地味に効いていると実感した。全開であれば宿儺のホールドぐらいすぐ解ける。
うーむ……抵抗力も落ちてるだろうな……さとりに会っても心を読まれる事は無いと思うが、表層の感情ぐらいは読まれるかも分からん。わざわざ地獄の中でも悪名高い灼熱地獄まで行くのも嫌だし、地霊殿に行くのは止めておこう。
名称:宿儺百合姫
種族:鬼
属性:白雪
名称:博麗白雪
装備:紅衣、紅帯、藍髪紐(NEW)
備考:絶賛弱化中