ぴょんたんモコモコしながら熱心に人参の世話をしている妖怪兎達を眺めていたある日、ふらりとてゐがやって来た。我が物顔で妖怪兎達を従えている。
いきなり私はこの竹林の主だ、屋敷の責任者を出せ!とか言って来たので唖然としながら永琳を呼んだ。
「責任者は貴女でしょう」
「永琳はたまに訳が分らなくなるぐらい口が回るから。こういう交渉は任せるよ」
永琳は苦笑しててゐと話し始めた。
てゐの主張は、この竹林は兎のものである。従って兎のリーダーである自分の物である。竹林に居を構えたいなら対価を寄越せ。と、いうものだった。
なんと言うか図々しい。そして微妙に嘘ではない所がむかつく。
この竹林は元々あやめのものだが、人妖大戦の最後で私と兎のものになった。特定の兎のものになった訳ではないので確かにてゐのものであるとも言える。私が許可しているとは言え、月人が竹林に居る方がおかしいのである。
後から来てぬけぬけと所有権を主張するてゐに私が主だと言ってやりたくなったが、考えてみれば追い返すのも悪い。種族が兎なら迷いの竹林はいつでも門戸を開く。てゐも例外ではない。
黙って見守っていると、てゐは永遠亭に住みながら妖怪兎を統括管理して労働力を提供し、永琳が妖怪兎に更なる知恵を与える事でまとまった。ギブアンドテイク。
永琳も薬の原料に使う薬草栽培の目処が立って若干嬉しそうだ。今までは収穫前に葉っぱを喰い荒らされるので育てられなかった。兎と正確に意思疎通できるてゐがいれば人海戦術ならぬ兎海戦術で色々できる事が増える。
交渉が終わって永遠亭の中に案内されたてゐが黒い笑みを浮かべていたが見なかった事にした。永琳が屋敷と私に害が出ないよう上手く手綱をとってくれる……はず……
輝夜? 囲碁で十八石置きの私をコテンパンにするような奴は落とし穴にでもはまればいいと思うよ。
東方正史に於ける`本編´は放置できるものとできないものがある。
永夜抄、萃夢想、花映塚、星蓮船の各異変は放っておけば収束する。
紅魔郷、妖々夢、風神録、地霊殿は捨て置くと面倒な事になる。
ただし全ストーリーを通して魔理沙は登場するし、別に異変を解決する霊夢以外でも良い。咲夜とか早苗とか、異変は巫女が解決する必要は無いのだ。
今も人里の一般陰陽師の手に負えない妖怪退治は巫女に任せられ、逆に妖怪を過剰に追い回す陰陽師に灸を据える役も巫女が負っているが絶対そうしなければならない理由は無い。
異変解決の象徴は博霊神社の巫女。でも極端な話、私が全ての異変をスピード解決しても良い。
まああれだ。何が言いたいかと言うと。
「博霊神社焼け落ちてるよ……」
先程巫女さんが本堂を襲ってきた炎を操る大妖怪と戦い、神社が全焼しました。
おいおい……本編前に神社焼失とか……
私が妖怪の山から火災と戦闘に気が付いて駆け付けた時には既に燃え残りしか無く、満身創痍の巫女さんが血を吐いて倒れており、その傍に大妖怪の死体が転がっていた。
もうぴくりとも動かない見知らぬ妖怪だが、私の神力で守られた神社を焼き尽くすとはやりおるわ。巫女さんも手加減する余裕が無かったのだろう、妖怪は息を引き取っていた。
「巫女さん巫女さん、生きてる?」
「あ……貴女はいつかの……小さな神様」
巫女さんは焼けただれた左足を押さえて蹲っていたが、私を見てうっすら目を開けた。小さい言うな。
見殺しにする訳にはいかないので治療してやり、巫女服も神力で修復する。
あっという間に元気になった巫女さんは私に深々礼を言うと、燻っている焼け跡を見てため息をついた。
「申し訳ありません……信頼の元に留守を任されていたと言うのに社を守れませんでした」
「いやあの、信頼と言うか実は放置……げふんげふん。や、巫女さんが無事で何よりだよ」
「か、神様……なんとお優しい……」
感激して涙ぐむ巫女さんに居心地が悪くなってくる。私が神社にいればこんな事態にはならなかったろうに……
「あの妖怪はどうして神社を襲ったの?」
「私さえ殺せば幻想郷は思いのまま、と言っていました」
……浅はかな。表立って動いて無いけど、巫女より怖い幻想郷の調停者は沢山いるんだぜ? 私とか紫とか私とか映姫とか私とか。
「頂いた退魔紋を使ったアミュレットが無ければ私が死んでいました」
巫女さんが片手を上げると、焼け跡からバレーボール大の陰陽玉が飛び出した。ふよふよ飛んで私達の前までやってくる。
ほほう、なかなか上手く組んである。あれか、ホーミングアミュレットって奴か。弾幕誘導性能がついてるっぽいし。
「しかしこれを使ってようやく互角か」
「面目ありません……」
「あ、責めてる訳じゃないよ。手段はどうあれ大妖怪相手に勝ったんだから誇って良い」
よしよしと背伸びして頭を撫でてやる。誰も彼も私より背が高いので仕方ない。でもやるせない。
「ふにゃむにゃ……むー……あっ、神社の方はどうしましょう?里人総出で再建しても七日ほどかかると思いますが」
「私が建て直せば半日で終わるよ。これだけ完全に炭になってると書物とか家具とかは直せないけど」
目を丸くする巫女さんを尻目に神力を解き放ち、再生を始めた。木材はほとんど駄目になっていたので八割は周囲の木を使う。
私は独りでに再建が進む神社を眺めながら思考の海に沈んだ。
先程東方正史では~、と考えたが、あれはあくまでゲームである。ここは現実であり、ゲームと違って死人も出る。現に巫女さんは死にかけていた。
この世界がゲームの中とは違う`リアル´である事はとっくの昔に嫌という程分かっていたが、今まで盲目的にゲームの設定を信じていた。それを考え直す時が来たのかも知れない。
ゲーム中では`博霊襲うべからず´というルールがあったが今日の事件で否定されたし、永琳が偽名だとも慧音が父に半獣化されたとも知らなかった。
東方正史は参考程度に考えるべきで、なんとかなると楽観視してはいけなかったのだ。
幻想郷は妖怪と陰陽師の間で危うい均衡が保たれている。例えば今日、妖怪退治・異変解決の代名詞である博霊の巫女が倒れていたら、勇んだ妖怪の群が人里に押し寄せていたに違いない。そこに人里で争いを禁ずという規則があっても、肝心の罰を下す者が不在なら意味は無い。
差し当たっての急務は`博霊の巫女´の名を妖怪の間で逆らう気が起きないほど絶対的なものにする事か。ネームバリューはそのまま争いの抑制効果を生む。
ほえ~、と自動建築を感嘆して見ている巫女さんを鍛えるメニューを考えつつ、やっぱり神様の責務をさぼった罰が当たったのかと反省した。これからは真面目に神様稼業をやろう。永遠亭は正式に月人組に譲り渡せば良い。
しらゆき は ダメなかみさま から まともなかみさま に ジョブチェンジした!