私達が障子を開けて部屋に入ると、幽々子が布団から半分身を起こした。
「紫と……知らない人……」
血の気の無い顔で呟いた幽々子はいきなり私に能力を使ってきた。
うえ、これが死に誘う程度の能力か……えげつないな。『死』そのものが`近付こうとしてくる´のが分かる。しかし私をとり殺すには力が足りないようだ。
「初対面の人になにすんの?人じゃないけど」
能力を弾いて幽々子の頭を軽くひっぱたいたが、幽々子は私をちらりと見ただけで頭を押さえてぶつぶつ言い始めた。
「死なない……殺せない……死なせたくない……殺してしまう……嫌……死?……皆……私は……」
暗っ! 何この局地的超低気圧。死後性格が明るくなるとは知ってるけど、生きてるときってこんなじめじめしてるのか。
「噂で聞くより暗いんだけど」
「数年前まではもう少し明るかったわ。能力が変質した頃からこんな感じね。幽々子、私が見えるかしら?」
紫が幽々子の顔を覗き込む。幽々子はぼーと紫を見つめ返し、抱き付いて泣き始めた。それをあやす紫。
何これ……傍目には麗しい友情だけど、幽々子が紫に対して能力発動してるぞ……
「自分の力を気に病んで情緒不安定になっているのよ」
「おっかないなー」
私はそう簡単に死なないので大丈夫だ。泣くだけ泣いて落ち着いた幽々子に自己紹介し、紫がスキマから取り出した盤双六で遊ぶ。
しばらく盤双六に興じ、私が幽々子に八連敗して半泣きになっていると障子が物凄い勢いで開いた。
「ご無事ですかお嬢様!」
「今から九戦目やるからどっか行ってて」
飛び込んできた妖忌におざなりな蹴りを放ったがかわされる。が、かわした先にスキマが開いて飲み込まれた。
「紫、どこに送った?」
「近くの山の中。半日もあれば戻れるわ」
……門番って何だろう。
私達のやりとりを見て微かに幽々子が笑ったが、すぐにどよどよした目に戻ってしまった。亡霊になってからとは似てもつかない。
「まあなんでもいいか。せめて一勝してから帰る!」
再び幽々子に挑む。ようやくコツを掴んできたんだ、今度は負けない!
……しかしほとんど徹夜したにもかかわらず、結果は全敗だった。私はボードゲームの才能無いのかな……
幽々子は日に日にやつれていった。紫が境界を操って無理に健康を保たせているが、げっそりした感じである。
私は妖忌に絡まれるのが嫌なので陰陽術と魔法を駆使してばれないように屋敷に侵入している。一度門から入ったら勘で気付かれたので、以後塀を乗り越えるようにした。
幽々子とは雑談するか盤双六するかだったが、能力の相談も少し受けた。
能力は魂に宿る。普通魂は死後能力ごと浄化され輪廻転生によって新たな肉体を得るが、『生まれ変わり』という言葉があるように浄化されず転生される場合がある。通常、生まれ変わりが起こる確率は極端に低いのだが幽々子は`死´に近い能力を持っているので能力を持ったまま転生をする可能性が高い。
すると魂に刻まれた能力が転生してなお彼女を苦しめる事になる。
以上は永い年月をかけて集めた統計データと私の推測だが、東方正史と照らし合わせてもはずれてはいない。
私と紫はこっそり話し合い、幽々子が死んだらその死体を使って西行妖を封じる事で転生しないようにする手筈を整えた。
平安京で『職業:亡霊』など陰陽師に喧嘩を売っているようなものなので、同時に白玉楼を幻想郷に建設しそこに移り住む算段もつけておく。
ここで人間なら幽々子に「死なないで」とか「自分の力に負けるな」とか言って励ましそうなものだが、私達は死んだ後に備え、また話し相手になるのみ。酷い言い方に聞こえるが死にたければ死んでも良い。
怨霊やら自縛霊やらがごろごろしている世界だ。死≠永遠の別れであり、自害を止める理由は無かった。
幻想郷に白玉楼が完成した年の春。朝屋敷を訪ねると、満開の西行妖の下で幽々子が自害していた。小刀で喉を裂き、既に息は無い。
「……封印は」
予測していた事だと自分に言い聞かせ、西行妖の枝に腰掛けていた紫に確認する。
「貴女が来るまでにとりあえず成仏しないようにしておいたわ」
私は頷き、死体の傍を漂う魂を一瞥してから作業に入る。
まず西行妖の根元に素手で穴を掘った。幽々子の死体の傷を直し、陰陽術・魔術・妖術・神通力で厳重な封印を施す。それを紫が境界を操り力のラインを西行妖と繋げる。
私が西行妖に集まった春度を封印を継続させる力に変換するよう処理し、死体を埋める。次に紫が境界を歪め魂が死体の傍を離れられるようにした。
最後に二人がかりで死体を掘り出したり損傷させたり甦らせたり出来ないように西行妖ごと縛り付けた。
封印完了と共に西行妖の春度が封印の力に回され、花が散った。風が吹き、桜吹雪となる。それは悲しくなるほど綺麗だった。
「…………」
「…………」
封印の唯一の欠点は西行妖に大量の春度が集まった場合に死体に力が溜まり過ぎ、甦ってしまう事。だがそれはこの先千年は心配は不要である。
私達が見守る中、死体から離れ、しかし成仏出来ない魂が人型を作っていく。体が、髪が、顔が、服が、帽子が、ゆっくりと再現されていった。……何故か死ぬ前よりも血色が良い。
生前の姿をとり人間から不生の存在になった幽々子は目を開け、きょとんとして私達を見た。良かった、無事亡霊になっ
「誰?」
……記憶保持処理忘れてたー!
いやでも結果オーライか。過去の暗い思い出を引き摺るよりも良いかも知れない。
記憶も未練も無いのに現世にとどまる奇妙な亡霊姫に改めて自己紹介。幽々子は楽しそうに初めての友達ね、などと言う。自分の名前は覚えていたようで自己紹介を返された。
「あー、幽々子、記憶は……」
「記憶?無いけど別に困らないでしょう」
「……まあ、ね」
気にもしていないらしい。物凄くお気楽思考になってる。紫はさっきから大笑い寸前の顔をしてるし……
なんだろうこのテンション。ほんの数分前の鬱屈した雰囲気が嘘みたいだ。
私はこんなに面白い事は無いとばかりに上機嫌で幽々子と談笑する紫にため息をつき、ようやく異変に気が付き飛んできた妖忌にどう説明したものか頭を悩ませた。
※幽々子亡霊化計画は妖忌を蚊帳の外にして進められたという設定。