師匠が慧音に会いに行くと言うのでついて行こうとしたが止められた。
「娘に悪影響は与えられん」
「…………」
師匠、あなたの中で私はどんなポジションなんですか。
部屋に引き籠もってどよどよしながら魔術書を書く。そういえば妖術書とか神通力の手引きって読んだ事無いな。まあ神様が本読んで神通力の練習するのも変な話だし、妖怪は本なんぞ読まなくても妖術を使える。書いても誰も読まなさそうだ。
読まれない本を書く趣味は無いので著者は陰陽術と魔術中心になる。一度「私の考えた格好いい魔術」を作ってみた事もあるが後で読み返したら黒歴史だった。黒魔術だけに。
以降真面目路線で執筆中。
この時代の魔術、魔法と言えば白蓮だが、えらく強くて若い女僧侶の噂を聞いて会いに行ってみようと思った矢先に封印の報が入った。人間には恩知らずと言ってやりたい。妖怪の味方だろうが人間を助けてた事は事実なのにねぇ……
やろうと思えば今すぐ飛倉の破片を回収して復活させてあげる事もできるがやめておく。本編の流れを崩すつもりは基本的にないし、封印直後に復活してきたらますます怖がられるだろう。
白蓮、可哀相だけどしばらく封印されて。封印されていれば千年くらい一瞬だから大丈夫。
私も正体が広まれば追われるかも知れない。むざむざ封印されるつもりは無いが、悪意を持って追われるのは嫌だ。
平安京に来てからの手柄は師匠に押しつけているが師匠も目立っていい人じゃない。私の名もいい加減知れてきた。これはそろそろ潮時かな……
永琳、輝夜、妹紅は行方不明。ぬえは地底送り。白蓮は封印……あれ、考えてみると平安京で会った原作キャラはぬえだけ?
これでは何のために平安京に来たか分からない。
師匠の伝と知り合いの油舐め妖怪の情報網を使って調べると、既に幽々子が生まれている事が発覚した。物思いにふけっているらしいが自害はしていない。
あっぶないな!また出会いを逃す所だった。いつの間にか原作キャラと繋がりができてたりするのに自分から会いに行こうとすると逃す事が多い。縁ってのは奇妙極まりない。
昼頃に西行寺家に向かうと、私達が居候している屋敷とは比べ物にならない立派な屋敷が門を構えていた。
そういえば幽々子ってお嬢様だったよね。
堀も塀もひび割れた箇所が無いし、ウチとの経済格差を感じる。屋敷の主人は官位をもらったし格安で護衛を雇っているため財政は上向いているがまだ小貴族の域を出ない。
それはそうとして。
「半霊ってだいふくっぽいな」
門の前に刀を二本持った門番がいる。初老の男性だが体から半霊が出ていた。どう見ても魂魄妖忌です、ほんとうにありがとうございました。
先程から建物の影に隠れて様子を伺っているのだが、チラチラ警戒の視線を送ってきている。バレテーラ。
さてどうするか。フレンドリーに挨拶を……いや、ここは向こうに合わせてみよう。郷に入っては郷に従え。武の心を通わせようではないか。
私は地面の土の結合力を操って即席の武器を作り、両手に構えて妖忌に歩み寄った。
「あの、ここのお嬢さんに会いたいんですけど」
「来客の話は聞いとらん……その獲物はなんだ」
「見て分かりませんか?武器です」
「ふざけているのか? 斬られたくなければ帰れ」
妖忌が抜刀して構えた。半霊も些か殺気立った気配を発する。私が見た目小娘だからと油断は無いようだ。
「斬られて喜ぶ趣味は無いなですねー。あれでしょう、門番の仕事は侵入者の撃
退。頑張って抵抗して下さいね……押し通る!」
「そんな刃も無い獲物で何ができるのだ! 西行寺家に押し入ろうなどという血の迷い、我が白楼剣で断ち切ってくれる!」
斬り掛かってきた妖忌の太刀筋を読み切り、半歩前に前進して懐に入り込む。
「トンファーキック!」
私の武器にばかり目が行っていた妖忌は、衝撃力を強化した蹴りでド派手に錐揉み回転して吹き飛んだ。
うわあ、ネタのつもりだったのにクリーンヒットしたよ。妖忌ってあんま強くなかったのかな……
いたたまれない気分になっていると、前髪の先がはらりと落ちた。
「…………」
訂正。妖忌はかなり強い。私の体に――髪だろうと――傷をつけるのは生半可な腕や偶然では不可能だ。わざと読みやすい剣筋で白楼剣を振る事で楼観剣の一閃を隠していたのだろう。
今度散髪やってもらおうかな、などと考えながら中庭で伸びている妖忌の様子を見に行く。頬に草履の跡をくっきり残して気絶していたが、刀だけは離していない。天晴れである。
半霊は体の中に引っ込んだのか見当たらないので目が覚めるまで刀を調べる。
白楼剣は短刀だ。微かな妖力と陰陽系の操作された霊力を感じる。切れ味は……普通の名刀ぐらいか。
続いて楼観剣なのだが、こちらはどこかで見覚えがある形状だ。
「…………?」
「楼観剣は貴女の刀の複製よ」
「うわ!」
突然横にスキマが開いて紫が顔を出した。私が驚く様子を見て薄気味悪く笑う。
「なんでここに?」
「この屋敷の息女とは友人なのよ」
へえ? 知らなかった。私の東方知識も完全ではないから、時折予想外の事実が出て来る。
「まあいいか。それで複製って?」
「貴女、二百年ほど前に刀を打って人間に譲ったでしょう」
スキマから這い出し、縁に腰掛けて優雅に傘を広げる紫。なんで刀の事を知ってんの、とは聞かない。話してはいないが隠してもいなかったので、どこからか情報を拾ったのだろう。
「そんな事もあったね」
「……軽いわねえ。面白いからいいけど。その刀は人から人へ、妖怪から妖怪へ奪い奪われしていったの。ただし刀に宿る力が邪魔をして、流された怨みを吸って妖刀になったり付喪神になったりはしなかった。一振りの刀であり続けたのよ」
「ほほう」
「巡り巡って最後に刀を手にしたのは妖怪の刀鍛冶。彼女は寿命が間近だったのだけど、残りの生涯を懸けて刀の複製を作ったわ。それが」
「楼観剣、か」
頭を強く揺さぶられたのか未だ目を覚まさない妖忌が掴んだ刀を観察する。オリジナルの一割未満の完成度だが、確かに私が打った刀に似ている。
「その妖怪刀匠は?」
「楼観剣をこの半人半霊に渡したその日に寿命で死んだわ。元になった刀は何者かに盗まれて行方不明よ」
私の刀は随分数奇な運命を辿っているようで。いつか私の手に戻ってくるのだろうか?
「刀の話は分かった。それで紫、このへたれ門番どうすればいいと思う?」
「普段は一人残らず追い返してるわよ。今日は相手が悪かったわね。放っておけば目を覚ますでしょう」
「放置……可哀相な気も……まあいいか。それじゃ紫の友人に会いに行こうか」
うなされている妖忌を捨て置き、紫と連立って母屋へ向かった。