ぬえ退治の件で官位をもらう事になったのだが、師匠も私もいらないので屋敷の主がもらう事になった。
位一つ上げる為に世の貴族はドロドロした蹴落とし合いを繰り広げてるってのに、私は権力に興味が湧かない。なぜだろう? と、師匠に相談したら余裕があるからだろうと答えられた。
私は自力で捨食&捨虫の魔法を習得したため正真正銘不老の魔法使いになっている。力も破格でまず死なない。
大抵の事は能力でどうにかなってしまうし美術への興味もそれほど無いので道具に執着しない。何かを無くしたり誰かと離別したりしても直ぐに立ち直る。
なるほど余裕の塊だ。妖・魔力は大量にあるし神力も持ち、霊力すらカバーできる。最早存在がチートである。
「白雪、飲んで」
ある日マレフィの小屋で本を書いていると、毒々しい紫色の液体が入ったフラスコを渡された。鼻にくる異臭を放っている。
「……何それ」
「エリクシールの試作よ」
「効果は?」
「それを確かめるために飲んでもらうのよ」
「自分で飲めばいいのに」
「毒成分が残っていたら困るでしょう」
私なら毒飲んでもいいってか。いいけど。
ぐいっと一気飲みすると臭いはともかく味はほとんどしなかった。水のような感じだ。
「どう?」
「……トリカブト成分が中和しきれてない。マレフィが飲んだら死んでたね。あと魔力が2、3%回復した」
「そう」
マレフィは「ありがとう」も「大丈夫?」も言わずに大鍋に薬品を追加し始めた。素っ気無い風を装ってるけど、私は後ろ手に解毒剤用意してたの知ってるんだぜ。ツンデレさんめ!
「何笑ってるの、気持ち悪い」
「いやなんでも」
不機嫌そうに大鍋の温度を確かめるマレフィをしばらく眺めてから本の執筆に戻った。
今書いているのは「~程度の能力」に関する考察をまとめた力作である。えーと、
『……能力は藤原妹紅の例に見られるように後天的に発現したり、西行寺幽々子の様に変質したりする。また所持する力の量によって制限が解除されていく。
著者の「力を操る程度の能力」を例に挙げてみよう。
最初操れる力は一種類だった。それが約百年毎に一つずつ増え、今では思いつく限り全ての力を強化できる。
他には体外操作範囲の拡大、物質に対する能力付与数の上昇(刀を打つ時に使用)など。
しかし相手の能力を操ったり見ただけで能力を判別したりは未だ出来ない。八雲紫の「境界を操る程度の能力」でも能力だけは弄れないらしい。
この世界において「能力」という力は神力よりも奇妙な特色を持っているようだ。
全能力に共通するのは基礎力の向上、自覚による能力名及び使用法の会得。
能力は死後も輪廻転生に組み込まれない限り失われない事や、蓬莱の薬が魂に影響し不老不死と成すものである事などから魂に由来するものであると考えられ……』
プロットは頭に入っているので淡々と書いていく。ふと顔を上げるとマレフィが本を覗きこんでいた。
「気になる?」
「内容は別に。自動筆記の魔法を開発しようかと思っただけよ」
「ああ……手が震えて書くの苦手なんだったか」
マレフィは肩をすくめた。大鍋に向き直ってモノクルを押し上げ、銀色の液体の上澄みを試験管に移し始める。
友人、と言うと顔をしかめられるが、彼女は親しい者には表面上素っ気無くしながら裏で気をつかう友達思いのクーデレ。時代の先取りだ。
「またニヤニヤ笑って……気持ち悪いわね」
「こんな可憐な少女を捕まえて気持ち悪いだなんて」
「中身は年増もいいところじゃない」
毒舌だが出て行けとは言わない。そんな所がマレフィである。
でも私だからいいけど紫には年増なんて言わないように。物凄く痛い目に遭うから。
草木も眠る丑三つ時、マレフィの小屋から屋敷に帰る。妖怪が堂々と道の中央を歩いていたり屋根の上で酒を飲んでいたりするが依頼も無しに退治はしない。私の主観だと人間が歩いていても妖怪が歩いていても大差ないのである。
知り合いの妖怪と世間話をしていたら屋敷に着くのが夜明け前になってしまった。
廊下を渡って自室へ向かう途中、師匠の部屋に灯がついているのを見つけた。こんな早朝とも言えない時間に何をしてるんだろう?
足音を忍ばせて部屋の前に行き、障子の隙間から中を覗く。師匠は鬼火の明かりで文を読んで渋面を作っていた。寝間着ではない。あれは早起きじゃなくて徹夜か……あれ? 鬼火? 霊力で鬼火? よく見ると師匠角生えてね? 妖力まとってね?
「妖怪だったんですか」
障子を開けて声をかけると師匠は顔を上げ、大して驚いた風も無く頭を掻いた。
「ん、ああ……」
「歯切れが悪いですね?」
部屋に入って師匠の横に座る。人間のふりをした妖怪。霊力まで偽装するとはやりおる。
「どんな能力で人間のふりしてたんですか? 完璧でしたよ」
「ああ……」
話し掛けても上の空。目が手に持った文の文章を何度も往復している。
失礼だと分かりつつも好奇心に負けて横から覗き込む。
……ほほう、教養を感じさせる流麗な字だ。
えー、『養い親から話を聞かされ貴方の正体を……私のためを思ってくれたのは……しかし私は娘として……』あら娘さん? 師匠の娘か、想像つかない。文面からして礼儀正しい娘みたいだけど。
『……陰陽師としての職務が……一方で本分を忘れるのは……ついては私が責を引き継ぎたいと……なにより歴史を失わせないために。上白沢慧音』
「はあっ!?」
ええええぇええええええええ!?
慧音? 師匠の娘が? 性格も容姿も全然似て無いぞ! これは今まで生きてきた
中で五指に入るサプライズだ。
「……師匠、そういえば名前聞いた事無いんですけど」
「ああ……」
「ああ、ではなく。名前!」
「上白沢法徳」
「ハクタクですか」
「ああ……」
いや、全然分からなかった。能力も歴史関係か?
「要約すると娘さんが師匠の本分を継いで歴史家になりたいから一度会わせて欲しい、って内容でしょう。会えばいいじゃないですか」
「ああ……」
文によれば慧音は師匠が人間状態の時の子らしい。だから完全な人間で妖怪の血は引いていない。幼子を陰陽師としての遍歴に連れていく訳にもいかず友人の家に預けていたそうだ。
「話聞いてます?」
「ああ……」
いつまでも惚けているので文を取り上げる。師匠ははっと我に帰り、私を見てぎょっとすると慌てて角を隠した。妖力が引っ込んで霊力が出る。
「どこから見ていた?」
「一から十まで。失礼ですが文も」
「あー……忘れて……はくれないな」
「永久保存しました。大丈夫ですよ、誰にも言いませんから」
「お前は迂闊な所があるからな。ぽろっと漏らしそうで怖いんだよ」
師匠はまた文に目を通してため息をついた。
「師匠、どんな能力使って化けてたんですか?」
「歴史を書き換える程度の能力だ。妖怪としての歴史を消し、人間としての歴史を上書きした」
何その反則技。
「私の歴史は弄ってませんよね」
「お前は力が強過ぎだ、書き換えられる訳無かろう。読み取れもしないんだぞ」
その口振り、読み取ろうとした事があるんだ……まあ気持ちは分かるから見逃そう。
「それでどうして娘さんが歴史家になるのに問題があるんですか?」
ストレートに聞くと師匠はちらりと私を見た。ガリガリ頭を掻き、これみよがしに特大のため息をつく。
「言わないと付き纏いそうだな……」
「それはもう」
「……ハクタクは歴史を知る獣だろう? 正史を知られると不味い後ろめたい事をする連中に狙われ易いんだよ。それを避けようとわざわざ力を継がせないために人間として生み育てたんだがな……」
「育てたのは師匠じゃないでしょう」
「揚げ足をとるな。暗喩だからお前には読み取れ無かったかもしれないが、この文には言外に力を受け継がせてくれ、と書かれている」
「それは……可能なんですか」
「理論上はな。慧音は能力の無い普通の人間だ。人間としての歴史にハクタクの歴史を書き加えてやれば良い。しかしそれをやれば馬鹿共に狙われる。夢を叶えてやりたいのは山々なんだが……」
ふむ?
「娘さん……慧音がハクタクの力を受け継ぎかつ人間に狙われなければ良いのでしょう」
「そう上手くいかないから悩んでいるんだよ」
「上手くいきますよ。幻想郷に来れば良いじゃないですか。あそこなら安全です」
師匠が呆気にとられた。しばらくぽかんと口を開けていたが段々笑みを作り、最後は爆笑した。
「ははははは!そんな事も思い付かないとは! 俺も耄碌したものだ。しかし良いのか? 恐らく人里に住む事になるが」
「構いませんよ、神でも悪魔でもハクタクでも。幻想郷は全てを受け入れる」
「そうか。慧音にはそう伝えよう。助かった」
師匠が不意に頭を下げたので驚いた。こんな低姿勢の師匠は初めて見る。
「顔を上げて下さい、私は助言しただけなんですから……あー、師匠も幻想郷に?」
「いいや。妻の遺言でな、慧音を幻想郷に送ったら今まで通り陰陽師を続けるさ」
顔を上げた師匠はニヤっと笑った。んー……
「……師匠、やっぱり髭剃った方がいいですよ」
「何度も言っているだろう。断る」
「娘に嫌われますよ?」
「……………………………………く、やはりそうだろうな……」
師匠は苦悶していたが、おもむろに小刀を取り出すと意を決した表情で髭を剃り落とした。おお!? まさか本当に剃るとは!
「今まであれだけ言って剃らなかったのに。愛って偉大ですね」
「おい。何を笑っているんだ」
子煩悩な父親に笑いを堪え、憮然とした師匠に言った。
「男前ですよ」