平安京に住んで二十年余、私は妖怪の血が混ざっているという事で年齢を誤魔化している。聞けば陰陽師には八百万の神や妖怪の血を引く者がちらほらいるそうで、一般民からはともかく同僚には全く怪しまれていない。
そして師匠も歳をとっていない。
問詰めても気のせいだろとのらりくらりかわされ教えてくれないので、仕方なく髭剃るぞと脅したらヒントをくれた。不老は能力を使って保っているらしい。
……どんな能力かわからない。不老系の能力なんて幾つもある。妹紅とか輝夜とか、咲夜も入るのか?
まあ落ち着いてみれば不老の理由なんざどうでも良い事だったので尋問は早々に切り上げた。お互い生きていればその内分かるだろう。
それでまあ、不老だと経験が豊富で力も強い事が多いので妖怪退治の依頼がよく来る。私は屋敷の護衛があるので、と断っているが師匠は請ける事が多い。
自分の実力を正確に把握している人なので無茶な依頼は請けないが、稀に断りきれない依頼がある。陰陽師のしがらみだったり屋敷の主の頼みだったり。
そういう場合は決って私にお鉢が回ってくる。師匠は適材適所とか修行だとか言うが体のいい丸投げである。
今回もそんな訳で夜中に平安京の外を見回っていた。
こういう依頼で任せられるのは大妖怪ばかりなのだが私にとっては何ら脅威にならない。普段は適当に標的を見つけて適当にボコって適当に追い払う面倒な単純作業だったが今日は燃えていた。
理由は簡単、討伐対象にある。
「ぬえを退治せよ」
討伐クエスト:☆☆☆☆☆☆☆☆
依頼主:とある上流貴族
依頼内容:
毎夜屋敷の外から不気味な声が聞こえて来るんだ。あんな声が出せるのはとんでもない化け物に違いない。不安で夜も眠れないんだ、退治してくれ!
報酬:官位
官位なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです。
とは言っても依頼を断れば私達が居候している屋敷の主が社会的に抹殺される。
恩を仇で返す訳にはいかないしぬえに会ってみたいので、彼女には史実通り退治後地底に封印されてもらう予定である。
余談だが幻想郷には既に映姫が配属されている。浄玻璃の鏡で人生を見られるのは嫌なので会っていないが、地獄で忙しく働いているそうだ。地底もまだ地獄に含まれているのでぬえも彼女に遭遇したら説法を受ける事だろう。御愁傷様。
さて肝心のぬえだが、先程から探知力を上げて探しているのに見つからない。平安京の周囲をぐるりと一周してみたが影も形も無い。
依頼主の貴族の屋敷は結界で守ってあるのでぬえがそちらに行く事は無いと思うのだが……
徒歩で探していては埒が明かないので陰陽・魔法混合術式で広域探査をかけてみた。平安京からかなり離れた山に反応が出る。
む、これは……平安京から離れていってる? ……感付かれたか!
勘の良い妖怪だ。自分で言うのもアレだが、私と敵対した時の対処法で二番目に良いのが逃亡である。どうやって私の出動を知ったか知らないがぬえはなかなか賢い。でも、
「最善手は降参する事なんだよね」
これは自惚れでも何でもない。私は今まで不敗だし、ここ数百年かすり傷すら負っていない。私を何とかしたければ紫クラスの大妖怪を五人連れてきな!
速力、瞬発力、加速力を強化し空に舞った。瞬時にトップスピードに乗ってぬえを追う。見る間に距離が縮んで行き、ぬえがこちらに気が付いた五秒後には進行方向に回り込んでいた。
「そこのぬえ!私から逃げようなんて万年早い!」
陰陽符を両手に構えて脅しをかけるとぬえが悪戯が見つかった子供のような顔をした。
「あららら、追いつかれた。よく私がぬえだって分かったね?」
あ、そう言えば正体不明で通ってたんだった。私が顔を知っているのはおかしい。
「えー噂を総合して判断をしてですね」
「嘘ね。私は人によって見える姿が違うのよ」
そうでした。
「私の目に映ってるのはちっさい普通の少女なんだけどね。誰も彼もに能力が通じると思わない事だよ。私の他にも見破れる奴はいる」
「……今までばれた事無かったのに」
世界は広いのさ。紫とか映姫とかなら分かるだろ。
会話をしながらじりじりと間合いを空けていくぬえ。気付いてるよ。指摘しないけど。
「あなた京の妖怪の一部の間で噂になってるわ」
「へえ、なんて?」
「私を差し置いてあろうことか正体不明って!ああ妬ましい!」
お前はパルスィか。
「それは……なんかごめん」
「ごめんで済んだら陰陽師はいらない」
あれ、なんかぬえの態度が高圧的になった。
「アイデンティティを取った事は謝るけどさ」
「あいで……?」
「それはそれとして、逃げてたって事は私が今からやる事分かってるよね」
「!」
ぬえが反射的に逃げ出した。蛇っぽいなにか……正体不明の種だっけ?をばら蒔いていくが判断、観察、洞察、その他諸々の力を上げた私に撹乱は通用しない。
「三分間待ってやる!」
会ってすぐに地底送りもつまらないので強制追いかけっこをする事にした。頑張って逃げてくれたまえ。夜明けまで逃げ切ったら見逃してもいい。
きっかり三分後、私はぬえを追いかけた。今度は速度強化無しだから、ぬえにも勝目がある……はず。
おおー、逃げる逃げる。牽制の弾幕も忘れていない。捕まえるには苦労しそうだ。
ぬえは通りすがりの小妖怪や妖精を焚き付けながら木に隠れ、岩に潜み、正体不明の種で偽者を作りながら巧妙に逃げた。流石正体不明を誇るだけあって身を隠すのが上手い。
何度か見失いそうになりながらも追い続け、空が白んできた頃にようやく首根っこを掴んだ。
「またフェイクじゃないよな……うん、今度は本物だ」
「ちょっと!離してよ」
「却下。平安京を騒がせた罪によりスキマ送りの刑に処す。どらえも……紫ーっ!」
通信用陰陽符で呼ぶとすぐ脇にスキマが開き、ため息と共に紫が顔を出した。ぬえが仰天して暴れたので札を貼って大人しくさせる。
「貴女私を運び屋か何かだと思って無いかしら?」
「……まさか。それよりこれ、地底に放りこんどいて」
「あら、この子ぬえじゃない?」
「そう、面白いでしょ」
「うふふ」
うさん臭い笑い声を上げる紫。ぬえが顔を引きつらせた。身動き出来ない状態であんな笑みを向けられたらそりゃあ怖いよね……
「あ、これ陰陽的見地から分析した魔術書。お土産にどぞー」
「貴女の本は独特で好きよ」
紫は本を受け取るとぬえをスキマに引き摺りこんで消えた。
「…………」
ふと気付いて辺りを見回すと見知らぬ土地。あー……いつの間にか随分遠くまで来たな。方角は分かるけど平安京に戻るまで何時間かかるやら……追いかけっこなんてするんじゃなかった。