時代が進み、道が整備されて歩きやすくなったのは良いが別の問題も発生した。
私の容姿、内面はともかくいたいけな少女である。しかも白髪。
そんな可憐な少女が一人旅をしていれば当然すれ違う人は不審に思う。今までは何とかかんとか誤魔化してきたが苦しくなってきた。
嘘話を信じて心配してくれる連中は良いが中には問答無用でかっさらおうとする輩もいる。人身売買はいつの時代も需要があるのだ。
そういう不心得者は問答無用でフルボッコにしてやるが、何度も繰り返していると面倒臭くなってくる。隠行で行動すれば大丈夫だが気疲れして仕方ない。
身長を伸ばすのは残念ながら……本当に残念ながら無理である。もっとも身長が伸びても女には変わりないので襲われただろうが……
妖力を出せば普通の人間は近寄らないが妖怪退治屋が追いかけてくるし、神力を出すのは拝まれるし好かない。
で、威嚇手段として刀を持とうと思い立った。
私に手を出したらタダじゃ済まないぜ、という威圧をかけるための物なので飾りで良いが、せっかくなので気合を入れて自分で鍛えた。
……ぶっちゃけ刀の製法なんて知らなかったので、例によって学習力を上げて試行錯誤した。
うろ覚えな前世の記憶を頼りにたたら製法から焼き入れまで全て手探りで四苦八苦。無駄になった鉄を使えば奈良の大仏がもう一つできると思う。あ、話それるけど刀を鍛える前に奈良の大仏作ってる所を見学した。あんなでかい大仏作らせるなんて天皇の権威って凄いよね。
地鉄の炭素含有率を小数点四桁単位で微細に変えてみたり原子の結合力を上げたり、鉱山の麓に作った工房に一世紀は籠った。
サムライブレード、日本人の魂。一欠片の妥協も許さず鍛え上げた刀は、正規の手法とはかなり違う過程を経て出来上がった。
しかし見た目は見事な日本刀。神力は込めなかったが神々しいまでの出来である。
以下スペック。
・原子結合力強化
・切断力強化
・耐久力強化
・威力強化
・干渉力強化
・固定力強化
・妖力付与
・霊力付与
・試した限り最強の鋼を使用
・付喪神化防止
・銘は無し
・直刃、刃渡り60cmほど
・鞘は幻想郷で一番長生きをしている木から削り出して黒く塗装、諸強化
掛け値なしに最強の刀だと思う。楼観剣と白楼剣なんてぶった斬ってやんよ。
ちなみに銘は村正宗にしようと思ったが止めておいた。下手な名前を付けるより無銘の方が格好良いと思うのは中二病か?
とにかく会心の出来のマイブレード片手に百年振りの旅を開始したのだが、予想外の展開が待ち受けていた。
かえって前より狙われやすくなったのである。
威圧感漂う刀だが、それを帯刀しているのは非力そうな少女。持ち主をねじ伏せて刀を奪おう、という魂胆で荒くれ者が頻繁に襲ってくる。
刀が怖くても持ち主が弱そうなら奪ってしまえと。少し考えれば分かりそうなものだが、その発想は無かった。
厄介事を呼び寄せる刀を持つのは本末転倒、泣く泣く手放す事にした。
譲った相手は商人の用心棒をしていた青年。今まで何かする毎に東方本編に結び付いたので名前を確認したが、魂魄とは似ても付かない名だった。半霊もいないし妖忌ではない。
青年にはこいつ感激で死ぬんじゃね、というほど感謝されたので刀に費やした百年は無駄ではなかったと信じたい。
この時既に平安時代に突入していた。妖怪退治屋の間で陰陽師がとりざたされる。
正式な陰陽師は官位を伴った官人だが、その技術は妖怪退治屋の間で野火の様に広まり一般化した。所詮平安時代、情報統制が緩い緩い。
辛うじて技術漏洩は妖怪退治屋の間でとどまり一般大衆には普及しなかったが、妖怪退治屋は陰陽術を使うのが当たり前とまでなってしまった。以降、妖怪退治屋を総称して陰陽師と呼ぼうと思う。
陰陽師は日本各地に散在しているが特に平安京に多い。平安京は風水に基づく四神相応の立地やら周辺に節操無く建てられる寺やら霊力的防御網が敷かれているものの、それでも妖怪が入り込む。霊力の妨害が無ければ妖怪にとっても住みやすい場所らしい。
私はそんな時勢を利用し、妖・神力を隠して霊力を多めに出し陰陽師に弟子入りした。陰陽師は一種の特権階級。なまじ下手な武士よりも強く得体の知れなさがあるため無法者も手出しは敬遠する。
人通りの多い街道で張り込んで通り掛かった陰陽師に単刀直入に弟子入り志願したのだが、何も聞かずに一発OKしてくれた。断られたら色々悲劇的な身の上話をするつもりだったのに全部無駄になった。別にいいけどさ、三日かけて考えたストーリーが無駄になっても。
その陰陽師は麻の服に笠を被ったごく普通の旅装だが背中に太陰大極図が刺繍されていた。太陰大極図は陰陽師のトレードマーク。
師匠となった陰陽師は気ままで掴みにくい髭の男で、私がこちらに行きたいと言うと簡単に旅の行き先を変えてくれた。願ったり叶ったりだ。私の三度笠に太陰大極図の縫い取りをしたらならず者も近寄らなくなった。
何も知らないふりをして師匠から陰陽流の霊力の扱いを習ったのだが、まあまあ効率が良かった。陰陽術は霊力変換率70%ほど。一昔前の妖怪退治屋の平均が40%弱だから大進歩である。私は100%なので比べるべくもないが。
陰陽術は木、火、土、金、水の五要素を基本とし、結界、封印、占い等に優れる。どちらかと言えば攻撃より護りに長けた技術だ。しかしあらかじめ呪符に霊力を込めておく事で火力不足を補える。
……というのが師匠の受け売り。
私が高吸水性ポリマーの様に陰陽術を習得していくので師匠は面白そうに指導してくれた。空も飛べるし中級妖怪とタメ張れる優秀な人だが、驕り高ぶらず自分の出来る事出来ない事を知っている。後はその鬱陶しい髭を剃ってくれれば文句無いんだけどね。
師匠と五年ほど旅をしていたが、ある日安宿の一室でとうとう私の正体を聞かれた。
「白雪を弟子にしてから何年か経つが……なぜ歳をとらない?」
一ミリも成長しなければそりゃ人間じゃないってばれるよね……師匠の性格からして正体を明かしても大丈夫だろうけど。現に今も世間話をする調子だ。
「妖怪、亡霊、神、不死人。どれだと思います?」
霊妖神力を均等に出して聞き返す。師匠は目を細め呪符を片手で弄んだ。
「……まあ人間ではないな」
「そうですね。基本妖怪ですけど、正直に言えば私にもよく分かりません」
師匠がおもむろに呪符を数枚投げてきた。私は一枚ずつ正確に掴み取り握り潰す。呪符は煙を上げて消滅した。師匠は薄っすらと立ち上る煙を見てふむと頷く。
「強いな。わざわざ俺に弟子入りする必要も無かったろうに」
「陰陽流の霊力の扱いが知りたかったので。人間と偽っていた事は謝りますが」
「白雪も偽名か?」
「本名ですよ」
「字は」
「……博霊?」
「なぜ疑問系」
「自信が無いので」
師匠はくっくっと喉の奥で笑った。
「まあ良い。白雪が下手な人間より善の存在である事は知っている。人を殺さんし行動に悪意が無いからな」
師匠はひとしきり笑った後次はどこへ行くか聞いてきた。私が人外なのは気にしないんだ……この人の事だから暇つぶし程度に話題に出したのだろう。いつも飄々としている。そして旅の行き先はいつも私任せである。
「そろそろ平安京に行きたいですね」
「腕の良い陰陽師は引っ張り回されるぞ。あそこは朝から晩まで始終小競り合いをやっている」
「望むところです」
「そうか、それなら次は平安京だな。明日の朝は早く出るぞ。もうお前も寝ておけ」
師匠は灯していた霊力の灯を消して一枚しかない薄っぺらい布団に潜った。私も師匠の布団に潜り込む。師匠は私のために布団を譲るような人ではないので仕方ない。いつもの事だ。誰かに見られても親子にしか思われないだろう。
なんか師匠って父みたいだな、と思いつつ背中合わせに眠った。