森を抜けて私が寝床にしている岩窟に着くと剛鬼は感心した声を上げた。
「良いねぐらだ」
「こんな五人入れば一杯になる岩窟が良いって……普段どこで寝てるの?」
「土の上」
野晒しか。ワイルドだ。
しかし鬼って単純だ。受け答えもそうだが行動基準もね。村を襲った時に凄い顔をしていたが、今思い返せばあれは満面の笑みだった。自分中心なだけで悪気は無いのだろう。
適当に腰掛け、秋に蓄えた干し柿を振る舞いつつ話を聞いてみる。
剛鬼はこの辺り一帯をウロウロして、村を見つけると襲い掛かっては人口を半減させているらしい。理由はムシャクシャしたから。他にやる事が無いから。「土を操る程度の能力」を使うのが楽しいから。
どうやら中世の鹿狩りのような感覚らしい。
まあ、妖怪の私達からすれば鹿も人間もあんまり変わらないんだけど感心しない。何より私は元人間なのである。強い妖怪も知恵のある人間も平等に好きだ。
「つまみはあるけど酒は無いからね。勘弁して」
会話が一段落した所で言っておいた。鬼とくれば怪力の次に酒だ。しかし剛鬼は首を傾げた。
「酒?」
「あー……どぶろく? 焼酎? 飲んで酔っ払う」
「ああ、人間が飲む水か。俺は飲んだ事は無い」
なん……だと?
「鬼なのに酒の味を知らない!?」
「知らん。何を驚く」
ああー……この時代ってまだ鬼=酒の公式が成立たないのか? 東方の勇儀も萃香も溺れるように飲んでたし、嫌いなんて事は無いだろうけど。
「飲む?」
「飲む」
「じゃ、待ってて。持って来る」
剛鬼を岩窟に待たせて村に走った。
毎日の往復でできた森の道を辿ってあっと言う間に到着。村では夜襲を警戒して篝火が焚かれていた。昼前襲撃したばかりだから当然か。
「だが残念。妖怪なめんな」
人間の防御網を正面突破し、罠を力ずくで破るのが妖怪だ。未来になって陰陽師やら退魔師やらが出てくれば知らないが、人間の技術が未熟な今はそれだけの力の差がある。
「また出たぞー!」
一陣の風になり、騒ぐ村人の隙間を縫うようにして倉庫に辿り着く。扉を開くと一抱えほどある大瓶が並んでいた。ぷんとアルコールの臭いが鼻をつく。私は一つ失敬して蓋をした。外に出ると村人が取り囲んでいた。
竹やりを構えて兄の敵、とか母の怨み、とか言ってくる。そんな事言われても私は殺してないからね。剛鬼に言って。
「あでぃおす!」
笑顔でサムズアップすると村人は困惑した。そりゃ分からんわ。
村人が驚き戸惑っている隙に大瓶を抱えて大きく跳躍し、数十メートル離れた崖の上に着地した。
「あーばよー、とっつぁーん!」
捨て台詞を残してみたが誰も答えてくれなかった。淋しい。
酒をこぼさないように気をつけていたせいで、帰りは行きの三倍時間がかかった。
「お待たせ剛……鬼……」
「遅かったな」
岩窟の中の食料が消えている。蓄えておいた干柿と干肉を完食した剛鬼に迎えられてキレそうになった。食べるなとは言って無い。言ってないけどさあ……!
「これは言わなかった私が悪いのか……」
「ん、怒っているのか。なぜだ」
「……いや、いいよ気にしなくても。はい酒」
まるで分かっていない顔の剛鬼に脱力し、抱え持っていた酒を渡した。
「ふむ」
剛鬼は蓋を開けてしばらく匂いを嗅いだ後、瓶の縁に口をつけて傾けた。
「…………」
「…………」
傾きが増していく。口を離す気配は無い。瓶がほとんど逆さまになってもまだ飲み続ける。
「うわばみか」
結局そのまま息継ぎも無しに最後の一滴まで飲み干してしまった。もう呆れるしかない。鬼の胃袋すげぇ。剛鬼は微妙に赤くなった顔で瓶を突き返してくる。
「っは~、白雪、もう一杯」
ねーよ。
「人間の村に行かないと無い」
「行って来る」
すぐさま立ち上がった剛鬼の袴を掴んで止める。流石に一日三回襲撃はね。特に一回目は死傷者が出たし。
私に攻撃してきた可愛くない村人達だが、私達妖怪相手で無ければ気の良い奴等である。死ぬと悲しい。適当に言って引き止める。
「や、今行っても無いよ」
「そうなのか?」
嘘だけど。
「来年になればあるよ」
「待てん」
気に入りすぎだろ。おいこら、ジリジリ出口に向かうな。
「今行って人間を襲うと再来年になるかも」
「なっ!」
剛鬼が物凄いショックを受けていた。その場で地面に崩れ落ちる。嗚咽まで聞こえてきた。
「……剛鬼が人を襲わなければ半年で持ってきてあげるけど、どうす」「襲わない」
そ、即答!?
鬼ってやっぱり単純だな……いや純粋なのかも知れない。私はこの邪気の無い鬼を気に入ってしまった。
初めて友人ができた、そんな冬の日。