豊かになるということは格差ができるという事である。
村に田圃を見掛けるようになるにつれ、田植えの指導者や小川の支流の権利者などの権力者層ができていった。
自分の田が不作だとそうした権力者から米を借りるが、借りた次の年は権力者にただ働きで返済しなければならない。そうして貧しい者が出て、食い扶持に困り山賊になる。
村全体が不作の場合は食うに困って他の村に戦を仕掛け食料を奪う。負けた村は勝った村に併合され、勝った村人は優位に立ち。負けた村人は貧しい生活を余儀なくされる。
その繰り返しで村は曲がりなりにも纏まり国になっていった。
一方で妖怪退治屋は一貫してある程度優遇されていた。妖怪が襲ってきた時には必須な人材なのだから当然だ。祭神だけでは規模が広がった人間の国を守りきれない。
幻想郷はそうして国に召し抱えられた妖怪退治屋の間で眉唾ものの噂として扱われている。幻想郷の中心となる里は安全だが、そこに辿り着くには里を取り囲む魑魅魍魎を突破しなければならない。
あれだけ妖怪が集まっている地域の中心に人間が住む里がある訳無いだろう、というのが衆目の一致する所だった。
でもしっかりあるんだよね。
紫は私の所に年に一度スキマを使って文字通り顔を出した。里を包囲する妖怪達は結果的に外部との交流を閉ざしているらしい。囲いを抜けて里に辿り着いた妖怪退治屋は篩にかけられた形になり、里には腕利きが増える。
妖怪退治は霊力が高く無ければまともにできないので一部の高度なもの以外の技術は簡単に流出し、里の者は誰でも弾幕二、三発は撃てるようになっていた。
と、まあ紫からの情報はここまでで、彼女が幻想入りした十年ほど後からは藍が紫の代わりに私の所にやってきた。
なんでもマナがあまりにもしつこく挑んでくるから相手をするのが面倒になり代役の式を作ったらしい。
そんなに面倒なら殺すなり食べるなりすればいいのにと思ったが、マナは「敵から逃げ切る程度の能力」を持っていて捕まえられないとか。紫から逃げ切るって地味に凄い。
そんな能力があるのに最初紫に幻想郷に拉致られたのは「スキマ送り=私(白雪)から逃げ切る」という構図ができていたと考えれば納得できる。
とにかく藍は式になって以来雑用を一手に引き受け、雑用の一部として私へ幻想郷通信を届けてくれる訳だ。
今日は人気の無い山小屋で話を聞いている。
「私の神社の信仰が薄れてる?」
「はい」
「な、なんだってー」
「……どうして棒読みで驚くんですか」
「いやなんとなく。原因は?」
「里に妖怪退治屋が増えた事は御存知でしょう。彼等が妖怪退治を請負う事で神社の巫女の仕事が減り、それにつれて」
「信仰が下がっていると」
「その通りです。強い妖怪は巫女に任せる習わしが出来ていますが、大抵の妖怪は一般の妖怪退治屋で片が付いてしまいます」
私は藍の尻尾をもふりながら思案した。藍が物言いた気な視線を寄越すが気付かないふりをした。癖になるもふり心地である。もふもふ! もふもふ!
幻想郷は面白い奴が多い方が良いと思って目に付いた妖怪やら妖怪退治屋やらを勧誘しまくったが、それが仇になったか。因果応報だ。
「ああ、それと神社に名前が付いていました」
「へえ? なんて名前?」
「博霊です」
「な、なんだってー!!」
「ひゃん!」
「あ、ごめん。尻尾を八本にする所だった」
不意打ちを食らった。え? 博霊の正体不明神って私なん? マジで?
「その辺詳しく」
「あ、あの、その前に尻尾を離」
「詳しく」
「……はい。えーとですね、今代の巫女は霊力の扱いに長けているらしく」
今代の巫女は霊力を可視化させることができるそうだ。霊力の色は白。故に人の霊魂が体に纏わりついているように見えると。妖夢の大福みたいなもんか?
それを見た妖怪退治屋達が白霊の巫女と呼び始め、それがそのまま神社の名前になった。が、祭神の許可も得ずに神の名である「白」の字を神社に使うのはまずかろうということで「博」に変えられたらしい。だから博霊神社。
「なるほど」
「あの、そろそろ尻尾を」
「色々思う所はあるけど……神社の名前はそれでいいか」
「そうですか。あの、尻尾」
「信仰もほとんど巫女への信仰が私に流れてる感じだよねぇ。でも人間の信仰が減った分妖怪の信仰が増えて釣り合ってる。ほとんどの妖怪は信仰というより信頼だけど」
「……尻尾を」
「うるさいな。私の考え事に口を挟むのはこの尻尾か」
「ひゃあん!」
尻尾を引っ張ってやると可愛い悲鳴を上げる藍。紫も良い尻尾の式を持ったもんだ。
藍が泣きそうになっているので軽く謝って尻尾を離してあげた。
「まだ旅は続けたいけど一度戻って様子を見てみようかな。藍、スキマ開ける?」
「え? あ、はい。今は紫様と繋がっているので」
藍が立ち上がり、何か呟くと目の前にスキマが開いた。何度見ても真理の扉っぽい。
「どうぞ」
促す藍の表情はどこか硬い。彼女は式にされる時にスキマに放り込まれてもにょもにょされたらしく、スキマに良い印象が無い。
ニヤニヤしていると藍が不機嫌に再度促した。私は肩を竦ませ、あまり心の籠らない謝罪を置いてスキマに身を踊らせた。
「ここどこ?」
「妖怪の山ですね」
スキマからズルリと落ちて着地する。藍も少し遅れて落ちてきた。
「妖怪の山、ね」
「何か?」
「何でもない。勝手にうろつくから帰っていいよ。ありがとね」
藍は一礼して飛んでいった。
妖怪の山でも頂上付近のようで、草木は生えておらず岩肌がむき出しだった。遮るものの無い風が衣の裾をはためかせる。私ははだけないように帯を締め直す。……ああしまった、三度笠と荷物を山小屋に置いてきてしまった。
「まあ二、三日で戻ればいいか」
愛用の旅具だ。無くしたり盗まれたりはしたくない。
ふと近くに懐かしい妖力を二つ感じた。かなり強い妖力の付近で弱い妖力が激しく動いている。
ふむ。まずは妖怪の山を回り、人里、神社、竹林と行こうか。
のんびり岩道を歩いて行き大きな岩を回り込むと、そこでは宿儺が自分の分身の足を掴んで嬉々として振り回していた。一人SM……いや違う。よく見ると振り回されている方は意捕だ。
「何これどういう状況?」
投げ縄の様に意捕を頭上で高速回転させる宿儺に声をかけると、私を見て驚いた後顔を綻ばせた。意捕は「ち、ちぎれる~!」とかなんとか叫んでいる。
「白雪! 久しいの」
「ああうん、久し振り。それで意捕はなんで回されてんの? そういう趣味?」
「こやつは意捕と言うのか。朝ねぐらから出ると霧が出ていてな、霧に妖の気配を感じ下手人を探ったのよ。したら私と同じ姿の妖怪がおる。分身は作った覚えが無い。なれば人真似妖怪だと目星がついた」
「ふむふむ」
「そして勝負を仕掛けた」
「ちょ」
凄い思考回路だ。でも鬼は概してこんな感じだから気にしない。
「それでどうだった?」
「霧が消えた。弱い」
「そうだよねぇ。決着がついたなら降ろしてあげたら?」
「む?」
宿儺は妖怪を振り回しているのを思い出したらしくぺしんと額を叩いて地面に降ろした。グロッキーになった意捕がふらふらこちらに寄ってくる。宿儺の格好で散々振り回されたので服が乱れていた。
胸が見えかかってるぞ。しまえ。
「誰か知らないけど、助けてくれてありが……ぎゃふー! 挟み撃ちー!」
意捕は私の顔を見るなり悲鳴を上げて逃げ出した。失礼な。
「妙な奴よの。白雪、私のねぐらに来ぬか? 最近酒虫を飼い始めたのだが」
「行く。酒虫はまだ見た事無い」
酒虫はその名の通り酒の虫である。生き物が腹に住まわせれば大酒飲みになり、水を与えれば良質の酒に変える不思議な虫だとか。
ねぐらに向かう道中、鬼が何人か酒を酌み交わしたり力比べをしたりしていた。宿儺は自分を慕って着いてきた鬼やその他の妖怪を従え、妖怪の山を統治しているそうだ。宿儺に目を留めると皆手を振り、その次に私に目を留めて勝負を申込んできた。
その全てを断る。一度でも勝負を受けたが最後、全員と戦うハメになるのが目に見えている。
私がどやどや集まってくる鬼共をあしらっていると、宿儺が「白雪は私に勝ったのだから、私にすら勝てないお前達が敵う筈が無い」などとのたまった。
その言葉を聞いて大喜びで挑みかかってくる鬼達。てめっ宿儺、後で覚えてろ!
数十の鬼をちぎっては投げちぎっては投げしているのを宿儺は杯で酒をあおりながら楽しそうに眺めていた。
妖力無限大を使って一掃すれば楽なのだが、殺してしまいかねないので素手と通常弾幕で全滅させた。死々累々の戦場跡で宿儺を一発殴り、ねぐらに向かう。
岩を積み上げたねぐらで虫と名がついているのに山椒魚とオタマジャクシを足して二で割った風貌の酒虫を見せてもらい、宿儺と深酒をしてその日は眠った。
翌日、妖怪の山の滝壺で河童達に会った。
河童とはスッポンが妖力を持った存在であり、幻想郷のエンジニアでもある。
にとりはまだ居ないようだったが既に一族はかなりの技術を持っていた。
独学にしてはやけに系統だった技術進歩を遂げているなと思ったら、驚いたことに河童技術革新の原因は月人の遺産だった。
妖怪の山の上空では人妖大戦の時に大量の輸送機が撃墜された。その破壊された機体や貨物の一部で腐蝕防止コーティングされたものが残っていたらしい。
それを発見した河童達はその高い技術力に感動し、バラバラの部品を集めて復元しようとしていたのだ。
河童は壊れた通信機やらホログラム投影機を正体不明のオーパーツとして見ていたので、それは昔人間が作った物だと教えてやると「人間って素晴らしい! 種族は違うが科学の探求心に溢れている同志だ!」などと騒ぎ出した。
正確には今の人間じゃなくて月人なんだけど……聞いちゃいない。人間の事を一方的に盟友盟友言うのはこういうバックストーリーがあったのか。
人間に深い親近感を持った河童に見送られて人里に飛んだ。
隠行もせず人里を歩いたがほとんど注目されなかった。やはり妖怪退治屋っぽい格好の人間が以前と比べて増えている。試しに妖力を漏れさせると警戒した目線を向けられたが特に何もしてこなかった。人里で争いを禁ずという規則は生きているようだ。
しかし人気の無い木陰で青年と少女の妖怪が逢引しているのを見た時には流石に驚いた。キスをしてそのままチョメチョメし始めたので慌てて離れた。お前らもう少し場所を選べ。
何にせよ想像より平和なようで一安心。
博霊神社は私が旅に出た時とほとんど変わらなかった。姿を隠して覗いてみたが、境内を箒で掃く巫女だけが違う。体の周りを白い霊力が漂っていた。
声をかけようか迷ったが止めておいた。東方原作では祭神の名前や神社の起源が失伝するほど神の不在が続いたようだし、顔を出さなくても問題あるまい。それに二百年近くほったらかしておいて今更ノコノコ出て行ったら物凄く怒られそうだ。
巫女が初代の服装と変わっていない事には安心した。脛空けにスカートって絶対寒いよね。夏はいいけど冬は見てるだけで寒そうだ。
神社を見て回っていると日が暮れたので本堂で夜を明かした。朝目が覚めると本堂の掃除に来た巫女が私のいる辺りを見て首を傾げていた。姿と妖霊神力を消した私の気配が分かるのか。今代の博霊の巫女は優秀なようで何より。
巫女の横をすり抜け本堂を出て竹林へ飛ぶ。
懐かしの永遠亭は物凄く兎臭くなっていた。埃の代わりに兎から抜け落ちた毛が厚く積もっている。
そして完全に妖怪化した兎達。外見は妖精にウサミミを生やし羽を無くした感じである。服の色調は白で統一。毛皮の色だろうか。
人間らしくなっても無邪気に集まってくる妖怪兎達を指揮して一日がかりで永遠亭の掃除をさせた。寿命的に私を覚えている兎は居ないだろうに、言う事を素直に聞いてくれて助かった。
積もり積もった兎の毛と埃を拭い去り綺麗になった永遠亭。同じ轍を踏まない様に掃除係を任命しておく。
この日はふんふんと鼻を押し付けてくる兎に埋もれて眠り、翌朝紫を探した。
霧の湖の畔でマヤと藍が弾幕合戦をやっているのを眺めていた所を捕まえ、元居た場所に送ってもらった。
一時帰省後にUターン。旅の再開である。
山小屋に戻ると三度笠と荷物が持ち去られていた。泣いた。