旅の途中、問答無用で妖怪を殲滅して回っているという妖怪退治屋の噂を聞いた。中級妖怪でさえ重傷を負う腕前らしい。
で、被害に遭った妖怪から人間退治を頼まれた。害の無い妖怪にまで手を出すのは心無いと思ったので引き受ける。十数年の付き合いになる紫がため息をついた。
「白雪は親切過ぎよ。頼まれて断った例が無いじゃない」
「やるべき事無いし暇だし断る理由も無いし。でもできない依頼は断るよ」
「つまり全て請けるって事ね」
失敬な。私にだってできない事は……あんまり無いなあ……
私は徒歩で旅をするが紫は地上付近をふよふよ飛んでいる。時々スキマでどこからか人間をさらってきて食べているが、できれば悪人っぽい奴にしてくれと言っただけで別に止めない。食事は必要である。
眠る時は紫のスキマの中で寝る。冬眠する時も一緒に寝る。よく分からん目玉や手足が見えるしグニャグニャした境界が曖昧な空間だが温度が一定で快適だ。小妖怪程度なら許可無く対策も無しに入るとその瞬間にピチュる(紫談)怪空間。無論私は問題無い。
「……その人間、この先の里に居るわね」
「あー、確かに何か強い霊力を感じる。能力持ちかな。日も暮れてきたしのんびり行こうか」
別に台詞を間違ってはいない。妖怪にとっては夜の方が何かと都合が良い。
だらだら歩いていくと小さな里に着いた。田圃と脆そうな木造家屋が立ち並ぶ一般的な里だ。しかし、
「あら結界?」
「ホントだ、強度は無いけど里全体を覆ってる」
ほー、ここまで腕の良い人間は始めてだ。私の巫女と同じかそれ以上強いんじゃないか?
結界を消そうとした紫を止め、明日の朝になったら正面から堂々と行こうと提案した。最初は不意打ちするつもりだったが妖怪退治屋と話してみたい。
紫が賛成したのでその日は大人しく眠った。
翌朝太陽が山の向こうから顔を出した頃、里の結界が解除されたので私と紫は中に入った。
私は妖力を隠して霊力を出し、紫は人間と妖怪の境界を弄っている。二人共少し変な格好の少女にしか見えないだろう。
里の人間に妖怪退治屋の話を聞くと訝しげな顔をされたが、自分達も同職だと言ったら納得して快く教えてもらった。
もっとも今回私達が退治するのは妖怪ではなく人間だ。
妖怪退治屋は里長の家に泊まっていた。結構な歓待を受けているらしい。
里長の家の前で掃除をしていた男に同職の縁で会いたい旨を告げると、一度中に引っ込んだ後許可してくれた。
そして里長の家の一室で妖怪退治屋に対面。普通の麻の服を着た普通の少女だ。髪は短めで、顔は真面目そうな印象を受ける。
「初めまして、マナと言います。お二人も破妖士だとか」
礼儀正しく一礼する少女。破妖士ねぇ……語呂が悪い。
「私が白雪。こっちは紫」
私は軽く会釈を返し、紫は優雅に一礼した。丸太を切っただけの簡単な椅子に腰掛けて雑談に入る。
「お二方は旅をしてどれくらいに?」
私達は顔を見合わせた。
「どれくらい?」
「さあ?」
「だよねぇ」
「そんなに長いんですか…」
「マナは? 何で……あー、破妖士なんてやってるの?」
「かれこれ三年ほどになります。私の村は妖怪に襲われて」
マナが何度も誰かに聞かれた事があるのだろう、順序良く淡々と話した。
彼女が住んでいたのは比較的新しい村で神様がいなかった。ある夜流れの妖怪がそこに目を付け襲撃し、混乱の中壊滅してしまったそうだ。マナは幸い霊力が高くある程度自衛できたため食べられなかったが、妖怪の姿さえ捉えられず追い詰められ、空を飛んで命からがら逃げ出したと。以来復讐のために妖怪退治をしつつ腕を磨いている。
話の途中で紫が目配せしてきた。なに? と目を向けると唇を僅かに動かし音を出さず喋った。
――それ私
お ま え の し わ ざ か!
私が頭を抱えているとマナが話し終わった。
「――だから妖怪なんてどいつも外道畜生なんです。化かされる隙を与えず滅するのが一番です」
ごめんね、現在進行形で化かしてる。君の仇は目の前に居るんだよ。
妖怪が人間を襲うのは世の常だし、やり過ぎ感は否めないが紫も私も謝る気は無い。このまましらばっくれて人間のフリをするのが吉だ。
しかしどうしよう。自分の力を過信した人間だったら痛め付けて終わるつもりだったが、この娘は敵を討つまで諦めないだろう。
「今からこの里の周辺の妖怪を一掃しようと思っているのですが、手伝っていただけますか?」
一掃……目に付いた妖怪は片っ端から消滅させるんですね、分かります。
「少し相談しても?」
「構いません」
私と紫は席を外して部屋の外に出るとコソコソ相談した。
「紫何やってんの」
「人間一人見逃す程度良いと思ったのだけど」
「全然良くなかったね。どうしようか?」
「どうしましょう?」
「……楽しそうね」
「貴方が遂に人間に手を下すかと思うと満月が満ちるのを眺める気分よ」
「戯言は置いておくとして」
「あら睦言の方が良かったかしら」
「馬鹿は置いておくとして。……ん? ありゃ、盗み聞きされてるよね、これ」
気付くのが遅かったが壁の向こうでマナが耳をそばだてている気配がした。瞬間、背後の壁を裂いて私の首を正確に狙う刃。
余裕でかわせたが良い腕をしている。
「困ったわね」
「実に困った」
軽口を叩いて互いに妖力を出し、裂かれた壁な穴の向こうでどこから出したのか分からない剣を構える無表情のマナを眺めた。色味を消したかに見える瞳の奥に憎悪が見え隠れしている。
「騙したな妖怪」
「騙される方も騙される方よ。仇の顔も知らずにどうやって仇討ちするつもりだったのかしら」
「姿形が分からないのなら全ての妖怪を絶滅させればいいだけのこと。現にこうして出合った」
過激だな。口調が変わってる。説得は聞かないし効かないんだろうなぁ……紫か私の能力を使って精神を操れば解決するけど可能な限りやりたくない。向こうもこちらの実力を悟って隙を伺ってるし、叩きのめしても懲りなさそうだ。
「封印すれば良いじゃない」
「遠回しに殺せって? 妖怪でも不老の類でもない奴を封印したら弱って死ぬよ」
のほほんとした空気を形成して会話する私達だが、マナは切り込めない。ぶっちゃけた話マナが十人いても私達二人には勝てないだろう。それだけの歴然とした差がある。
「んー……あー、そうだねえ……うん? ああ……あ! 紫、幻想郷に行ってもらっていい? 紫が行けばマナも追っかけてくと思うし、あそこなら私が旅の途中で勧誘した大妖怪がゴロゴロしてるはずだから」
巫女にも――もう何回か代代わりしていると思うが――人妖の均衡を保つように言ってある。仮にマナが見境無く妖怪を討てば捻りつぶすだけの戦力が幻想郷にはあるのだ。紫の力ならマナに退治される事も無い。マナは能力持ちっぽいがこの場で使ってこない所を見るに戦闘向きではなさそうである。
本人の前で堂々と言う言葉では無いが、紫を餌に幻想郷へ行ってもらう。
「構わないわ。そろそろ旅暮らしにも飽きてきたところ」
紫はうさん臭い本心かどうか分からない笑みを浮かべて答えた。
何を考えているかは知らないが了承してくれて何より。
「それじゃよろしくー。幻想郷の規則は前に話した通りだから。ああ、マナに拒否権は無いからね」
私の台詞の最後に合わせてマナの足元にスキマが開いた。咄嗟に飛んで逃げようとしたマナだが、スキマから伸びた腕に足を掴まれ引きずり込まれた。
悲鳴? アーアー聞こえなーい。
私が真理の扉を思い出していると、紫も少しこちらに手を振ってスキマに潜り込んだ。
短い付き合い、あっさりした別れである。紫とはまた会えるからいいけど。
スキマが閉じて静かになった里長の家。私は若干の寂寥感と共に目の前の切り裂かれた壁をどうしようか思案した。