諏訪大社に厄介になること三年弱、大和の神・神奈子が攻めてきた。
侵攻の半年ほど前から大和の神々が戦の準備をしているという噂が流れていたが、本当に攻めてくるとは思わなかった。東方知識で諏訪大戦の勃発を知っていても、だ。
それほど諏訪子の威光は凄かった。逆らえば祟られるし、大人しく従っていればしっかり恵みをもたらしてくれる。無茶な要求はしないので反発する理由が無い。例え反発しても例外無く捻り潰される。
神奈子もよく挑もうと思ったなあ、と感心しつつ対峙する二柱を少し離れた位置から眺める。時刻は昼、諏訪大社境内での事である。
「洩矢諏訪子。貴方の神社、もらいうけるわ」
しめ縄を背負った神奈子が堂々と宣言した。私は眼中に無いようで見向きもされない。別にいいけどさ。
えーとなんだったかな、あの変なしめ縄は……蛇を表し、復活と再生、永遠を意味する、だと思ったけど。ケロちゃん対策だよなあ。土地神の噂話を耳に挟んだだけだからはっきりしない。
しかしたった一柱で敵陣に殴り込みとは大した胆力だ。ちょっと無謀な気もするが。
「つまり信仰を私から奪おうって事? いきなり来て勝手を言う。あんたの噂は聞いてるよ、八坂神奈子」
諏訪子がミシャグジ様達を周りに集めて睨みを効かせた。ごめん、神力は凄いけど幼女が睨んでも迫力無い。
しかし神奈子はそうでもなかったらしく、若干怯んだ。が、すぐに気を取り直す。
「より強く、より多く恵みをもたらす方が信仰を受ける。それが民の為でもある。当たり前の話でしょう」
「図々しい神だね、私を社から追いやろうなんて。覚悟はできてる?」
諏訪子が最近手に入れた鉄の宝剣を懐から取り出して構えた。双方臨戦態勢。おおい、この場で戦う気? 二人が話してる間に人払いの結界を張ったからいいけどさ。
「白雪、手出し無用だよ!」
「分かった。社は壊れないように私が守っておくから気にせず戦うと良い」
「……そこの神は?」
「あ、どうも。最近ここで世話になってる普通の神です。邪魔はしないから気にしないでー」
ひらひら手を降ると神奈子は首を傾げ、諏訪子はどこが普通なんだか、という顔をした。いや普通だよ? 神としての力だけ見れば。
二柱は表情を引き締めて空に舞い上がった。私は社全体に結界を張る。
そして空中で二言三言言葉を交わし……激戦が始まった。
「一対一なのに`大戦´って凄いよねぇ」
弾幕に色を付けるのはさほど難しくない。基本的に妖力は黒、霊力は白、神力は半透明だが意識しなければ本人の気質に応じて勝手に色がつく。意識すれば割と自在に変色できる。
二人共目に痛い極彩色の弾幕をばらまいて飛び回っていた。隙あらば諏訪子は宝剣で切りつけるし、神奈子はどこからともなく出したオンバシラをぶん投げる。
流れ弾と流れ柱が飛んできては轟音と共に地面にクレーターを作り、諏訪湖の湖面に高々と水柱を立たせる。私は社の結界の側で観戦していたが、一回避け損ねてもろにオンバシラを喰らった。かなり痛くて痣ができた。
回復力と治癒力を上げて瞬間完治させてからは油断せずに余波をかわしている。
諏訪子は神奈子を祟っているようだが、しめ縄から出る力がそれを妨害していて堪えた様子は無い。まあそりゃあ何の対策も無しに喧嘩売らないよね。
世話になったし諏訪子頑張れー、と心の中で応援しながら地面に降り注ぐ弾幕をかわす。妖精程度なら一発で塵になるデッドシャワーをかいくぐり観戦を続ける奴は私ぐらいだった。ミシャグジ様達も地上から諏訪子を援護しているが、弾幕に当たっては次々と伸びていく。気を失ったミシャグジ様は結界の中に放り込んでおいた。
ホント人(含・妖怪)払いをしておいて良かった。この戦いは激し過ぎだ。
最初は諏訪子が押していたが、日が沈み月が昇って降り、また朝が来る頃には逆に押され始めていた。ミシャグジ様達が次々とリタイアしたせいでサポートが無くなったのが原因だろう。オンバシラの大質量を宝剣で受ける訳にもいかず、かわして逸らして受け流していた。
神奈子はここぞとばかりに攻勢に出ている。うーむガンキャノン。
いちいち流れ弾&柱を避けるのも面倒臭くなったので自分にも結界を張って悠々観戦する。
もう丸一日戦ってるよこの二柱。アホみたいに神力を使っているのにまだ余裕があるように見える。余程実力が拮抗してるんだろうなぁ、と思いつつまたノックアウトされたミシャグジ様を結界内に引きずり込む。公平をきす為に一度退場したミシャグジ様の再戦は不可である。
三日三晩続くとか止めてくれよ、結界張り続けるのって疲れるんだ精神的に。MP消費は問題無いんだけど、私は結界ってより力押しが専門だからね。
私の思いをよそに続く戦い。どちらもようやっと疲弊してきたようだが、弾幕をアクロバットな飛行でかわす諏訪子を野球選手さながらにオンバシラで打とうとする神奈子。長引きそうだ。
接戦は三日目の朝明けと共に決着した。弾幕に帽子がかすって一瞬動きが止まった諏訪子にとうとう振り回されたオンバシラがクリティカルヒットする。
「うわっ! 痛そう」
擬音で表せば`カキーン´である。文句なしのホームラン。大丈夫かあれ?
私は結界を解除して撃墜された諏訪子を回収しに行った。飛行石を持ったシータの如くゆっくり落ちてくる諏訪子を空中キャッチ。気絶していた。帽子の目玉も目を回している。え、帽子も体の一部?
「まさか貴方は攻撃して来ないでしょうね」
肩で息をした神奈子がふらふら近付いてきて言った。
「思う所は無いでも無いけど手を出すなって言われたし、戦う気は無い」
「そう、なら良いわ」
「諏訪子の介抱は私がしとくから休んだら?」
「……変な神ね。諏訪子の味方じゃないの? 敵に気を遣うなんて」
「私は無所属新人の神だから」
「ム、ムショゾク?」
「いやこっちの話。ほらほら行った行った、本殿は向こうだよ」
神奈子を追い払って地上に降りた。うなされている諏訪子を抱えて本殿に向かう。
しかしやっぱ負けたか……私が居ても東方正史にバタフライ効果は生まれないのか? 見えない部分で変化しているのかも知れないが今の所大きな変化は見られない。
「ま、なるようになるか」
考えても仕方無いので早々に思考放棄した。ケセラセラー。
「白雪~、負けたよ~」
諏訪子は目を覚ますと泣き付いてきた。帽子は頭からとって脇に置いているが、その帽子も泣いている。帽子と諏訪子の関係が気になるが何か怖くて聞けない。
「泣かない泣かない、神様でしょう」
えぐえぐ泣く諏訪子の頭を撫でてやる。神奈子は面白そうに私達を見ていた。神奈子にも一通り私の力と立ち位置を見せてある。
「神奈子、ミシャグジ信仰は根強いよ。いくら正面から諏訪子を破っても取って代わるのは難しいんじゃないかな」
「人間も強い神の方につくわよ」
「自信満々だねぇ」
諏訪子の鼻水を拭ってやりながら、しばらく神奈子が神のなんたるかと信仰について説くのを聞いていた。余程悔しかったのか諏訪子はなかなか泣きやまず、時々怨めし気に神奈子を睨む。
仲良くしようよ。長い付き合いになるんだからさ。
その日は諏訪子が泣き疲れて眠ってしまったのでお開きになった。
翌日、荒れ果てた社の周辺におっかなびっくりやってきた参拝客に神奈子が神の交代を告げた。
参拝客に動揺が走り、しめ縄を背負った神奈子とミシャグジ様を従えてぶすっとしている諏訪子を怖々見比べる。
もそもそ相談し始めたが、この場では決められないとの事で一度帰っていった。
数日後、里長やら何やら代表達が集まり、神奈子は受け入れられないと言ってきた。諏訪子が存命である以上他の神を祭って祟られるのは怖い、と顔に書いてある。
神奈子は不満そうだったが圧政を敷いていた訳でもない神を殺すのははばかられる。
その後も少しごたごたしたが、結局は国内で`洩矢様´を`守矢様´に変え、外では別の呼び名で呼び分けるようにした。
これにより表向きは祭神が変わったように見えるが実は変わっておらず、表面上の神=新しい大和の神(国外では神奈子を指すが国内の民は諏訪子と認識)、実際の神=諏訪子という奇妙な構図が出来上がった。
人々は新しい守矢神を信仰するのだがその実諏訪子を信仰しており、結果信仰が分かれて神奈子と諏訪子で折半される。
ややこしい。
つまり悪し様に言えば神奈子の傀儡政権だ。いや諏訪子の傀儡政権か?
他の神の信仰を分捕るのはどうかと思うけどせっかく苦労して勝ったのにねぇ……
諏訪子も可愛い……じゃない、可哀相だが神奈子も可哀相である。