宿儺の岩屋には数泊したのだが、毎晩抱き心地が良いとかで抱き枕にされた。鬼の力で抱き締めるので防御力を上げなければ骨が折れていたところだ。
つーかさ、抱き締められるって事は胸が当たる訳ですよ。でかい胸が。何なの苛めなの? 起伏の無い私への当て付け?
前世(?)は男だったけど男の期間のウン百倍女やってるから、胸当てられたぐらいでは嬉しくない。ちょっとパルスィの気持ちが分かったよ。
宿儺と別れて山を降りると、里の人達に幽霊でも見るかのような目で迎えられた。何日も戻らないので喰われたと思ったらしい。そこは適当に言い繕った。
退魔師はボロボロの服で颯爽と山から降りてきたそうだ。幻想郷の場所を聞いてまわり、
「井の中の蛙とはこの事よの!」
と高笑いして去って行ったとか。元気な爺さんである。当分死にそうに無い。
私は根掘り葉掘り鬼から助かった経緯を探ろうとする住人に辟易してすぐ里を出た。
ただ今の装備は三度笠、衣、草鞋、麻袋。アイテムは宿儺から貰った酒瓶と干柿が少々。諏訪湖への旅の再開だ。
雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けずに歩き続けた。雨の日は地面がぬかるむので飛んだが。
里を見つける度に寄って交易をしたのだが予想外に儲ってしまった。
狼や熊、妖怪がうろつくこの時代に他の里に行くのは命懸けである。護衛を連れて大人数で行動すれば危険が減るが分け前も減る。その点私はむしろ襲う方だし、利益も独り占め。ぼろ儲けだ。
貨幣が無いので荷物がかさ張って仕方なく、山道で出合った妖怪に酒やら小物やらを無償であげてやっとトントンだった。
大体二、三の里に一人ぐらい妖怪退治屋がいた。皆好き勝手に称号を名乗っていたが面倒臭いのでまとめて妖怪退治屋と呼ぶ。腕前は下の下~下の上。おしなべて低い。中級妖怪に勝てる奴はいなかった。ちなみに私の巫女は中の上。十把一絡の有象無象とは格が違うのだよ! 大妖怪には勝てないけど!
一応退治屋連中には幻想郷の話をしておいたが何人来る事やら。
念の為言っておくが妖怪退治屋が里から消えても割と問題は無い。大半の里ではミシャグジ様など八百万の神が守ってくれている。里の守護が薄くなる事は無い。
さてはてそんな八百万の神、土着神の頂点と呼ばれる諏訪子の社近くにやってきた。旅立ってから一年が経過していた。
「これはまた……」
山の麓から湖を臨む社は今まで見てきた中でも郡を抜いて規模が大きく荘厳で、濃密な神力を纏っている。私の神社を無名の足軽だとすると徳川家康クラスだ。比較にならない。
人間には見えないだろうが、神力を帯びた半透明の動物がちらほら鳥居を潜って社に向かっていた。土着神だろうか。
周りを見回してみる。社は手入れが行き届いた鎮守の杜で囲まれ、鳥居からしっかりした石畳の参道が伸びていた。参道の向こうに社が見える。鎮守の杜からは里へ続く飛び石の道があり、参拝客が立ち止まる私を邪魔そうに避けて行き来する。
参拝客多いな……私の神社は日に十人ぐらい。神の格が違い過ぎる。諏訪子ってどんだけ信仰集めてるんだか。
私はとりあえず社に向かった。名も知られていないただの八百万の神が祟り神を束ねる土着神の頂点に会えるか分からないが、行ってみるだけ行ってみよう。
一般に社は本殿と拝殿からなる。人々が普段参拝するのは拝殿で、御神体がいる本殿は拝殿の奥にある。
私の神社は小規模なので小さな本殿一つしかないが、諏訪大社は当然両方あった。祭神である諏訪子は本殿にいるはずなのだが……なんで拝殿の屋根に腰掛けて蛙撫でてんの?
堂々と神力を出している神様に参拝客は気付く様子は無い。姿を見えなくしているらしい。
やっぱ神力凄いなと思いながらぽかんと口を開けて見上げていると、諏訪子と目が合った。諏訪子がそっと右に移動したので私もそっと右に顔を動かす……あれデジャヴ?
諏訪子が瞬きした後二カッと笑って手招きし、蛙を肩に乗せ屋根の向こうに消えた。来いって事だよな……
私は気配を消し、神力を出して本殿へ向かった。これだけ神力がある場所なら私程度の神力は紛れて分からない。
誰にも気取られず本殿に着くと、諏訪子が社の石段に腰掛けて待っていた。変な目がついた帽子に蛙が描かれた紫と白の服。やっと永琳に続く原作キャラ二人目である。
「人型の土着神なんて珍しいねぇ、ほとんど動物なのに。歓迎するよ。知ってると思うけど私は洩矢諏訪子。あんたは?」
「白雪、字は無い。あと私は土着ってほど地域に密着してないかな」
「そうなの?」
「社を巫女に任せて旅暮らし中」
「うーん感心しないねー。神は土地を守り、人間を護り、信仰を得てこその存在さ」
「私が手ずから鍛えた巫女だから。諸々全部しっかりやってくれてるよ多分きっと」
「……まあ私の治めて無い土地だしとやかく言う事は無いか。で、何の用?」
「観光」
「あっはっは、人間臭い神だね! そういう事ならゆっくりしていけばいいよ」
諏訪子は愉快気に笑って拝殿へ戻っていった。すれ違う時にさり気なく確かめたが身長は勝っていた。他は引き分け。`他´が何を指しているかは勝手に想像してくれ。
諏訪子は私の事を基本放置だった。本殿の中には入るなと注意されたぐらいで、どこに行っても何も言わない。
近くの里をうろついて分かった事だが、諏訪子の姿形は意外に知られていなかった。本人に聞くと適当な人間を使って神託を下しているとのこと。姿を見せると外見でナメられるらしい。納得である。
あと数百年もしたら白雪の身長追い越して姿を見せるよ! などと息巻いていたが、可哀相なので二千年経ってもそのままだとは言わないでおいてあげた。まー何かが間違って普通に高身長になる望みも無い事は無いだろうし。
参拝客の中には貝殻や磨いた色付石の装飾品をごたごたつけた人間もいた。里長とか王様とかそんな感じの立場の人間らしい。諏訪子はその連中には神託を下して統治方針を指示する。すると里長達は平伏して下がる。
諏訪子凄いな。連合国の盟主的な存在だ。
昼間はそういう参拝客を見守ったり相手をしたり土着神からの相談に対応したり忙しそうにしているが、夜は比較的時間が空くので酒を酌み交わす。
ある夜酒の席で私今一万歳くらいなんだよね、とバラすと諏訪子は清酒を吹き出した。もったいないお化けが出るぞ。
「い、一万!? 私七百だよ!? そんなに生きてる神聞いた事無い!」
「神になったのは最近だからね。もともとは、」
神力に加えて妖力を七割ほど出した。諏訪子が反射的に飛び退く。警戒した様子で手を挙げると、どこからともなくミシャグジ達が集まってきた。
「ただの妖怪。あ、この酒美味しい」
「その妖力の量は何!? 尋常じゃない!」
「長生きしてますから。あと祟るの止めて。少し息苦しい」
諏訪子が目を丸くした。
「ほとんど全力で祟ってるのに……普通即死だよ?」
「そりゃ色々普通じゃないからさ。確かに私は妖怪だけど人は襲わないし、神でもある。そんなに睨まなくてもいいんじゃない?」
「…………」
しばらく沈黙した後頷いた。ふっと私の体にかかっていた圧力が消える。ミシャグジ達も退いていった。諏訪子が気まずそうに頬を掻く。
「あーうー、ちょいとやり過ぎたよ、ごめん。白雪は悪さするような奴じゃないもんね」
「いいよ、気にしない。そんな事より酒飲もうぜ」
「白雪は酒が好きだねぇ」
「酒は人妖神その他の潤滑剤だから」
諏訪子はくすくす笑った。
十五夜の月の下、私達は気分良く杯を交わした。