鬼が真正面から殴りかかってきた。見切り、紙一重でかわし、腕を捕る。
「せっ!」
背負い投げをしようとしたが空中で腕を外され逃げられた。そのまま滞空して弾幕を雨あられと放って来る。あの退魔師とは数も威力も桁違いだ。
回避力を上げて全て避け、私も宙に舞う。鬼は心底楽しそうに笑っていた。
「蛇の祟り神より余程強いのう。それでこそねじ伏せる甲斐があるというもの」
「出来るかな? 逆に跪かせてあげるよ」
さて、空中弾幕戦と洒落込もうか。
機動力と速力を上げる。鬼と私は高速で旋回しながら弾幕を撃ち合った。大弾を背面飛行でかわし、小弾を素手で薙払ってホーミング弾を連射する。鬼は数回避けてから誘導性能に気付いたらしく光線系弾幕で相殺した。
その隙に背後に回って背中をしたたかに蹴り飛ばす。スペルカードルールが無いので体術を混ぜても問題無い。
「小癪な!」
鬼が弾幕で牽制しつつその場を離脱した。服が所々焦げ、背中には草鞋の跡がついている。対して私は無傷だった。
「なかなか当たらんの……」
鬼が両手に妖力を集中させながらぼやいた。私は神力で弾幕を作り滞空させる。
「お前に足りない物、それは! 情熱、思想、理念、頭脳、技巧、ひたむきさ、勤勉さ! そして何よりも――!」
急加速し、一瞬で鬼の真上をとる。
「速さが足りない!!」
鬼は神力の弾幕嵐をまともに受けてよろめいたが、何とか体制を立て直した。神力の弾幕は高威力の上半透明で避け難いが、自然回復しない力を使うのはもったいないので乱用はできない。しかし今ので倒れないとは……妖力と腕力はともかく耐久力は剛鬼より上か?
「敵に忠告とは余裕やの?」
不敵に言った鬼は突然四人に分裂した。全く同じ姿の鬼が四人。
「はぁ!?」
なんだそれ!?
「身を分ける程度の能力よ」
「そちらも能力を使っておるのだろ」
「戦いは全力を尽くしてこそ」
「容赦はせぬ」
四人は四方向に散り、一斉に溜めた妖力を開放した。次の瞬間私の全周囲を取り囲む滞空弾幕。
「押し潰されよ」
分身とかもうね……一体一体オリジナルと同じ妖力あるし、天津飯涙目。チート過ぎる。
しかし鬼の割に頭良いな。確かにどれだけ速い敵でも避ける隙間が無ければ命中する。
でもさ、私は速いだけじゃないんだよね。
斥力と反射力と反発力を強化。疑似一方通行モードだぜ!
「何!?」
弾幕を全て反射した私に鬼が驚きの声を上げる。あくまでも`疑似´なので威力の高い鬼の拳や蹴りは反射できないが、通常弾幕程度なら充分有効だ。
戸惑った隙に一度距離をとる。一体ずつ片付けるのも面倒だし、久し振りのあの技を使おうか。ただし威力抑えめで。
「華々しく散れ――――妖力無限大!」
空気を裂いて極太の黒い光線が迸る。四人の鬼は敵わないと見て逃げようとしていたようだが、避けきれず直撃した。断末魔っぽい悲鳴が聞こえる。
光線が空の向こうに消えると、一体に戻った黒焦げの鬼が力無く墜落していった。
うわぁ、やり過ぎた……死んで無いよな……
地面に落ちて虫の息の鬼を回復力と再生力を上げて復活させてあげた。妖力が高く効き目が薄かったが何とかなった。
「負けた負けた、ぬしは強いの。見た目通りの年齢でもあるまい」
どういう理屈か服まで元通りになった鬼がやや疲れた表情で聞いてきた。妖怪の服って体の一部なのか?
「まあね……えーと……あれ、そういえばまだ名前聞いて無かった」
「私か? 宿儺百合姫という」
スクナ……聞いた事あるような無いような。有名な鬼か?
「ぬしの名は? ……いや、負けた私に訪ねる資格は無いな」
「別にいいよそれぐらい。私は白雪、字は無い。種族は……妖怪」
宿儺は首を傾げたが、すぐに考えるのを止めたらしく笑った。女の私でもドキドキするほど綺麗な笑顔である。
「まあ何でもよいわ。白雪、私のねぐらに寄っていかぬか」
「急ぎの用事も無いし行くよ」
ねぐら有りとな。剛鬼よりは人間的な生活をしているらしい。
私は足取り軽く山を昇る宿儺を追いかけた。
宿儺のねぐらは山の頂上に乱暴に巨岩を積み上げて作ったものだった。しかし入口と奥で二つ部屋があり、岩と岩の隙間も小石で埋められている。雑なんだか丁寧なんだか分からない。私が昔住んでいた岩窟の三倍ぐらいの広さだった。
「今日は人さらいは止めにするかの。代わりに酒を奪うとしよう」
宿儺は一体分身を作った。分身は黙って山を降りていく。便利だ。
岩屋には幾つか酒壺がおいてあり、宿儺は数本の徳利に移して私に寄越した。ますます剛鬼とは違う。男の鬼と女の鬼では感性が異なるようだ。
二人で酒を飲みながら話した。日が傾いてきたので鬼火を天井に漂わせる。岩屋の外からは涼やかな虫の音が聞こえた。
「四つ離れた山の里のミシャグジ様って知ってる?」
「祟り神か。従え従えと煩い奴よ」
「ああ、確かに高飛車な所あるよね。そのミシャグジ様に妖怪退治を頼まれてさ」
宿儺が僅かに硬直した。
「……私を封印でもするのかえ」
「いいや、もう散々痛め付けたからね。殺せとも言われて無いし目的は達した。一応一年程度は人さらいを止めてくれると助かる」
ウインクすると宿儺は大笑いした。
しばらく話が弾んだ。私が剛鬼の話をすると興味を示し会ってみたいと言ったが、もう死んでいると告げると残念そうにしていた。
幻想郷に関しては剛鬼の話題ほど食いついて来なかったが、妖怪が集まる山には惹かれたようだ。里の人間をさらえないのは気に食わないが強い妖怪との力比べはしてみたいとのこと。気が向いたら幻想郷に行くかもしれないと言う。
宿儺の強さから推測するに、後の四天王かもしかすると鬼神になるのかも知れない。
酒壺を三つほど干すと宿儺が湯浴みに誘ってきた。少し山を降た場所に温泉があるらしい。
私は誘いを丁重に断った。本音は行きたいが我慢する。宿儺のナイスバディを直に見たら立ち直れなくなりそうだからね……