色々と常識が狂った幻想郷もあまりに狂い過ぎて一回りして元に戻っているのか四季は普通に巡る。ちょっと冬が長引いたりもした事があったらしいが最近は冬もでしゃばらず素直に春にポジションを譲り普通に巡っている。
普通……良い言葉だ。ダチの脳内辞書に書き足して赤線引いてやりたくなるぐらい良い言葉だ。
外の世界の暦に直せば2011年の秋。里では毎年恒例の収穫祭が行われていた。
「飲みねぇ喰いねぇ! 今日は無礼講だー!」
「お前は毎日無礼講だろ」
中秋の名月に照らされた人里は人妖神魔入り乱れてのどんちゃん騒ぎだ。秋の神はくるしゅうない、くるしゅうないと笑いながら慧音さんの酌を受けているし、狐妖怪はくそ真面目な顔して油揚げをテイスティングしているし、魔理沙は爆笑しながら怪しげなキノコを馬鹿喰いしている。大丈夫かおい。
一方俺は隅の方で月を眺めながら一人静かに杯を傾けていたのだが、案の定騒がしい悪友が賑やかに賑やかしにやってきた。
「ほらほら焼酎もってきたからドンドン飲みねぇ!」
機嫌よく俺の杯に酌をしてくれるがダバダバ溢れている。そして続いてラッパ飲み。お前半分以上口から溢れて服ぐしゃぐしゃじゃねーか。色気のない下着透けて見えてんぞ。
「騒ぐのはいいがもうちょい落ち着け」
「これぐらいが普通さぁ! そっちが落ち着き過ぎなんさ!」
「まあ否定はしない。俺とお前を足して割れば丁度いいぐらいだろ」
「あれあれ足しちゃう? 合体しちゃう? 構わんよ! ぬわっはっはっは!」
こいつ泥酔してやがる。
冷水ぶっかけてやろうと桶を探していると絡み付いて密着してケタケタ笑いながら息を吐きかけてきた。酒臭ぇ。
「離れろ酔っ払い」
「グヘッ!」
ボディを一発ぶち込んで引き剥がす。酔っ払いは始末に負えん。
リバースしないように手加減したせいかすぐに復活した酔っ払いは通りがかった子鬼を小脇に抱えてどんちゃん騒ぎの中心地に突撃していった。
やれやれ。明日の朝は酔い醒ましでも用意しておいてやるか。
明けて祭りの翌日、まだ空も白み始めたばかりの早朝。俺は長家の自室で布団に突っ伏して頭痛をこらえていた。完璧に二日酔いだ。
普段は次の日に尾を引くほど飲まないのだが、昨日は最後の方でデロデロに酔っ払ったダチが何が面白いのか爆笑しながらやれ飲めそれ飲めと口に一升瓶を突っ込んで来たので泥酔せざるを得なかった。すぅっと意識が遠のいた時は割と本気で急性アルコール中毒で死ぬかと思った。
匍匐前進で卓袱台まで移動し、なんとか昨日眠りに落ちる前に用意できた酔い醒ましを飲む。そのままorzの体勢で停止、薬が効くのを待つ。
流石メイドイン永遠亭、ものの数分で楽になってきた。
プラシーボ効果も入ってるのかも知れないが、博麗の巫女曰く「二日酔いぐらい気合いで治る」らしいので幻想郷ではプラシーボ効果が嘘から出た真になっている可能性も否めない。なんて所だ。
しばらくして頭痛がほとんど引いたのでそのまま二度寝に入ろうかと布団に這っていくと廊下から足音が近づいてきて部屋の戸が高速でノック連打された。キツツキか。
誰かは分かるがさて何事かと戸口に顔を向けると、ダチがスパンと戸を開け興奮した様子で抜き身の刀をぶんぶん振りつつ入ってきた。お前昨日はぶっ倒れるまで酒浴びてた癖になんでそんなに元気なんだ?まあ元気の無いコイツってのもなかなか不気味だが。つーかその刀どこから持ってきた。とりあえず振り回すのやめろ、良い子だから。
「見てコレヤバい! パない! キタ! 私の時代ktkr!」
「それはお前の脳味噌よりヤバいのか? まあ落ち着きたまえ」
「……凄く落ち着いた」
するっとテンションを下げたダチは卓袱台の前にどっかり座り、刀を脇に置いて、昨日の祭の残り物から失敬してきた料理をもしゃもしゃ勝手に貪り始める。
「いやさ……んぐ……さっき祭の後片付けを手伝いに行ったらさ……んぐ……博麗様が分社の前で腹出して寝ててさ……んまいんまい……分社の扉が開いててさ、そこに安置されてた……うっ!」
リスの様に頬を膨らませ喉を押さえたダチに湯のみを渡す。
「……ふう。そこに安直されてた刀を見て直感したね。最強武器キタ━(・∀・)━!!」
「何を根拠に」
「最初の村に伝説の武器が封印されてるとかRPGの定番じゃん。ものすんごいオーラ出てるし」
オーラ? ……目を凝らして見てみたがさっぱり分からん。ま~た才能が無い者には見えない類の不親切なファンタジックパワーか。うぜぇ。そして羨ましい。
「ん? 待て、安置されてた物がなぜここにある」
「拝借してきた。ダイジョブ、ちゃんと借りていきますって言ったし」
「……返事は?」
「『う~んムニャムニャまだまだ食べられる』だってさ。つまりイエスですね分かります」
何がどう分かったんだ。
「事情は把握した。今すぐ返してこい」
「だが断る。ごっそさーんっ、いってきます! あ、一緒に来る?」
「どこへ? あと今すぐ返してこい」
「妖怪の山に弾幕決闘ふっかけてくる。あとしばらく借りても何も問題はない! 返す時に十分の九殺しぐらいで済むって! 博麗様だし!」
「…………」
カラカラ笑うコイツが時々単なる馬鹿なのか途方もない大物なのか分からなくなる。
「うおおお今の私は絶好調だぁあああ! ヒャッハー! 爆死したい奴から前に出ろ!」
「おい待ていいから刀返して来い! 冗談抜きで九割殺しされんぞ! ……だめだ聞こえてねー」
ダチは刀をひっつかんで疾風のように去って逝った。自重しろ二十代。
まぁ博麗様なら案外笑って許してくれるかも知れないが……あいつは野放しにしておくと何しでかすか分からんからな。一応俺も妖怪の山に行ってみるか。
博麗神社の分社に賽銭を投げ込み、妖魔退散と健脚のお祈りをしてから里の外に出た。
分社の御利益は半日ぐらいしか保たないし相手が中級妖怪以上になると効果が怪しくなるが、陰陽師を護衛に雇うより安上がりでいい。つーかあいつも曲がりなりにも陰陽師のはずなんだが今日仕事いいのか。
ジョギングで草原に一直線にできた踏み鳴らされた土の小道を行く。妖精が草むらでちょろちょろしていたが襲ってくる事もなく(襲ってきても妖精程度なら俺でも殴り倒せるが)、スタコラ走って二、三時間、妖怪の山の麓にたどり着いた。なんか見慣れた陰陽師が天狗数人と派手に弾幕をばらまきあっている。妖怪としては相当強い方に分類されている天狗を数人同時に相手取れるのはやっぱり刀のおかげだろうか。よくわからんが。
俺が見ている間に爆殺魔は刀を大上段から振り下ろし、お得意の爆発弾幕を雨あられと放った。ぼかんぼかん爆音と共に景気良く炸裂する弾幕を天狗達は急旋回して大回りに避けていく。
「爆符『桃色ツンデレ娘』!」
自分の周りを円を描くように飛び回る天狗達を一網打尽にしようとしたのか、ダチはスペル宣言をした。奴のスペルは大体見たことがあるが、確かに普段のスペルより明らかに強化されている。弾幕の展開速度が数段上がっているし、速度も威力も大きさもレベルが違う。
汚い花火をあげて天狗を撃墜したダチ公は地上から見上げる俺に気づいたらしい。高度を下げて滑空してくると俺の脇に手を入れてさらってきた。ぶらぶらとぶら下げられて高度ン十メートルの空を飛ぶ俺。どうしてこうなった。落ちたら死ぬぞこの高さ。正直漏らしそう。
「なんで俺はさらわれてるんだ」
「え、弾幕ごっこ見たいから追いかけてきたんじゃないん? 特等席だよここ」
特等席と書いて爆心地と読む。
「下ろせ」
「死ぬよ?」
「落とせじゃねーよ下ろせ地面に」
「構わんよ、もう目的地に到着したから」
「マジで」
はえーよ。飛行速度も上がってんのか。
砂利が敷かれた境内に下ろされた俺は周囲を見回した。でっかい柱が林立していて、立派な神社と綺麗な湖が見える。守矢神社か。
あいつぁどこ行きやがった、と上を見上げるとなんか注連縄背負ったおねーさんな神様と対峙していた。真下から見上げているのに不思議とスカートの中は見えない。幻想郷の婦女子はスカート率高いのにどいつもこいつもこんなんだ。そういう魔法でもかかってんのかね。
アホなこと考えている間に二人の弾幕ごっこがはじまった。宙から取り出した柱をぶん投げてくるミス注連縄を爆発弾幕で迎え撃つ。
「そおぃ!」
掛け声と共になぎ払った刀の軌跡に大量の弾幕が生まれ、雪崩をうって飛んでいく。
「あ、あれは白雪の刀!」
「知っているんですか諏訪子様!」
いつの間にか隣にいたちっこい神様と緑色の髪の人がダチの、というか博麗様の刀を見て何か騒ぎはじめた。
「十全に使いこなせば二、三発で幻想郷が焦土になるぐらいの神秘が秘められてるとんでもない刀だよ。白雪の分社に安置されてたはずなんだけど……」
「え、それだと幻想郷は滅亡するんじゃ」
「そんなキバヤシ展開には流石にならないって。でも一応白雪に知らせておこうか」
ちっこい神様がステテテテと可愛らしくかけていった。それを見送り、横に目を向けると緑の人がすんごくニコニコしていた。
「参拝客の方ですか?」
「あ、いや俺は……あーはいそうです」
否定しようとしたら傷ついた顔をされたので思わず肯定してしまった。
緑の人、早苗さんはここぞとばかりに信仰の勧誘をかけてきた。外界の胡散臭い壷買わされそうな宗教ならケツ蹴飛ばして追っ払ってやるところだが、幻想郷の神様は拝むと本当にご利益があるので真面目に聞いておく。なんだか手馴れた感のある勧誘を聞き、なるほど守矢信仰悪くないかも知れん、確か長屋の人にも信者がいたはずだし、などと思い始めていると上空で一際大きな爆音と悲鳴が上がった。見上げると白い髪のちまい神様、博麗様がダチを真正面からぶん殴った所だった。博麗様は手から離れくるくる回転して落ちてきた刀を片手でキャッチし、気絶して落ちていくダチにちらっと目をやって一声叫んだ。
「カモンしまっちゃうお姉さーん!」
「悪い子はどんどんしまっちゃいましょうねぇ?」
「はっ!? 私は……え? ちょまっ……アッーーーーー!」
ダチは真下に開いたスキマに落ちる直前で目を覚まし逃げようとしたが、博麗様のドロップキックを顔面に喰らってにゅるんと飲み込まれた。南無。やっぱこうなったか。
刀を担ぎ地面に降りてくる博麗様。親しげにちっこい帽子の神様、洩矢様と話し始める。ちょっと邪魔な蠅を叩き落しましたといわんばかりの表情だ。俺の目から見てE:刀のあいつはかなり強くなっていたと思うんだが……上には上がいるもんだ。
弾幕決闘は別に悪くはないが刀をちょろまかしたのはまずかった。自業自得とは言えぬっ殺されるのは忍びないので
「あのちょっとお話中すみません。えーとですね、あいつも悪気があって刀持ってったんじゃないんですよ。ちょっと頭のネジが七、八本抜けてるだけで。仕置きは手加減してやっちゃくれませんかね」
「そう? まあ今回は私のうっかりのせいもあるしちょっとお仕置きするぐらいだよ。内容は紫任せだけど」
それなら大丈夫……なのか?
「それで君は、えーと外来人長屋の面白コンビの良識的な方だっけか」
「あ、やっぱりそういう認識なんですか」
「それなりに有名だよ、性格真逆の凸凹夫婦」
「夫婦じゃないですけどね。ただの友人です」
「そういうのいいから。照れなくていいから」
「照れてません」
俺が真顔で言うと博麗様はふ~ん?と意味ありげな含み笑いを漏らして帰って行った。幻想郷の住人は神様も例外なくマイペースだ。というかマイペースじゃない協調性ある奴の方が少ない気がする。
そして協調性あるまともな奴はみんな苦労人になる運命なのだ。自分で言うのもなんだが俺とか。
しかし好き勝手やる幻想郷の住人達を仕方ねー奴らだなと軽く受け流せるようになったあたり、俺もいつのまにか幻想郷に染まっているのかも知れなかった。