冬に書き始めて書きあがったのが夏だった
「リーダー! 夏です! 夏が攻めてきました!」
「なんですってー! 総員迎撃体制! クールビズとUVカットを!」
「駄目です! 押さえ切れません!」
「最終防衛線突破! シグナル猛暑! ルナティック級です!」
「リーダー! ご決断を!」
「ぐぅう……やむを得ないわ! リーサルウェポン、最終作戦M発動!」
「英断ですリーダー! どこまでもついて行きます!」
「ヒャッハーMIZUABIだァ!」
場所は守矢神社の裏の湖。私が湖岸の砂浜にビーチパラソルを立てていると、少し離れた岸辺で妖精達が軍隊ごっこをしながら次々と湖に飛び込んでいた。キャーキャー言いながら水を掛け合って遊び始める。カラフルな薄手の服が濡れて肌が透けて見え……ん? はいてない……だと?
究極のクールビズに驚愕していると妖精達がこちらに気付きピタリと動きを止めた。
「リーダー! ロリババァ発見! ロリババァ発見です! おっきなお花を浜辺に突き刺していやがります!」
「少尉、あれはパラソルというのよ」
「流石リーダー博識!」
「リーダー !リーダー! きゃつめ、こちらを見ています! ガン見であります! あの眼光! 私の身体は今にもピチュりそうです!」
「ふむ。軍曹、私達はなにか答えなさい」
「フェアリーであります! マム!」
「ではフェアリーとはなにかしら?」
「ネイチャーの具現であります! マム!」
「そう! ここは湖! 大自然! 私達も大自然! 相乗効果で今の私達は無敵状態!」
「なるほど! なんという慧眼! 一生ついて行きますリーダー!」
「ふふふ……総員弾幕用意! くらえエターナルロリータ! 構え! ……発射!」
なんかムカつく単語と共に小弾をばらまいてきたのでとりあえず神力弾幕の掃射で返礼しておく。神力弾は貧弱な弾幕をあっさり弾き飛ばして妖精に殺到した。
「ちょっ、リーダァァァァ! 私達は無敵だって言ったじゃないですかァー!」
「私だって間違う時は間違うのよ。妖精だもの」
ぴちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅーん、と小気味良い音がして妖精達は塵になった。しかし微妙にチルノの影響が伺い知れる妖精達だったな……
静かになった湖畔でパラソルの下に茣蓙を敷き、風で飛ばないように四隅に石で重石をしていると神社からガヤガヤと残りのメンバーがやってきた。
「白雪ー、騒がしかったけど何かいた?」
「いや何もー」
諏訪子が両手に抱えた西瓜を湖に投げ込みながら聞いてきたので首を横に振っておく。妖精撃退は日常茶飯事、何かあったの範疇には入らん。
見上げれば良く晴れた青い空の遠く向こうに見える入道雲。蒸し暑い微風にギラギラ輝く真夏の太陽。
本日は絶好の水浴び日よりだ。
真夏のある日、神社で魔法涼風をきかせながらくてっとしていたら諏訪子から通信符でヘイ彼女ー、ちょっと湖で水浴びしな~い?と誘われた。
幻想郷には海が無い。川や沼はあるが。たまには広々とした湖で泳ぐのも良かろう、と私は二つ返事で承諾した。
そして適当に暇そうな連中に声をかけてあれよあれよという間に水浴び大会と相成る。
メンバーは守矢神社に忍び込んで御神酒を勝手に飲んでいた所を捕獲された萃香、普通に誘ったあやめ、あやめについてきたてゐ、チルノ・大妖精・フラン・ルーミアの虹魔館組。
神奈子は人里に布教しに行っていていない。霊夢は朝からどこかに出掛けていた。
諏訪子と一緒にサイダーを湖にポイポイ沈めている内に全員パラソルを立てめいめい木陰で水着に着替えはじめる。それじゃ私も……ってしまった。
「まずった諏訪子、私水着持ってない」
「一着も? 今まで水浴びどうしてたの?」
「そりゃ人気の無い所で素っ裸さ」
「今ここでマッパは流石に不味いよね。んー、私一着しか持ってないから貸せないよ、ごめん。神社に白雪サイズの水着がないか探してくる」
諏訪子は神社に駆けて行った。私は蛙模様の浮き輪を膨らませながらのんびり待つ。まあ水着無くても最悪サラシに褌でなんとかなる。
浮き輪を膨らませ終え、砂で大阪城を作っていると天守閣を作ったあたりで諏訪子が黒い布切れを片手に戻ってきた。
「おお、あったのか。誰の?」
「早苗の。小二の時に着てた水着だけど入るかな」
「ハハハ、流石に入る訳」
入りました。
「白雪、あれだよ、早苗は早熟な子だったしさ、小二の時はクラスで一番背が高かったし」
「慰めは、要らない……」
「持ってきといてなんだけどごめん……」
胸に「こちや」のワッペンがついたスク水。悲しい事にピッタリだった。御神酒の造り直しで神社に残っている早苗に聞いて、箪笥の奥にしまってあったものを引っ張り出したとか。
泣ける。私は小二か。一万二千年生きてて小二か。
「で、なんで諏訪子もスク水なん?」
「需要あるかなと思って」
「ねーよ、と言い切れない所が恐ろしい」
砂浜で体育座りする私と蛙座りする諏訪子の視線の先では他の面子がキャッキャウフフしていた。
サラシに褌の萃香とあぶないみずぎの大妖精は水上で熾烈なビーチバレーをしている。二人共瞬間移動しまくりだ。全力でアタックするとボールが破裂するため萃香が力加減しており、なかなか良い勝負になっていた。
一方フランはチルノが創ったアイスクルーザーの甲板にルーミアの闇パラソルを立て、ティーセットまで持ち込んで優雅なバカンスを楽しんでいる。溢れるカリスマ、なんというお嬢様。傍に控えるルーミアも堂に入っている。チルノはサングラスをかけて船縁に腰掛け釣り糸を垂らしていた。
こいつらは水浴びというか水遊びというか……庶民とは違うんです、な雰囲気がプンプンしやがるぜ。
しかし一番おかしいのはあやめだ。何も身につけておらず、一糸纏わぬ身体の局部にモザイクがかかっている。
いや水着持ってないのは分かるよ ?能力でなんとかしようという創意工夫も認めよう。
でもそれはないだろ。むしろ全裸より犯罪臭が酷い。
突然あやめが水中に引きずり込まれ代わりに潜水していたてゐが水面に顔を出した所で諏訪子が立ち上がった。
「白雪、泳がないの?」
「泳ぐよ。向こう岸まで競争しようか」
「忍びねぇな」
「構わんよ」
二人で波打ち際に立ち、足先で線を引く。屈伸、伸脚、柔軟は忘れない。
さしてどちらともなく目で合図し同時に湖に飛び込んだ。蛙跳びで一気に三十メートル近く跳んだ諏訪子は滑らかに水をかいてぐいぐい泳いでいく、くそ、私も脚力強化してスタートダッシュかければ良かった。
「見さらせケロ流古式泳法!」
「それただの平泳ぎ! 甘いわ泳力強化! 水力操作!」
「ちょっ!? すわわわわ!」
強化重ねがけで見る間に諏訪子に追いすがる。必死に逃げ切ろうとしているがヌルいヌルい! 私の能力の汎用性舐めんなよ!
「まだまだいくよー! 推進力強化! 浮力操作!」
「ぬわーーっっ!!」
強烈なバタ足で起きた津波に呑み込まれ諏訪子は流されていった。
反対岸にタッチしてゴールし振り返ると諏訪子が仰向けになってぷかぷか浮いていた。なんとなく用水路を流れていく蛙の死体が思い起こされる。物悲しい。
波にあおられぐらぐら転覆しそうになっているクルーザーを横目に湖底に潜りサイダーを拾って水面に上がると突然フラッシュを焚かれた。見上げると滞空する文がカメラ片手に爽やか笑顔を向けてくる。
「おおっとこれは水着大会ですか! しかも外見年齢層的にその手の方々が見たら発狂モノの! 購読者激増の予感ですな!」
「てめーもちょっと行水してけやパパラッチ」
「な、なにをするだー!」
重力を操り鴉を落とす。旅は道ずれ世は情け容赦なし。一蓮托生、私達の写真を撮りたくば自らも水も滴る良い女になるがよい。
水柱を上げて叩き落とされ、浮かんできた文は水に濡れて服が透けていた。しかし、
「こんな事もあろうかと!」
「ああっ! 貴様ァ!」
こいつ服の下に黒いビキニ着てやがった。なんという……なんという!
見えるぞ! 汗で服の下に透けた下着のラインをこっそり見ようとして水着でガードされ涙を流す文の同僚の男天狗が私にははっきり見える! これはこれで悪くない、と新しい感覚に目覚めた男天狗も見える!
濡れて邪魔な服を脱ぎ去り防水カメラ片手に意気揚々と飛び回り撮影を始める文。たくましい奴だ。
ま、別に今回は勝手に撮影する分には放置でいいか。
その後は湖から冷えたスイカを引き揚げスイカ割りを楽しんだり、昔スイカ割りネタでからかったのを覚えていたのかスイカが棒で叩き割られるたびに青い顔をする萃香に苦笑したり、ビーチフラッグトーナメントをしたり、素潜り勝負をしたり、煙を上げながら日光浴を断行するフランを宥めすかして木陰に押し込んだり、とにかく一日中遊び倒した。
夕暮れ時になり神社に帰るとちょうど霊夢がぺいっと縁側に隙間から吐き出される所だった。
「おかえり霊夢、朝からどこ行ってた?」
「紫にスキマで攫われて南国のプライベートビーチに行ってたのよ」
「なん……だと……」
奴め、諏訪子に水浴び計画そそのかして私を排除しやがったな? ……楽しかったからいいけどさ。
今度また宿儺あたりを保護者役に据えて外界のプールにでも行くかと思った夏の日。